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影裏案件 -凍り鬼―  作者: greed green/見鳥望
二章 死人の手
9/51

3

「うっ……」


 白鞘さんの後に続いて訪れた場所に私は思わず気圧された。冷えた空気と言いようのない圧迫感。

 通された場所は検死室だった。左右の壁には等間隔に取り付けられた取っ手。それを引きずり出せばその中にあるのは死体だ。ここには何体もの死体が収められている。死人に取り囲まれた空間。部屋の空気が冷えているのは保存状態を保つ為に一定に保たれているからだろう。だが、それだけではないように感じる。温度を亡くした者達がこの空気に干渉している。そんなふうに思えてならないのだ。


「お? なんだ、怖ぇのか?」


 白鞘さんがイジワルそうな笑顔をこちら向けた。憎たらしい男だ。


「ち、違います。寒いだけです」

「そうか、ならいい。刑事ならこんなんでビビッてちゃいけねえよな」


 強がったが身体が震えているのは寒さだけではない事を自分が一番よく分かっていた。白鞘さんが進んだ先に担架が一台あった。薄緑のシートに覆われているが、隆起した形からその中に入っているものが同じく死体である事は明らかだ。白鞘さんが歩みを止めた。


「次沢兼人の死体だ」


 その名前に思わず身体がぴくっと反応した。次沢兼人。今回の事件の最初の犠牲者の名前だ。ベンチに座ったまま亡くなった男。その死体が今目の前にある。


「見せてください」


 御神さんはいつもと変わらぬ声音で告げた。


「いいが、新人君は大丈夫なのか?」


 ちらっと二人が私を振り返る。これから死体と対面する。お葬式で親戚や祖父の死体を目にする機会はあった。だがそれは死に化粧を施された綺麗な死体だ。だが今目の前にあるものは違う。

 覚悟など出来ていない。そもそも死体を見に行くなんて一言も聞いていない。大丈夫かと聞かれて大丈夫なわけがなかった。


「う、うう……」

「大丈夫かい? 無理はしなくてもいい。これも経験かと思って連れてきただけだし、君が無理に見る必要もない」


 御神さんの口調は優しかった。でもここで逃げたらまた給料泥棒と言われてしまうのだろうか。それは悔しい。悔しいが。


「そうします……」


 死体を見る前の段階でこの様だ。とてもじゃないが死体を見てまともに立っていられる自信もない。ここはお言葉に甘えるとするか。


「分かった。外で待っててくれ。少し時間はかかるかもしれないが」


 刑事なんて向いていない。辞めてしまおうか。そんな事を思いながら 私は一人部屋の外に出た。







 三十分程経っただろうか。二人が部屋から出てきた。


「悪かったね」


 部屋から出た御神さんは開口一番謝罪を口にした。疲弊した私は何も言えず顔を下げるだけだった。


「さすがに事前に伝えるべきだったね。でも言ったら君来てくれなそうだったから」

「そりゃそうでしょ……」

「でも正直言えば、今のうちに免疫つけといて欲しかったんだけどな」

「……どういう意味ですか?」

「まだ増えるかもしれないからね。これから」


 何を、と言わなかったあたりに底意地の悪さが垣間見えた。

 増えるかもしれないのはもちろん死体だ。部屋の中で二人がどんな話をしたか分からないが、この事件はまだ死者が出る可能性があるという事だ。

 

 ――私の平穏な日々が……。


 定時上がりの茶くみの毎日が唐突に愛おしく感じた。







「次沢兼人を殺害した人物を捕まえるのは、不可能かもしれない」


 その後、御神さんの口から出た言葉に私は驚きを隠せなかった。何せ解決が不可能と一度は匙を投げられた難解奇妙な事件の数々を紐解いてきた影裏に属する御神さんが、早々に白旗を揚げたのだから。だが、言葉ほど御神さんの顔に悔しさや残念さといったものは感じ取れなかった。


 白鞘さんの検視結果には一つ決定的で強烈な証拠が残されていたという。それが何なのかはその時教えてもらえなかったが、この証拠は確実に事件の核となる重大な証拠ではあるが、それと共に犯人逮捕という意味では絶望的だとも言う。御神さんの言葉はなぞなぞのように不可解なものだった。


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