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影裏案件 -凍り鬼―  作者: greed green/見鳥望
最終章 氷解
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エピローグ

「あー暇暇―暇っすねーひまひまーひーまー」

「うるさいねー。読書の気が散るから静かにしてくれないかい」

「ひーまー!」

「全く。見直したと思ってたけど、人間すぐに根本は変わらないか」

「え? 何か言いました?」

「いいや、何でもない」


 暇だ。この前までの目まぐるしい時間が嘘のように暇だ。まあこれで給料がもらえないなんて事はないのだから別にいいのだが、それにしてもあまりにもする事がなさすぎる。お茶を汲む必要も、書類を処理する事もほとんどない。だが今はむしろあの頃の時間をほんの少しだけ惜しんでいた。


「にしたって、暇過ぎますよいくらなんでも」

「いい事じゃないか。それだけ平和って事だよ、ゆとり君」

「まあそうっすけど。ってかそろそろやめません、そのゆとり君っての。結構頑張ってたと思うんですけど、私」

「でもゆとり君の方が呼びやすいからね。諦めて」

「勝手だなぁ」


 事件が終わって影裏ではなくいつもの部署に顔を出すと机の上には便箋が二枚置かれていた。

 一枚は辞令。正式に影裏への部署移動が記されていた。もう一枚は差出人も何も書かれていない真っ黒の便箋。なんだこれはと思って中を見たが、内容を見て私は思わず笑ってしまった。そこには一文だけこう書かれていた。


『僕と関わっちゃったのが、運の尽きだね』


 なんだか懐かしい。確か初めて会った時にもこんな事を言われたような気がする。そして私はさらりと正式に影裏へと身を置く事になった。

 しかし気になったのが、こんなにも簡単に辞令が出せるものなのかという点だった。それを御神さんに尋ねると、「まあ結構僕権力はあるんだよね、実は」という答えが返ってきた。冗談なのか本当なのかは分からないが。


 事件が終わり、再び平和な日常に戻ってきた今、全てはやっぱり現実じゃなかったんじゃないかとさえ思えるが、もちろんそんな訳がない。全てが嘘ならこんな部署自体必要ないはずだ。だが実際私はここにいる。


 衝撃的な出来事の連続だった。だが悪い経験ではなかったと思う。変則的ではあったが、刑事として正義を全うする事がどういう事なのか、色々と知る事は出来たと思う。それに何より、あまり口に出すのは恥ずかしいが、御神さんは信頼出来るし、職務に対する姿勢は憧れると言ってしまっていい。そんな人と一緒に働ける事は、素直に嬉しい事だと思っている。


 こんこん。


 唐突にノック音が部屋に響いた。私と御神さんは顔を見合わせ、二人して扉の方を見た。すーっと扉が開き、その奥からちらりと小動物のような女の子が顔を覗かせた。


「あのー……」


 不安げな声と共に彼女は扉を開けた。女の子は警官の制服を着てはいたが、新人なのか着慣れしていないせいか婦警のコスプレにしか見えなかった。


「これを持ってくるようにって言われてきたんですけどー……」


 再び私は御神さんと顔を合わせた。


 ――あーあ。


「ありがとう」


 御神さんは椅子から立ち上がり、彼女が持ってきたファイルを受け取った。


「じゃ、私はこれで――」


 彼女はそそくさと部屋を後にしようとした。


 ――あーダメダメ。


「駄目だよ」

「え?」

「帰っちゃ駄目だよ」


 ――やっぱりね。


 今度はどんな事件だろうか。どんな奇怪な世界に飲み込まれるのだろうか。考えた所でどうせ当たらない。


 あれだけさっきまで暇暇と嘆いていたが、事件だと言われればめんどくさいと思っている自分がいる。全く自分勝手だが、そんなに簡単に人は変われない。私はまだまだどうやら、ゆとり君らしい。


 でも、何も変わっていないわけじゃない。

 今度こそ、思い通りにはさせない。先輩の時みたいな勝手を許して、もうあんな敗北感を味わうのはごめんだ。

 どうやら仲間も増えそうだし。今度は私がこの子をこき使ってやろう。そう考えたら少し楽しくもなってきた。


「僕と関わっちゃったんだから」


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