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影裏案件 -凍り鬼―  作者: greed green/見鳥望
六章 誘う手
38/51

5

 私達は急いでミハラエイジという人物の事について調べ始めた。まだ妹尾恭子について一切手をつけれていない状況も気になったが、次の犠牲者が出ないように動く事が最善だ。


『あまり目立つような生徒じゃなかった』

『どちらかと言えば大人しい生徒だった』


 再度元クラスメイト達に聞き込みをしていく中で彼の名前が三原英治である事、概ね大人しくあまり目立つような生徒ではなかったという事が分かった。やんちゃをするようなタイプでもなく、穏やかで誰とでも分け隔てなく仲良くする事の出来た可もなく不可もない平均的な生徒。

 話を聞く限りでは、武市君のイジメに加担していたとは思えない人物象だった。それを根拠づけるように何人かは、確かに次沢達のグループにいる事もあったが、進んでイジメていたというより、仕方なく彼らに合わせていた印象だったと話した。

 後、何人かが言っていた事だが、武市君が死んでから印象が変わったという内容だ。時折ふとゾッとする程冷たい目をしている瞬間があったり、以前はにこやかにしている事が多かったが、笑顔を見せる事がほとんどなくなった。といった証言だ。同級生が目の前で一人死んでいるのだから無理もない事だと思った。


 再び卒業アルバムを開くと、確かに三原英治という少年はそこにいた。

 がっしりとした体格。しかし笑顔はやはりなかった。誰かに似ているような気がしたが分からなかった。ともかく、次に殺されるのは彼かもしれない。早く彼を探さなければ。


 聞き込みの中で興味深い話があった。それは武市君に対するイジメについての話だ。表面的に殴る蹴るといった暴力的なものはあまりなかったが、その代わり印象に残っていたのが、とある遊びだった。


 氷鬼。


 懐かしい響きだ。私も小学校の頃に何度かやった事がある。

 通常の鬼ごっこでは、鬼にタッチされる、つまり捕まればそれで終わりだが、氷鬼の場合、鬼にタッチされた者はその場で氷漬けになり動けなくなってしまう。解放されるには他の者にタッチしてもらわなければならない。氷漬けされた者はその場で身動きが一切取れなくなってしまうため、皆が楽しそう走り回る姿をただ見ている事しか出来ない。あの時間はなかなかに切ないものがある。


 武市君は次沢達にこの遊びによく付き合わされていたという。ただしその遊び方は陰険なものだ。一見通常通りの氷鬼だが、武市君以外は全員が結託しており、最後には必ず武市君だけが氷漬けにされて放置されてしまうのだと言う。

 一度授業が始まっても武市君が教室に戻って来ない事があった。どこに行ったのかと思えば、グラウンドに一人ぽつんと残る武市君の姿がそこにあった。当時担任だった妹尾先生は普段穏やかで決して声を荒げる事はなかったが、この時ばかりは次沢達に向かって声を荒げて怒った。印象に残った出来事として、何人かがこの事を覚えていた。


 氷鬼。

 触れられた者を氷漬けにしてしまう鬼。


“死後に筋肉が硬直したんじゃなく、筋肉が硬直して死んだって順番だ”

“その場に倒れて、動かなくなってしまった”


 ――まさか。


 そういう事なのか。

 これは全て、氷鬼になぞらえて行われた殺人なのか。だとすれば、やはりこれは武市君の復讐?

 御神さんは、彼は復讐なんて喜ばないと言った。でも、本当にそうなのか?

 全てが武市君の復讐という一つの線上になぞらえている気がしてならなかった。


「なんだって?」


 横にいた御神さんが電話で誰かと話していた。やがて通話が終わるとため息を一つついた。


「どうしたんですか?」

「新潟の影裏に武市君の死についての当時の捜査資料を再度洗ってもらってたんだけどね。これがまたなんとも不可思議なもので」


 あの御神さんが不可思議だと言うのだから相当な内容なのだろう。


「彼はやはり自殺している」


 思わずそんなと声をあげそうになった。自殺ではないという可能性を持って御神さんも臨んでいたはずだ。だが、その根底が今完全に覆されてしまった。


「他人に首を絞められたわけでもなければ、吊るされたわけでもない。自ら木にロープをかけ、ロープの輪に首をかけた。これは間違いないとの事だ」

「じゃ、じゃあ手首の件はどうなるんですか? 死んだ後に誰かに切り取られたんですか?」

「いや、それが……」


 珍しく御神さんが言い淀んだ。彼にとってもそこまでの内容なのか。私は不安を感じずにはいられなかった。


「それについても、彼自身が行っている」

「……は?」


 これを不可思議と言わずなんと言えばいい。どういう事だ。じゃあ彼はわざわざ死ぬ前に自分の手を切り取ってから首を吊って自殺した? 何故そんな事をする必要がある。だが、彼の死の謎はこんなものではなかった。


「自分で握った右腕にある刃物を左手首に振り下ろした。残された手首の断面図的にはそう考えられた。違う考え方も出来なくはない。二人羽織の要領で誰かが後ろから彼の右腕を持ち、手首を切った。だがあまりにも要領は悪いし、手首を切るならもっと簡単な切り方はいくらでもある。そんな事をする意味が全く分からない」

「確かに……」

「だがこれ以上に説明がつかない事がある。現場にはほとんど血痕が残っていなかったそうだ。その場で切り落としていればかなりの出血があるはずだ。別の場所で手首を切ってから首を吊れば可能だが、当日の武市君の経路からそんな出血は一切見当たらなかった。つまり」

「つまり?」

「武市君の手首は、彼が首を吊った死後行われている」


 当然そうなる。それの何もおかしくはない。そこだけを聞けば。

 頭がショートしそうになる。だが絶対にそれはおかしい。それが不可能である事実を御神さんは既に口にしている。

 武市君は自殺。だが自分の腕を切り落としたのも自分自身。

 あり得ない。それはつまり、


「彼は首を吊って死んだ後に、自分で自分の手首を切り落としたという事になる」


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