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影裏案件 -凍り鬼―  作者: greed green/見鳥望
五章 氷と鬼
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4

「この子だね」


 私達は茅ヶ崎教頭から預かった卒業アルバムのコピーを確認した。

 武市昌彦たけいちまさひこ。それがイジメられていたという生徒の名前だった。

 彼の写真は学年全体の集合写真にだけ存在していた。確か茅ヶ崎教頭の話では、神山君の一件があってから彼は登校していなかった。載せられている写真が他の生徒に比べて幼いのはそのせいだろう。


 想像してみる。彼がどんな気持ちだったか。その場の空気がどんなものだったか、自分をその場に置き換えてみる。

 理由は分からない。ただ状況だけを見れば、武市君が神山君を押した直後、神山君は死んでいる。小学生の子供がこの状況をどう解釈するか。


 武市君が神山君を殺した。

 そうなるのが自然だろう。周りの視線が武市君に集中する。武市君に対しての怯えや恐怖といった感情を持った視線が一斉に彼を貫く。

 

 僕が殺した。

 耐えられるわけがない。そんなわけがないのに、武市君は自分を責める。またあの視線に自分を晒すなんて無理だ。そして彼は学校に来なくなる。想像の範疇だが、おそらく大方は間違っていないはずだ。


 彼は今どうしているのだろうか。

 残念ながら茅ヶ崎教頭からはその後の武市君についての事は彼が何も知らなかった為聞けなかったが、彼の実家の情報だけは得る事が出来た。しかし、彼の実家にいくら電話をしても繋がらなかった。


「行くしかないね」


 御神さんの言葉に、私は頷いた。







「人、いるんすかね?」

「どうだろうね」


 私達は武市君の実家の前に来ていた。

 住宅街から離れた場所にぽつんと建つ一軒家は、静かで穏やかな空気とはまるで違う、寂れて呼吸を止めたような、まるで死んでいるような印象だった。


 御神さんがインターホンを押したが、何の音も鳴らなかった。試しにもう一度鳴らしたが結果は同じだった。


「壊れているのかな?」

「ですかね。どうします?」

「すいませーん!!」

「あーもうびっくりしたー!!」

「え、何?」

「いや何って。思いのほかでかい声だったもんでビビりました」

「必要があれば声ぐらい出すよ」

「御神さんがそんな大きな声出せると思ってなかったんで」

「出すよ。本気出せばグラスも割れるぐらいには」

「怪獣かよ。それ出す時あったら絶対先に言ってくださいね。耳から全身爆ぜそうなんで」


 しかし御神さんの大声も虚しく、武市家から反応はなかった。


「仕方ないね。一旦諦めよう」

「この後どうするんですか?」

「そうだね。妹尾先生を先に確認しようか」

「了解です」


 私達は武市家に背を向けた。内心私はどこかほっとしていた。

 もちろん捜査の為には話を聞かなければならない。そうでなければ先に進めない状況だ。だが、それはまた誰かの古傷を抉る行為になる。誰もが喜代美さんのように穏やかではない。そんな行為をまた行わないといけない事に、憂鬱さを感じられずにはいられなかった。やらないといけない事だと分かっているのに、私はまだそんな事を考えていた。しかも話をするのは自分ではなく御神さんなのに。


 ――向いてないよ、やっぱ。


 刑事だなんて、私がやる仕事じゃない。特にその事に悔しさを覚えるわけでもない。やる気に満ち溢れているわけでもない。初めての現場で自分が何か役に立てるだなんてそもそも思ってすらいない。辛くてしんどい思いなんて出来るだけしたくない。

 ただ、それでも最初の頃と気持ちに変化はあった。実際に遺族の方と顔を合わせて話し、抱える痛みを共有した今、この事件をどうでもいいだなんて無責任には思えなかった。

 でも、だからと言って自分に何が出来るか、まだ分からなかった。そんな事を思っていたその時だった。


「え?」


 私は思わず勢いよく後ろを振り向いた。


「どうしたの?」

「え、いや……」


 ――なんだ、今の。


 一瞬だった。でも確かに感じた。自分の背中を何かざらざらしたものがずるるると舐め上げるような途轍もない不快な感覚。気のせいだとは一蹴出来ない強烈な感覚。振り返った先には家があるだけだ。でも確かに、あの家から感じた。


「大丈夫?」

「あ、は、はい……」


 御神さんは不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も聞いてこなかったし、私も何も言いようがなかった。どう言葉にしていいか分からなかった。

 ただなんとなく、今の感覚は無視出来るものではないと思った。


 あの家には、何かある。


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