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 深緑を基調とした表紙に猪下いのした小学校という金の文字。他人のものとは卒業アルバムというものに触れるのは久しぶりでなんだか懐かしさを感じた。


「見させて頂きます」


 御神さんが丁寧にページを開いていく。そこに映る幼い生徒達を見ていると自然と小さかった頃の自分の事を思い出した。


 思えば小さい頃から変わっていない気がする。親には根気がない、やる気が足りないと口癖のように言われ続けた。昔からめんどくさがりで、物事に熱くなれない性格だった。


“あなたはなかなか警察官として素質があるかも”


 そんな私が警察の道を志したのには、安定した職というのももちろんだが、実はある人の言葉があった。

 高校二年生の夏。電車通学だった私は、満員電車の中で痴漢に遭遇した。急に何かかが太ももに触れた。最初は偶然触れただけかと思ったが、その感触は私の太ももを撫でるような動きに変わり、様子を伺いながら徐々に上へと這い始めた。あ、痴漢だ。と思った瞬間に私はその手を掴み叫んだ。


「はい痴漢! 痴漢痴漢痴漢でーす!」


 次の駅で私はそいつの腕を掴んだまま駅長室へと踏み込んだ。


「こいつ、痴漢です!」


 今思えばまるで自分ではないようだった。怯え恐れも全くなく、ただただ怒りが私を支配していた。犯人はハゲて脂ぎったいかにもというスーツを着たおっさんだった。警察が来て男はどこかに連れていかれた。そして私のもとには若くて綺麗な婦警さんがついてくれた。

 私にきっかけをくれた言葉は彼女がくれたものだった。すごい度胸と行動力だと褒めてくれた。私としては、頭より先に身体が動いているような感じだったので、褒められても実感がなかったが、悪い気はしなかった。


 そして高校を卒業し、大学生を経てそろそろ社会人としての道を決めなければならない時、私の頭にぽんと彼女の言葉が現れた。

 別に正義感に溢れていたわけではない。ただ、漠然と彼女の姿に憧れていた自分もいた。そして私は珍しくこれまでにない真面目さと努力を持って試験に臨み、見事に警察の門をくぐる事が出来た。

あんたがこんなすごい子だって知らなかった、と母からは失礼極まりない賛辞を贈られ、父からはよく頑張ったと、シンプルながらストレートな誉め言葉を贈られ私はまんまと泣いてしまった。


「これが直樹です」


 なんて昔の事を思い出していた頭は喜代美さんの声で瞬時に現実へと引き戻された。

 クラス全員で三十名程だろうか。男女比は大体半々。カメラに向かって笑顔を向ける子供達の中から一人を喜代美さんが指差した。息子の内原直樹君だ。やんちゃそうな見た目だが、照れくさいのかぎこちない笑顔が可愛らしい。だがもう内原直樹という人間はこの世にいないのだと思うと、なんともやるせない気持ちになった。


「あ、この子」


 同じクラスの中で私はもう一人見知った名前を見つけた。

 畑山怜美。彼女は直樹とは違い、にかっと歯並びがしっかりと見える程に口を開き子供らしい無邪気な笑顔を浮かべていた。短い前髪と元気の良い笑顔には見るからにわんぱくさが溢れており、気の弱い男子ならば負かしてしまうような強気さを放っている。


「すみませんが、こちらをお借りする事は出来ませんか?」


 御神さんの申し出に喜代美さんは明らかに拒絶を露にした。

 理由はなんとなく分かる。これは大事な息子の想い出の欠片なのだ。それを協力の為とはいえ、誰かに預けるという事に気が進まないのだろう。それを察してか御神さんは言葉を改めた。


「いえ、失礼しました。配慮のない発言でした。忘れてください。これから猪下小学校にも行くつもりです。そこでお願いする事にします」

「……はい、すみません」


 言いながら、喜代美さんはほっとしたような表情をして見せた。


「では、そろそろ失礼させて頂きます。大変貴重なお話が聞けて良かったです。何かありましたら、また連絡頂ければと思います」


 言い終えると、御神さんは胸ポケットからすっと一枚名刺を取り出し、机の上に差し出した。それを見て私は心の中で一瞬首を傾げた。名刺の肩書きには【特別捜査班第一課】と書かれていた。そんな課の名前を聞いた事はない。というか、存在していない。


 ――ああ、そうか。


 少し考えれば分かる事だったが、【影裏】だなんて怪しい名前を名乗るわけにもいかない。下手をすれば本当に警察かと怪しまれかねない。


「ありがとうございました」


 私達は内原直樹の家を後にした。


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