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「あーいやー私旅行なんて久々ですわー楽しみー」

「もう五回以上は指摘しているけど、旅行ではなく捜査だからね」

「捜査という名の旅行っすよね」

「百歩譲って旅行という名の捜査はあってもそんなものはないよ」

「え、嘘でしょ…?」

「よくそんな新鮮なリアクションがまだ出来るもんだね」

「あざーっす」

「上唇と下唇を逆にしてやりたいよ」

「何それ怖っ」


 死んだ三人が皆新潟出身であった事。今回の事件を紐解く為に、彼らのルーツを探るため、私達は新潟へと赴いた。


 新幹線での移動を終え、私は新潟の地へ降り立った。ようやく夏が終わり、秋の兆しに差し掛かった気候はほどよく肌寒かった。


「さて、本当にそろそろ旅行気分はしまってくれ。横でへらへらされても困るからね」

「分かってますって」

「分かってなさそうだから何度も言っているんだよ」

「んんー?」

「言っておくけど、女性だから殴られないなんて思わないでくれよ」

「え、怖いし最低……」


 こんなふうにふざけてしまうのは私がいまだにこの事件に対しての真剣さが欠けているせいではない。むしろ私はようやくしてこの事件に対しての態度を改め始めていた。

 無論、いまだに荒唐無稽な事実に完全に頭がついていっているわけではない。言っている事が分かってもそれに納得し受け入れられるかどうかは全くの別の問題だ。

 だが御神さんも言ったように、死人が出ている事は事実なのである。彼らが死んだことで悲しみに暮れるものがいるというのも紛れもない現実なのである。


「はぁ……」

「ん? どうしたんだい?」

「いえ、なんでもないっす」


 先週私はようやく影裏で仕事らしい仕事をした。しかしそれはプロ意識の薄いゆとり刑事にとっては、億劫で気の滅入る仕事だった。


 それは今回死んだ三人の遺族へのアポ取りだった。伝える事は、死んだ三人の事に関して教えて欲しいとお願いするだけだ。文字にすればたったそれだけの事。だが決して軽い仕事ではない。刑事であれば常日頃行っている事だが、私にとっては初めての事だった。刑事らしい事を何一つしてこなかった私にとって、初めて事件に自分自身が向き合う瞬間でもあった。


「おえぇぇ」

「えー大丈夫かい君?」


 緊張と嗚咽が止まらなかった。なんと切り出していいのからすら分からず、たまらず逃げ出したくなった。


「私、無理っす」

「無理じゃない」

「いやほんと、無理っす」

「無理じゃない」

「いやほんとに、ほんとに無理っす!」

「無理じゃない」

「それしか言えんのかあんたは!」

「君だって同じじゃないか」


 御神さんにいくら泣きついても全く変わらず同じトーンで無理じゃないと返され、挙句ノルマの電話を終えない限りこの部屋から出さないと軟禁宣言を言い渡された。この人の場合、マジで終らせないと一生ここから出してはくれないだろう。覚悟を決めて私は受話器をあげた。


「あ、わ、わたた、わたたったくし」


 ガチャン。

 横にいた御神さんが私から受話器を取り上げ元の場所に叩きつけた。


「ちゃんとやれよ。相手は遺族だ。君が緊張しているとかそんな事向こうは知った事ではないんだ。いい加減気持ちを改めろ」


 今まで散々毒舌は吐かれてきたが、今回ばかりは違った。御神さんが纏う空気も、今まで感じたことのない怒気を孕んだものだった。

 これはシンプルな叱責だ。不甲斐ない出来の悪い私への。多々良さんにも何度だって怒られたはずだが、一つも心に響く事はなかった。あんなものとはまるで違う御神さんからの言葉に、私は久しぶりに心底へこんだ。

 俯き泣きそうになっていた私に、御神さんはことりとお茶を一杯置いてくれた。


「安心した。ちゃんとへこんだりもするんだ」


 もうその時にはいつもの御神さんだった。


「実際に遺族と会えば、こんなふうに怒られる可能性だって十分にある。息子が、娘が死んだのに、警察はまだ犯人を捕まえられないのか。お前達は何をやってるんだって。よくドラマでも見るだろ? あれは別にドラマだけの話じゃないんだ。僕達はどういう立場の人間で、何をするためにここにいるのか。君にとっても、ここでちゃんと認識するにはいい機会じゃないかな」


 言葉は優しかったが、よくよく聞けば叱責が終わったわけではない内容だ。要するに、私の心構えが甘すぎるという事だ。刑事として、人間として。

 そもそも警察官になろうと思った理由からして甘えそのものなのだから、言われて当然の事だ。ただ楽に、安定して給料が得られればそれでいい。怒られて当然だ。

「こんな事やりたくてやってるんじゃないんです」、なんて、「誰が生んでくれって言ったんだよ」にも並ぶようなどうしようもない文句を垂れる程私も腐ってはいないつもりだ。


「すみません、ちょっと落ち着く時間をください」

「うん。そうしてくれ」


 ずずっとお茶をすする。

 ああーうめえ。

 

 そして気持ちを改めた私は、再び受話器を握りしめた。

 もう緊張も吐き気もなかった。


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