第八十九幕《堕落》
第八十九幕《堕落》 八月三日 九時四十八分
「…………」
「おーいキナちゃん。まだ起きないのか? もう十時だぞ」
「……ん、ん~ん、あと五分……」
「一時間前にも同じ台詞を聞いたんだが。キナちゃん、夏休みに入ってからみるみる退化していってるよね。哺乳類から亀に、そして今ではカタツムリだ。あまりこういうことは言いたくないんだが、今の君、とても見られたもんじゃないよ」
「ん~? いいじゃーん、夏休みなんだし~……。もうちょっと寝させて~。寝たの六時だから全然まだ眠たいんだってば」
「また徹夜したのか。そんなことだろうと思ったが、一緒に暮らしている以上、生活の乱れは見逃せないな。君に病気になられたら、君の生活を支えている僕の責任だ」
「大丈夫大丈夫。私、病気になってもお父さんを訴えたりしないよー。自己責任で何とかしまーす。だから、おやすみなさーい……」
「だから、寝るんじゃない。日常生活もコントロールできないような子が、病気になってから何とかできるわけないだろう。生意気言ってないで布団から出てきなさい」
「…………」
「……キナちゃん? おーい、起きてる? まさか寝てるんじゃないだろうな」
「…………」
「おい? 無視とは感心しないぞ。いい加減布団から出てきなさい」
「……Zzzz」
「おいこら大豆の粉末。いつまでも怠けてっと小遣い減らすぞ」
「き、黄な粉じゃないやい! キーナだい! 私は美味しく食べられないよ!」
「あっそ。まだ人間でいたいんだったら、ちゃっちゃと起きて、この汚い部屋を片付けなさい。掃除し終えるまで、ご飯は抜きだ」
「そんな殺生な! この汚部屋の掃除を終わらせるには一日は掛かるよ。それまで何も食べられないなんて……私に飢え死にしろって言うの! 酷い! ネグレクトだ!」
「異論は受け付けない。交渉もしない。いいから掃除を始めな。これは命令だ」
「……うう~。このドS鬼畜メガネ教師め! ……あれ? な、何だか私、自分で言った言葉にドキドキしている。嫌だ私ったら、馬鹿みたい……。でも、嫌いじゃない」
「いやあ……、本当、馬鹿みたいだ。我が娘ながら恐ろしいよ。じゃあ、僕はちょっと出かけてくるから、夕方までには終わるよう頑張ってね」
「了解ー。ところでどこ行くの? 今日って仕事お休みだったよね」
「ああ。ちょっと隣の県の山中で、彼女が保護されたらしいから確かめてくる」




