第六十五幕《空車》
第六十五幕《空車》 六月五日 十八時十三分
「へーいタクシー。プリーズステーイ!」
「ん? タクシーを停める場合はストップじゃないのか? よく知らんけど」
「え? 待ってもらうんだからステイでしょ。よく知らないけど。そんな細かいことはいいのさ。さあ、運ちゃん。俺っちを乗せてくれ」
「はいはい。今日はどこまでですか? お嬢さん」
「ああ、急いで前の車を追ってくれ。そう、あの黒のセダンだ。おっと、理由は聞くなよ。長生きしたかったらな……」
「リアルでそんなこと言う奴が乗り込んできたら、そのまま警察に駆け込むよね。お巡りさん、こいつです」
「ブッブー。そんなことしたら後部座席から拳銃で撃たれてしまいまーす」
「ドライバーにそんなことしたら、交通事故どころじゃ済まないぜ?」
「ほう……。裏の住人を脅迫するってのかい、あんた。いい度胸だ」
「いや、脅迫するも何も。っていうか、さっきから何なんだい、その謎のテンションは。裏の住人って、聞いているこっちが恥ずかしいわ」
「こんな寂しい雨の日は、相棒が血を欲しがるんだ……みたいな?」
「ああ、痛い痛い」
「ともあれ、雨の中お迎えありがとう。朝は平気だと思ったのに、夕方になって降り始めちゃって、真面目に困ったわ。お父さんがいなきゃ道端で死んでた」
「健全な女子高生が野垂れ死にするな。だから傘を持っていけと言ったのに。一個、折り畳み傘持てば? これから夏になって夕立も増えるだろうし」
「ええー。雨の度にいちいち迎えに来てくれないのー?」
「いちいち迎えに行ってはやれないよ。何を言っているんだこのお嬢様は」
「まあまあ、じゃじゃ馬娘に振り回されるなんて、男の本望じゃありませんか」
「じゃじゃ馬娘本人にそう言われると、すげえイラッとするね」
「にしても、毎日雨雨雨で嫌になっちゃうなあ。梅雨なんて一週間で終わっちまえ」
「梅雨が来なきゃ、水不足で困る地域もあるんだよ。梅雨も日本の文化の一つさ」
「文化だか風流なんか知ったこっちゃないね。ジメジメして、カビが繁殖して、食べ物が痛みやすくて、服が乾きにくくて、雨で外出もできなくて……。もう最悪のコンボ! ちょっとお父さん、空の神様に文句言ってきて!」
「あーはいはい。今度会ったら相談してみるよ」
「じゃあ一週間以内に梅雨明けしなかったらお父さんの責任ということで」
「濡れ衣責任転嫁も甚だしいね」




