05 暗愚卿
「これを」
ジーナが差し出した麻布の上には、大きくて丸い、赤い宝石。
美しい光を放っている。
ディーノは、器用に馬を操り、その場に立ち止まる。
しかし、こいつは生まれながらの戦闘狂。
突然水をさされたことに対する苛立ちを、まったく隠さない。
しかし、それでも、非戦闘員を傷つけるようなことはしないという良識は持っているようだ。
「ほほう」
ディーノの後ろから、ゆっくりと馬を駆ってきた伯爵代理。
興味深そうに、そしていやらしい目つきで宝石を見ている。
どうやら、こいつの方は、戦闘に興味あるタイプではなく、金銀財宝に興味があるタイプのようだ。
「子爵家の宝にございます。領主のレンゾは、伯爵様とお近づきになりたいと考えてございます」
ジーナが無機質に回答する。
しかし、俺はそんなことは一言も言っていないぞ?
相変わらず、勝手が過ぎる奴だ……。
「最初から素直にそう申しておれば良いものを。カッハッハ」
ほら。
つけあがらせると、こうなるのだ。
「しかし、なぁ。宝石を伯爵様に届ける、その大役を引き受けることになる我輩に対する心遣いはないのか、のお、小娘よ?」
ひどく上から目線で、馬上の伯爵代理は語りかけてくる。
ジーナが俺に目配せをしてくる。
俺に山吹色の饅頭を、つまり、金を都合せよ、ということか?
く、屈辱的だ……。
その時。
コツン。
不思議なぐらいに高い音を立てて、伯爵代理の眉間に石ころが直撃する。
「アタッ!」
伯爵代理は眉間を抑え、馬上でうずくまる。
俺は慌てて、石ころがとんできた方向を見る。
村人の一人が、さらに石ころを投げようとしている姿が目に入る。
やっちまったなぁ。
これで、ジーナさんの苦労も水の泡。
「なんたる侮辱! これは伯爵様に対する害意、侮りの心有りとみたッ! よほど死にたいらしいなぁ」
「しかし、我々と戦うとなると、君達は公爵とも敵対することになるのだが、そんなことをこの場で君だけの判断で決めてしまっていいのだろうか?」
「なぁに、心配には及ばんて。公爵の跡取り息子が不審な死を遂げるなんて事故は、この界隈ではよく起こることだからなぁ。さぁ、ディーノ将軍、こいつらを皆殺しにしましょう」
「応ッ!」
ディーノは馬首を引き、一気に2メートルはある木杭のバリケードを馬もろとも飛び越える。
そのまま、馬上から飛び降り、俺の目の前に迫る。
仕方あるまい。
俺は、ディーノからの攻撃に備え、グラディウスを構える。
と同時に、左手を高く掲げ、息を大きく吸い込む。
いくらこいつがフィジカルの化け物でも、赤の指輪の前には無力。
食らうがいい。俺の真なる力!
ところが、何も起こらない!
俺は、激しい衝撃を食らい、成すすべなく激しく右にすっ飛んでいく。
遅れて、激痛が左半身を襲う。
ハルバードの腹にどつかれてしまったようだ。
そのまま、地面に転がり、3回転。
なんとか、体を止める。
止まった、瞬間。
俺めがけて、分厚いハルバードの刃が振り下ろされる。
痛みを堪える時間も許されない。
急いで飛び跳ねて、難を逃れる。
逃れようとしたところを、逆方向から脳天をかち割るかのごとく、鋭いハルバードの刃が頭上から振り下ろされる。
グラディウスの腹を左手で支え、両手を使って、かろうじてグラディウスで受け流す。
それでも、あまりの膂力に、両手が完全に痺れてしまった。
相手の双眸はまるで獣のよう。
ただ純粋に、武を求めている。
それに対抗するだけの力は、今の俺にはもうないのだ。
迫りくる、野獣。
徐々に追い詰められていく、俺。
直撃は受けていないのだが、一撃ごとに、全身の故障が激しく累積していく。
唐突に。
ディーノの丸太のような右手を、鋭くナイフが切り裂く。
なんと、ナイフの持ち手はジーナ。
ディーノの右手からは激しく血がほとばしる。
ディーノは、慌てた様子もなく、右手に力を入れる。
そうすると、嘘のように、出血が止まる。筋肉の不思議だ。
ジーナは両手にナイフを構え、腰を落として、ディーノに対峙する。
「閣下。あちらで隠れておいてください。邪魔です」
見事に何も期待されていない。
村人達はと言うと、あいも変わらず、怯えながらこちらを遠巻きに見ている。
ディーノの部下はというと、バリケードの向こうで、皆、のんきそうにこちらの様子を遠巻きに見物している。ディーノに対する絶対の信頼の現れだ。
そして、ディーノ対ジーナの一騎打ちが始まった。
ナイフ対ハルバード。
あまりにもリーチに差がある。
その差をなきものとすべく、ジーナは素早い動きで、ディーノの懐に潜り込もうとする。
しかし、ディーノはそうはさせじと馬鹿げた膂力で、巨大なハルバードをいとも簡単に振り回し、ジーナを懐に近づけさせない。
それどころか、早くも防御から攻撃に転じ、ジーナを圧倒し始める。
ジーナの華奢な体では、ナイフでハルバードを受けきることは不可能。
それをわきまえた上で、刃と刃がかち合うことがないように、ただただ、スピードだけを頼りに、立ち会いを繰り広げている。
このままではいけない。
俺は改めて、痙攣している左手を無理やり頭上に挙げて、赤の指輪を振りかざす。
指輪が光を持った瞬間、ディーノは指輪に一瞬間気を取られる。
その瞬間、ジーナが最小の動きで鋭くナイフの刃先をディーノに向ける。
と同時に、ナイフの刃先が伸びた!
伸びた刃先は、鋭く、ディーノの胸に突き刺さる。
やったか?
しかし、ディーノは伸びたナイフの刃を掴み、強引にその狙いをそらす。
傷は浅い。
もう一本のナイフで畳み込もうと前に出たジーナ。
しかし落ち着いて処理をするディーノ。
ジーナはあっさりと、その細首を根っこから掴まれる。
「面白そうなことやってんじゃん!」
何の脈絡もなく、緊迫した戦場に、のんきそうな声音が響く。
同時に、次々にディーノ目掛けて、木杭が飛んでくる。
ディーノは、ジーナを離し、急いで木杭の飛来を避ける。
「遅いじゃないか!」
バリケードの木杭を引き抜いて、次々に投げて寄越しているのは、ようやく戦場に現れたアキレだった。
アキレは、木杭を両脇に抱えて、ディーノに突貫していく。
「ほい! ほい! ほい!」
好敵手を見つけたとばかりに、アキレは嬉しそうに、木杭でディーノを打ち据えようとする。
しかし、あちらもこちらに負けないほどの力自慢の男。
鮮やかにハルバードを回転させて、穂先から柄をうまく利用しながら、木杭の二刀流攻撃を全て受けきる。
二人の攻撃は徐々に勢いを増していき、もはや他の者が付け入る隙きすらない。
ただ一撃一撃が、激しい旋風を引き起こす。
それをただただ呆然と見守るだけ。
今更ながら、こいつらは化け物だろう……。
打ち込み合うこと、20回。
木杭の一本がスパッと鮮やかに断ち割られる。
と同時に、その隙きをついて、もう一本の木杭が、ディーノの右肩を直撃。
凄まじい音を立てたが、何の支障も見せず、さらに激しく、ハルバードが回転し、アキレを襲う。
これに対して、木杭一本になって身軽になったアキレが、さらに激しく木杭を回転させながら、迎え撃つ。
「閣下、いまのうちに、伯爵代理を倒しましょう!」
勇ましく、ジーナが提案してくる。
そうだった、すっかり見物人になリ果てていた。
しかし、俺の両手はまだ回復していないのだ。もはや、グラディウスすら満足に振れない体だ。
「槍衾形態ッ!」
俺は途方も無い大声で、村人達に号令をかける。
勢いに乗せられた村人達は、いそいそと固まり、農具用フォークを前に突き出し、隊列を組む。
動きにキレはないが、事前に教え込んだ即席の隊列なのだ。仕方あるまい。
そのまま、バリケードを迂回して、伯爵代理とその部下達に向かって、そろりそろりと突き進む。
俺とジーナはその後方から、そろりそろりと付いていく。
17対6。
相手に騎馬が一騎あるとはいえ、戦力差は圧倒的だ。
「村人風情に何が出来る! 少しビビらせてやれば、すぐに散り散りになって逃げ出すに相違ない」
伯爵代理は、あざ笑いながら、剣を振り上げ、馬を駆ってこちらに突貫してくる。
しかし、村人達のフォークが、馬を怯えさせ、突貫は叶わない。
その様子を見た村人達は勇気百倍。
勢いにのって、フォークでチクチクと馬をいびり始めると、苛ついた馬は、ついに伯爵代理を馬上から放り出す。
地面に転がり込んだところを素早くジーナが捕縛。
「お前達! 吾輩を早く助けに来んか!」
遅れて向かってきた部下達の士気は極めて低く、しかも、数の暴力の前では無力。
すぐに、決着は付いた。
全員捕縛完了。
ディーノはしばらくして、その様子に気が付く。
ハルバードをまるでデタラメに振り回して、アキレの残された木杭を叩き割る。
アキレが呆気にとられている間に、そのまま、急いで乗馬。
肩で息をしてへとへとになっているアキレに対して、ディーノは相当な余力を残しているように見受けられる。
ディーノはアキレを馬上からひとにらみして、無言のまま、その場を立ち去っていった。
村人達が小さな声でつぶやき始める。
「やったんだ。オイラ達」
「いつも伯爵に意地悪されてきたオイラ達が、ついに伯爵を追い返したんだ」
「それもこれも、あのひとのおかげ」
「素晴らしい方だ」
「本当は実力があるのに、オイラ達の安全を考えて、戦いをなるべく避けようとするその優しさ」
「いざという時に、自分の命を顧みずに戦えるその勇気」
「オイラ達に的確な指示を与えてくれて、相手に対抗する手段を与えてくれるそのリーダーシップ」
「オイラはどこまでもあの人に付いていくぞお」
ハハハ。
あんまり持ち上げないでくれよ、照れるじゃないか。
村人達はさらに小声で呟く。
「ジーナ嬢、バンザーイ」
「ジーナ様に感謝」
「ジーナ様に祝福を」
え?
捕虜を引き連れて、俺達はノルド村に帰還する。
捕虜は、村の中の一軒家に、監視付きで軟禁する。
夕暮れ前、館の自室に籠もると、どっと疲れが押し寄せてくる。
ハハ。ジーナ嬢バンザーイね。
そうか。そう……か。
敵軍に1勝したにもかかわらず、気は晴れない。
確かに、ジーナはその武力といい、知力といい、俺に勝るといっても過言ではない。
完全に俺の立場が食われているな。
いかんいかん。
これでは、まるでジーナの才能を妬んでいるようではないか。
俺は、むしろ彼女の才能を喜ぶべきなのだ。
優秀な部下を持てたことに誇りを持つべきなのだ。
そうだ、少し彼女と話がしたい。
俺は、自室を出て、館の中をジーナを探して歩き回る。
しかし、いない。
外に出ているのか?
まだ、帰宅の時間帯ではないはずなのだが。
ぼんやりと村の中に教会の鐘が鳴り響く。
なんの当て所もなく、ふらふらと村の教会に向かって歩いてみる。
村中が夕焼けで赤くぼんやりと照らされている。
丘を降り、その麓。
木々に囲まれた一角。少し暗い雰囲気を持っている。
そこには、美しい青と白で彩られた尖塔を持つ、教会の建物があった。
教会に近づくと、声が聞こえてくる。
入口付近でふと立ち止まる。
入ってはいけないもののように思えたからだ。
「いえ、彼はまるで信仰を持っておりません」
「それは残念なことだ。このところ、我々騎士団もこの大陸では肩身が狭くてな」
「しかし、ご安心くださいませ。必ずや、領内に信仰の光を灯してみせます」
「そなたがいうのであれば、心強い。しかし、彼についてはあまり良い評判を聞かぬ。慎重にことを運ぶがいいぞ」
「ええ。しかし、今の所悪しき者としての素振りは見せておりません。むしろ善良といってもよいかと。くつろいでお茶をすすっているのが似合うような、そんな平凡な男です」
「以前の、悪魔じみた所業は鳴りを潜めたということか。城下町で何かを学んだのやもしれぬ。それが信仰の道であればよいのだが」
「残念ながら、それとは別のものであることには間違いありません。それに、噂とは違い、自身の領地経営に相当な熱を持っているようです。空回りするぐらいに」
「そうか。公爵によって自身の領地に追い返されたと言うからな。領地経営に勤しみ、父親からの評価を取り戻そうとしているのやもしれぬ」
「悪いことではありません。私の提案を全て飲むという点については、若干の度量を感じさせます」
「ハハハ。そなたは常に辛辣であるからな。注意せよ、折りに触れ、多少は褒めてやらねばなるまいぞ」
「何のために?」
「決まっておろう。信仰のためよ」
「結びつきがわかりません」
「頑固者よな。要はこういうことだ。暗黒卿をうまく操れ。そして、そなたが世俗君主の代理として、この未開の地において信仰の道を刻むのだ」
「承知しました」
「そうだ。近々、枢機卿になられたイーヴォ様がデルモナコを訪ねてくるそうだ。我々聖堂騎士団も、列席する予定である。そなたも主君、名だけの主君であろうが、そやつを引き連れて祝いに参るがいい。枢機卿は、そなたにとって大恩ある御方であろうからな」
「謹んで拝命致しました」




