04 守り抜く心が人を強くするなんて嘘だ!
「お城の前で暴れまわったんだって? さすが兄貴。ちょっと見ねえうちに、もう面白ぇことを始めちゃてさぁ!」
ついにアキレが戻ってきた。
仕立て屋の狭い屋根裏部屋でアキレと向き合う。
なんだか、一気に部屋の内が明るくなったように思う。
敵に回すと恐ろしいが、味方でいてくれるとこんなにも心強い。
しかも、性格が無駄に明るい。
もっとも、帰ってくるならもっと早く帰ってきて、窮地に陥っていた俺を助けて欲しかったのだが。
「全身ボロボロだ。生きているのが奇跡のようだ。血の婦人って知っているか?」
「ああ。なんでも生き血をすする婦人だって聞いたことがある。ゾッとするよなぁ。まさかそいつと会っちゃったっての?」
「そいつに捕らえられていたんだ」
「そりゃあすげえ。さすが、兄貴! 生きて帰ってくるだなんてまさに勇者だなッ! ワハハハ!」
アキレは途方も無い声で豪快に笑う。
よっぽど俺の話が気に入ったようだ。
「で、どうだったの? その様子じゃあ、楽しめなかったみたいだけど? ひょっとして血の婦人つっても、弱かったの?」
「これから、多人数で呪いの館に乗り込んで、とっちめてやるつもりだ」
「それは兄貴らしくねぇなぁ」
がっかりしている。
今から呪いの館に乗り込んでみようぜ、といい出しかねない。
別の話題をだな。
「ところで、何かあったのか? 急に戻ってきたりなんかして」
「それそれ! 実は兄貴に頼みてぇことがあって戻ってきたんだ。うまくいけば好きなだけ酒が飲めるかも知れねぇぞ」
翌日。
「では前金に銀貨5枚を差し上げましょう」
小太りの男が、もったいぶって銀貨を差し出す。
「かたじけない」
俺は、はいのうに銀貨を放り込む。
アキレは、意外にも金儲けの術を心得ている。
早くも、土のう積み上げ作業1週間分の2.5倍の報酬を得た。
「あとは働き次第でさらにプラスさせていただきますゆえ、道中くれぐれもよろしく頼みますぞ」
要人の警護を引き受けた。
アキレが、昔の仲間から流れてきた情報を活かして、こうして俺に仕事を見繕ってくれたのだ。
血の婦人に囚われている白銀先輩達のことは心配で仕方がない。
しかし、今の俺に何もできることはない。鬱屈としていてもただただ時が過ぎるだけだ。
ならば、体を動かしている方がいい。
しばらく武器を持つこともなかったのだが、今は、久しぶりに黒のグラディウスと連射式クロスボウを身につけている。
果たして、力を失った俺に何が出来るのだろうか。
危険なことが何も起きないことを祈るばかりだ。
しかし、依頼主であるその要人は相当の難物。
だからこそ、引き受け手が現れない仕事なのだ。
要人とその配下5人とともに馬車に乗る。
そして、馬車に揺られて30分ほど。
レオナルディ湖の北にある、山岳の麓にたどり着く。
大きな坑道の入口付近に、数多くの家屋が立ち並んでいる。
レオナルディの鉱山街だ。
凍てつくような寒さ。
雪も深く積もっている。
それなのに、街には無数の火が灯り、活気に溢れている。
景気は良いようだ。
10人ばかりが、街から現れ、要人の行く手を阻む。
いずれも素晴らしい体格の男達。
早くも険悪なムードが漂い始める。
やめてくれ。本当に。
要人は怯える様子もなく、男達に向かって笑顔で語りかける。
「市民の皆サン、おはようございます。本日の分を回収しに参りました」
「本日の分はねぇんだな。これが」
「お約束が守れないというのですか?」
「守らねぇとはいってねぇよ、ただ、少し都合をつけていただきたいなぁって思ってんだ」
「いけませんねぇ。皆サンに採掘権を与えて差し上げるお優しいレオナルディ子爵様のお気持ちを踏みにじるおつもりですか?」
「高ぇんだよ。いままで通りにしてくれないと、採算が合わねぇんだ」
「そうですか。よくわかりました」
「え?」
「まさか?」
「ありがてぇ!」
「ドゥッチョ様、バンザイ!」
鉱山夫達はあまりに色よい返事に思わず顔を綻ばせる。
そう、この要人は徴税官、ドゥッチョ。
がめつい男として、城下街、鉱山街で名を馳せているのだ。
しかし、今日はどうしたのだろうか。
「皆サンには、子爵様のお優しいお気持ちを受けとる権利がないことがわかりました」
「え?」
「さぁ、君達。市民の皆サンが採掘した銀鉱石、鉄鉱石を全て没収してしまいなさい! 市民の皆サンにはもったいないからなぁ!」
「承知!!」
一斉に部下共が剣を引き抜き、市民達に襲いかかろうとする。
しかし。
「待て!」
現れたのはアキレ。
おい、お前が出てくるのかよ。
「俺ぁ、ドゥッチョさんだろうが、そんな悪道、許せないぜ!」
そういったかと思うと、手元の斧をドゥッチョ目掛けてぶん投げてくる。
「ヒィ!」
斧は、ドゥッチョをかすめて、雪上に突き刺さる。
ドゥッチョはその場にへたり込む。
「せ、先生! ここは一つ。よろしくお願い申しますぞ」
俺を見て、切に依頼してくる。
やめてくれ。
俺ではアキレに勝てない。
戦いたくない。
俺は黙ってアキレを見る。
目配せをしている。
そのまま徴税官の用心棒を続けろってことか。
「承知!」
俺はドゥッチョの部下の掛け声を真似して、さらに一歩前に出る。
アキレは素知らぬ顔で俺に呼びかけてくる。
「やぁやぁ。君は若いのになかなかいい面構えをしている。君と戦っても勝てる気がしない」
「ならば、潔くドゥッチョ様の言葉に従うのが、うぬらのためでもあるぞ」
「ふん!」
アキレは腕まくりして、ずんずんと俺に向かって歩いてくる。
俺のすぐ手前で立ち止まり、胸を張って俺を見下ろす。
アキレからの目配せを受けて、俺も腕まくりし、胸を張ってアキレを見上げる。
全員が固唾を呑んで行く末を見ている。
アキレは思いっきり腕を引いて、一気に拳を振り下ろす。
ズドンッ!
大砲のような一撃が俺の胸に直撃。
カハッ!
一瞬、意識が飛ぶ。
腰の辺りでくの字に曲がる。膝は俺の意識とは無関係にがくがくと震える。
いてぇ……。
遠慮なしにやってくれたな。殺すつもりか?
しかし、かろうじて生き残った。
ぎりぎりのところで膝を地につけずに保ち、しばらくしてから、やせ我慢をしつつ再び胸を張ってアキレと向かい合う。
アキレはすました顔で、自分の胸を差して一発入れてみろ、とジェスチャーしてくる。
ならば、遠慮なしに行ってやろうじゃないか。
限界まで神経を集中。
大股を開き、腕を引き絞る。
腕を回転させながら、渾身のストレートッ!
貴様の胸にお見舞いしてくれるッ!
カツンッ!
まるで、鋼にぶつかった松ぼっくりのよう。
アキレ自身、あれっという顔をしている。
おぃ。
「あっ、いったぁ! いったぁぁぁぁ! うわぁぁやられたあああ!」
拳が炸裂してから10秒ぐらい経った後、芝居がかった様子でアキレはその場に崩れ落ちる。
俺は腕を組み、崩れ落ちたアキレを見下ろす。
「うむ。世は全て無常……か」
決め台詞も言い放つ。
「おおおおお!!」
「素晴らしいですぞ、先生」
ドゥッチョも大喜び。
この一芝居の後、街の人々は仕方なく探鉱税を銀貨で納付した。
そして難なく仕事を終えた俺は、ドゥッチョから追加報酬の銀貨7枚、前金と合わせて1,200ゴールドを手に入れたのであった。
「毎度ありッ!」
「双方被害なくスムーズに市民の皆サンから回収することができました。是非、次回もよろしくお願いします」
被害はなかったというのであれば、いい仕事をしたのかも知れない。
なお、アキレはアキレで、鉱山街の皆さんから用心棒代として銀貨3枚をせしめたのであった。
昼から、二人して黒羊亭で祝勝会をする。
アキレはエールをガンガン注文する。
俺もそこそこ酒には強いほうなのだが、アキレは俺を遥かに上回る酒量。
天井知らずの飲み方をする。
アルコールを欲している。
まるで、呪いの館、白銀先輩のことを頭の片隅に追いやるように、飲んでしまった。
夕暮れ近く。
支払いはなんと120ゴールド。
派手に散財してしまった。
「兄貴はさぁ。酒もろくに飲まず、人生の何が面白いんだ?」
お前は飲みすぎだ。
「ああ? 何を言っている? 俺は将来世界の中心に立つ男。その成り上がりの花道全てが面白いに決まっているだろう」
「世界の中心、ハハハ! 世界の中心ハハ!」
「うっせえ。あざ笑うんじゃねぇ」
「ハハハ! ちげぇよ、兄貴。俺ァ、あんたを笑っちゃいねぇぞ。兄貴のような痛快な男を俺ァ知らねぇんだ!」
「うっせえ。持ち上げるんじゃない」
「どいつもこいつも、一人でいるのは怖いのよ。仲間の輪から外れたらもう生きていく保証はなくなっちまうからなぁ。それを兄貴はものともしねぇで、自分の足で、自分の野心だけで成り上がりを目指している! たまんねぇなぁ」
いざという時には行政が面倒を見てくれる現代社会と違って、この世界では、一匹狼ではまかり通らない。
街の住人たちは、職人団体などに属し、困った時には助け合うのが一般的である。それができない流れ者は、まさに俺たちのように、明日をもしれぬ不安定な毎日を過ごすこととなるのだ。
その点、アキレのように能天気な者ですら不安に思っている。
それなのに、アキレは俺に付いてくるために仲間から離れた。並々ならぬ入れ込み具合である。
店を出て、千鳥足でフラフラ歩く。
気がつくと、ちょうどそこは、高級住宅街との出入り口。
黒屋根が、冷たく俺達を見下ろしている。心の奥底から感情が冷えていく。
離れよう……。
高級住宅街の住人と思しき、上品な年配の女性が、顔をしかめて高い声音で指摘してくる。
「大きな声を出して、みっともないわね」
「失礼しました」
代わりに俺が謝罪しておく。
ほら、怒られた。これ以上迷惑をかける前に、さっさと帰ろう。
しかし、それだけでは許してもらえなかった。
すっかり癇に障ってしまったようだ。
「お黙りなさい」
「はい……」
「貧民風情が世界の中心? 頭がおかしいのではなくて?」
「失礼しました」
酔っ払っていたのは俺が悪い。
頭を下げた後、酔いどれているアキレを連れて、すごすごと立ち去ろうとする。
しかし、そう簡単に去らせてはくれない。
「あなたは、こちらの赤屋根のオジサマのように、銀の流通とか、外交による一時休戦だとか、そんな難しいことが理解できて?」
赤屋根のオジサマとやらは、ダンディな髭を撫でつけながら、俺を観察している。
休戦?
「できないわよね。それでしたら、立派な人々と出会った時には、頭を低くして、黙っておくのがよろしいですわ」
「まったくもって、貧民共の無知には呆れ返るものがあるので、ある」
「休戦というのは、神聖帝国との休戦のことですね?」
「無知の智。その言葉を理解しえない貧民が、形だけ上級国民の立ち居振る舞いを真似てみせる。真に質が悪いのであるので、ある」
「ほら、貴方よりも遥かに賢い人がこう仰っているの。口をつぐんで、拝礼だけしておきないな」
「戦線は今どこに?」
「くわばらくわばら!」
高級住宅街の住人は、あきれ果てながら去っていく。
仮に、フッチ城までが陥落したとなると、アルデアは剣の切っ先を喉に突きつけられたようなもの。
しかし、その段階で休戦が成るとは思えない。
そうすると、フッチ城はまだ陥落していないだろう。
いずれにしても、戦火は近い。
これ以上、斜陽の王国に居続けるというのは、俺のビジネスにとってマイナスでしかない。
とはいっても、この街を出ていく目論見は立っていない。
「ヘルミネ様、今日も貧民街へ?」
アキレを連れて、自宅へ引き返そうとした時。
憲兵の声が耳に入る。
俺は思わず振り返る。
シスター・ヘルミネはこちらに向かってくる。
通りすがりの優男が、へルミネに向かってウインクをする。
しかし、ヘルミネはそちらにニッコリと微笑みかけるだけ。
ずんずんとこちらに向かってくる。
俺に用?
「逃げないでくださいまし」
「いえ、逃げるつもりでは……」
どうも、この人と話すと調子が狂う。
とても上品なのだ。
きっといいところのお嬢様なんだろうな。
「少し、お時間いただけますか?」
緊張した声音。
ひょっとすると、呪いの館のことで?
近くの飲食店に移動する。
アキレをテーブルに座らせると、アキレはすぐにその場で爆睡しだした。
よって、ヘルミネと一対一。
「レオナルディ卿にお願いしまして、憲兵をお借りしましたの。すぐに、黒の館に立ち入り、調査を行いました」
「私も行きたかった……」
「あなたをこれ以上、あちらの問題に関わらせたくはありませんでしたの」
「ご配慮感謝します」
「頭を上げてくださいまし。悪い結果をお伝えしなくてはなりませんわ」
「え?」
「黒の館はもぬけの殻でした」
「そんな……」
「地下までくまなく探していただいたのですが、お聞きしていました白銀様も見つけることができませんでした」
「昨日の今日のの話なんですよ? そんなことがありますか!」
「すいません」
ヘルミネは恐縮する。
「すいません。ですが、俺が直接行きます」
「こんなことは申し上げたくないのですが、でも、やはりあなたはこちら側にお住まいの方。向こう側へお連れすることは許されませんの」
一度火がついた感情が、水を掛けられたように音を立てて鎮火していく。
ルカ……。
白銀先輩……。
彼らの無事はわからない。
だが、自分は助かった。
ならば、後はどうでもいいではないか。
異世界の人間など、全て行きずりの人々。
心を砕くことに何の意味がある?
そもそも、俺には、もはや何の力もない。
権力も、戦闘力も、人を動かす力も。
正に有象無象の一人。
ハハッ。
「あなたのそんなに悲しい顔を見てしまうと、わたくし、胸が引き裂かれそうですわ。お願い。自分自身をこれ以上責めないで下さいませ。わたくし、地の果てまでも黒の館の女主人を追いかけ、白銀様を連れ戻してみせますから!」
「ありがとうございます」
俺は顔を伏せて隠す。
俺の発言で、嫌な思いをさせてしまった。
無言が続く。
しばらくして、対面に座っていたヘルミネが立ち上がり、俺のすぐ隣に腰掛けてくる。
「以前と違って土の匂いがしませんのね。今は別のお仕事を?」
「ええ。まぁ。用心棒まがいのことを」
俺は、パーソナルスペースに入り込まれ、顔をそむける。
「危ないことはやめてくださいね。それに、怖い人にならないでくださいね」
「私がそんな仕事に染まることはないですよ」
ヘルミネが少し離れてくれた。
「そういえば、ルイジ・レオナルディ公爵がお城にお戻りになられたと聞きました。近く、力自慢の者たちが集う闘技会が開かれるそうですわね」




