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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
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08 踊る会議

「どちらに行かれていたのですか?」


 城に戻ると、公爵ルイジからお小言を戴く。

 公爵の隣にはアウグスタが控えており、俺を冷たい目で見ている。

 早くも信用失墜の危機である。


「これから会議が始まると聞いた」


 アウグスタの言葉に公爵が応える。


「戦線に向けて、誰がどれだけの戦力を派兵するのか。会議では、このことが議題となりましょう」


 会議場に入ると、中央に置かれた円卓が目に入る。

 円卓には、ペーター王に宰相、フッチなどが集っている。

 俺が着座すると同時に、宰相が会議を開始する。


「皆様よくお集まりいただきました。早速ですが、英雄のお二方に、我が王国の五人の貴族をご案内致します。まず、レオナルディ公爵ルイジ。王国の中心を領地とする筆頭貴族です」


 公爵は無言で会釈する。

 老齢の域に達してはいるが、動きに無駄がなく、その所作は優雅だ。


「次にフッチ辺境伯。北方辺境を治める貴族で、現在最前線にて、神聖帝国のコルビジェリと交戦しています」


「城砦でお会いしたフッチにございます。これからもどうぞ、よろしくお願いします」


 消化器官が弱いのか、やせ衰えた面構えをしており、神経質そうに周囲に目を配っている。

 年齢は、中年の一歩手前といったところか。


「左隣がデルモナコ伯爵。南西の領地を支配する貴族です」


「貴方の力については聞き及んでおりますとも。是非、フッチ殿を楽にしてやってくだされ」


 鷹揚な声音の中年男である。腕組みしながら、主賓であるはずの俺を一瞥する。その自信満々の態度は、我こそがこの座のトップであると言わんばかりである。

 頭髪をオールバックにまとめ、どじょう髭を跳ね上げている。


「次はザンピエーリ伯爵。王国東の領地を管理している伯爵です」


「古の英雄とこんなところでご一緒できるなんて素敵なことね」


 野太い声で語り掛けてくる。

 彼も俺を一瞥するに留まり、その言葉とは裏腹に、こちらに全く興味が無いことがわかる。

 デルモナコに負けず劣らず、こちらも我が道を行くタイプなのではないだろうか。

 その体躯は素晴らしく、彼は、長髪の間から野獣の眼光をギラつかせている。


「最後にデシカ伯爵。南東の領地経営を担っています」


「どうも初めまして。古英雄におかれましてはご機嫌麗しく」


 半笑いの青年である。自分、こんな場所に呼ばれて恐縮です、といった表情をしている。

 しかし、その気弱そうな態度は天然のものとは思われない。よく見るとその瞳は異常に鋭く、隙が見えないのだ。




 まず、ペーター王が口を開く。


「それでは、神聖帝国軍への対応、コルビジェリ軍への対策を検討したい」


「我がフッチ家子飼いの騎士では、両軍に対抗できません。彼我の戦力差は明らかであり、このままでは戦線が崩壊する。戦において、数が全てとは言わぬが、重要な要素です。さらに援軍を、少なくとも同等の兵数を用意いただきたい」

 

 フッチは困り切った様子で皆に訴えかける。

 ザンピエーリがこれに応える。


「じゃあ、私が助けてあげるわよ」


「貴卿の傭兵は規律がまるでなっておらん。そんな輩に、領内に居座られてはかなわない」


「ま! 失礼ねぇ」


 フッチは何故申し出を断ったのだろうか。背に腹は代えられない状況にあるのではないのか。

 断られたザンピエーリも、それ以上は固執しない。

 目を移すと、どじょう髭のデルモナコは、悪い笑みを湛えてザンピエーリとペーター王を見比べている。

 彼は発言しないが、それは嘴を入れることが出来ないからではなく、その必要性がないからと言わんばかりである。つまり、会議の前に根回しを終えているといった雰囲気なのだ。


 そこで、困り顔のデシカは、自分の意思が介在しない当然の結果のようにして、淡々と述べる。


「ザンピエーリ伯が派兵しないということでしたら、残りの王国軍で対応するしかありませんね」


 宰相は冷静に反発する。


「伯爵方は傍観を決め込むのですか?」


 次いで、フッチが叫ぶ。


「私を、私をコルビジェリのように見捨てるお積もりかッ!」


 しかし、その声は芝居がかっている。

 その場が静まり返る中、ペーター王が穏やかに意見を述べる。


「もちろん王国軍も出陣する。だが、各伯爵も兵を用意いただきたい。騎兵でも歩兵でも、なんなら弓兵でもいい。いかがだろうか?」


 若いのにリーダー然としているのである。

 フッチは前のめりになって応える。


「それで、誰がその軍勢を率いるのです?」


 ザンピエーリが続く。


「嫌だわ、私の大切な兵隊を他人に使われるのっていうのは。返してくれないんじゃないかしら、って疑ってしまうのよ」


 デシカも続く。


「ザンピエーリ伯は兵に余力がありましょう。しかし、他の伯爵は派兵してしまうと、領内の警備すらままなりません」


 宰相は、場を整えるべく考えを巡らせている。

 そこで、公爵は立ち上がる。


「貴卿らは何をぐちぐちと言っておるのだ? このままフッチ辺境伯が破れ、その勢いのまま王城が陥落するとなれば、貴卿らの地位も意味がなくなるのだぞ!」


 珍しく激怒している。

 これにデシカが応える。


「そうは仰られても突撃公。我々凡人にとって、将来の大禍も恐ろしいのですが、現在の破綻はそれ以上に怖いのです」


 のらりくらりとかわしたのである。


 つまり、ペーター王と宰相、公爵は、三人の伯爵からの派兵を望んでいる。

 対して、デシカは対岸の火事に巻き込まれたくないのであり、ザンピエーリも旨味がない限り、派兵したくないと考えている。

 なお、デルモナコは発言しないため、その考えは不明である。


 しばし沈黙が訪れる。

 そこで、宰相が静かに言い放つ。


「ここだけの話なのですが、共和国の使者から聞いた話ですと、共和国にも準備があるそうです。つまり、若干の兵を王国兵に偽装して貸してくれるとのことです。若干と言っても、三千から四千ほど。外敵を排除するのに、他国の兵を当てにするのは惨めではありますが、この際仕方ありますまいか」


 ちなみに共和国とは、海洋を隔てて南にあるコルドバ共和国のことだろう。

 この提案に対して、ザンピエーリがいち早く噛みつく。


「何を言っているの? それはおかしいわ! あいつらが戦後、この大陸に居座ったらどうするのよ? この大陸に足がかりを作るつもりだわ。ねえ、フッチ。貴方、うだうだ言ってないで私の兵隊を受け入れなさいよ。でないと、貴方を攻撃するわよ」


 ここで初めて、デルモナコが小さく唸る。

 

「白々しいッ」


 デルモナコは、目を怒らして、宰相を睨んでいる。

 どうやら、デルモナコの目論見が宰相の発言でひっくり返ったようだ。


 ザンピエーリは共和国を危険視している。そして、彼が反発することを見越して、宰相はあえて共和国からの派兵を提案したに違いない。

 この提案により、デルモナコの目論見が崩れた。

 そうすると、デルモナコは共和国からの派兵を目論んでおり、その目論見が、宰相に先出しされて崩れたと見るのが自然である。

 つまり、ザンピエーリは反共和国派であり、デルモナコは親共和国派なのだ。


 こんな内情で大丈夫なのだろうか。

 外患が押し迫っている中、それでも王国内部が一つにまとまることはなく、将来の内憂すら予感させるのである。

 

 フッチは永遠とうめく。


「傭兵団は嫌じゃ、嫌じゃ」


 宰相は、フッチを無視してデルモナコに切り込んでいく。


「デルモナコ伯、いかがですか? 貴方の意見も是非お聞きしたい」


 デルモナコはいかがわしい笑顔で応える。


「我が領内の戦力を派遣することを、特段やぶさかとは思わん」


 宰相がにっこりとして、大きく頷く。


「では改めて、提案します。王国及びレオナルディ公は新たに二千を派兵し、前線の部隊と併せて計三千五百。これが第一陣です。次にザンピエーリ伯が千、デルモナコ伯及びデシカ伯が各五百を、フッチ城に派兵します。これに、前線の部隊を併せて計三千。これが第二陣です。第二陣は1か月以内の編成を希望します。そして、共和国からの派兵は断ります」


 各伯爵は、賛同するとも反対するとも言わない。

 宰相は続ける。


「メルクリオ様。アウグスタ様。軍の指揮はお二方にお任せします。ここで、ご裁可をいただきたく」


 そこで、アウグスタが立ちあがる。

 そして、予め決められていたであろう言葉を発する。


「貴方達が覚悟を示すならば、我々英雄も手を貸そう」

 

 デルモナコは宰相を睨みながら、眉の釣り上がった可笑しな笑顔で拍手する。

 フッチがデルモナコの様子を見て、恐る恐る拍手に加わる。

 さらに、他のメンバーも静かに拍手を開始する。

 

 こうして、話はまとまった。 

 しかし、俺は何の活躍もできなかったのである。


 宰相は爽やかに言ってのける。


「それでは戦費に関しては追ってご連絡します。会議はこれまでと致しましょう」




 おもむろに食事会が始まる。


「いやはや。古代英雄のメルクリオ様。このような機会に同席できるなど、幸福の極みです」


 デシカは、ニヤニヤしながら話し掛けてくる。

 ちなみに、アウグスタは、隣で無邪気にオレンジをかっ喰らっている。


「貴公は……」


「しがない田舎領主にございます」


「そういえば、港町でデシカ産の蜂蜜が売られていた。そちらの特産品なのだろうか?」


「私の領内は、ちょうど、古代のメルティノープルに位置します。ですので、ご存じの通り、蜂蜜が特産品なのです」 


 メルティノープルは蜂蜜で有名だ。

 メルティノープルが何なのかはわからないが、そのようであるらしい……。


「懐かしいものだ」


「おや? メルクリオ様といえば、元老院から送られた蜂蜜壺を叩き割って、進軍を開始したと聞きますが、実は蜂蜜が嫌いではなかったのですね?」


「ああ……。ところで、蜂蜜以外にも、有名なものはあるだろうか?」


「領内は、西側を山脈、東側と南側を岩石海岸に覆われ、自然と人の出入りが限られています。ですので、文化が遅れており、恥ずかしながら大自然以外に誇れるものはないのです」


 そこで、宰相が話に加わる。


「ご謙遜を。デシカ伯の領内には魔法学院があります。全国から能力者を集めて、研究させたり、鍛えたり。大変有名な学校です」


「これはお恥ずかしい。古代のギュムナシオンを真似て教育機関を作ってみたのですが、まだまだ未熟にございます」



 

 昼食会の後。

 身内だけを集めた作戦会議が始まる。

 卓の上には手書きの地図が置かれている。


 宰相は、まず、これまでの戦いの推移を説明する。


 元々、北の神聖帝国と南のアルデア王国の国境は、東西に走る大渓谷で区切られていた。

 そして、大渓谷のアルデア王国側には、東西に伸びる長城、いわゆる大要塞が築かれている。

 しかしながら、コルビジェリ伯の裏切りにより、大要塞以南に位置するコルビジェリ伯領は、神聖帝国に吸収されてしまったのである。

 更に、コルビジェリ伯軍は、神聖帝国の支援を受けて南進し、怒涛の勢いでフッチ伯領に侵攻している。


「我が国としては、この大要塞を奪還し、戦前のラインまで国境を回復したいのです」


 そのためには、まず、王国軍はコルビジェリ伯軍と対決し、これを打ち破らなければらない。

 そして、彼が占拠したフッチ辺境伯領を解放し、更に北へ進撃する。

 途上でコルビジェリ城を陥落せしめ、更に大要塞を奪還する。


 大要塞さえ奪還すれば、その鉄壁の守りによって、神聖帝国軍を打ち払う事は容易いのである。


「コルビジェリ伯と帝国の吸血公は連携していないとも聞きます。加えて、帝国軍は未だ大要塞に入城しておりません。つまり、コルビジェリ伯に先鋒を任せ、帝国軍としてはそのお手並みを拝見といったところでしょうか。こちらにとっては非常に好都合です」


 公爵が続く。


「帝国軍が入城する前に、コルビジェリ伯領を制圧し、大要塞を奪還したいところ。したがって、第一陣は速やかに進軍すべきです」

 

 宰相が応える。


「フッチ辺境伯は街道沿いに十以上の砦を築き、全ての砦に兵士を常駐させています。精強と名高いコルビジェリの白薔薇騎士団といえども、その侵攻速度は速くても一日に一つの砦を陥落させる程度。そうすると、王国軍が明日出発するとすれば、最初に接敵するのはおそらくこの平原になりましょう」


 宰相は、地図の上を南から北になぞり、やがて一点において指を止める。

 ペーター王は大きく頷き、宣言する。


「平原であれば数が物を言う。出発は明日。出し惜しみはなしです。メルクリオ様かアウグスタ様が総指揮を執り、俺が騎兵を率いる。叔父上には歩兵を率いていただこう」


 そこで、宰相は俺に声を掛ける。


「英雄のお二方には、今から我が国の兵士をご覧いただきたく存じます。その上で、戦術を練っていただきたいのです」


 俺は黙って鷹揚に頷く。


 さぞかし、戦を前にして落ち着きを失わない大人物と思われたことであろう。

 しかし、この時、俺は緊張のあまりコチコチになっていたのであった。

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