24 対価の督促
「うがッ」
近くで声が聞こえる。
俺は、急いで目を開け、周囲の様子を確認する。
俺はどこかの家の中、藁のベッドの上に寝かされているようだ。
「うう」
挑戦的な、それでいて整った顔つきの少年。
俺の枕元に、体育座りしている。
毛布にくるまり、今まで俺の側で船漕ぎをしていたみたいだ。
よだれを拭っている。
少年は、俺が動いたことに気が付き、瞳を見開き、俺を揺さぶろうと手を伸ばす。
が、しかし。
はっと、何かに気がついたように、いそいそと後ろを向いて何かをごそごそと探し始める。
しばらくすると、騎士兜を両手で持ち、頭部にセット。顔を隠す。
例の竜騎士、ツェリアに早変わり。
満を持して、俺を揺さぶろうとするが、その様子を見ていた俺と目が合う。
「そこまでして、顔を隠したいのか」
俺は冷静にツッコミを入れる。
「見ちゃったんだね」
「悪いな、ついうっかり見てしまった。せっかく看病してくれていたのに申し訳ない」
「いいんだよ。でも他の誰にも言わないでよ。ボクの素顔のこと」
「?」
ソワソワとしている。
美しい顔を隠しておきたい?
ナルシストだろうか。
「姫を呼んでくるね。君が三日間も寝込んだままなもんだから、彼女はすごく心配していたんだ。ちゃんと元気だってことを伝えるんだよ」
ツェリアはさっさと家の外へ出ていこうとする。
「そうそう。これ以上君達と一緒にいると、情が移ってしまう。だから、ボクは今度こそ本当に帝国に戻ることにする。ここでお別れさ。今度出会うときは敵味方だからね。覚悟しておいてね」
俺に背を向けたまま言い放つと、そのまま外へ出ていった。
俺は小さな声で返す。
「達者でな」
ふぅ。
ベッドの上で座り込み、一息つく。
それだけでも、凄まじい痛みが左ももからやってくる。
痛むのは、ウルバノに風穴を開けられた部位だ。
ご丁寧にも、左ももは包帯で包まれている。
包帯の先から伸びる足はあいも変わらず鳥の足。
今までは、致命傷を負っても超絶ご都合的回復ができていたはずなのにどうしたことだろう。
ついに、回復能力は封じられたのだろうか。
もはや3日もたったとのことなのに、まだ回復が追いついていない。
加えて、体中に嫌な麻痺の感覚が残っている。
左足を初めとして全身の自由が利かないのだ。
傷を負っているなら、仕方がないと思うかもしれない。
だが、俺のこの黒い指輪は、俺の体を無理やり駆動させる悪魔じみた仕様だったはず。
なのに、今は体の自由が利かない。
まるで能力を失ったように。
そして、まるで、普通の人間のように苦しんでいる。
一方で、俺の指には、黒い指輪と赤い指輪が収まっている。
ご丁寧にも、ウルバノは赤い指輪を返してくれたようだ。
しかも、寿命を縮める呪いも解除されたようで、まだ俺は生き残っている。
首元に違和感がある。
チョーカーがない。
カエサルから貰った、黒い指輪とチョーカー。
黒い指輪が発信機なら、チョーカーが受信機。
両方揃って初めて、俺の体は自在に駆動する。
そういうシステムである気がする。
つまり、黒い指輪の能力は封印されたということだ。
「あッ? ようやくお目覚めなのね?」
キアラが扉の向こうから顔を出す。
いそいそと側に近づいてきて、俺の顔を近くから覗き込む。
「おう。悪かったな」
俺は向き合うのを嫌って横に目をやり、ぶっきらぼうに返す。
若干、気恥ずかしい。
「うん」
キアラは、急にニコニコする。
左右にふらふらと揺れている。
なんだか、嬉しそうだ。こっちまで楽しくなる。
何も言ってこない。
聞かなくても、俺の心を読めるのかもしれない。
俺の指示に従わず、酷い言葉をかけた俺のところに舞い戻ってきた。
しかも、キアラのおかげで最後の敵を打ち破ることが出来た。
俺を責めてこないのが、むしろ辛く感じる。
どっちが、守られるべき対象なのか。わからなくなってきた。
「そういえば、わたし。あんたの指示に従わなかったけれど、特に変なことにはならなかったわね」
やっぱり、責めてきた。
責めて来たら責めてきたらで、うざいやつだ。
「事前に爆発機構を取り外しておいたからな。よかったな、もう、自爆に怯えることはないんだ」
「え? 何でそんないい話で片付けようとしているの? そもそも仕掛けてきたのはあんたでしょ?」
「それはさておき。よくも、あの窮地を脱することが出来たな。俺は、ミミズクの群れが襲いかかってきたところまでしか覚えていないのだが」
キアラは、真面目な顔に戻る。
「もう、何がなんだか、よくわからないのよ。ミミズクの群れの中から、急に大きな鳥頭のライオンが現れて、わたし達3人をぐわしゃって捕まえて。間違いなく殺されると思ったら、そいつが実はわたし達の味方だったみたいなの」
「鳥頭? ライオン? ひょっとして、我が帝よ、とか言っていた?」
「そうよ。それ! やっぱりあんたの知り合いなのね? 先に言っておいてよ。本当に怖かったんだから」
「あまり深い知り合いではないのでね」
「そうなんだ。彼は丁寧な口調で、優しく接してくれたわ。いつかお礼を言っておいてね。わたし達をこの村に運んでくれたのも彼なんだから」
「それは大義であったな。ちなみに、この村は山の麓にあった、あの村だよな?」
「そうよ。村の人達は、なんとか傭兵団という集まりだそうで、あんたの名前を出して、金貨を握らせたら、途端に親切に振る舞ってくれたわ。なんだったかしら。そうそう、サルヴァトーランジェロ傭兵団だったわ」
「げぇ」
嫌な予感しかしない。
だが。まぁ、なんだ。
正直なところ、そろそろお頭の顔を拝みたかった頃合いではある。
でも、盗賊団から傭兵団に変更したのだろうか。謎は尽きない。
ところで。
俺が倒れた後も、いろいろとキアラ達には苦労をかけたようだ。
それでも、綱渡りのようにして、うまくここまで生きてこられた。
よかった。
じんわりと、体が弛緩する。
不意に、キアラは俺の胸目掛けて拳を突き出す。
「ウッ」
「もうやめてよね、隙きあらば、一人で死のうとするのは。わたしがいるんだから」
俯いていてその表情は読み取れない。
俺はもそもそとベッドから抜け出し、用意されていた靴で鳥足を隠す。
そのまま、立ち上がる。
「うん?」
しかし、立てない。
「えいっ」
懸命に踏ん張ってみせるが、立てない。
左足が言うことを聞かないようだ。
キアラが、扉に立てかけてあった木の棒を俺に手渡してくる。
木の棒を杖代わりにして、俺はようやく立つことに成功する。
まるで、お爺ちゃんのようだ。
ははは、情けないぜ。
扉から外に出る。
そこは色鮮やかな、薄暗い耽美の世界が広がっている。
山々は赤と黄に覆われていてどこまでも美しい。
ぶどうの濃紺、イチイの赤。
色とりどりの木の実が、樽に積み込まれて、家の直ぐ側に置かれている。
粗末な木造の家が村の中に3軒。
周囲は木柵で覆われ、北西は山の斜面に接し、南側に唯一の出入り口がある。
近くには畑らしいものがあるが、既に収穫は終えたようで、今現在は何も植わっていない。
10人の男たちが、ゆっくりと木材を運ぶ作業を行っている。
薪にでもするつもりなのだろうか。
ぶるっと全身が震える。
ひんやりと肌寒い。
新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。
長い旅だった。俺は生きている。全身ボロボロだけれども、生きているんだ。
「オイッス。目、覚めたかぃ?」
でっかい木材を片手で運ぶ、素晴らしく体格のいい兄ちゃんが陽気に絡んでくる。
トラヒゲが印象的で、見た目は恐ろしいが、愛想はとても良い。
「おかげさまで。何か手伝えることがあれば手伝いたい」
「ウワハハ! 寝覚めでその台詞はなかなか活かしてるねぇ。でも、馬鹿言いなさんな、そんなひょろがりじゃあ、何も手伝えることはねぇよ。大人しく元気になるまで寝てなって」
「ありがとう」
トラヒゲは、地べたに、片手の木材をぽいぽいっと放り投げて、即席のベンチを作る。
「まぁ、座んなッ」
トラヒゲとキアラと俺が木材に腰掛ける。
「俺ぁ、アキレってんだ。よろしくな、メルクリオ! と、その嫁さんッ?」
「ああッ?」
変な誤解するんじゃねぇッ!
だが、夫婦と勘違いしてくれるなら、その方が何かと都合がいいのかも知れない。
正体は知られないに越したことはないからな。
「鎧のお連れさんは、なんだか、でっかい化け物を呼び寄せて、あっちの方へ飛んでいったぜ。ありゃあ、何だったんだかねぇ。不思議な生き物もあったもんだわなぁ。ゾッとした。ウワハハ。ゾッとした」
アキレは西の方を差している。
大方、神聖帝国の前線基地であろう、大要塞かコルビジェリ城に向かったものと思われる。
「俺ぁさぁ、日頃からゾッとしてみてぇと思っててよ。戦争がおっぱじまったんで、村を飛び出して、帝国の下で働いていたんだ。そうすると、帝国が負けまくって、いつの間にか周りに味方がいなくなちまったんで、びっくりしたわけよ。ところがどうだ。今度はまた、帝国が出張ってきた。いい加減、どっちが強いのかはっきりしてもらいたいもんだわな」
大仰な手振り身振りを交えて、アキレはどこまでも陽気に語りかけてくる。
あまりにも陽気すぎて、俺とは波長が合わない。
決して悪い男ではないのだが。
「そういえば、周辺の村々で子ども達と戯れる兵士を見かけたことがある」
「あっ、それ。たぶん俺のことじゃない? 子ども達と遊んでるうちに、ゾッとする精神ってやつを見失ってきてさ。そろそろ新しいこと始めてぇなぁと思ってたのよ。そうすると、お頭が、『俺の側にいるとゾッとできるぞ』って言うもんだから、この村に滞在しているんだが、なかなかそんな経験はできなくてよ。おめぇらが来たときにピンときたわけよ。これはゾッとさせてくれる気配があるってね。そう睨んだわけよ」
「ゾッとしたいのか。しかも俺を指名? それは嬉しくないなぁ……」
その精神は理解不能。
ゾッとするのは二度とゴメンだ。
俺のそばにいるとゾッとする?
まったく嬉しくない賛美だな、おぃ。
それももうゴメンだ。
「ええー? もう、俺ら心の友じゃん? そんな寂しいこと言うなよッ」
「ハハハ。そだね」
「ワハハハ、当たり前じゃないか」
キアラも俺も、あまりのテンションの違いにドン引きしている。
「団長は元気にされているかな?」
「ひょっとして、団長の知り合い? そいつぁ、残念なことだ。団長は外に出ずっぱだかんな」
「盗賊ではなく、傭兵として戦っているのかな?」
「盗賊と傭兵の違いはよくわかんねぇなぁ。まぁ、どっちにしろ冬は戦いなんてできないだろうさ。たぶん、村のワインを売りに出てるってことだろうよ」
まさか。
あのサルヴァ―トランジェロが商売を?
優秀なスタッフがいるのかな。例えば、ゴメスだっけか。
話はいつまでも尽きない。
夕暮れ時。
雪がちらほらと降り始める。
忙しなく、傭兵が勇み足で駆け込んでくる。
「みんな集まれッ! やべえ奴らが来やがったぞ」
「どうした?」
「何があった?」
すぐに村の中央に、男達が集まってくる。
アキレは座ったまま、村に駆け込んできた伝令役の傭兵に顔だけを向ける。
「帝国の正規兵だ! 黒い奴らが渓谷を通ってこちらに向かっている! 数は、たぶん20ぐらい!」
暗黒騎士団か?
その名を聞くだけで、恐れが背筋を走る。
ふと、ツェリアの顔が浮かぶ。
あいつ、裏切ったな?
いや、仕方あるまいか。もともと帝国の人間だ。
いまさら、恨んでも仕方あるまい。
深く考えないようにしよう。
しかし、俺とキアラだけで戦うことになると、勝ち目は薄い。絶望しかない。
俺がこんな状態である以上、戦いはすなわち死を意味する。
「うへぇ、ゾッとしてきた! やべぇなぁ」
アキレは立ち上がり、自分の二の腕を一発殴る。
なんだか、嬉しそうだ。
「おめぇら、武器の準備をしろ!」
彼らも戦うつもりのようだ。
しかし、俺達を帝国に突き出せば、彼らの命は保証されるのかもしれない。
いくら、生き残りたいと言っても、誰かを巻き込むのは許されない。
「何をいう。数で負けている戦いは、絶対に勝てない」
俺はアキレに向かって正論を述べる。
この柵に覆われただけの村を、今から急いで要塞化して備えるというのも、土台無理な話。
地の利も活かせないのだ。
「じゃあ、どうするっての?」
「おそらく、奴らの狙いは俺だ。俺は神聖帝国と戦った身だからな」
「え? 本当? そりゃあすげぇ!」
やたら感心し始める傭兵共。
事態を正確に把握できていないのではないか。
「突き出したいなら、俺だけを突き出してくれ」
「馬鹿言うなよ!」
アキレが俺の背中をどつく。
「おめぇはどっかに隠れてなって。俺達が帝国兵なんざ、ぶちのめしてやるからよ」
まさかの展開。
なんだか、暖かい空気に包まれている。
出会ったばかりの人間にそこまでしてくれるなんて。
「感謝する。言葉に甘えて、俺達は隠れる。しかし、君達は変に相手を刺激せず、うまいことやり過ごして欲しい。俺達の居場所はは知らないと応えてもらえると大変助かる」
俺はもはや取引もせず、願望を直接述べてみる。
しかし、彼らは血気盛ん。駄目かもしれない。
戦わずしてその場をやり過ごすなどというのは、彼らの流儀から外れるというもの。
しばらく間があった後。
アキレが、大声で応えてくれる。
「わかった。その面構えは、おもしれぇことを考えている顔だ。俺はおめぇに従うぜッ」




