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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
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07 王都の朝

 目が覚めると、体の節々が痛い。

 ろくでもないベッドだ。

 しかもなんだか部屋の中が冷え込んでいる。


 カエサルは、俺が寝入る前から変わることなく、扉の前に屹立している。

 

 俺は体を起こして、しばらく呆然としている。

 もう夢から覚めたというのに、まだ元の世界に戻れていないではないか。

 一体、いつになったら戻れるのだろうか。


 気を取り直して壁際に倒立する。

 

 同時に扉がノックされる。

 俺の返事を待つことなく、人が侵入してくる。

 アルである。


「おや、既にお目覚めでしたか? あっ、それは!」


「え?」


「強くなるためのポージングですね」


「ひがふ!」

 

 俺はバランスを崩して床に倒れる。

 アルはにっこりと笑う。

 今のは、さすがに俺をからかった発言に違いない。


「メルクリオ様、今から僕に王都を案内させてください!」



 

 俺とアルはカエサルを連れて、こっそりと王城の入口に向かう。

 しかし、王城の入り口で呼び止められる。


「こんな早くからどちらに?」


 衛士が短槍を片手に近づいてくる。


「少しばかりね」


 フードを目深にかぶったアルが、悪戯っぽく衛士に笑いかける。

 対して、衛士はやれやれと首を横に振る。

 そこで、俺は仕方なく言葉を続ける。


「王都を案内してもらおうと思っている」


「今日はいい天気になりそうだ!」


 衛士は、俺達に気付かなかったふりをして、王城の尖塔を見上げる。

 白一色の美しい尖塔は、ようやく現れた朝日に染まり、朱色に輝く。


 どこからか、底抜けに明るい鐘の音が聞こえてくる。

 驚いた白鳩共が一斉に飛び立つ。


 この島は円錐形になっている。王城を中心として、外縁に向かって邸宅群、庶民の居住区、商業地区と続いているらしい。


「まず、お勧めは教会ですね。ちょうど朝の礼拝の時間です。それに教会は行っておかれて損はないと思います。帰りは孤児院に寄って、あとは朝市の屋台なんかも見て回りましょうよ」


 アルは勝手に段取りを決めていく。




 王城から十分ほど下る。

 そこには、居住区の内側に、小さな教会が立っている。


「失礼しまぁす」


「おやおや、アル様ですね。それに初めてお会いする方も居ますね」


 神父服の若い男が現れる。背丈がやたらと高い。

 少しくたびれた柔和な笑顔と、長い灰色の髪が特徴的だ。

 その後ろからシスター服の女性が現れる。小柄で短髪、場に不釣り合いなほど目鼻立ちが鋭い女性である。


「メルクリオ様、この方がゼノン神父です」

 

「ゼノン教の神父ゼノン。覚えやすいでしょう? さて、メルクリオ様。こちらの教会に足を運んでいただけるとは、有難いことでございます」


 元から柔和だった顔に変化はない。

 古代英雄が来たというのに、驚いていないようだ。

 今までの反応とは真逆であるため、逆にこちらが面食らってしまう。


「え……?」


 ところが、神父はカエサルを見て目を見開き、一瞬で笑顔を失う。

 極々僅かな瞬間。その瞳がギラリと輝く。


「これはどういうことです?」


「驚きました? このカエサルは、メルクリオ様が使役しているんですよ。物知りの神父様でも、このような技をご覧になるのは初めてですか?」


「いやはや、失礼しました。懐かしい雰囲気を感じたもので少し取り乱してしまいました」


 神父は大げさにリアクションを取り、笑顔を取り戻す。


「こちらのシスターはジーナといいます。とある司祭から私の監視を指示されているらしく……」

  

「ぶっちゃけすぎですよ」


 ジーナから指摘されている。


「さぁ中にお入りください。貴方とは礼拝の後に少しお話をしたいのです」




 教会の中も簡素な作りである。中央に聖壇、その前に無造作に長椅子が置かれており、庶民らしき人々が着座している。

 俺達も、一番後ろの長椅子に腰掛ける。ちなみに俺は無宗教である。


「……うまいものが食えない、盗賊におびえながら生活するのはもう嫌だ、もっと自分の苦労を認めて欲しい。こんな世の中です。皆さんの欲はなかなか満たされないでしょう。わかります。ですが、安心してください。皆さんが行った善行の一つ一つ。それらを全て神様は見ておられます。認めてくださっています。そして、積み上げられた善行が大きければ、満たされた世界に生まれ変わることが出来るのです。今すぐ欲が満たされないからと悩んではいけません。全て転生後に満たされるからです。神は仰っています。その代わりに、自身の能力を活かすことを生きがいとしてください。誰だって、自身の本来の能力を発揮すればかつての七英雄にも劣らぬ偉業を成し遂げられる。下町のアウグスタ、農村のメルクリオの皆さん……」


 人々に勤勉を求める神様か……。

 特に俺の心に残る説法ではないが、いちゃもんをつけるつもりもない。

 人の信仰に口を出すのは、諍いの元だ。


「さて、皆さんに神の奇跡をお示しします。神父に診て欲しい方はこちらに並んでください」


 神父は並んだ人達一人一人に声を掛ける。

 そして、両手で一人一人に触れていく。


「おぉぉ、体が軽くなったわい。本当にええ神父さんが来てくれたもんじゃ」

 

「有難うございます! 神父さんがいなかったら息子の命はどうなっていたことやら」


 はたして本当に奇跡を起こしているのだろうか。それとも、詐欺師の類なのか。




 一段落のついた神父は、ジーナに声を掛ける。


「どうでした? 私の説法もなかなかに磨きが掛かってきたでしょう」


「ありえません、ちゃんと聖伝に則って説明してください。でないと、誰も理解できません」


「世界には愛が満ち溢れているというのに、この教会には愛が足りませんねえ」


 やれやれと大仰にかぶりを振るものの、その柔和な笑みを絶やさない。

 癖なのか、自身の黄色い指輪をゆっくりとさすっている。

 

 神父は我々の対面に座る。

 

「長いことお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。退屈だったでしょう?」


「そんなことはない。面白い話を聞けた」


「貴方は遠くの世界からやって来ましたね?」


 唐突に核心を突いてくる。


「遠い過去と言うべきか」


「せっかくですので、是非、貴方のご意見を伺いたいものです」


「どのような?」


「昔から幾度となく問われてきた話なのです。支配の指輪というものがこの世界にはありましてね。これを得た人間は、この世界をあまねく支配できるという。これを使って、神と悪魔は賭けをしたそうです」


 そこでジーナが遮る。


「待ってください。それは暗黒教団の教えじゃないですか?」


「ただの例え話ですよ。それでですね、神と悪魔は意見を交換した。人間は支配の指輪を使って幸福を求めるだろう。しかし、全体の幸福を求めるのか、それとも己の幸福のみを求めるのか。神は前者に賭けた。悪魔は後者に賭けた。結果は、どちらが勝ったと思いますか?」


 突拍子もない。しかし、その瞳は穏やかであり、狂人とも思われない。


「当然、全体の幸福を目指すことだろう」


「為政者はそれほどに心が清いと?」


「そうではない。為政者が幸福を独り占めすると、反乱が起きる。そういった過去の反省を踏まえた結果、為政者は最大多数の最大幸福を目指すのだ」


「正面からの答えではありませんが、捻りのあるいい答えですね。我々よりも先の世界からいらしたように思えます」


「私は古代から来た」


「ハハハハ。職業柄辛気臭い話をするのが大好きでして。お気に触ったのならばお許しを。しかし面白い」


 俺は、こういう人を煙に巻くタイプの人間が苦手だ。


「私の質問に答えてくださったその寛容さに敬意を表し、こちらを差し上げます」


 戸棚に置かれていた何かを無造作に取り出して、俺に握らせる。

 素朴な指輪である。

 しかし、男性から貰ってもなぁ。


「貴方は指輪をお持ちでないようですから、身分証としてご利用なされるとよろしかろう。肌身離さず身に付けておいてください。ええ、貴方ならば、指輪の力に翻弄されることはないでしょう」


 能力? 身分証?

 指輪には特殊な設定があるようだ。

 少しテンションが上がる。

 

 左指にはめた途端、指輪が薄っすらと光を放ったように見えた。


「それと一つ、忠告させてください」


 神父は俺にゆっくりと近づき、真顔を見せる。

 厳かに、俺にしか聞こえない小声でこう呟く。


「このままですと、貴方達は神と対峙することになるでしょう。我々ゼノン教の神は凶悪です。聖堂騎士団も動き出していると聞きます。この世界は、貴方を成長させるために存在するものではありません。早く、早く出口を見つけて、この世界から立ち去りなさい」



 

「皆に行き渡ったかい?」


 教会の裏手には、貧相な孤児院が立っている。

 孤児院の前で、神父とアルは孤児達にパンを配っている。

 高貴なる者の義務というやつか。

 おこぼれに預かろうと、どこからともなく白鳩が集まって来る。


 短い祈りの後、銘々がパンにかぶりつく。

 俺にも配給があった。うん、当然のように固くてまずい。


「この人がメルクリオ様だよ。いつか連れてくるって約束していただろう?」


 アルが俺を紹介する。


「本物?」


「もっとムキムキなイメージだったんだけどなぁ。トゲトゲした鎧を着て、拳で部下を従えている。みたいな」


「もっとキラキラした人を想像してたのになぁ。私の理想を返して欲しいわ」


「俺は、油断も隙もない達人っぽいのをイメージしてた」


「いやいや、メルクリオ様は何の面白みもない穏やかな聖人でしょう」


 子供達は好き勝手に言ってくれる。

 神父が俺に話し掛けてくる。


「双剣のメルクリオ様は、七英雄の中でも断トツの人気がありますからね。特に子供達にとっては、憧れなのです」


「私は私だ。それ以上でも……それ以下でもない」


 ところが、子供達の興味はすぐに別のものに移ろう。


「あっ、動くぞこいつ!」

 

「見ろよ、すげえぜ。全身ビカビカだ!」


「めちゃ強そう」


 男の子達の関心は、カエサルに持っていかれたのである。

 カエサルも満更ではなさそうで、ポージングを決めている。

 次々にタックルを受けているが、全て軽くいなしてさばき切っている。

 

「これ、どうぞ」


 女の子が、木で編んだ冠を手渡ししてくる。その葉型からして月桂樹の冠である。タンポポも盛り込まれている。

 アウグスタが着用していた冠と同じである。

 最近の流行アイテムなのかもしれない。

 せっかくなので頭に乗せてみる。


「実はお姉ちゃんのために作ったんだけど、お姉ちゃんにはもうずっと会えなくて……」


 女の子は淡々と語る。

 シスター・ジーナが、俺に説明する。


「孤児の中でも、能力がある子は貴族に引き取られるのです。この子の姉は、女性にもかかわらず戦う能力に秀でていたので大貴族に引き取られました。そのこと自体は悪い話ではないのですが、貴族に引き取られた子供達は、もうこの孤児院に顔を出すことはないのです。おそらくは、戦場に駆り出されてそのまま……」


「お姉ちゃんは人と争うのが好きじゃないから、無理をしていると思う。最近寒くなったり、暖かくなったりだし、風邪を引いていないかな……」


 女の子は呟いている。

 妹のほうがしっかり者というパターンだ。

 そこで、神父がにこやかに話しかけてくる。


「実は、ジーナもこの孤児院出身なんですよ」


「皆、苦労をしているのだな」


「司祭が彼女を引き取り、立派なシスターに育てたというわけです。ジーナとその子の姉も知り合いでしてね。願わくば、三人がばったりと出会う日がいつか訪れますように……」


 一見して、この世界は幸福と平和に包まれているように見える。

 しかし、その実、彼らは、悲惨な運命を淡々と受け容れているのである。


「私に、何かして欲しいことがあれば遠慮なく言ってくれ給え」




 孤児院を辞して、さらに島の外縁に向かって坂を下る。

 よくもまぁこんなところにというような、家々に挟まれた狭い階段を通って、商業地区へ抜け出る。そうすると、眼前には大海原が広がっている。

 潮風が鼻腔をくすぐる。カモメが群れをなして波止場にたむろっている。


 ようやく、日が高くなってきた。

 商業地区は既に活気に溢れている。行き来する人々は、その身分も出自も様々のようだ。

 

「ところで、神聖帝国について知りたいのだが」


 この国に残るのであれば、神聖帝国と戦わなくてはならない。そして、戦う相手については予め知っておく必要がある。


「聞くところによると、皇帝は覇道を進むためには手段を問わない人物だそうです。すぐに怒っちゃうところから、激怒皇帝とも呼ばれています。北方の守護コルビジェリ伯爵も、戦闘に負けたわけではなく、帝国の無慈悲な騙し討ちに遭い、やむなくアルデア王国を裏切り、神聖帝国に恭順したと言われています」


「その皇帝は、魔人ではなく人間なのか?」


「確かに人間のようには思えません。何百年も前から生きていたという噂も聞きますし。ひょっとすると、聖伝にある魔人なのかもしれません。メルクリオ様の時代では、魔人は特段珍しいものではなかったのですか?」


「もちろんだ。ドラゴンから小人に至るまで、多種多様な化物に生活の安全を脅かされていた」


 はずだ。


「聖伝にあるドラゴンは、北海の諸部族を比喩したものだと思っていましたが、なんと本物だったのですね?」 

 

 そっちのパターンだったか。変に幻想的な話を盛るべきではなかった。




 さらに進むと、港湾にたどり着く。そこには、出店が立ち並んでいる。


「十字海ニシン! ニシンの塩焼きだよー!」


「デルモナコオレンジ! 一粒食えば、果汁たっぷりで一日中幸福だ!」


「幻のデシカ産蜂蜜だ! 一生に一度食えるかどうか! 今、食わねぇと損するぜ!」


 出店の雰囲気や活気は、異世界も変わらないのである。

 アルは、興奮気味に俺に話し掛ける。


「アルデア名物朝市です。僕は、これを見るのが好きなんです」


 アルは硬貨とオレンジ2個を交換し、俺にそのうちの一個を寄越してくる。

 さっそくその身にかぶりつくが、酸味が強くて汁気も少ない。

 

 オレンジを齧っていると、城門から華麗な馬車が入ってくる。

 人々が道の左右に分かれて道を作る。


 ここで、アルが解説してくれる。


「あの紋章はザンピエーリ伯爵ですね。そうすると、本日は昼前から会議かもしれません」


「議題は戦争かな?」


「となると、メルクリオ様をすぐに王城に返さないと!」

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神父は訳知り顔だな
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