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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第二幕 翼のある使者
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15 唐突なメルヒェン

 谷底の小高い丘に登る。


 直ぐ側には、俺達が落ちてきた崖がそびえ立っている。

 見上げると、雲の上まで崖が続いており、その上の様子は伺えない。

 外界から隔絶された釜の底。魔境と呼ばれるのも頷ける。


「なんだか、大きな建物が見えるわね」


 反対側を振り返ると、確かに。

 お城のような尖塔が見える。

 少し開けたところに建っており、雲間から差す朝日を受けて輝いて見える。


 もっとも、その尖塔は穏やかさとはかけ離れた存在。

 毒々しい色合い。

 原色の緑を基調として、紫、ピンク、黄で塗りたくられている。まるで昭和の片田舎にある大人のテーマパーク、そんな施設にありがちな配色を、さらにどぎつくしたような配色。

 見ているだけで、こちらが恥ずかしくなる。

 いやぁ、思い切って改装されましたなぁ。若気の至りというやつですかなぁ、ハハハ。


 そして、その周辺には気味の悪い赤褐色の湖が広がっている。朝日を受けて、湖面はピンクにも見える。



 昨日の静謐な巨木周辺とは打って変わってのこの惨状。

 なにか、良くないものが待ち受けているのは必定。

 改めて覚悟を決める。


 さらにその向こう側、はるか遠くに壁がそそり立つ。

 渓谷を形成する、もう一方の崖だ。

 まるで巨大なドームの中にいるような錯覚を覚える。


「あのうっすら見える壁が目的地だ。なるべく、あのお城には関わらないようにして進もう」


「えっ、あのお城、めちゃきれいなんだけど」


 うっとりと呟くキアラ姫。

 色彩感覚が壊れていらっしゃる様子。


「あれはいわゆる大人のアミューズメント施設だ。年齢制限があって、姫は入場できないことになっている。だから近寄らないことにしよう。悪しからず」


「そうなんだ。でも、なんでそんなこと知っているんだろう……」


 心なしか、残念そうに見える。

 何にでも興味を持つ年頃なんだな。その気持ち、わからなくもない。


「いつか、姫もあのような素晴らしいお城を持つことになるだろう」


「そうする」


 いや、やめてくれ。




 巨木の森を通り抜けた先。


「なに、あれ?」


 唐突に道が現れる。

 赤に黄色の水玉模様で塗られた、立派だが気味の悪い道だ。

 こんなところまで、毒されているのか。


 これは、いわゆるあれだ。

 草深い片田舎に突如現れる集客に失敗した観光施設。

 その眷属以外何者でもないな。


 この道を真っ直ぐに行くと、間違いなくあのお城にでてしまう。


 もっとも、あのお城の正体は、大人のお城などではなく、真面目に子ども達の魂に語りかけようとして失敗したお城なのかもしれない。

 この道を見ていると、そんな哀れな気配も漂わせている。

 大人のお城のために、こんな立派な道は通常作られないからな。


 ところで、やけに整備されていて、歩きやすい。

 せっかくだから、途中まで利用しようか。




「?」


 周囲にひそひそ声が聞こえる。

 さっと周囲を見渡す。


 誰もいない。

 ぽつりと花が咲いている。

 スイセンとオジギソウ。


 再び、ひそひそ声が聞こえる。




「あら、どちら様かしら?」


「こんな時間に来るなんてわきまえていないわね」


「あたし達姉妹はまだお化粧の途中なの」


「あら、あたしはすっぴんでも人前にでられる自信があるわ、うふふ」


「清楚が売りってことかしら。でも、世界一の美しさを競うにはすっぴんでは駄目よ。すっぴんでも、じゃ駄目なのよ。あなたは引っ込んでなさい」


「お化粧だけは立派でも、あんたはぱっとしないのよ」


「いってくれるわね。じゃあ、お客様に決めてもらおうじゃないの」


「どっちが美人か」


「それがいいわ、じゃあ、歌を歌いましょう」


 何の脈絡もなく美声で歌い始めるお花たち。

 あまりの超展開にくらくらしてしまう。




「すごーい。わたしも歌うわ」


 キアラが歌を歌いそうな勢いだったので、首根っこをとっ捕まえて先を急ぐ。


「大人になるってことは、純粋な好奇心を失うってことなのかもしれん」




 しばらく行くと。

 今度はプリップリのどでかいキノコが、道のど真ん中に生えている。


 その傘はピンク。

 石づきは紫。

 ほわほわと温かな湯気が立ち昇っている。

 

 思わず、ちょっと殴ってみる。

 すると、バネが入っているようにぷらぷらっと勢いよく震える。




「おいしそうだろ、食べてみなよ」




 突然、声をかけてくるコウモリさん。

 誰だよ、お前……。本当になんでもありだな。


「えっ、食べられるの?」

 

「おうともさ。鳥から煮出した極上のスープの味がするぜ」


「ゴクリ……」




 その時。キノコの向こうから大きな声が聞こえる。


「君は挨拶の仕方も知らないのかい?」


 服を着た謎のうさぎさん。

 二本足で立ち、背中に大きな刀を背負っている。

 小太りの小人達が踊りながら、喋りかけている。


「やぁ、こんにちわ」


「ごきげんよう」


「二人は双子の……」


 勝手に喋りまわる小人に対して。


「君達に用はない!」


 うさぎは怒りを込めて、小人に対して回し蹴りをかます。

 どこまでも吹っ飛んでいく小人達。

 

「でも、興味はあるでしょ」


 小人達が地面から再び現れる。


「邪魔だよ」


 うさぎはいらいらしている。


「元の姿に戻りたいんでしょ?」


「僕らは戻り方を知っているよ」


 うさぎはためらっている。


「戻りたいなら、付いてきなよ。僕らの王様に会わせてあげる」


 


「待て。俺もその話、興味がある」


 キノコの陰から、俺達は姿をあらわす。




「この人達はだあれ?」


「骸骨兵士と子豚ちゃん」

 

 小人達は恐れを知らず、ぴょんぴょんとその場で跳ねている。

 歌でも歌い始めそうな勢いだ。


 一方で、うさぎは急いで俺から距離を取る。

 相当警戒している様子。


「その王様とは、あの城の主のことだな?」


「そうだよ」


「王様がいるなら話は早い。そいつと話をさせて欲しい」


「嫌だよ」


「何故?」


「君は危ない匂いがする」


「うさぎくんと子豚ちゃんは歓迎するよ。王様の話し相手になって欲しいんだ」


「はやく行こうよ、優しい王様のところへさ」


「大歓迎だよ」


「ちょっと何かしら、子豚ちゃんって。まさかわたしのことじゃないでしょうねぇ」


 ややこしくなってきた。


「もちろん君のことさ」


「君以外に誰がいるんだい、ハハッ」


「あんたたち、黙って聞いていればいい気になって!」


「ひゃぁ、怒った!」


「怖いよう」


 小人達は、哀れにもその場でくるくる回り始める。

 そうすると、たくさんの小人が地面から現れた。


 キアラはびっくりしてうっかり尻餅をついた。

 ところを、大勢の小人に担ぎ上げられ、そのまま道なりに連れて行かれる。


「なんでなの! たすけてー!」


 大暴れしているが、屈強な小人達には通用しない。




 あ?

 呆然としていたが、しばらくして、ようやく事の重大性に気がつく。 


 いったい何回、捕らわれの姫になったら気が済むんだ。

 今どきそういうの、流行らないから。

 強いお姫さんが最近のトレンドだから。


 俺は急いで後を追いかけようとする。




 突然、周囲の森から兵士が現れる。

 片手にショートソード。

 よく見ると、兜の下にはドクロ。全部で10体。

 何故か、俺のセンサーにひっかからなかった。嫌な相手だ。


 先頭の兵士が自分の肋骨の骨を取り外し、俺に向かって放り投げる。


 その途端。

 全員が片足でステップを取りながら、ショートソードをくるくると振り回し、ゆっくりと迫ってくる。

 

「なんてこった」


「君が変に相手を刺激したからだぞ」


 うさぎに言われてしまった。


「ほら、早くこっちだ」


 うさぎの頼りがいのある強い声に従い、一緒に森の中へ逃走する。

 骸骨兵士はぼけているのか、追いかけてくることはなかった。




「あいつらは、行動範囲が限られていて、あのファンシーな道沿いでしか行動ができないみたいなんだ」


「頭がおかしくなりそうだから、まずはじめに確認しておく。うさぎが人語を喋るのは、この世界では普通なのか?」


「僕だってびっくりだ。急に体がうさぎに変わったと思ったら、変な連中に絡まれてしまって。おまけに君に再び出会うなんてさ」


「え? どこかでお会いしましたっけ?」


「そうだよね。わからなくても仕方がないよね。僕はついさっきまで人間だったんだから」


「まさか?」


「この谷底はなんでもありの世界さ。こんなファンシーな世界が広がっているなんて、思いもしなかった」


「で、どちら様で?」


「言いたくない。知ったら、意地悪してくるだろうし」


「意地悪しないから教えて欲しい。ひょっとしたら人間の姿に戻るためのお手伝いができるかも知れないよ」


「僕はいつだって人の口車に乗っかってしまうから、先輩たちにできそこないって言われるんだ」


「それは美徳だよ」


 うさぎは喋りたい様子で、ムズムズしている。


「ほら、さっき空中で戦ったじゃないか」


「戦ったというと……。ドラゴンに騎乗していた? 帝国の? あのすかした顔をした途端谷底へ墜落していった、あの?」


「言いたい放題だね」


「よくも俺達を谷底に落としてくれたなッ」


「よしてよ。打ち明けなきゃよかった」


 しょんぼりと両耳を下に垂らす。

 厳しい鎧姿に恐れを感じたものだが、なんだか、この姿だと愛らしい。


「なんで、そんないい気味な目に遭っているんだ?」


「コウモリの言葉を信じて、ピンクのキノコを食べたらこうなったんだ」


「今回はコウモリの言葉を信じすぎたようだね」


「わかっているよ」


「ともかく、あのお城に行かなきゃ、お前は元に戻れない。俺はキアラを取り戻せない」


「そうかもしれない」


「だったら、一時休戦だな。二人であの城に潜入しよう」


「君は僕のことをまた、騙そうとしているのだろう?」


「どうして、俺に対してだけ疑い深いんだよッ」


「どちみち、僕には選択肢がない。君に大人しく従うよ。よろしくッ、相棒。僕は竜騎士見習いのツェリア」


「俺はメルクリオ」


 軽く左手で握手を交わす。

 モフッ。


 ああ。

 これはよい感触だ。

 まるでシルクのような上品な手触り。


 気がつくと、左手でうさぎ姿のツェリアの背中をなでていた。


「ひぃ、やめてくれよ。僕は元人間なんだぞ」


「い、いかん。うっかりだ。ファンシー世界の魔法に掛かってしまったのかもしれん」


 ツェリアが嫌な目で見てくる。

 竜騎士のたくましい背中に触れたと思うと、気まずさでいっぱいだ。




 森の中を城に向かって進むと、紅い湖にぶつかる。

 既に日は暮れ、真っ暗闇の中。

 湖が異様な光を内側から放っている。

 

 その真ん中に立つ悪趣味なお城。

 大きな橋が渡されているが、橋の入口付近には番兵がたくさん居並んでいる。


 ひっきりなしに骸骨兵士の一団が出たり入ったりしている。

 どうやら石材を集めてきては、城に持ち運び、城壁の補修に使っているようだ。


 木々の陰影に隠れながら、橋の近くまで接近する。


 すぐ近くを通り過ぎる骸骨兵。

 しかし、こちらの様子に気がつくこともない。




 勇気を出して、陰影から飛び出す。

 一団の一番うしろに並んでいた骸骨兵を一体捕まえ、急いで森の中へ引き返す。

 他の骸骨兵には気が付かれていないようだ。


 骸骨兵はもがいているが、声帯がないので声を出せない。

 おかげで仲間を呼ばれることはないが、キアラの居場所を吐かせることも叶わない。

 恨みはないが、顎に一撃。


 骸骨兵は気絶してくれると思いきや、その場でもろくも崩れ去った。


 すぐに鎧兜を剥ぎ、俺が着用する。

 これで俺も骸骨兵士の仲間だ。 


「どうするつもり?」


「まぁ、見てなって」


 俺は小さいツェリアを自分のはいのうに押し込む。

 ちょっとばかし我慢してくれよ。

 はいのうを背負い、森を抜けて橋に向かおうとしたその時。


 倒れたはずの骸骨兵士が立ち上がる。


「やんのか?」


 俺を無視してそのまま橋の入口に陽気に向かっていく。

 気が付かなかったのか? 鈍感な奴め。


 唐突に。

 周囲に屹立していた木々が、一斉に足をにょきっと伸ばして、湖から逆方向に素早く走り去っていった。

 こいつらも動くのかよ!

 びっくりはしたが、俺達への害意はないようだ。

 

 俺は次にやってきた骸骨兵団の最後尾にさりげなく取り付く。

 周りに合わせて、軽やかなステップを踏みながら、進行していく。

 完璧に周囲に同化している。

 俺も、今や骨に皮を貼り付けたような残念な姿だし、その上に骸骨兵から奪った鎧兜を着用している。俺が骸骨兵でないと気付かれる可能性は、極めて低いことだろう。

 ちょっとばかし肉付きがいいと言うか、皮付きがいいかもしれないなぁ、アハハ。

 とほほ……。


 そのまま、橋の入り口まで進み、橋を渡り終える。

 城内に入り込むと、そのまま一団は作業場に向かう。


 岩をリレー方式で順々に手渡していく。

 無言で先輩骸骨兵士が俺に岩を差し出してくる。

 俺はいそいそと岩を掴む。

 おもっ。

 高台にまでよたよたと運んでいく。


 おっと、いつまで作業に従事している? 目的を見失うな。

 そっと作業場から抜け出す。

 先輩。申し訳ねぇ。


 俺のセンサーは靄がかかったように、何物にも反応を示さない。

 そのせいで城内の様子が伺えない。


 建物に向かって進むと、バラの咲き乱れる中庭に迷い込む。

 中庭を注意深く進むと、ばかでかい中門が現れる。

 こっそりと、バラの陰に隠れ、中門の様子を伺う。


 中門には二体の巨大な骸骨兵士が待機している。

 その手元には巨大な斬馬剣。

 

 はいのうからツェリアを取り出す。

 完全にダウンしている。


「おぃ」


「大丈夫」


 俺はナイフを握り締める。


「覚悟はできているか?」


「そっちこそ」

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