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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
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27 火炎の戦乙女

 季節でいえば夏にあたる。しかし、うだるような暑さはなく、むしろ過ごしやすい。

 日が昇り切ると南西風が吹き始める。少し湿っぽいが、天気は悪くない。


 我が軍を、古城南西の荒地に展開する。

 さらに、俺は僅かな近衛兵を引き連れ、古城の鼻先にまで前進する。


 近衛兵に大盾を構えさせ、その背後で、俺は古城と対峙する。

 俺は、声を張り上げる。


「我はメルクリオ! 無駄な血を好まない! そちらに、腕に覚えのある者がいるのであれば、我と決闘せよ!」


「……」

 

 対して、古城から返答はない。


「我が敗北した場合は、軍を引く! 我が勝利した場合は、潔く降伏せよ!」


「……」


 不意に、城内からこちらに矢が放たれる。

 返答の矢文でも何でもない。こちらの申出を無視して攻撃してきたのだ。


 さらに、矢の嵐が続く。

 俺は捨て台詞を吐く。


「なんということだ! 臆病者め!」


「……」


 ちゃんと合理的に判断をしてきた。こちらの目算は狂った。

 だが、そういう態度をとるならばこちらにも考えがある。

 慌てて、馬首を返す。


「そちらの被害を抑えるために提案してやったものを! 戦乙女の名声、もはや地に落ちたわ!」




 俺は南西の戦列に戻り、イクセルに連絡する。


 イクセルの隊は、直ちに、積み上げた材木に火をつける。

 材木はしかし生乾きであり、凄まじい量の黒煙が立ち昇る。

 さらに、その煙が風に乗って古城へと直撃する。


 古城との距離は三百メートルを超え、古城からの矢はこちらに届かない。一方で、こちらから焚き上げた煙は古城に十分に届く。

 これは、本来の火刑ではない。

 しかし、この煙を食らえば、物理的被害はさておき、少なくとも心理的な被害は相当なものだろう。

 そのため、敵軍に対する一方的な攻撃となるのである。

 

 ところが、いくら経っても敵軍に動きはない。

 まるで、効き目がないようにも思える。


 いやいや、心配無用。これは敵軍のやせ我慢である。

 俺の作戦に死角はない。


「間断なく燻せ! ここから先は胆力比べだぞ!」


 

 

「メルクリオ様、北門が開かれました!」


「でかした!」


 一時間も経過しないうちに吉報が入る。

 隣のヴィゴと無意味にハイタッチする。


「五十騎がこちらに向かっています!」


 その数から判断して、降伏の使者ではない。

 果敢にも攻めてきたのだ。

 しかし、砦に籠もっている五百人のうち、五十のみである。これはつまり、大多数の傭兵はストライキしてくれているということだ。


「よしっ、敵軍を迎え撃て!」


 重歩兵が素早く戦列を展開する。

 加えて、俺の周囲にはアウグスタ、ペーター王、そしてヴィゴと、綺羅星の如く武人が集う。もはや、恐るるものなし。

 いつでも来るがよい。相手をしてやろう。




 しばらくして、敵騎兵隊が姿を現す。美しい縦列を乱すことなく、林道を駆けてくる。


「よくも非人道な真似をしてくれたな!」


 先頭を務めるのは、戦乙女ブリジッタである。

 羽飾りの着いた派手な兜をかぶり、青緑の鎧を着込んでいる。

 その格好に俊敏な動きは、確かにさまになっている。


 しかし、俺は、恐れることなく戦乙女と対峙する。


「これはこれは戦乙女殿。お早いお着きだな。して、何用か?」


「私達は蜜蜂などではない。すぐに、火を消せ」


 ブリジッタは剣を引き抜く。

 その剣は恐ろしく細身であり、レイピアと呼ばれるものである。


「だからこそ、このような振舞いを避けるべく、先だって堂々と決闘を申し込んだであろう?」


「黙れ、下衆!」


「それを断ったのは戦乙女殿、そなただ。そなたらの命、もっと大切にすればよいものを」


「ならば、先ほどの決闘を申し受ける!」

 

 一度こちらの意向を無視したくせに、この態度。これでは俺の気が治まらない。


「遅い。ほんの数秒前までは決闘を受けてやってもよいと思っていたが、もう遅い。決闘の受付は終了しているし、そのことを今更後悔しても遅いのだ」


 その時。

 俺の肩に手が置かれる。

 

 振り返ると、アウグスタが俺を鋭い眼差しで睨んでいる。

 彼女は黙ったまま頭を振る。


 代わりにヴィゴが口を開く。


「まだ、城に残っている奴らがどう動くかわからない。決闘に打ち勝ってこちらの優勢を明らかにしないとだな」


「しかし」


「意地悪言わないで、さっきの条件で決闘してやれよ」


 ヴィゴは搦手が得意な英雄である。それが今、俺に対して至極まっとうな意見を言ってくる。

 その結果、俺だけが悪役に割り振られてしまった。

 

 だが、気を取り直せ。考えてもみろ。

 これは、武人メルクリオの晴れ舞台である。

 戦乙女、相手にとって不足なし。いざ尋常に勝負と行こうか。


 俺は気負いなく、するりと双剣を引き抜く。

 大きく息を吐く。


 ハアアア。スウッス。


 近衛部隊が、一糸乱れぬ動きでもって左右に別れる。

 そして、俺は、出来上がった道をゆっくりと歩いていく。


 戦乙女も俺に合わせて馬上から降りる。

 戦乙女の配下五十騎も、一斉に馬から降りて事の成行きを静観する。




「戦乙女殿。そなたの勇気に敬意を評し、我が冴え渡りし双剣の秘技を見せてやろう。刮目するが良いわ」


「消えなさい!」


 戦乙女は何の遊びもなく、素早い足運びで鋭い一撃を放つ。


 確かに、その一撃は戦乙女と名乗っても許されるレベルの一撃である。

 なんとなれば、思ったよりも速かったと賞賛してやってもよい。

 凡人であれば、この一撃で即死するであろう。

 

 しかし、俺の目には、その切っ先の軌道がまるで止まっているかのように見える。

 つまり、相手が悪かったのである。


 さぁ、後はこの一撃を最小限の動きで避けてやろう。

 そうすれば、観衆は沸くに相違ない。


「ん?」


 ところが、体が思うように動かない。

 どれだけ、切っ先を視認出来ようとも、それを避けるための反射神経が覚束ないのである。


 これは、ひょっとしてまずい状況なのでは?

 焦りを感じる。

 それでも、命からがら滅茶苦茶に腰を捻って、かろうじて左に避ける。からくも一撃を躱す。

 

 ふぅ。


 急に剣を突き出してきたら危ないじゃないか。


「!」


 しかし、避けた瞬間、突き出されたレイピアが軌道を変えて斬撃として襲いかかる。 

 俺は、形も格好もなく、ただ斬撃を逃れるためだけに、斬撃にグラディウスを叩きつける。

 その結果、凄まじい剣戟の音が森に響き渡る。


「おわっ!」


 ところが、弾いたはずのレイピアがするりと天を一回転し、今度は俺の右から斬撃として襲いかかる。

 俺は腰を落とし、グラディウスを十字に構えて、かろうじて斬撃を食い止める。


 戦乙女は剣を交差させたままにすることなく、すぐにレイピアを引き払い、再び俺から距離を取る。


「その剣さばき、汚い! さすが野獣ねッ!」


 言うが早いか、戦乙女は、レイピアを地に突き刺し、両手を大きく左右に開く。

 と同時に、一瞬間目を瞑る。

 すると、その周囲に小さな火の玉が三つ浮かび上がる。

 

 これは戦乙女の必殺技である。

 だが、これについては、既に把握している。今更驚くこともない。

 

「一気に仕留める!」


 火の玉が踊りながら、こちらに向かってくる。

 想像以上の加速である。


「いや! やめて! 変態!」


 俺は、両手を掲げ、左足も上げる。奇跡的にテンポよくそっくり返って、かろうじて火の玉を全てかわし切る。

 と思ったのも束の間、眼前に直径一メートル以上の豪炎が迫り来る。


 幸い、迫るスピードはそれほどでもない。

 ならば避けられないことはない。俺は、横にすっ飛んでこれをかわし切る。


 と思いきや、豪炎は軌道を変えて、俺を追尾してくる。

 俺は、決闘の場を後にして、ただひたすらに森の道を逃げ惑う。

 

 ところで、我軍の兵士は俺の姿をあんぐりとして眺めている。


「メルクリオ様があんなに弱いはずが……」


「ひょっとして?」


「ひょっとしてなんなんだよ?」


「強すぎて、逆にまるで弱いように見えてしまう現象だな」


「そうだ、あれはわざとだ!」


「ああそうとも! そこに気がつくとはやるなぁ。でも、なんでわざと手加減しているんだろう?」


「相手が女の子だからじゃないかな?」


「優しい!」


「のかな……」


 今日はちょっと調子が悪くってさぁ、ハハハハー。

 じゃなくて、俺の身には真の危機が迫っている。悠長に語っている場合ではない。


 俺は、大木の前ででんぐり返りを決め込み、豪炎は大木に着火する。

 爆音が轟き、周囲は炎に包まれる。

 恐ろしい威力である。仮に、俺に着火していたらと思うと、背筋が凍る。


「待てぇーー!」


 戦乙女がさらに襲いかかって来る。

 哀れな俺の命を刈り取ろうとしているのである。


 既に、体の節々が悲鳴を上げている。

 これ以上は勘弁してください。


 戦乙女は無慈悲にも、レイピアを振りかぶってこちらに向かって飛び跳ねる。

 俺は、思わず顔を背けてしまう。




 そして、そのまま戦乙女は降りてこない。

 

 顔を上げると、戦乙女が網に囚われ宙吊りになっている。

 複数の枝を支点に、網罠が仕掛けられていたようである。


 木陰に近衛兵達の姿が見える。

 彼らの顔には一様に安心の色が見える。

 この罠は、彼らの功績であろう。


 一方の戦乙女は、囚われたまま激しく暴れまわっている。


「いやぁぁぁぁぁぁああああ!」


 イクセルが森の奥から現れる。


「フォッフォッフォッ。間に合ったの」


「貴方が?」


「お嬢ちゃんや。悪いが罠を仕掛けさせてもろうた。それ、地上におろして、ぐるぐる巻きにするのじゃ」


「神聖な決闘でしょ? 何でこんなことを! いやあああ! 来ないで!」


「ううむ……」


 戦乙女は哀れにも涙目になっている。

 そして、その仰る言葉に、俺としては反論の余地もない。




 ブリジッタは芋虫のように簀巻きにされ、地べたに放置される。

 イクセルは、俺の隣に立つ。


「やれやれ肝を冷やしたわい。やはり、お主には今しばらくこちらのほうが向いておろうて」


 俺の羽扇を取り出し、俺に引き渡す。


「ハハハハ、ハハハハ、ハハハハ」


 俺は壊れたように、乾いた笑いを続ける。

 

 今ここでようやく気が付いた。


 俺は弱い。

 それなのに、偶然、メルクリオ・ドゥーエと対等に渡り合えたから、自分が真の武人であるなどと思い上がってしまっていたのである。

 

 あーあ。


 もう二度と調子に乗りませんよ、はいはい。本当にごめんなさいねぇ。

 自分、実力もないのにでしゃばっちゃって。ごめんなさいねぇぇ。


「ソレソレ!」


 俺は、羽扇で軽く戦乙女をはたき、八つ当たりする。

 羽扇は柔らかく、戦乙女にダメージはないのだが、戦乙女は激しく叫ぶ。


「いやああああ、けだものぉぉぉぉ!! 近寄らないでええ!」


 アウグスタが、いつの間にか俺の背後に立っている。

 その俺に対する眼差しは、絶対零度である。

 もはや、説明すら求めようとしない、その決心した顔つきには、俺の心も凍り付く。


 まるで、俺が悪役のようじゃないか。

 わかってくれ、俺は何も悪いことをしていないんだ。


 それはともかくとして、戦乙女と決闘したのは、俺の影武者であると喧伝しなければならない。

 でないと、俺の威信がガタ落ちだ。 




 戦乙女ブリジッタは我軍の捕虜になった。

 もっとも、彼女は、成行きが成行きなだけに、俺に対して強い反感を持っている。

 そこで、アウグスタが献身的に彼女に寄り添い、精神的にケアしているようだ。


 一方、戦乙女に付き従った五十騎も、戦乙女を捕虜に取られては戦うこともできない。その結果、我軍に投降した。

 さらに、ヴィゴが古城の傭兵達に使者を派遣したところ、彼らは、あっさりと古城を開き、我々を受け入れた。 

 ちなみに、美老人インゴは古城におらず、再会は叶わなかった。




 こうして、我軍は、一日で古城を陥落させた。極めて鮮やかな手際であり、予定を上回る実績となった。

 そして、投降した五百人のうち、ブリジッタ旗下の五十を捕虜とし、残りの傭兵達を戦力に加えた。

 その結果、我軍は総勢四千近くにまで膨れ上がった。

 ちなみに、寝返った傭兵隊長は、ヴィゴが気に入ったらしく、その配下とともに、ヴィゴの下でキビキビと動いてくれる。

 そこで、ヴィゴを隊長に据え、元傭兵隊長を副長にして改組し、不死隊と命名した。


 なお、アウグスタは、俺に対しては、口も利いてくれないし、目も合わせてくれない。 


 さぁ、次だ次。

 俺は羽扇を北に向け、全軍は進軍を再開する。

 次の標的は、コルビジェリの次男、卑劣卿マッテオが居座る第二古城だ。


 そのタイミングで、俺の下に伝令がやって来る。


「ドゥーエ様が僅かな手勢と共にコルビジェリ城を出奔したそうです」


「出奔?」


「今どこにいるのか、副官のカタリナ様もロビン様も知らず、兵を出して必死に探し回っているとのこと」


「はあ?」


 あの男は、実に自由人である。

 しかし、イクセルは、ドゥーエを信じろという。

 その言葉を今しばらく信じさせてもらうよりほかあるまい。


 こちらの戦いがひと段落つけば、その後、何かしらの対策を講じよう。

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