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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第六幕 快楽をもたらす者
263/288

51 いっそ世界を塗り潰してしまえばいいのに

 暗黒皇帝軍の本営にて。

 中央には、カタリナが作った奇妙な玉座が控えている。

 それは、四方に足が生えており、使用者の意思に応えて自走する仕組みとなっている。

 

 暗黒皇帝は、その自律玉座に腰かけて、ゆるゆると戦場を俯瞰している。


「勝ったな」


 その周囲には、4人の英雄が控えている。

 イェルド、カタリナ、ロビン、ヴィゴである。


 イェルドは、憮然として言い放つ。


「あまりにも脆い。意気地のない奴らだ」


 とはいえ、その評価は共和国軍にとって酷である。


 共和国軍は、ロビンの常人離れした狙撃を受けて、本営を下げた。そのために、共和国軍の本営は孤立した。

 暗黒皇帝は、その孤立を狙い、尋常ではない戦力の移動方法でもって、精兵を共和国軍の本営にまで直接送り込んだ。

 結果、共和国軍は本営を破壊された。


 つまり、共和国軍は、相次ぐ超常現象に敗北したのである。


 ロビンは重い口を開く。


「彼らは、自らの常識に囚われ、現状を理解できないままに、死んでいく」


 カタリナが続く。


「事実は小説よりも奇なり。彼らは、もっともっと、歴史に学びを求めるべきでした」


 イェルドがハルバードを手に取る。


「本営を破壊した後、敵軍の前線を両面からすり潰すのであろう? ならば、俺が、直々に、このつまらぬままごとを終わらせてやろう。それでよろしいな? 陛下」


 今にも飛び出そうとするイェルドを、ロビンが制止する。


「敵将を討ち取る使命は、私が受けたものだ」


 対して、イェルドは激怒する。


「貴様は、せいぜい遠くから矢でも放っておくがいい。臆病者にはそれが似合っている」


「私がここで矢を放ったのは、剣戟に及ばぬ相手と判断したからにすぎない」


「だが、現に、貴様は敵将を逃がしている。貴様は、口だけの男か?」


「だから、責任をもって討ち果たすと言っている」


 一触即発である。

 そこへ、カタリナが口を挟む。


「喧嘩をしている場合ではありません」


 イェルドがカタリナを睨む。


「ああ?」


 暗黒皇帝は、カタリナこそ我が意を得たりと大きく頷く。

 それを見て、カタリナはさらに続ける。


「私が、フォルトナーでもって汚れた地上を洗い流します」


「待て待て待て!」


 暗黒皇帝は、慌てて三人を制止する。


「この戦いは、新たなる英雄を見出す戦いだ。彼らを皆殺しにしてしまっては、元も子もない」


 イェルドは、つまらぬと顔を逸らす。


「陛下が、俺の行動に意見するというのか?」


「君の行動を縛るつもりはない。しかし……」


「結果はあのとおり。もはや、奴らは死に体だ」


「そのように切り捨てるべきではない。彼らの出自はバラバラであるにもかかわらず、彼らは一丸となって私に向かってきた」


「奴らの中に、英雄がいるとでも?」


「その素質を持った者、人の総意を束ねうる者が潜んでいると言っている。つまり、彼らは第一の試練を突破したものと評価できる」


「だからこそ、俺が直々に相手をしてやるのだ」


「とはいえ、彼らは、まだまだ幼い。私は、彼らを最後の希望として、大切に育てたい。大切に大切に扱い、その過程で、百に至る試練を課すべきだ」


「くだらん……」




 共和国軍の本営は、混乱の中、帝国兵士像の急襲を受け、呆気なく崩壊した。

 次いで、帝国兵士像は、共和国軍の後背に襲い掛かる。


 共和国軍は、指揮者不在の中、思わぬ急襲を受け、崩壊が広がっていく。

 したがって、そのまま壊滅するかと思われた。


 ところが、大同盟軍の一部が素早く反転し、崩壊を食い止めにかかっている。

 しぶとく、土俵際で粘っているのである。


「さらに、ジルベルト将軍を、後背に!」


 共和国軍の本営に代わって、現場の総指揮を担っているのは、アルデア王国元国王アルフィオである。

 彼の指揮官としての天才により、からくも全軍は崩壊を免れているのである。


「ファウスト将軍からの報告です」


「どうぞ」


「敵軍兵士は、皆、剣戟を極めている上に、首を切っても立ちあがります。胸を貫いても立ちあがります」


「不死だとでも?」


「このままでは、押されていく一方。陛下だけでも、お逃げください」


「今しばらく。しばらく持ちこたえてくれ」


 今、アルフィオは必死に打開策を考えている。

 しかし、超常的な力を持つ、暗黒皇帝軍の猛攻を受け、成す術もない。

 

「何を呆けておるのじゃ?」


 いつの間にか、アルフィオの眼前には、腰の曲がった爺さんがいる。

 アルフィオの近衛を務めるジーナは、いち早く動き、その爺さんをいとも容易く捕える。


「待ちなさい」


 アルフィオは、爺さんを連行しようとするジーナを制止する。


「懐かしいのお」


「貴方は?」


「知っておるはずじゃ。ワシはイクセル」


「時の翁!」


 アルフィオにとって、イクセルは顔なじみである。


「ワシは、皇帝陛下の意思を伝えに来た」


「我々に降伏せよと?」


「お主らは挟み撃ちにされた。お主らの負け戦は確定じゃ」


「……」


「お主らが可哀想に思えての。今一度チャンスを、と思うたのじゃ」


「そのような言葉で、私の決断が鈍るとでも?」


「警戒するには及ばぬ。なんせ、お主とは顔見知りじゃからの。そもそも、皇帝陛下も、お主の顔見知りじゃろうて」


「メルクリオ様……」


「そうじゃ、皇帝陛下は、お主がメルクリオと慕っておったあの男じゃ」


「あの方は、やはり、和平を望んでおられるのですね?」


 アルフィオは、思わず、眼前の希望に縋りつく。


「いいや」


「では、殺戮を望まれる?」


「いいや。陛下はただ、世界の発展を心から望んでおられる。そのために、犠牲となるべきは最少であって欲しいと願っておられるのじゃ」


「何が言いたいのです?」


「つまり、陛下は、決闘を望んでおられる」


「何を突飛な」


 イクセルは大きな歯を見せて、ガハハと笑う。


「そちらが勝てば、皇帝は首を差し出す。こちらが勝てば、そちらは皇帝に臣従する。どうじゃ?」


 とはいえ、決闘の勝敗は時の運によるところが多い。決闘に運命を託すというのは、いかにも賭け事に近い。


「世界の行く末を、賭け事によって決する。およそ、正常人のすることではありません」


「今日のところは、兵をひく。明日もまた、決戦を所望とあれば、全軍で受けて立つ」


 対するイクセルの口調は、いつになく激しい。

 そして、それだけを言い捨てると、ナイフで何もない空間を切り裂く。


「……」


「色よい返事を楽しみにしておるぞ」


 イクセルは、作られた切れ目に潜り、その場から離脱する。切れ目はやがて、何もなかったかのようにして消失する。




 黄昏時。

 暗黒皇帝軍は、引き潮のようにして潔く退いていく。

 無論、大同盟軍、共和国軍に、彼らを追撃する余力はない。


 そして、夜半に入る。

 両軍の主だった将兵が、大きな天幕に集う。

 最初に口火を切ったのは、共和国軍の老将軍である。

 

「執政官フェルナンは、今もって行方不明。ならば、武人たる我は、かの暴君を戦場にて両断するまでは、死すとも故国に帰れまい」


 26世がこれを労わる。


「然り。未だ、我軍の兵数は、敵軍の倍を超える。ならば、明日、真に勝敗を決する世紀の一戦を試みるべきである!」


 対して、アルフィオがこれを遮る。


「暗黒皇帝の配下には、五人の闇将軍がいます。いずれも、人智を超えた能力を持っています」


 暗黒皇帝に寄り添う異能の闇将軍。彼らの存在は、大同盟軍内でも、既に広く知れ渡っている。

 無論、彼らはとりもなおさず、5人の英雄のことである。


 そこで、マッテオが突っかかる。


「だったら、相手の言うなりに、決闘に応じるというのか?」


「こちらにも、人智を超えた能力者がいます」


「ほほう。それは誰のことかな?」


「光の勇者アンリ、そして、その従者コルベール。戦乙女ブリジッタ。魔法大典デシカ伯。それに、貴方、マッテオ・コルビジェリ」


「なるほど、なるほど」


 マッテオは、まさかのご指名に大変ご機嫌である。

 ところで、アルフィオは、あえて猛将として名高いファウストやジルベルトの名前を外した。

 彼らは、個の実力としても高いものを持つが、それ以上に指揮官として有能である。仮に、決闘で彼らを失えば、もはや大同盟軍は崩壊を免れえないと考えたのである。


「我々は、彼ら5人を剣闘士として送り出し、闇将軍を決闘で討伐すべきと考えます」


 決戦か、決闘か。

 アルフィオはぎりぎりまで考えた。

 

 いずれを取ろうとも、暗黒皇帝軍に属する闇将軍が立ち塞がることになる。そして、彼らは、計り知れない異能を持つ。ならば、暗黒皇帝軍の有利は揺らがない。

 とはいえ、このまま決戦を続けても、闇将軍の異能によって、戦場に多くの血が流れることになる。それならば、少しでも被害の小さい方を選択すべきである。

 そのような苦しい選択を迫られるほど、現状は絶望的である。

 

 その絶望を打ち払い、奇跡を呼び込む。

 彼ならばなんとかしてくれる。それこそが、勇者アンリ。

 

 アルフィオは、己の直感を信じ、アンリを筆頭として、剣闘士を送り込むこととしたのである。

 

 対して、共和国の老将軍が反発する。


「これは異なことを仰る。剣闘士が全て大同盟軍の所属であっては、まるで、共和国が逃げたように見えるではないか」


「共和国、そして何よりゼノン教の代表として、私が出ましょう」


 名乗りでたのは、ゼノン教のゼノンである。


「何をいう。青二才めが!」


 彼は、今まで大人しくしていた。それが、今、唐突に自己主張を始めた。

 しかし、そもそもゼノンの存在は、共和国内でも大きくはない。

 当然、そのような者に出しゃばられて、老将軍が面白いはずもない。


「現教皇から、黄の指輪と青の指輪を託されています。執政官直属の貴方ならば、このことの意味がわかるはず」


「……。止むを得ん」




 翌日の明け方。

 アルフィオは天幕を出た瞬間に、事態を悟る。

 つまり、暗黒皇帝に対し、決闘受諾の使者を送るまでもないことを知った。


 昨日まで、何もなかった平原に、巨大な円形闘技場が出現している。

 これは、暗黒皇帝が、帝国ネアの超常的な技術力でもって、生成したに違いない。


「暗黒皇帝が、使者を寄越してまいりました」


 はたして、アルフィオの眼前に現れたのは、暗黒皇帝の忠臣エリオとセリアである。

 エリオは謹んで、アルフィオに挨拶する。


「決闘受諾のご英断に感謝申します。陛下は、大層喜び、せっかくならばと闘技場を用意しました」


「決闘には応じる。しかし、一対一では、あまりにも賭けの要素が大きいと考える」


「構いませんよ。複数人の剣闘士を立てていただいても」


「こちらは6人の剣闘士を立てる」


「承知しました。そのように、陛下にお伝えします」


「……」


「闘技場に、我軍の兵士が潜んでいるのではないか。ご心配ですか? ならば、幾人なりとも衛兵を派遣いただいて構いません。ただし、舞台に上がるのは、剣闘士のみでお願いします」


 正々堂々とした態度である。

 その時、天幕に一人の青年が駆け込んでくる。


「エリオ! セリア!」


「アンリ様、お久しぶりです」


 アンリは、二人が使者としてやって来たと知り、居てもたってもいられなくなったのである。


「何故、君達が、彼に味方をするんだ?」


「貴方には、陛下のお心がわからない。陛下は、貴方の行動に深く心を痛めておられます」


「だったら、君は、わかるのかい?」


「もちろん。私は、陛下の忠臣ですから」


「君は、彼に盲目的に従っているだけだ。それは、彼を理解していることにはならない」


「……」


「彼は、道を踏み外している」


「また、貴方は、そうやって一方的に決めつけて、陛下を苦しめるのですね?」


「僕がかつて彼を見誤ったことは認める。だらかこそ、今度こそ、彼を光の当たる場所に連れ出したい!」


「思い上がりです。陛下の言葉によってこそ、光は生まれ出でるもの」


「目を閉じないでくれ! 僕を信じてくれ!」


 アンリはエリオに手を差し伸べるが、エリオは背を見せる。

 さらに、セリアが二人の間に立ち塞がる。


「止めなよ、アンリ。君は、もう、エリオの主人じゃない」


「……」


「さぁ、僕達が伝えることはこれで全てだ。後は、君達の剣闘士を、会場まで案内するように言われている。準備が出来たら、声を掛けてくれ」

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