表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第六幕 快楽をもたらす者
251/288

39 幕開ける闘争社会

 キアラは、既に意識を手放している。


 衛士達は、キアラを近くの公会堂に運び込み、ベッドに寝かしつける。

 とにかく外傷が酷い。とはいえ、この世界に医者などいない。

 そこで、医者の代わりに、ゼノン教の司祭やらシスターやらが呼ばれる。彼らが神に祈りを捧げるだけで、いかなる傷もたちどころに癒えるものと信じられているのである。


 無論、祈りだけで、容態が回復することはない。

 しかし、シスターの中にロサが紛れ込んでいる。彼女には、超常的な癒しの力がある。

 彼女は、大胆にキアラに迫り、そのおでこに自分のおでこをくっつける。

 すると、キアラの身体は熱を帯び、視認できない速度ではあるが、僅かずつ回復していく。




 それから、三日。

 キアラの外傷は目立たないものとなり、キアラは、穏やかな寝息をたて始める。

 

 さらに、四日目の朝。

 ついに、キアラは目を開く。同時に強烈な眩暈を覚える。血を失いすぎたのだ。

 それでも、気丈に体を起こす。


 その瞬間。

 イザベラがキアラに抱き着く。イザベラは、ずっとキアラの側でキアラを看病していたのである。

 二人とも言葉を発することはない。しかし、キアラは、義姉の優しさを目一杯に感じている。


 キアラは周囲を見渡す。

 他には、ロサが椅子の上で眠りこけている。

 

 イザベラは、涙声で説明する。


「彼女の癒しがあったからこそ、貴女は、奇跡的に回復できたのですよ」


「……」


 キアラは腕を動かす。

 幸運なことに、壊れたはずの右腕の感触まで戻っている。


「何故、このような危険なことをしたのです?」


 悲しい顔をしている。


「治安維持のためです。危険な目に遭うのは、止むを得ないこと」


「ルキノ、あの子と関係のあることなのでしょう?」


「関係ありません」


「だとしても、二度とこんなことはしないと、私に誓ってくれますか?」


「義姉上の前では、まるで、自分が悪戯っ子でもあるかのように錯覚してしまいます」


「はぐらかさないで。そうそう、オリヴィアにも伝えなくてはいけないわね。あの子と貴女は、姉妹も同然ですからね」


 キアラは目を逸らす。

 既に、オリヴィアとの交流は途絶えている。




 そこに、内務卿が入室してくる。


「殿下! この度は偉大なる勝利、おめでとうございます!」


「どこから聞きつけた?」


「街中で噂となっております。曰く、剣の姫が大怪人を撃滅した、と。その英名はあまねく轟いています」


「元より、化物などに後れを取るはずがない」


「護国卿にファーゴ卿、宰相に黒騎士と、力ある者達は皆いなくなりました。しかれども、剣の姫。貴女だけは、確たる不滅の象徴としてここにいらっしゃる」


「何が言いたい?」


「すぐにでも復帰を願います」


 すると、イザベラは珍しく怒気をあらわにして、内務卿を叱りつける。


「この子は今、静養しているのです。急き立てるようなことは、私が絶対に許しません」


「大義を見損なってはなりませんぞ。今こそ、キアラ姫殿下が、皇帝の座につくべきなのです」


「この子は、まだほんの子供です。貴方達は、この子が危ない目に遭うことのないよう、守らねばならない立場にあるというのに、何故、寄ってたかって、この子を危険に晒そうとするのですか?」


 イザベラにとって、キアラの成長など、目に映っていないのである。


「しかし、このままでは、アルデアは滅びてしまいます」


「断じて許しません!」


「……」


 内務卿は、キアラからここで言質をとるつもりであった。

 しかし、イザベラに挫かれて、項垂れたまま部屋を辞去する。


「心配することはありません。貴女は、ゆっくりと休まなくてはなりません」


 イザベラの慈愛に満ちた笑顔は、しかし、キアラを閉じ込める鳥籠として機能するのである。




「今朝方から、何度も呼んでおろうがッ!」


 次に、暴風のようにして入室してきたのは、現皇帝ロメオである。

 現皇帝に追随する侍女が、必死に弁明する。


「容態が思わしくなかったため、あえてお伝えしませんでした」


「剣の姫は、このようにピンピンしておるではないか!」


「私の落ち度にございます」


「言われた事すら正確に伝えられぬとはな!」


「すみません……」


「それよりも本題だ、剣の姫」


「はッ」


 キアラは、ベッドの上で居住まいを正す。


「何故、ルキノを庇ったのだ?」


「それは……」


 そこで、イザベラが声を上げて、キアラを問い詰める。


「貴女は、ルキノを庇って、怪我を負ったというのですか?」


「……」


「なんということ! ルキノを助けたせいで、貴女はぼろぼろになってしまった」


 イザベラはじわっと涙を流す。


「違うのです、義姉上……」


 現皇帝は声を荒げる。


「つまらぬ茶番は後にせよ」


「はッ」


「剣の姫よ。お前は、ルキノをネアの皇帝に推そうとする一派を知っておるな?」


「存じております」


「お前は、ルキノを救った。つまり、その邪悪なる一派に加担したことに他ならない」


「しかし……」


「つまり、お前は、枢機卿が皇帝になる未来を否定したのだ」


「そのようなつもりはありません」


「枢機卿に礼を欠いた。そのことに、気付かぬというか?」


「彼は、そのようなことを気にする人物ではありません」


「しかし、枢機卿は、アルデア城から離れ、移動要塞に移ったときく」


「何か用事が出来たのでしょう。気を遣うには及びません」


「謝罪に行け。今すぐだ!」


 イザベラはすぐに異を唱える。


「この子は、まだ本調子ではありません」


 対して、現皇帝は怒鳴り上げる。


「そんなこと、知ったことではないわ!」


 キアラはイザベラに微笑みかける。


「義姉上、私は大丈夫です。おかげさまで全快しました」


 そこに、現皇帝は言葉を被せる。


「誠意を見せるために、お前一人で行くのだぞ」




 現皇帝はあらゆる捨て台詞を言い放ち、侍女を引き連れて退室する。

 しばらくの後、イザベラも躊躇いがちに辞去する。


 キアラは現皇帝の命令を遂行すべく、立ちあがる。

 すると、今まで眠っていたはずのロサが、唐突に体を起こす。


 キアラは声を掛ける。


「いろいろと助かった。ありがとう」


「嫌な予感がする」


「いつも、突然だな」


「移動要塞には行くな」


「そういうわけにもいかない。私は、鉄仮面卿と対立したくはない」


「行ったら絶交だ」


「貴女はゼノン教の信者だ。その立ち位置からものを見ている。私が成すべきことは、貴女にはわからない」


「君は、どうしてそんなにわからずやなんだ……」




 キアラは、石橋を渡って移動要塞へと向かう。

 移動要塞の下腹部から石橋の突端に向かって、光の柱が形成されている。

 光の柱の中に入ると、全身が浮遊し、移動要塞の中に吸い込まれていく。


「待っていた」


 キアラを出迎えたのは、セリアである。その衣装は白くてゆったりとしており、アルデア帝国臣民の普段着とは大きく異なる。


「何故、ここにいる?」


 セリアの友人エリオは、アルデア帝国を裏切り、暗黒大元帥を名乗って国家転覆を狙った。無論、セリアの加担も疑われているところだ。

 そのようであるところ、帝国ネアは、エリオとセリアの身柄を要求し、彼らは移動要塞に送致された。

 そのセリアが、移動要塞の中で収監されることなく、のうのうと過ごしているのである。

 ありえない事態である。

 

「僕は、君を案内するためにここにいる」


「お前は重罪人だ。何故、釈放されたのかと聞いている」


「僕に聞かれてもわからないよ」


「エリオも釈放されたのか?」


「彼は、監禁されている」


「お前は、誰に釈放された?」


「サルディバル枢機卿の近衛さ」


「枢機卿が?」


「近衛さ。僕がここに来たのも彼の指示だ。僕は、エリオを守るために、彼の指示に従っている」


「お前は邪悪思想の体現者だ。案内役でなければ、今頃、切り捨てていたことだろう」


「そこまで言わないでよ。こうして顔を合わせるのは、久しぶりだっていうのに」


 セリアは悲しい顔をする。

 キアラは、そのまま要件を伝える。 


「サルディバル枢機卿と話がしたい」


「彼は留守だよ」


「どこにお出かけか?」


「わからない」


「いつ戻る?」


「わからない」


「私を追い返せと指示されたのか?」


「そうじゃない。でも、枢機卿は危険だ。会うのは止めておいた方がいい」


「何故、邪魔をする?」


「僕は、枢機卿の近衛に頼まれて、インゴ教皇と接触し、教皇を枢機卿に引き合わせた。その直後、ルキノ様がオーグ教団に襲われた」


 キアラは瞳を見開く。その眉間には、視認できるほどの電流が走る。

 セリアの言葉を深読みすると、つまり、鉄仮面卿が暗黒教団に指示して、ルキノを襲わせたと解釈できるのである。


 キアラは平常を保つために、思考を巡らせる。

 確かに、己の立場からすると、家族同然のルキノをさらわれたというのは、許せない事件である。

 しかし、枢機卿にも言い分はある。彼は、ルキノの登場によって、ネア皇帝の座を喪失する可能性に直面したのである。

 ならば、ルキノを亡きものにしようとしてもおかしな話ではない。


 しかし、鉄仮面卿の言動からすると、彼が皇帝の地位に執着していないのは明らかである。なのに、何故、ルキノを襲ったのだろうか。

 わからない。

 むしろ、セリアの言葉が嘘であることを願うばかりである。


「であれば、なおさら面会したい。約束はとれるか?」


「枢機卿は君との対決を望んでいる」


「何故だ? そのことに何の意味がある?」


「理由はわからない。でも、僕はそう直感した」


「ありえない」


「君は、どうする?」


「私は、ルキノをネアの皇帝に推すつもりはない」


「だとしても、枢機卿は、別の方法で、君を追い詰めにかかるだろう。逃げ場はない」


「彼と争うつもりはない」


 セリアはくるりと背を向ける。


「枢機卿の近衛から、君に見せるように言われたものがある。付いてきて欲しい」


 そもそも、キアラにとって、セリアは裏切り者である。

 怪しげな誘いにのるべきではない。

 とはいえ、キアラ自身、鉄仮面卿のことを信用しきれなくなっている。むしろ、理解し難いその行動原理に、僅かな恐怖感を覚えている。

 つまり、この機会に、彼の情報を少しでも収集しておきたい。

 そこで、キアラは、先を行くセリアに追随したのである。




 セリアは、キアラを一室の前に招き、そして、その扉を開く。

 すると、中から冷気とガスが溢れ出してくる。一気に視界が悪くなり、キアラは剣の柄に手をかける。

 

 しかし、一瞬の後。

 そこは、既に屋外であり、青空が見える。振り返ったところで、扉の影形もない。

 キアラの周囲には、驚くほどに大勢の人々が密集している。むしろ、キアラの周囲どころか、見渡す限りの人人人である。

 人々は一様に、円形の場内を見下ろし、歓声を飛ばしている。


 ここは、キアラの記憶にある場所である。

 すなわち、レオナルディ城付近に設置された円形闘技場である。キアラは、その観客席の最前列に転移したのである。

 

 しかし、不思議なことに、この国の姫であるキアラの存在に、誰も気付くことはない。

 ただひたすら、熱狂的に歓声を飛ばしているのである。


「前代未聞の組み合わせだな」


「普段見られない、高貴な人達の闘いだ」


「しかも、女同士の闘いなのだろう?」


「それならば、迫力に欠けるやもしれぬな」


「しかし、優勝者には、次期皇帝の妃になる権利が授与されるらしい」


「それは面白い」


「大層な嫁選びだ」


「俺達でも候補者を応援したくなるわな」


「しかし、闘ってまで、次期皇帝の妃になりたいと思うものだろうか?」


「何を言う。妃になれば、絶大なネアの権力の傘を得られるのだぞ。俺だって、妃になりたいぐらいだ」


「止めておけ。次期皇帝が泣いてしまう」


「まぁ、俺としては、純粋な乙女心から生まれた決闘であって欲しいと思うわけだが」


「乙女心で誰が闘うかっての」


「ともあれ、とんでもないエンターテイメントだ」


「次期皇帝は、本当にわかっていらっしゃる!」


「しかも、その候補者が二人ともとんでもない有名人だときている」


「無論、知っているさ。一人は海神メルティノープルの末裔だ」


「なんだって!」


「ひょっとして、あの、コルドバの名門出身の?」


「しかも、イザベラ様の妹君でもあらせられる」


「執政官オリヴィア!」


「家宝のトライデントは海流を操る。コルドバの象徴といっても過言ではない」


「対する候補者は?」


「激怒皇帝亡き後の、北方の戦国時代をまとめ上げた恐るべき女傑」


「しかも、我国を幾度となく苦しめた大熊公の一人娘」


「神聖帝国皇帝キトリー・カーンだ!」


「絶世の美女ではある」


「しかし、先陣をきるような姿は想定できないが」


「いやいや。噂によれば、血染めの姫ともきく」


「巨大な戦斧で、男どもの脳天を勝ち割ってきたらしい」


「おそるべき相手だ」


「はたして、どちらを応援すべきか」


「これは楽しみだ!」


「ドゥッハッハッハ!」


 しばらくの後、闘技場に決闘者二名が現れる。

 一人はトライデントを握っている。

 一人は赤く染まった戦斧を握っている。


 間違いなく、オリヴィアとキトリーである。


 闘技場において、オリヴィアとキトリーが闘おうとしているのである。

 しかも、おそらくは鉄仮面卿の妃をめぐって、二人が争うことになるのである。


 思わず、キアラは声を出す。


「何故闘う?」


 キアラは群衆をかき分けて前に進もうとするが、前に進むことすらかなわない。


「どういうことだ?」


 対して、セリアが答える。


「君は動けないし、この場の何物にも触れることも出来ない。これは、部屋の中に、闘技場の光景を映し出しているだけのものだからね」


「止めさせなければ」


「当人同士が決めた話だ。僕達が関わるべき話じゃない」


 そのとおりである。

 いくらこの決闘に品がないからといっても、キアラに、彼女達の行動を止める資格はない。

 彼女達は、鉄仮面卿を愛しているのかもしれないし、そうでないとしても、彼女達は、己の背負う国家のために、己のプライドを投げうってまで、鉄仮面卿の関心を買おうとしているのである。

 いずれにしても、口出ししていい事柄ではないのである。


 それに、キアラには、彼女達を止める義理もない。

 確かに、キアラと彼女達は一時期、本当の姉妹のように交流もした。しかし、それはあくまで、国家間の平和を演出するためのものに過ぎず、そこに真心などなかったのである。

 しかし、それでも、キアラは、彼女達に本当の友人であって欲しいと、一方的な願いを抱いてしまっている。だからこそ、彼女達が相争う姿など、見たくもないのである。


 とはいえ、眼前の光景に干渉できないとなれば、キアラには何もすることは出来ない。

 唇を強く噛みながら、ただただ行く末を見守っている。




 闘技場にて。

 先にオリヴィアが口を開く。


「やめなさい。これ以上ここにいると、怪我をしますよ。私は、貴方と戦いたくない」


 キトリーが答える。


「ずるいです、お義姉様。私の恋路を邪魔するなんて、本当に酷い……」


 その声は上ずっている。そればかりか、その手はぶるぶると震えている。

 実際のところ、キトリーは戦斧など持ったこともないのであり、闘いなど見るのも嫌なのである。

 それが、成り行きからこのような場に引きずり出されてしまったのである。


 しかし、観客席は、その哀れな姿を見て、どっと笑い転げている。


 しばらくの後、二人は神妙に宣誓する。


「皇帝万歳! 死にゆく者達より敬意を捧げます」


 二人が宣誓を捧げる先には、鉄仮面の姿がある。

 何の言動もみせず、ただ闘技場を轟然と見下ろしている。


 そして、ついに闘いが始まる。

 

 オリヴィアは、躊躇なくトライデントをふるう。

 すると、トライデントから大量の水流が現れ、八本の濁流となって闘技場内を大暴れする。


 キトリーは、既に半べそをかいている。それでも火事場の馬鹿力を使って、巨大な戦斧を滅茶苦茶に振るい、オリヴィアに突進していく。

 しかし、水流に足をとられて、呆気なく転倒する。


「ごめんなさい」


 オリヴィアは、キトリーのすぐ傍にトライデントを突き立てる。

 八本の濁流は途端に収まる。


 こうして、決闘は一瞬で幕を閉じたのである。


「蓋をあければ、つまんねえ決闘だったな」




 キアラは、二人の身に怪我がないか、じっと二人の様子を見ている。

 やがて、小さな声で呟く。


「鉄仮面が、二人を闘い合わせたというのか……」


 途端に、闘技場の光景は霧に閉ざされ、あっさりと消失する。

 そこで、セリアが、キアラに声をかける。


「君に会わせたい人がいる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ