24 晩餐会への招待
束の間の休息が終わり、俺達は再び前線へと戻る。
改めて哨戒をかけるが、大要塞に駐屯している帝国軍に動きはない。
とはいえ、再戦は五日後である。
俺はすぐさま第一陣に号令をかけ、山の道を進軍する。これは、開戦と同時に敵軍に襲い掛かる電撃作戦である。
一方のドゥーエは、コルビジェリ伯城に落ち着いている。
存在意義が問われる競争であるはずなのに、まるで動く気配はない。よくわからない奴だ。
ところで、山の道には主要な拠点が三つある。
いずれも古城であり、南から第一、第二、第三古城と呼ばれている。
山道を踏破し、俺達は第一古城を擁する盆地にたどり着く。
盆地は十キロメートル四方。南西と北に隘路が走るも、これを除いて周囲は鋭く切り立った山々で囲われている。したがって、風の通り道も固定化されている。
第一古城は中央の丘陵にある。
三方は断崖に囲われ、北面のみなだらかな坂を形成している。
丘下は木々が繁茂し、攻撃側は大軍を駐屯させる場所もない。加えて、間近にこの丘陵以上の高所もない。
まさに、天然の要害である。
古城は、古びた石組みを丸太で修繕した不思議な防御壁を擁する。
斥候の報告によれば、丘は硬い岩盤で構成されており、これを崩すのは困難である。
第一古城で俺に相対するのは、コルビジェリ伯の長女ブリジッタとその手勢五百である。
そのほとんどが傭兵で構成されており、指揮は低いようだ。
対する我軍は兵数三千五百。
盆地の入口近く、開けた箇所に駐屯する。
裏側から入口を塞がれると我軍は滅亡する。したがって、いつも以上に厳に警戒を怠らない。
さて、どう攻めようか。
北方から坂を駆け上がるか、崖をよじ登るか、それとも、兵糧攻めで対処するか。
兵力差を考えると、ゴリ押しでもいけそうな気がする。
しかし、この後二城を落とし、さらに大要塞を落とさなければならないことを考えると、我軍は一兵の消耗も避けたい。
昼過ぎにはテントを張り終え、周囲にバリケードを設けた。
想定以上に作業が早い。我軍の士気は随分と高いようだ。
テントの内側で、軍議を開始する。自然な流れで俺が司会になる。
「第一古城の攻略について、諸氏の意見を聞きたい」
無論、攻城戦の巧緻など俺にはわからない。人の意見に頼るのはやむを得ない。
対して、ペーター王が応える。
「まずは交渉です。城に使者を送って開城を求めます」
これにヴィゴが続く。
「場合によっては、あたりをつけて敵軍の内紛を誘いたいところ」
さらにアウグスタが丁寧に続ける。
「相手が開城に応じないのであれば戦わざるを得ない。正面からの強攻、相手の混乱に乗じて乗り込む奇襲、相手の食料が尽きるまで包囲を続ける兵糧攻め、ほかに奇策を用いることも検討すべきだ」
そこで、イクセルが口をはさむ。
「奇襲はいまさら無理じゃろう。今回は奇策も厳しい。兵糧攻めか強攻しかあるまいが、時間はかけられんのう」
「交渉で決着したいところだが」
アウグスタはゆっくりと首を振る。
「戦乙女はこちらに対して強い敵愾心を抱いている。交渉が失敗するのは目に見えている」
ヴィゴがニンマリと笑う。
「敵軍は傭兵で占められていると聞く。傭兵の鼻先に金を突きつけてやれば、イチコロだろう」
アウグスタは硬い表情でこれに応える。
「交渉のために、使者を危険に晒すことは避けたい。それに、敵将の裏切りを求めるなど卑怯者がすることだ」
つまり、この女は頭が固いのである。対して、ヴィゴはため息をつく。
「アウグスタさんさぁ、これって戦争なんだぜ?」
アウグスタの無表情に僅かな怒気が見える。
その時、近衛兵が入室する。
「失礼します。ただいま敵軍の使者が参りました」
「なんと伝えてきている?」
早くも降参か?
だったらいいのになぁ。
「曰く『明日の夕刻、晩餐会を開く。古代の英雄も是非ご参加下されたし』とのこと!」
晩餐会だと?
敵を招いて?
そんな悠長なことをしている余裕があるのか? これは戦争なんだぞ?
イクセルが唐突に笑い出す。
「余裕を見せてきおったなぁ。ここから先は心に余裕がある方が有利に立つ。しかし、これはチャンスじゃて」
「え?」
「ほれ、城に入る名目は得た。正々堂々交渉ができるじゃろう。なんなら、こっそりと傭兵共に金をばらまいてくるのも面白い」
そうは言うが、騙し討ちされる可能性もある。
誰がそんな決死の覚悟で城に出向くというのだ。
そこで、ヴィゴが俺の不安を代弁する。
「俺たち英雄に出向けと?」
「お前さんはそういうことが得意じゃろ? 幾ばくかの金子を託すとしよう」
「仕方ねえなぁ」
イクセルに言いくるめられている。
「人選はそうじゃな。メルクリオ、アウグスタ、ヴィゴ、お前達三人で行ってくると良い。ワシと王様はここに残っておる。万が一ということもあるからの。フォッフォッフォ」
万が一とかあるのかよ?
嫌だなぁ。
「それとも、お前ほどの人物でも怖いかの? アウグスタやい?」
「自信がないわけではない」
アウグスタすらも巧く乗せられている。
さらに、イクセルは俺に一言。
「心配が顔に出ておるぞ、こういうことには慣れておかないとじゃぞ」
翌日、昼過ぎ。
俺達三人は五人の近衛を連れ、第一古城に向かう。
カエサルはついて来なかった。心細い限りである。
使者に導かれ、丘陵の北に回り込み、坂道を登って入城する。
ところで、俺も立派な武人である。あの最強を超える最強、メルクリオ・ドゥーエと真っ向勝負して、負けることはなかった。武人を名乗ることに不自然はない。
したがって、武人の心眼でもって森の奥や城壁の陰に目をやる。いつ暗殺部隊が現れても対処できるように、常に気を張り詰めている。
しかしながら、殺気は感じられない。
一方の、アウグスタとヴィゴも口数少なく、その集中力は尋常でない。
特に城内に入ってからは、見えない敵におびえているとしか思えないような態度を見せている。
しっかりしてくれよな。
はたして、石造りの建造物の前で、二人の人物が待ち受けていた。
一人目は老人である。
「やぁ、君たちが例の英雄だね? 私はインゴ。帝国から派遣されました」
白服をまとい、全体的に淡く爽やかな印象である。中性的であり、芸術家肌にも見える。
いかにもフランクな格好で握手を求めてくる。
しかし、その瞳はこちらの心底を透かして見ているようにも見える。
いやいや、それは考えすぎだろう。
「私は七英雄の一人、アウグスタ。こちらは同じくメルクリオ、そして彼はヴィゴだ」
詳しく説明しなくても、名前さえ伝えればどういう人物か理解してもらえる。
これこそ英雄特権である。
対して、敵軍の女が言葉を返す。
「ブリジッタだ。コルビジェリの長女にして、この城の城主である。貴方達を歓待したい」
明るい色の髪を左右に括り、いたずらっぽい瞳をもっているが、その表情は一見して強張っているのが見て取れる。
幾分幼さを漂わせている雰囲気とは裏腹に、言葉遣いは極めて厳粛であり、しかも尊大である。
背丈は低いし体格もそれほど優れているわけではない。華奢と言ってもいい。
回廊の戦いで火の玉を放ってきたのはこの女である。戦乙女と呼ばれているらしい。
この女は敵軍の一大戦力であり、こちらにとっては厄介者である。
使者が続く。
「では、お着替えの間にお通しします」
控室で待たされた後、ヴィゴとともに広間に通される。
広間は石造りであり、厳しく武骨である。
広間には優美なテーブルがあり、テーブルの上には、牛肉、チーズ、白パンなどの皿が並び、さらに、果物が盛りつけられている。
なるほど。これは、食料は潤沢にある、いくらでも籠城できる、というアピールなのだろう。
広間に集ったのは二十人程度。いずれも華美に走らず、清楚な衣服に身を包んでいる。
「おぉい、こっちだ!」
ヴィゴが唐突に声を上げる。
声を掛けた先には、アウグスタ。赤いドレスをまとい、頭には月桂樹を編み込んだ髪飾りを挿している。
こうして会場内で三人が揃った。
そんなことはさておき、俺は腹が減った。
「なかなかうまそうな料理だなぁ」
「……」
それどころではないようである。
ふと、競合他社との懇親会を思い起こす。
そして、客観的に現在の状況を観察するに、会場の中で、面白いほどに敵陣営味方陣営が分離している。
何のための懇親会だ。これはよくない。
「まずは、敵将から討ち取ってくる」
俺は勇ましくつかつかと広間を横切る。
そして、戦乙女に近づく。
戦乙女ブリジッタは、こちらは白と黒のドレスで、いかにも敵軍の象徴として君臨している。
しかも、かなり俺を警戒している様子。
「ブリジッタ殿、今日はお招きいただきありがとうございます。この建物は旧帝国のものでしょうか。どこかしら懐かしさを感じさせます」
「かつて、アウグスタは蛮族と戦った。この城は、その時に作られた仮初の城だ。この城に身を寄せる境遇に誇りを感じている」
棘のある応酬である。
「そのような城を相手取るだなんて、随分と厳しい戦いになりそうだ。それに加えて武勇の誉高い戦乙女。お会いできて光栄です」
「戦乙女などと子供じみた異名で恥ずかしい。自分で名乗っているのではなく、周囲が勝手にはやし立てているだけだ。本当に迷惑」
とはいえ、なんだか少し嬉しそうである。
表情がころころと変わることからして、内面が凄く分かりやすい。この女を操縦するのは容易だ。
しかし、この女はおそらく名前だけの城主である。
俺は戦乙女との会話を適当に回しながらも、注意深く周囲の様子を探る。
中でも、インゴと傭兵の面々。奴らのうちいずれかが実質的な頭であり、奴らへの接触を図るべきである。
一方で、アウグスタは次々にワインを飲み干しつつ、インゴと談笑している。他方で、ヴィゴは、敵軍の傭兵達と打ち解けている。
さすが英雄である。自分の役どころを正確に理解し、既に動いている。頼もしい限りである。
「そういえば、以前白薔薇騎士団のファウスト殿と戦場で対峙したのだが、彼は貴女の親族か?」
「お兄様!」
「お兄様?」
「ファウストはコルビジェリ伯爵の長兄であり、アルデア王国随一の天才騎士だ。誰もが憧れる白薔薇騎士団最強の騎士。あぁ、お兄様!」
ブリジッタ様は目が逝っちゃっている。それほどまでに、ファウストを慕っているようだ。つまり、ブラコンである。
「確かに、ファウスト殿の騎乗姿は見事なものであった。それに、恐れを知らぬ勇気、弱きを助け強きを砕く仁愛。まさに騎士道の鑑でしょうなぁ」
俺は面白くなっていい加減な褒め言葉を並べ立てる。
「そうよね! お兄様こそ騎士の中の騎士! さすがはお兄様。あぁ、お兄様に会いたい……」
「私も、この席でファウスト殿と出会えるものと楽しみにしていたのですが、こちらにはいらっしゃらないようで。息災ですかな?」
「お兄様は最終城砦に控えている。お労しいことだ。次兄のマッテオも、別の砦で王国軍を待ち受けているぞ」
「別のお兄様もいらっしゃる? 白薔薇騎士団長のファウスト殿、戦乙女のブリジッタ殿。とすると、マッテオ殿もさぞかし凄い方なんだろうなぁ」
「マッテオは天才人型使いで、周りからは卑劣卿と呼ばれている。だが、断じて卑劣ではない。兄さんの周りが、兄さんの本当の優しさに気付いていないだけなんだ」
なかなかに酷い異名である。しかし、その名称からして、今までの敵将と違って搦手を得意とするのだろう。
マッテオは要注意人物である。
「そうでしょうとも。そうでしょうとも。いつか出会えるのが楽しみだ」
「もう少しの頑張りよ、ブリジッタ。お兄様達と合流して、楽しい団らんを取り戻すんだから!」
敵の前で素を見せてくる。この女は裏も表もない普通の女子である。
しかし、将軍としては未熟以外の何ものでもない。
一方の俺はどうか。
相手の幸せを奪ってしまうことに罪悪感を感じている。
だが、この世界は食うか食われるかの世界である。そんなことに心を痛めていては英雄失格である。
俺の人の好さも大概であり、他人のことを指摘できる立場ではないのである。
「貴女が戦乙女か?」
俺が暗い気持ちに浸っている時に、オレンジを片手に現れたのは我らがアウグスタである。
右手のオレンジのせいでしまらない……。