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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第六幕 快楽をもたらす者
229/288

17 森の住人

 アルデア帝都の南方には小高い丘陵が広がっており、丘陵には木々が生い茂っている。

 人々は、この一帯をアグリオンの森と呼んでいる。


 パッと見ただけでは天然の森に見えるが、よくよく観察すると、木々の合間には旧跡が残置されている。

 古くから、人の手が入っていたことを示している。

 現在も、森のあちらこちらに木造家屋が点在しており、森の支配者の存在をうかがわせる。




 大木の枝の上で、青年が少年に話しかける。


「今日が初戦だな。気合入れてけ、期待のルーキー!」


「一番手柄で、サルヴァートランジェロ様に恩返しするんだ!」


 森に潜むのは、サルヴァートランジェロ義賊団である。

 

 かつては盗賊団を名乗り、大傭兵団の下部組織として傭兵まがいの仕事をしていた。最盛期には、旧アルデア王国の一隊を構成するなど、その名を世間に轟かせたこともある。

 しかしながら、平和が訪れ、団はすっかり仕事を失った。

 多くの団員が市井に溶け込み、団を離れていき、遂に、団は解散間近にまで至ったのである。

 

 何をやってもうまく行かない。開き直ったサルヴァートランジェロは、その場ののりで、貧民を救う義賊を名乗ってみせる。 

 

 ちょうどその頃、暗黒大元帥が失脚した。彼は、国の貧しさを利用して人々の心の隙間に入り込み、権勢を握ったといわれている。

 そして、このことに対する反省が、人々を動かした。

 義賊団は、貧民を憐れむ帝都の人々から、支援金を獲得することに成功したのである。


 こうして、サルバートランジェロ義賊団は今も存続している。


「死に急ぐなよ」


「助けてもらった命は大事にするよ」


 義賊団の主な活動は、口減らしのために捨てられた人達を拾い、仲間として育てることである。

 そして、豪商を襲い、金品を巻き上げ、貧民に配ることである。


 拾われるのは弱い立場の女子供である。そのため、義賊団はかつてとは様相を異にして、女子供が団員の大半を占めている。

 一方で、戦闘員は実に100人程度にまで減った。


「ところで、鳥落としの兄貴にも、初戦はあったんすよね?」


「俺の初戦は最悪だった」


「最悪?」


「相手は、激怒皇帝率いる100万の軍団。対する俺達はゴロツキ500人」


「そんなの勝てっこないよ」


「と、思うじゃん? それが、不思議な力で勝ってしまったんだよ」


 アルデア帝国にとって、義賊団などという武装集団は、目障りでしかない。

 当然、潰すべきである。

 それでも、義賊団がこうして残っているのは、かつての戦功によって、お目こぼしを受けているからなのである。さらに、帝国は義賊団と連絡を取り、積極的に治安維持に利用してもいる。


「だから、心配すんな。諦めない限り、負けることはない」




 一人の女性が、身軽に飛び跳ねて、大木の上まで登って来る。

 あえて、動きにくい町娘の格好をしている。


「寝ずの番、お疲れ。ほら、差し入れだよ」


 配られたのは、冷えたオートミール。

 それでも、徹夜明けの二人にとってはご馳走である。


「今日は森が静かだ。本当に今日なのかい?」


「日が出るまでには、来るだろうね」


「姐さんのその情報は、どの役人から流されたものなのやら」


「さぁてねぇ」


「役人にたてつくことが俺らの魂だったはずなんだが、うまいことあいつらに使われてやしないか?」


「こまかいことは気にしなさんな。金をもらえりゃ、それでいいってことよ」


 少年は町娘に対して尊敬の目を向けている。彼女は、女だてらに部隊長を務めているのだ。

 町娘は少年の視線に気付き、少年の頭をさっと撫でつけ、そして立ちあがる。


「姐さん。地鳴りがする。馬車が近づいてる」


「馬車を通すなら東ルートだね。かなりの獲物が期待できそうだ。取りこぼしは許さないよ」


「必殺の作戦でいきますか」


「今日は全員で行く。さぁルーキー! みんなに所定の場所で待機するよう伝えておくれ!」




 やがて、森の道に小さな馬車が現れる。

 周囲には護衛が5人。


「もし。お待ちください!」


 道に飛び出た町娘が、馬車の行く手を遮る。

 御者は慌てて馬車をストップさせる。


「なんだ、なんだ! ゴンサロ商会様の馬車を止めるだなんて、いい度胸だな、おぃ。おんなぁあ!」


 騎乗した護衛が、馬車の前面に躍り出る。


「助けてください。盗賊に追われてまして」


 町娘は護衛を見上げる。

 

「めっぽう美人だな。しかし、何を企んでいるかわかったもんじゃない。どっか行っちまえ! しっしっ!」


「少しは話を聞いておくれよ」


「お前らが義賊だって話、知ってんだよ。蹴散らしてくれるわあ!」


 言うなり、護衛は一斉に剣を引き抜く。

 同時に、町娘は手を高く掲げる。


「斉射!」


 四方八方から、矢が放たれる。

 既に、馬車は義賊達によって十重二十重に囲まれているのだ。


「防御陣形!」


 対する護衛もただ者ではない。

 方形の盾を揃えて、矢から馬車を守る。


「斉射中止!」


 町娘は、遠距離攻撃が有効でないことを悟り、即座に周囲に合図を送る。

 すると、大木の影から、一斉に人影が現れる。

 その数30人。


 護衛は彼我の戦力を比較し、唯一の戦略に思い至る。

 すなわち、目の前の町娘を人質にするしかない。

 護衛は、馬上から町娘に手を伸ばす。


「ひょい!」


 町娘は素早く背を丸めて、難を逃れる。

 ちなみに、彼女は擬音を口にする痛い奴のようだ。


「煽ってんのか」


「そんな大振りじゃ、あたりゃしないよ」


 彼女は、仲間が放り投げたレイピアを、曲芸のようにして空中でキャッチ。

 引き抜いたレイピアをくるくると回転させると、護衛の得物は既にどこかに弾き飛ばされている。


「さぁ、一気に畳みかけるよ!」


 義賊団は野獣となって馬車に突進する。


「護衛団に金をケチったのは、俺の失敗だ」


 御者はがっくりと項垂れる。



 

 馬車の中には、金銀財宝が積まれていた。


「こんなおいしい事ってあるんだな!」


 義賊団達は、夢見心地で財宝をあらためている。


「俺達でこっそり山分けしねぇか」


「馬鹿! 勝手にくすねる奴は容赦しないよ!」


 ところが、町娘も馬車の上にあぐらをかき、上機嫌である。


「姐さん!」


「どうしたんだい?」


「馬車が、別の馬車が、西の小径を全速力で南下している!」


「まさか、そっちが本命だっていうのかい?」


「大型馬車だ。間違いなく、人狩りの馬車だ!」


 町娘はひらりと馬に乗る。


「絶対に見過ごすわけにはいかない。追いかけるよ!」





 大型馬車は、西の小径を疾走している。

 無数の小枝が行く手を阻むが、護衛がその尽くを切り裂いていく。


 馬車の前に、突如いくつもの大樽が転がってくる。

 やむなく、馬車はその場に停止する。

 護衛は5人。

 よく訓練されているようで、すぐに盾を構えて、弓矢による攻撃に備える。


 しかし。


「やってくれるじゃねぇか!」


 その中の一人は大剣を構えて、森の中へ突進していく。

 義賊団は、森の中で射撃体制を整えつつあったのだが、逆に不意を突かれてしまう。


「とはいえ、森の中で、そんな大剣を振るえるはずがッ!」


 義賊は弓を捨て、短剣を構えて迎え撃つ。

 護衛の男は、遮蔽物となる大木を全く意に介することなく、ただ馬鹿正直に大剣を振り回す。

 すると、驚くべきことに大木はあっさりと切り裂かれ、義賊は深手を負う。


「振るえるんだよな、これがッ!」


 その男は、怪力の持ち主なのである。

 義賊達は、男を強敵と認識し、30人で取り囲む作戦を取る。


「……」


「奇跡ってのは起こるもんじゃなくて、起こすもんだぜ!」


 しかし、男は圧倒的な力で義賊達をなぎ倒していく。


「あいつ一人にやられているぞ!」


「強すぎる。インチキだ!」


「おかあさーん!」


 義賊達はじりじりと後退する。


「姐さん、これはやばい。あいつは、喧嘩を売っちゃいけねぇ奴だったんだ。これ以上戦っても、犠牲者が増える一方だ」


「頭に伝言を頼む。水を用意して集まれってね」


 町娘は小径に転がった樽の上に座る。

 逃げないという意思表示なのか、それとも腰が抜けたのか。

 無双の男が、相対する。


「お前、ここまでやって逃げんのか?」


「なかなか強いじゃない? 名前は何ていうんだい?」


「コルベール。剣闘士のコルベールっていえば、わかるだろう?」


「全然知らない」


「そっかぁ……」


「許しとくれよ」


「許さねぇよ」


 それでも、町娘はにっこりと笑う。

 対して、コルベールを差し置き、護衛の巨漢が町娘に殴りかかる。


「ぶち殺してやんよ! ぐぉ!」


 コルベールは、大剣の腹で巨漢を弾き飛ばす。

 直後、町娘の眼前から炎の柱が立ち昇る。


 巨漢はいきり立つが、コルベールはその巨漢を諭す。


「俺がギリギリで反応できたから、お前は黒焦げになるのを免れたんだぞ」


 コルベールは、改めて町娘と対峙する。

 これを受けて、町娘も立ちあがり、レイピアを引き抜く。


「格好いいだろう?」


「ぎりぎりまで本気を隠していたっていうのか? 面白れぇ女だ」


 コルベールは8の字に大剣を回転させて意気を高揚させると、思い切りよく町娘の懐に飛び込む。

 遅れて、大剣が振り下ろされる。

 今まで以上に鋭い一撃は、風圧を作り、周囲の落ち葉を空中に舞い上げる。


 しかしながら、完全に取ったと思われた一撃は、するりとかわされている。

 それどころか、コルベールの首元に迫るのは、レイピアの鋭い一撃。


「おわっ」


 コルベールは力任せに大剣をレイピアに叩きつける。

 レイピアは何の抵抗もなく右に流れて、そのまま素早く一回転。

 彼の左腕に裂傷が走る。


 コルベールは恐れることなく、町娘に突進する。

 大剣をメトロノームのようにして何度も素早く打ち込んでいく。

 これは、彼の必殺技である。単調な攻撃ではあるが、コルベールの無限の体力と合わさって、この攻撃の前に倒れなかった相手はほとんどいないのである。


 しかしながら、全ての攻撃は、町娘のレイピアによって左右にさばかれていく。僅かに軌道を反らされ、町娘に傷を与えるには至らない。

 

 それでも、体格の劣る町娘はじりじりと後退していく。

 やがて、その背は大木の幹に押し付けられる。


「……」


「観念しな!」


 大木ごと切り裂く鋭い大剣の薙ぎ。

 しかし、手応えはない。

 町娘は陽炎の様にぼやけて、空中に霧散したのだ。


 コルベールは殺気を感じて周囲を見渡すと、四方八方から炎の蛇が襲い掛かって来る。

 彼は、大剣を地面にたたきつけ、土砂をまき散らし、これに対抗する。

 しかし、炎の蛇は飛び跳ねて、凄まじい勢いで彼の周囲を回転し始め、次第に半径を狭めて彼を締め付ける。

 彼は、無茶苦茶に大剣を振り回して、空気の流れを作り、全ての炎を吹き飛ばす。


 視界が開けた瞬間。

 町娘が合掌している。


 その手の先から、レーザーが放たれる。

 レーザーは円弧を描き、大剣を切り裂く。


「なんてことをしてくれたんだ! こいつは、借り物だったんだぞ!」


「まだやるつもりかい?」


「面白くなってきたところじゃないか。俺、聞いたことあるぜ。身持ちを崩した貴族の令嬢、炎の魔法使い。お前、戦乙女ブリジッタだな?」


 その時、町娘はコルベールごと水をぶっかけられる。


「間に合ったようだな!」


 駆けつけたのは、サルヴァートランジェロとその直属の義賊50人である。

 そして、町娘は本気を出すと森林火災を起こしがちであり、とりあえず、消火活動の一環として水をぶっかけられる習わしとなっているのである。


 ところで、町娘の正体はコルベールの推測どおり、ブリジッタである。

 彼女は、コルビジェリ伯爵家の長女であり、ファウストの妹である。

 かつて、アウグスタの再来として祀り上げられていたが、暗黒大元帥との決闘に破れ、その後、処刑されたものとされていた。

 しかし、実際には、権勢にいることの虚しさを痛感し、もうどうにでもなれとして、盗賊団に身をやつしたのである。

 その後、出自を隠しながらも、その実力でもって頭角を現し、今では義賊団の部隊長にまで成り上がっている。

 



 義賊団は援軍を得た後、暴れまわるコルベールを捕縛し、遂に戦闘を終了させた。

 続いて、大型馬車の積み荷をあらためたところ、はたして、一般市民が10人積み込まれていた。

 彼らは、帝都で拉致され、奴隷として共和国に売られる運命にあったのである。


 残念ながら、このような事件は頻繁に起こっており、その手口は日々巧妙化している。そして、義賊団は、奴隷売買のための拉致監禁を人狩りと呼んでおり、人狩りの馬車を襲い、人を解放する役割を自認している。


 解放された市民達は、外気を吸い、生気を取り戻す。

 しかしながら、浮かない顔をする母子がいる。


「まさか!」


 ブリジッタはその母親の顔を見て、ぎょっとして硬直する。


「コルビジェリのブリジッタさんですね?」


「イザベラ様!」


 イザベラというのは、旧アルデア王国の元王女である。

 しかし、そのことが公になってしまうと、大混乱が生じる。ブリジッタは慌てて周囲を見渡し、イザベラの正体に気付いている者がいないことを確認する。その後、片膝を立てて、首を垂れる。

 ブリジッタは、今もなお王家に対する忠誠を捨てきれていないのである。


 しかし、おかしなこともあるものである。

 イザベラは、ペーター王亡き後、国政から退き、穏やかな日々を過ごしていたはずなのである。


「この子が忍びなくて……」


 傍らにいるのは少年ルキノ。

 イザベラには実子がいない。そのためもあってか、彼女は戦災孤児であるルキノを拾い、自分の子供のようにして、愛情を注いで育ててきたのである。


「皇帝ロメオは、この子を塔の中に閉じ込めていたのです」


 ルキノは、イザベラの実子でないことから、よほどのことがない限り、王位を継承することはない。

 しかしながら、イザベラは、元王女であるのみならず、共和国の執政官オリヴィアの姉である。

 そうである以上、そのイザベラが養子として迎え入れたルキノは、事実上、特別な地位にある。共和国と内通する者や野心のある者の傀儡とされ、政争の具として利用される可能性が高い。

 だから、ルキノの存在は帝国内で一つの問題となっているのである。

 そして、現権力者は、彼を外界から隔離しているのである。


「このままでは、この子の人生は味気のないものになります。広く見聞を持たせたいのです」


「そのために、共和国に亡命なさるのですか?」


「いけませんか?」


 今のイザベラには、かつての気品ある面影はない。ただ子を想う一母親でしかないのである。


「皆が心配します。早く、城にお戻りください」


 押し問答が続くかと思われたその時。


「姐さん! 帝国軍が攻めてきた!」


「まさか……」


 ブリジッタはイザベラの顔を見て、青ざめる。


「人質を解放しろって言ってきてる。何の事だか、さっぱりだ」


「わかった。あたしが話をつける」


「それがもう、戦いになっちまってるんだ……」


「なんだって!?」




 森の外から帝国軍を指揮するのは、当代最強とも謳われる勇者である。黄金の鎧を身にまとい、双剣を背負っている。

 彼は配下からの報告を受けている。


「大人しく身柄を引き渡すならば悪いようにはしないと伝えたところ、賊は乱心し、狂牛の様に我々に攻撃を仕掛けて参りました」


「何たる卑劣な振る舞いッ! 彼らは、悪魔の化身とでもいうのか」


「もはや一刻の猶予もなりません。悲劇が起きる前に、全軍進撃のご裁可を!」


「うむ、吾輩も出る。吾輩手ずから毅然とした態度で厳罰を科し、模倣犯を予防するッ! ええい、吾輩はイザベラ様の身を悪魔から救出するまでは、両瞼を閉じぬことをここに誓うッ!」

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