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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第六幕 快楽をもたらす者
222/288

10 極上の快楽

 暁鴉公アイジンガーもまた話の通じる相手ではない。

 カーン公国からの和平の使者を、手ずから斬首し、容赦なく軍事行動を開始した。

 1千の軽装歩兵を率いて越境し、俊足をもって前線を展開する。

 僅か1週間で3つの砦を陥落せしめ、街道沿いの10余の村々を焼き払った。


 対するカーン公国。

 その戦力の一部は白狼公に引き抜かれ、残るは1千程度。

 もっとも、榴弾砲を10門備えており、銃器もある。

 戦力的には、暁鴉公を上回ると言っていい。


 しかし、動かない。

 仮に、暁鴉公に大部隊を差し向ければ、公城はその分守りが手薄になる。

 そうすると、公城は、白狼公か義勇団かに狙われることになるのである。

 

「公女殿下! 最後の避難民が城下に入りました!」


「門を閉め、警護を固めてください」


 大熊公は神聖帝国の守備の要と呼ばれるほどに、守勢に長けていた。

 したがって、幸いなことにその城下町は堅固な城塞都市としての機構を備えている。

 そこで、周辺の村々の領民を城下町に一時的に収容し、外敵をやり過ごす。

 そして、今のカーン公国にとって、このような籠城戦術以外にとりうる戦術はないのだ。



 

 城下町の広間にて、避難民に対して炊き出しを行っている。

 キトリーは自ら腕を振るい、国民に対してスープを振る舞う。

 しかる後、避難民一人一人に対して、笑顔を見せ、親し気に語り掛ける。


「安心してください。国難はいつまでも続くものではありません。今しばらくの辛抱です。わたくしも頑張ります。皆さんも一緒に頑張ってくださいまし!」


 純白の衣服をまとったその姿。 

 血と炎の朱を目に焼き付け、辛酸をなめた領民にとって、その姿はどのように映るのであろうか。


「哀れな我々にも漏れなく声を掛けてくださる」


「我々をお見捨てになられたわけではなかった」


「この汚れた世界に遣わされた一人の大天使!」


「ああ、なんともはや聖なることか!」


 人々はキトリーに対して平伏して忠誠を誓う。

 もっとも、キトリーは、平伏する人々の中に勤王十二士が紛れ込み、哀れな領民の演技をしていることを十分に認識している。


「しかし、道中、我々をお救いくださった公女殿下と同一人物とは思われない」


「確かに。あの公女殿下は巨大な戦斧を片手にされていた」


「挑発的な格好で決闘を挑み、激情した敵を真っ二つに引き裂いておられた」


「血で全身を朱に染めながらも、高笑いをされていた」


 変な話も聞こえてくるものだ。


「はたして、聖女の姫か血染めの姫か」


「馬鹿ッ! 正しき者は救済し、悪しき者は命を奪ってでも救済してくださる。正しく大天使ではないか!」


「え?」




 キトリーは公城に戻り、勤王十二士のリーダーを呼び寄せる。


「城門を下ろしました」


「お疲れ様にございます。臣民に親しく語り掛ける殿下のお姿は、国民から好意的に迎え入れられております」


「求められる姿を見せる。人形姫の面目躍如ですね」


「卑下なさる必要はありません。これは、殿下の心に沿う行動です」


「ええ。わかっています」


「人々は自然と公女殿下を主として慕うこととなりましょう」


「うん……」


 キトリーは未だ次代の女王として承認されたわけではない。

 そして、女王として君臨するには、臣下からの信頼を得なくてはならない。

 したがって、コツコツと点数稼ぎをしなくてはならない。

 しかし、生臭い権力への渇望は、キトリーにとって今まで慣れ親しんだものではなく、顔を背けたくなる異臭を放っている。

 無論、今自分が立たねば、この国が瓦解すると理解している。

 だからこそ、鼻をつまんでその生臭い渇望を取り込もうとしているのである。


「ところで、避難民の中で、わたくしのことを血染めの姫などと言って、極度に恐れる者がいるのですが、心当たりはありますか?」


「ハッ。内外問わず、殿下を恐れるように仕向けたいと考えておりまして」


「影武者を投入したのですね?」


「ええ。暁鴉公との小競り合いで、ひと暴れしてもらいました」


「とんでもないイメージが独り歩きしていきますね」


 キトリーは雑念を払うように僅かに首を振って、話題を変える。


「さて、避難は完了しましたので、暁鴉公との小競り合いはお終いです」


「暁鴉公にとって、我が軍による足止めはなくなりました。なのに、昨日今日と侵攻は停滞している様子」


「ええ。もうしばらくすると、反転することでしょう」


「撤退するというのですか?」


 リーダーは驚いてキトリーの顔を見る。


「オーグ教団が暴れています」


 オーグ教団すなわち暗黒教団は暁鴉公の元に身を寄せている。しかし、ゼノン教に急接近した暁鴉公から冷や水を掛けられ、暁鴉公に恨みを抱いている。そこに目を付け、キトリーは、暗黒教団とカーン公国との繋がりを利用し、暗黒教団の不満をつついた。その結果、暁鴉公の留守中に、暁鴉公の領内で暗黒教団が暴れ回っているというのだ。


「暁鴉公が調停を受け入れるのは、おそらく1か月後」


 詳細な日程計算までこなしている。


「ハハハハ。殿下。貴女は虫も殺さぬ優しいお顔でありながら、本当に恐ろしい人だ」


「問題は、白狼公と義勇団ですね」


 義勇団は公城に向かって不気味な南進を開始した。

 キトリーは使者を送り、義勇団の長であるシグルズとの面会を求めたが、既にシグルズは行方不明との回答があった。無論、義勇団が、団を解散せよとの指示に、従うことはなかった。


「しかし、白狼公と義勇団は何度も小競り合いを繰り返しています」


 両者の動きは呼応している。

 しかし、協調しているわけではないのかもしれない。

 キトリーは提案する。


「これは好機と考えます。暁鴉公の脅威が去った後、両軍を側面攻撃するのはどうでしょう?」


 漁夫の利を得たいという誘惑にかられる。


「いけません。これは守勢を崩す罠です」


 白狼公は、ゼノン教を受け容れ、共和国から銃器を輸入している。

 したがって、決して共和国と険悪な仲にあるわけではない。

 とすると、共和国軍が母体であるところの義勇団と争う必要性はまったくない。

 つまり、義勇団と争っている姿を顕わにして、カーン公国軍を城から誘い出し、ほいほい出てきたところを義勇団と示し合わせて叩こうと考えているのではないか。

 白狼公ヴァンクであれば、それぐらいの演技は仕掛けてくる。


「ヴァンクは昔からエルドリア諸邦の独立を望んでいました。帝国や共和国に介入されることを極端に嫌っているはずなのですが……」


「それを確かめるのは、援軍の到着後でもよろしかろう」


 アルデア帝国からの援軍が到着すれば、公城を守備しつつ、遊軍を派兵することができる。

 それまでは耐え忍ぶのが、堅い戦略なのである。


「とはいえ、アルデア帝国が軍を動かしたとの報はありませんね」


「ジルベルト将軍は、おそらく、大要塞でせき止められています。小コルビジェリ。あの男の仕業でしょう」


「彼の動きは予測がしにくい」


「もっとも、奴からは伝令が届いております。何でも、百万の軍勢と共に加勢いたす、とのこと」


「不安しかありません……」


「聖レギナ騎士団からは、何も連絡はないのでしょうか?」


「ありません。かの国はエルドリア諸邦の秩序の番人であって、我々にだけ肩入れすることはないのです」


 結局、カーン公国は、頼りにならないマッテオを待ちぼうけするしか道はないのだ。




 ところが、カーン公国が関わらないところで、戦況は刻々と変化していく。


 義勇団は最新の兵器でもって、白狼公の本軍を討ち破った。

 白狼公は深く傷つき、それでも執念深く国境付近に留まっている。

 義勇団は、意気揚々とカーン公城に向かって南進し、遂に城下町の外に到達し、陣を敷く。

 その数3千。白を基調とした武装は、戦いを潜り抜けてきたとは思われない美しさを保っており、異様な威圧を感じさせる。


「使者もなく、まる1日、ただ無言で全軍城外に突っ立っているようです」


 衛士が報告を入れる。

 それを聞いて、摂政が金切り声を上げる。


「義勇団であるのに、我々を威圧するというのか!」


 義勇団の行動は、不気味以外の何物でもなく、城内の者が精神的に追い詰められるのは無理もない事である。

 リーダーは落ち着いて返答する。


「とはいえ、我が国に溶け込むことが目的でありましょう。であれば、こちらから手を出さない限り、何もしないでしょう」


 キトリーは大きく頷く。

 しかし、不安はある。


「最悪の事態を想定する必要があります。背後にいるのは、共和国の将軍フェルナン。彼は、暗黒大元帥を追い詰めたほどの当代随一の将軍です。油断は禁物です」


 突然、どこからか歌声が聞こえてくる。

 その歌声について、衛士が説明を入れる。


「殿下。あれは、我が国に古くから伝わる民謡であります。城外の義勇団が謡っているようです」


 摂政は緊張した面持ちを崩す。


「我々は少し、相手を見誤っていたのやもしれませんな。彼らも温かな血の通う同胞。もはや、無意味な戦いなどやめましょうぞ」


 


 それでも開門することはなく、ただただにらみ合いが続く。

 しかし、義勇団の到着から3日後。

 焦らしに焦らして、遂に義勇団の使者が現れる。


「文武に秀でるキトリー公女殿下! お会いできて光栄ですッ!」


 重大な局面であるはずなのに、向こうが送って寄越したのは少年と言ってもいい若者である。

 床に身を投げ出さんばかりにして、平伏している。


「顔をあげなさい」


 促されて顔をあげた少年は、そのまま食い入るようにキトリーの顔を見ている。

 そのまま何も喋らない。


「えっと、何か用があるのでしょう?」


 キトリーに促されて、少年ははっとする。

 どうやら、見惚れていた様子。


「そのぅ。僕達を城内に受け容れていただきたいのです!」


 何の捻りもない言葉であり、朴訥な少年の性格をよくあらわしている。

 ひょっとすると、誘導次第では真実を引き出せるかもしれない。


「まず、わたくしに教えてください。貴方は北方の訛りが強いようだけれど、どこの生まれかしら?」


「エルドリア公国です」


「義勇団の皆さんも古くからの知り合いですか?」


「いえ。最近知り合いました」


「彼らから義勇団に誘われたの?」


「はい」


「彼らは、エルドリア公国の人ですか?」


「わかりません」


「わからないのに、誘いを受けちゃったの?」


「エルドリア諸邦の団結のためです!」


 少年を送って寄越したのは狡猾な大人であろう。少年は表層の知識だけを植え付けられ、核心を知らされていない。


「エルドリア諸邦は13公国から成ります。何故、そのうちのカーン公国に肩入れするのです?」


「貴女こそ、エルドリア冠をいただくにふさわしい人物! 絶対に、僕が守ります!」


 その後もあらゆる角度から、尋問と気取られないようにして質問するも、何の情報も得られない。

 義勇団の母体に迫ることもできなければ、武器の出所も不明である。

 ただ、エルドリア公国は無法地帯であり、密輸し放題であることだけは明らかになった。


「公女殿下。どうして僕達を受け容れてくれないのですか? 皆、大好きな公女殿下に嫌われたんじゃないかって、しょんぼりとしています」


「決してそのようなことはありません。わたくしにとっては、義勇団の皆さんも大切な存在です」

 

 キトリーは根が優しい。

 ついつい余計なリップサービスを与えてしまう。


「そうなんですか!」


 少年はぱっと表情を明るくする。

 それを見て、勤王十二士のリーダーは言い放つ。


「何故、義勇団はここに立ち寄った?」


 その声はどこまでも冷え切っている。


「え?」


「真の忠義者であれば、すぐに白狼公を追いかけるのではないか?」


「ですが」


「城内に入る必要は全くないといっていい」


「公女殿下から、面と向かって、一言だけでもお言葉をいただきたいと思うのはいけないことなのですか?」


「いけないことだ!」


 リーダーは大きな声で言い放つ。

 少年は黙り込む。


「君は、今、公女殿下に対して、言葉を欲しいと言った。いや、もっと詳細に言うと、言葉を与えるのが公女殿下の務めとして当たり前であろうと言った。つまり、自分の意思に沿った行動ではなく、君の望む行動をとれと言ったのだ」


「そんなことは……」


「人間は自分のとるべき行動を自分で考え、賢く選択することができる生物だ。だからこそ尊い。しかしながら、他者からの期待や承認に惑わされ、本来あるべき姿を簡単に歪められてしまう存在でもある。しかし、そのような状態は、もはや生きているとは言えない。それは他者の欲望を満たすためだけに、与えられた機能を果たし続ける器械にすぎない」


「わかりません……」


「そうだ、わからないだろう。つまり、公女殿下は自由であるからこそ尊い存在であるにもかかわらず、君は、公女殿下の自由を制限し、公女殿下を洗脳し、支配し、人形としての役割を押し付け、堕落させようとしている」


「そんなことは……」


「それは酷く卑しい欲望だ。公女殿下を自分だけのものとして扱いたいという類の汚らしい欲望とまったく同じである。ああ、汚らわしい! まったく汚らわしい! わかったか? わかっただろう?」


「わかりました……」


「わかっていない、もっと説明しなければ、わからない。絶対にわからない。つまり、君は、本当に、彼女の事を大切に思うのであれば、彼女の働きを無条件に礼賛すべきなのであって、彼女にとって、何か特別な存在になろうとしてはいけない。彼女から認識されたい? 駄目だ。その感情は、全て君のその腐敗した欲望から来るものなのだよ」


「……」


「君達は本当にわかっていない。無意識下に、この世で最も恐るべき悪をなそうとしている。そんな奴はこうだッ!」


 リーダーは、少年の顔面を思いっきり殴りつける。

 少年は、顔を抑えてその場にしゃがみ込む。


「さすがは我らのリーダー」


「人の尊厳とは何かを見抜いている」


「思っていても言えないことを的確に言い放つ。我らのリーダーにしか出来ぬことだ」


「あいつを見てみろよ。論破されて顔真っ赤だぜ」


「下卑た根性を見透かされたな」


 壁際に屹立する勤王十二士は一斉に大きな拍手をする。


「それでもって、さらに、こうだッ!」


 リーダーはさらに少年を蹴り飛ばす。

 少年はほうほうの体でその場から逃走する。


「殿下。失礼いたしました。少し取り乱してしまいました」


 リーダーは荒い息を抑えてその場に控える。


「いえ」


「しかし、義勇団が悪であることは証明されましたね」


 リーダーは上気して、瞳を輝かしている。

 一方のキトリーは、無表情になってその場に固まる。




 カーン公国としては、援軍が到着するまでの時間稼ぎさえできればいい。

 しかし、そんな願いもむなしく、明くる日。

 戦端は唐突に開かれた。

 

 城内から義勇団に対して発砲があったのだ。

 誰が何の意図で発砲したのか。

 周囲を囲まれているという精神的圧迫に耐えられなくなった者なのか、それとも、戦いを引き起こしたい何者かなのか。

 

 義勇団は、公女殿下を城内の汚れた権力者から救い出せとの名目を掲げ、砲撃を開始。

 恐るべきことに、最新鋭の大砲による集中砲火を前に、1時間も経たないうちに南壁の一画が崩落した。

 圧倒的攻勢の前に、カーン公国の命運は風前の灯火。

 伝統ある国政も、暴力の前には呆気ない最期を迎えるものなのである。


「公女殿下! 小コルビジェリからの伝令です!」


 しかし、今更マッテオがしゃしゃり出ても意味はない。

 全ては遅かった。


「曰く、我、これより白狼公の公城を陥落せしめる。期待せよ、と!」


「え?」

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