22 双剣の英雄
人垣が二人を囲む。
それでも、メルクリオは未だ腕を組んだままである。
これは、彼にとって、格下と対峙する時の基本姿勢だ。
だが、せいぜい油断しているがいい。
この一週間、俺は猛烈に体を鍛え、俺の肉体は生まれ変わった。
これから、その変貌ぶりを、眼にもの見せてやる。
俺は遠慮することなく、長剣を一気に引き抜く。
両手を柄に添え、慎重に構える。
この長剣は、グラディウスの二倍もの長さ、つまり、1mを超える代物であり、もはや短槍といってもいい。
案の定、会場に驚きが走る。
「メルクリオ様が両手剣だと?」
「まさか、伝統ある双剣スタイルを捨てたというのか?」
「いやいや。あれはメルクリオ様の奇策だ」
「そうさ。メルクリオ様は固定概念を嫌う男だ」
「その時々で、ベストな戦法をとるのは当然のことだ」
「しかし、メルクリオ様が双剣でないというのは、少し寂しいことだ」
無論、俺にも考えがある。
まずもって、俺には、双剣など使いこなせない。どうしても、利き手でない左手が疎かになってしまう。
ならば、一振りの剣を扱うことに集中した方が、効率的といえる。
そして、相手のメルクリオは素早い上に、手数が多い。懐に入られると、俺は対応しようがない。
そこで、懐に入られる前に、長剣でもって相手を撃退し、距離をとって勝負しようと考えた。
だからこその長剣である。
対して、メルクリオは、一振りのグラディウスを鞘ごと床に置く。
俺ごとき、一振りで倒してみせるという宣言に違いない。
ちなみに、残った一振りすら、まだ引き抜いてはいない。
「オオオオオオオオ!」
会場は一気に盛り上がる。
ハアアア。スウッス。
室内のロウソクの火が揺らめく。
いざ尋常に勝負。
俺は、自らの持てる最高を期して、前方に駆ける。
腰を落として大股で、何ら迷うことなく前進する。
ところで、自分に期待する理想の動きは、師匠の動きを観察することで得られた尋常からかけ離れたイメージである。
凡人であるところの俺が、その理想を踏襲できるはずがない。
ところが、驚くべきことに、俺の動きは、理想に寸分たがうことはない。
身体が、完璧にイメージをトレースし、空間を躍動している。
いける!
膝と腰をひねり、剣先に動きを伝えて、素早くこれを旋回させる。
常人に、避けられる攻撃ではない。
しかし、メルクリオをとらえるには至らない。
奴は、最低限の動きで距離をとり、剣先から逃れる。
俺の尋常でない攻撃に、不意を食らったかのように見える。
しかし、それでも、奴は、グラディウスを引き抜かない。俺に対して、さらなる攻撃を仕掛けてくるよう誘っている。攻撃を仕掛けた後の絶対的な隙を狙っているのである。
しかし、俺は迷わない。
頭の中が冴えわっている。相手の動きもよく見えている。
恐れることはない。
俺は床を蹴り、さらに、奴に猛進する。
俺は、今や一個の精密機械である。
足先から手先まで、全ては、剣先に確実に力を伝えるために稼働している。
横薙ぎの後。
剣先を大きく後ろに持っていき、手首を返して素早く剣先を敵に向け、突きを放つ。
しかし、奴は、半歩動いて、これをかわす。
同時に、その左手は、グラディウスの柄に触れる。
一瞬後の、奴の動きが脳裏に浮かぶ。
抜剣、そして首元への一撃。必殺を狙っている。
全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
グラディウスの刃先が見える。しかし、まだ、次の瞬間までに、俺は一つの動作を入れることができる。
俺は、長剣を立てる。
次の瞬間。
鼻先に火花が飛び散る。
凄まじい衝撃が、長剣から両手に伝わる。まるで、両手が別の生き物のように震動する。
止まらない。
両手は胴体に繋がっているが、神経でも切断されたかのように、両手の感覚が途切れている。
それでも、俺の長剣は、奴の突きから俺の首元を確実に守り抜いた。
しかも、俺の両手は、麻痺しているとはいえ、不思議な力でもって、俺の意思どおりに動く。
いける!
奴はというと、驚くこともなく、さらなる刺突攻撃を期して、距離を詰めようとしている。
だが、そうはさせない。
俺は、長剣を弾かれて意図せずして振りかぶっている。その体勢を活かして、長剣を全力で奴に叩きつける。
まるで体のタガが外れたかのような感覚を得る。
長剣の刃先は最高速で円弧を描く。
確実にとったその一撃。
しかし、衝撃はなく、視覚から状況が伝わってくる。
奴は、俺の攻撃にタイミングよくグラディウスを交差させ、あっさりと俺の攻撃を受け流した。
流された長剣は下を向いており、俺は死に体である。
隙が出来てしまった。
俺は慌てて距離をとろうとするが、既に遅し。
奴は、俺の懐にいる。
グラディウスの剣先が気持ちの悪い軌道から俺の首元へと伸びてくる。
俺は、全力で屈んで、かろうじてこれをかわす。
その刺突と同時ともいえるほどに、間を置かずに新たなる刺突が俺の心臓へと直線的に伸びてくる。
俺は、後退しながらも長剣を構えてこれを受け流そうとするが、奴の刺突は手元でその軌跡を微妙に変化させる。
俺は、慌てて長剣を振り、二撃目を真っ向から弾く。
同時に長剣も弾かれ、身体全てが後ろに持っていかれそうになる。筋肉が引きちぎれそうな感覚を得る。それでも、無理矢理に勢いを止める。
しかし、奴の攻撃は、それで終わるはずもない。
斜め下からさらなる斬撃が襲い掛かり、と思いきや、真横から刺突が放たれる。
奴が得意とする刺突ラッシュが始まったのである。
圧倒的な実力差である。
相手は最小の動きで衝突のエネルギーを殺している。
むしろ、その勢いすら己の糧として次の攻撃にのせてくる。
ただひたすらに速く、巧く、そして強い。
一撃ごとにレベルが上がっていくのを感じる。
もはや、俺は、一方的に攻撃を受けるばかりである。
予備動作を使って、力強く押し返す余裕もなければ、細かい計算を入れて、うまく受け流す余裕もない。
ただ、長剣を左右に振って、相手の攻撃を真っ向から弾くことしか許されない。
長剣は度重なる直撃を受け、その剣刃はみるみる間に損傷していく。
それだけではない。
いつの間にか、俺の体もぼろぼろである。
傷口こそないものの、肩が脱臼しかけている。膝もガクガクしてきた。しまいには、目も霞んできた。
しかし、何故だろうか。
俺は、高揚している。
剣戟の対処法は、既に、完璧に近いイメージを算出している。
後は、俺の身体が、そのイメージをトレースするだけである。
もっと速く! もっと巧く! もっと強く!
瞬間。
全てがスローモーションに見える。
同時に、身体に掛かる重圧も痛覚も失われる。
剣戟の衝突ごとに引き起こされる硬直。
その硬直が消え失せ、身体が自在に動く。
俺は、身体の異常を自覚し、仕掛ける瞬間が今であることを悟る。
グラディウスを全力で弾いた後、奴の次の攻撃を無視して、強引に斬撃を放つ。
ついに、反撃に転じたのである。
無論、その一撃は、必殺を狙った一撃ではある。
しかし、予備動作を入れる余裕はなく、したがって、力が乗っているはずもない。
おそらく、奴にとって、恐るるに足りない一撃である。
それでも、奴は、グラディウスを長剣に交差させ、防御に徹する。
角度を調節し、器用に俺の攻撃を受け流そうとする。
そこで、俺の長剣は、異様に腹をたわめかせる。
そのまま、剣刃はあっさりと根元から切断され、あらぬ方向へと飛んでいく。
しんとした空気が広がっている。
俺の心も、先程までの熱い気持ちを忘れ、しんとしている。
がっかり感がじわじわと昇ってくる。
メルクリオはというと、自身のグラディウスを見ている。
そのグラディウスも、先端の三分の一ほどが欠けている。
俺は、得物を失ったが、奴の得物を砕きもしたのである。
「引き分け! はい! 引き分けですよ!」
宰相は、うっとおしいぐらいの勢いで、二人の間に割って入る。
もっとも、俺は、もう決闘を継続するつもりはないし、メルクリオも、既に剣を鞘に収めている。
ところで、本当にこの決闘は、引き分けといえるのだろうか。
メルクリオは、得意の双剣を使わなかった上に、未だ、継戦の余力を残している。
対して、俺は、今や、立っているだけでも精一杯である。
おそらく、真剣の勝負であれば、俺が負けていたのだろう。
それでも、あの武人イェルドですら敵わなかったメルクリオに一矢報いてやった。
一瞬の後、会場は歓声を上げ、俺達の健闘を称える。
「うおおおおおおおお!」
「最高の戦いだった!」
「やはり双剣は七英雄最強!」
宰相は会場を鎮めた後、俺達に向かって提案する。
「ところで、新しく来られたメルクリオ様は言いました。『彼もまたメルクリオなのだ』と。つまり、お二方ともが真のメルクリオ様であってもおかしな話ではない。決しておかしくはないのです!」
意味が分からないことを言い始めている。
宰相はさらに、続ける。
「少なくとも私は、お二方をメルクリオ様として敬っていきたいと思います」
宰相は、どちらか一人ではなく、両方とも手元に置いておきたくなったに違いない。使える奴は何が何でも使い切れの精神である。
どちらかが偽物であった場合の、保険をかけたといえるかもしれない。
一方のメルクリオは、高揚した様子もなく、無表情のままである。
ただ、俺の側を通り過ぎる時に、俺に問い掛ける。
「教えてくれ。その振舞いから得られるものは、危険を冒してまで求めるべきものなのか?」
「……」
俺は、何も言い返すことが出来ないのであった。
俺は、借り物を返すべくカエサルに近づく。
しかし、カエサルは反応を見せない。
仕方なく、黒い指輪を指にはめてやり、チョーカーを首に巻きつけてやる。
すると、カエサルは、突然スイッチが入ったかのようにして、身体を動かし始める。
英雄達が俺を取り囲む。
ヴィゴがしみじみと言い放つ。
「お前って奴は、無茶しやがって」
カタリナが続く。
「ひょっとして、君、本当は弱いのかも? なあんちゃって、疑っていた時期もありました。でも、今日ここで、あたしは君に惚れ直した」
絶好調のウザさである。
これに、イクセルが穏やかに頷く。
「まだまだ、取り戻すべき力はあるようじゃがの」
俺は、イェルドに声を掛ける。
「仇はとれたといえるだろうか?」
「ああ。いい戦いだった」
ところで、アウグスタは、目を泳がせて、こちらを見ようともしない。
不意に、離れた場所から、声を掛けてくる者がいる。
「ちょっと、何やり遂げた雰囲気醸し出しているのよ? あんたは絶対に偽物なんだから……」
視野の端で、どこかに連行されるお姫様が見えた。
しかし、気にしないでおこう。
やがて、宰相が、その場を締めくくる。
「さぁさぁ、食堂にお移りください。お話はじっくりと、食事でもとりながらそちらで」
食事後は会議室に移り、会議に入る。
俺は、皆に地図を示し、対神聖帝国軍の作戦を伝える。
まず、コルビジェリ城の鼻先で、街道は二つに分かれて、北に伸びている。
一つは海岸沿いの道であり、山岳に侵食された僅かな平原を縫って通っている。必然的に道程は長く、途中、七つの砦が設けられている。
もう一つは、山間を通る道であり、必然的に勾配が激しい。途中、三つの山城が築かれている。
いずれの道も、最終的には大要塞にぶち当たる。
コルビジェリ軍は、いやらしいことに海の道の七つの砦にも、山の道の三つの山城にも、漏れなく兵を配備している。
我軍が、城砦を無視して進撃すれば、彼らは、城砦から現れ、我軍の背後に回り、兵站を断ち切るつもりなのである。
「だから、虱潰しにしなくてはならない上、両方の道を攻略する必要があると考えている」
ちょうど、伯爵連合軍の準備が整い、第二陣を形成したと聞いている。
そこで、第一陣と第二陣は別々のルートで進軍を開始する。
第一陣は山の道を進撃し、大要塞に至る。
第二陣は海の道を進撃し、大要塞に至る。
とはいえ、各陣が、大要塞に籠る神聖帝国軍によって、各個撃破されては意味がない。
だからこそ、大要塞に至る時点で兵力を再集中させる必要がある。
つまり、一旦二手に兵を分け、進軍情報を共有しつつ、各砦を落とし、同時に大要塞に至る。
これが俺の作戦だ。
宰相は大きく頷く。
「ウーノ様の作戦に異議はありません。しかし、指揮官と兵をどう分けましょう?」
なお、メルクリオが二人いるとややこしいため、便宜的に、俺のことをウーノと呼び、メルクリオのことをドゥーエと呼びならわすようになっている。
「私は、今まで親しくやってきた第一陣を率いる。第二陣の指揮は、そうだな……」
「ドゥーエ様でいかがでしょうか?」
先日現れたばかりの男に、凄い権限を与えるものである。
「しかし」
「今回の決闘では、いずれが本当のメルクリオ様であるか、決められませんでした。で、あれば、大要塞攻略に向け、互いに一陣を率いて戦っていただき、活躍が目覚ましかった方こそ本物とするのはいかがでしょうか?」
宰相の困った提案に、メルクリオは物憂げに答える。
「俺は芸術家だ。戦争をやるなら君達で勝手にやればいい」
場内が凍りつく。
宰相は、即座に言い返す。
「千年来続く不穏の種。ここで、終止符を打ってこそ、文化の礎が成ります。少なくとも、この戦いが終わらぬ限り、笛吹きなんて夢のまた夢! 戦いを終わらせていただけるなら、芸術家としていくらでも雇って差し上げましょう!」
「異存なし!」
メルクリオが豹変した。
しかし、俺は異議ありである。とはいえ、俺だけが競争から逃げる姿勢を見せるわけにもいかない。結局、俺は黙って頷いておく。
「ありがたきお言葉! では、英雄の皆様は、いずれのメルクリオ様について行かれますでしょうか?」
将軍が、指揮官を選ぶこととなった。唐突な展開に、漠然とした不安が心をよぎる。
選ばれなかったらどうしよう。
イクセルが真っ先に口を開く。
「ワシはウーノじゃな。お主の成長を見守っていきたい」
イェルドが続く。
「俺は最強になる男だ。そのためには、まず、ドゥーエの力を知らねばならない」
イェルドは、ドゥーエと実際に手合わせしてみて、すっかり彼の力に惚れ込んだようである。
さらに、ヴィゴが続く。
「俺はウーノだな。こういうのは気分だよ気分」
ヴィゴは、俺の肩をぽんぽんと叩く。
そこで、残りの三英雄は、互いに顔を見合わせる。
やがて、アウグスタがためらいがちに、俺に近づいてくる。
「私は、貴方を支えたい」
それを見て残りの英雄も動く。
ロビンは、俺を睨みつける。
「今の私では、アウグスタ様を支えられない。今回は、君に託す。私はドゥーエに従う」
カタリナが続く。
「ま、兄さんのことは放っておけないし、私もドゥーエに従うんだけど、気を悪くしないでね。すぐに、また会えるからさ」
結果、アウグスタ、イクセル、ヴィゴは俺に追随し、イェルド、ロビン、カタリナはメルクリオに追随することとなった。
さらに、ペーター王は、英雄達に続いて、持ち場を明らかにする。
「俺は、ウーノ様の下で働くよ」
しれっと、アルがこれに続く。
「じゃあ、僕もだね」
ペーター王はアルの首根っこを掴まえる。
「お前は、この城で待機だ!」
「ひどーーい!」
「二度と、戦場には来るな!」
「兄さんだけが、メルクリオ様を独り占めなの?」
アルは、へなへなとその場にへたり込む。
以上の結果から、我軍は、以下のように陣を分かつこととなった。
第一陣、兵数三千五百は、山の道を進撃する。
俺が指揮を執り、副官としてアウグスタ、イクセル、ヴィゴ、そしてペーター王が控える。
第二陣、兵数三千は、海の道を進撃する。
メルクリオが指揮を執り、副官としてイェルド、ロビン、カタリナが控える。
遊軍、兵数五百は、コルビジェリ城にて、兵站を担う。
公爵ルイジが指揮を執る。