表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第五幕 老いをもたらす者
210/288

34 皇帝の間

 心細い事だろう。

 行きずりの俺ではあるが、最期まで、側にいてやることが正解であるようにも思える。

 しかし、何と声を掛ければいいものやら、全くわからない。


 長い時間考え、ようやく決断する。

 俺は、再び小屋の中に戻るべく、踵を返す。

 しかし。


「陛下、それ以上は危険です!」


 背後のダビドが鋭く警戒を促す。

 周囲を見渡すが、俺には、何も察知できない。


 踵を返した勢いのまま、小屋の中に半歩、足を踏み入れた。

 その瞬間。


 ウィリデの影が2、3度の膨張と収縮を繰り返す。

 その様を目を凝らして観察していると、瞬く間に影は膨れ上がる。

 小屋を覆い、灯火を吹き消し、小屋の外にまで果てしなく広がっていく。

 ダビドはその俊足でもって、俺の元に駆け寄るが、間に合わない。


 俺は、呆気なく暗黒の中に飲まれてしまった。






 ウィリデやダビドの姿は消え、小屋や集落の形は消える。


 そこは、何も存在しない空間である。

 その中で、徐々に構造物が生成されていく。

 地面はどこまでも石造りで覆われ、その石畳から、巨大な石柱が天に向かって伸びていく。

 石柱が支えるであろう天井は、高すぎてもはや視認できない。


 この場所は、俺が魔人と戦った異空間の神殿と似ている。

 ただ、今回はその規模が比較にならないほどに大きい。

 そして、今までとは違って、石畳の上には無数に十字杭が打たれている。不気味なことに、まるで墓地のようなのだ。


 そんな俺の予想を裏付けるかのように、上空から大きな化物が降り立ってくる。

 大きなかぎ爪で、勢いのまま石畳を削り取り、地面を震わせながら着地する。

 左右に巨大な翼を広げ、頭を下げ、鋭い眼で俺を睨みつける。

 そのワニ口を大きく広げ、俺に対して全力で威嚇し、咆哮する。


 その勢いだけで、俺ははるか後方にまで吹き飛ばされる。

 赤いドラゴンの登場だ。


 魔人との戦いは決着がついたものと勝手に理解していた。油断だった。

 決して、そんなことはなかったのだ。


 俺は腰を低くして剣を引き抜き、ドラゴンと対峙する。

 

 しかし、恐るべきことに、それだけでは終わらない。


 俺の後背から、石畳を割って、巨人が生えてくる。

 筋骨隆々の体躯に、シュモクザメのハンマーヘッド。

 己の胸筋を拳で叩き、威嚇してくる。


 海底神殿で戦ったあいつだ。

 この広大なフィールドで再戦をお望みということか?


 ところが、化物2体では終わらない。

 遠くから、巨大な牡鹿が、角を振るいながら走り寄って来る。

 更に、巨大なミミズクがふわりと空から降りてくる。


 一体一体での戦いでも、俺はまともに彼らと渡り合うことは出来なかった。

 それを今、奴らは全員でもって、協力して俺をすり潰しにかかる事に決めた様子。


 まさに、四面楚歌。


 4体の化物達は、俺を中心として、銘々が激しく喚き合う。

 それはもはや、仕留めた獲物を前に、感謝の祈りを捧げているようにも見える。


 さすがに、これでは勝負にならない。

 戦術を練る気力も、剣を構える気力すらもわかない。

 ただ、圧倒的理不尽を前に、怒りだけを募らせていく。


 そもそも、ウィリデは、後は魔人を胃液で溶かすだけのようなことを言っていた。なのに、奴らはこのとおりぴんぴんとしている。

 彼女の想定以上に、奴らが厄介な相手であったということなのか。想定が甘いというのだ!


 そして、そんな危険な奴らと再戦する役割は、俺が担うことになる。

 俺は巻き込まれただけなんだ、とは言い訳しない。

 しかし、最終的に、このようなエクストラな戦いが待っているならば、事前にそう言っておいて欲しかった。




「お前達は、2千年を経て、少しも礼儀を学ばぬな」


 石柱の影から、不意に老人が姿を現す。

 その姿は、イクセルである。

 美しい民族衣装で正装し、鎌を携えている。


 化物達は、イクセルを見て、咆哮を止める。

 イクセルは、大声で叫ぶ。


「そのままでは、話し合えぬではないか!」


 その言葉を受けて、ドラゴンは見る見るうちに小さくなっていく。やがて、人型になる。

 吊り上がった眉に、野獣のような双眸。


「久しぶりよな、イェルド!」


 その姿は、まごうことなき激怒皇帝。

 

 同じく、青い巨人も小さくなり、人型となる。 

 とはいえ、3mを超える巨躯ではある。


「息災か、ヴィゴ!」


 更に、牡鹿は青年に、ミミズクは少女に変化する。


「懐かしいな、ロビン! そして、カタリナ!」


 ロビンの顔は、俺の下で働いていた凄腕の弓兵に似ている。

 カタリナは、レオナルディの城下町で共に働いた白銀先輩その人である。


 そして、イクセルに見せられた過去において、彼らは紛れもなく、アウグスタと肩を並べるメンバーであった。

 つまり、彼らこそが古代英雄なのだ。

 

 薄々勘付いてはいた。

 結局、魔人の正体は、彼ら元英雄であったのだ。


 ところで、アウグスタが構築した権勢と、これに反抗した新世代。

 古代において、どちらが善で、どちらが悪かは分からない。

 したがって、アウグスタに従った英雄達が悪であるとは断じきれず、魔人という呼び方にも語弊があるようにも思える。

 

 とはいえ、現時点で、彼らの存在は迷惑でしかない。

 今や、彼らを頼る者はおらず、逆に、彼らがいることで身体に悪影響を受ける者がいるのだ。

 だったら、魔人と呼ばれて排斥されても仕方がない。


 つまり、古代英雄が、現在でも英雄であるとは限らないのだ。




「イクセル。貴様が俺を呼び出したのか?」


 イェルドは既に激怒状態である。


「違うのぉ」


「では、貴様か、小娘? 返答次第では許さぬぞ」


「眠っているところを叩きおこされたのは、私も同じなのです」


 次々に飛び火していく。

 このままでは、ちょっとしたことがきっかけとなって、大惨事になりかねない。


「我々を呼び出したのは、彼じゃ。お前も、気付いておろうて」


 イクセルは俺を指し示す。 

 いや待て。

 俺は呼び出していないし、彼らは招かれざる客である。

 それより何より、険悪なムードが漂い始めたところを、俺に丸投げし、俺を渦中に放り込むのは勘弁願いたい。


「は?」


 イェルドはしげしげと俺を観察した後、軽く鼻を鳴らす。


「いつぞやの雑魚ではないか。殺してもいいか?」


「待て待て」


「イクセルよ、貴様耄碌したようだな」


「ワシはお前達の何十倍も長い歳月を、この世界で過ごしてきたからの。お前達ひよっこ共よりも事情に通じておってな」


「だとしても、そのような雑魚が、俺達を呼び寄せる力など持っていようはずがない」


 すると、ロビンが割って入る。


「私は、彼の事を認めている。現に君は彼に倒されて、この場所に閉じ込められているのだろう?」


「俺を倒したのは、そいつではない」


「言い訳など、らしくないな」


「今の言葉! お礼は、後でたっぷりとさせてもらうぞ」


 そこに、カタリナが割って入る。


「彼は、黒の秘宝を持っています」


 その一言で、途端に皆が押し黙る。


 黒の秘宝というのは、俺の黒い指輪の事だろう。

 それほどまでに、この指輪には価値があるのだろうか。


 しばらくの後、イェルドが続ける。


「アウグスタの後継を名乗るならば、俺に、その実力を見せてみろ」


 俺の返答を待たず、イクセルが代弁する。


「黒の秘宝に触れて生き残った者はいなかった。ただ、アウグスタと彼を除いて」


 イクセルは、周囲の十字杭を指し示して続ける。


「説明するまでもなく、周りを見ればわかるじゃろう」


 察するに、十字杭こそが、生き残れなかった者達の末路なのではないだろうか。


「忌々しいッ!」


 イェルドはそっぽを向く。

 変わって、ロビンが俺に尋ねる。


「若者よ。君が、その黒い指輪でもって我々を呼び出した。そういうことでよいか?」


「しかし……」


 そんなつもりは全くない。


「であれば、君は、我々のリーダーになる資格を持っている」


 これに、カタリナが続く。


「君は、一体、私達に何を望むのです?」


「望みですか……。そうですね。いと英邁なる英霊の皆様におかれましては、ただただ、安らかに眠りについていただきますれば、私は幸いに存じます」


「お?」


「え?」


「あ?」


「我々を相手に、永眠せよと? その、戦いへの飽くなき執心、雑魚にしておくには惜しい。いいぞッ! かかってくるがいい!」


 イェルドが激しく間違った理解を示し、短槍を構える。


「そうではなかろう? 世界の歪みを正したいのだろう? それとも、10の秘宝を回収したいのか? いずれにしても、我々に力を貸せと言うのだろう?」


 ロビンが俺を言い含めようとする。


 彼らは、この地に長きにわたり封印されてきた。

 ならば、解放された今こそ、今までに貯まったうっぷんを晴らし、思いっきり暴れ回りたいのだろう。

 少し哀れにも思える。


 しかし、俺に、彼らのたいそれた力を借りて、何か野望を成就したいという思いはない。

 それに、俺には、彼らを取りまとめる器量も力もない。

 そもそも、俺はこの黒い指輪の仮の持ち主であって、そんな仮の資格しか持たない俺は、彼らの盟主となるべきではない。

 つまり、制御できない怪獣の力は、むしろ有害ですらある。

 

 完全に、利害の不一致なのだ。

 触らぬ神に祟りなしでもある。


「私にそのような資格はありません」


 すると、今度は、カタリナが切々と話しかけてくる。


「私達は、それぞれ自分の専用のフィールドを持っていますが、フィールド外では数日しか行動できません」


 おそらく、フィールドというのは、以前に俺と戦った場所、つまり、彼ら専用の異空間の事だろう。


「それでも、私達のフィールドと君のフィールドとをつなぎ合わせれば、私達は君の居場所を中心に、外界を動き回ることができるのです」


 言い終わるや、カタリナは口を閉じて、じっと俺を見つめてくる。

 決して、俺におもねることはしないが、切々と俺の情に訴えかけてくる。


「ギャグでも聞きたいですか?」


「いや、いいです」


 顔色は変わらないが、明らかに不服そうな動作をする。


 確かに野獣など手元に飼いたくはない。

 人身御供を、などとして餌をねだられては、俺まで悪事に加担しなくてはならないからだ。

 

 しかし、俺には、彼らを倒すことは出来ない。

 そして、ウィリデも、彼らを消滅させることは出来ない。

 このままでは、野獣は野放しになる。


 であれば、それよりかは、俺の手元に鎖でつないでおいた方が、安全である。

 

 それに、激怒皇帝イェルドと無口なヴィゴはともかくとして、他の3人は明らかに俺に対して好意を抱いてくれている。

 全員が野獣であるとは言えない。


 無論、彼らを管理する俺の負担はとてつもないことになるだろう。

 しかし、それも、この黒い指輪を誰かに託すまでの辛抱だ。


「知っての通り、私は、アウグスタの後継です。そのことの意味をわきまえてくれるなら、貴方達との取引もやぶさかではありませんよ」


 すると、突然。

 その取引は成立、もはや二言は吐かせないといわんばかりに、五大英雄は、一斉に俺にかしずき、片膝をつく。

 ここまで素直に態度を急変されると、俺は早まってしまったのではないかと勘繰ってしまう。


 彼らは声を合わせて、俺に敬意を表する。


「我がインペラトールよ! 我らは、汝への忠誠を、ネアの元老院と市民に誓う!」





 

 気が付くと、俺は小屋の中にいる。

 神殿は姿かたちもない。無事に、戻って来られたようだ。


 ウィリデが俺の胸にもたれかかっている。

 その肩は、呼吸にあわせて、僅かに上下している。


「風邪をひくぞ」


 深い安堵感を抱きながら、ウィリデの肩に手を置いた瞬間。

 息つく暇もなく、彼女の影から、5つの巨大な影が分裂し、一斉に俺に襲い掛かる。

 俺は為すすべなく、ただ身構える。

 

 影は俺をすり抜け、俺の影へと侵入していく。


「うああああ!」


 無茶苦茶、痛い。

 体中の神経が引きちぎられるような激痛だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ