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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
21/286

21 心頭滅却

「答ええええええええい! 拳とはなんぞや?」


 案内された先には、熱血爺さんがいた。

 短髪に険しい面構え。その背丈は、二メートルにも及ぶ。

 ゆるやかなローブを着ているが、服の上からでも、素晴らしく鍛え上げられていることがわかる。


 ところで、俺は質問に対する回答を持ち合わせている。

 初めて受ける質問であっても、容易に回答できるというのは、情報飽和社会にいる現代人の特権だ。

 俺は、ただ落ち着いて答えるだけ。


「善を助け、悪を挫く。これすなわち、拳なり!」


 爺さんは俺を睨みつけ、嫌な顔をする。


「小賢しい!」


「は?」


「それで、お前は、ワシに何を望む?」


「俺は英雄メルクリオ。かつての力を取り戻したい。期間は一週間」


「何のためぞ?」


「世界平……」


「言わんでよい。お前の拳が全てを語るであろう。では、出かけるぞ。目指すものがあるのであれば。死に物狂いで付いて来るが良い」


 俺は、心の準備もできないままに、爺さんとともに走り出す。




 王都を抜ける頃には、もはや、俺は、呼吸のリズムを失い、身体が悲鳴を上げ始める。

 とはいえ、俺はこの機会に強くならなくてはならない。それも、英雄と肩を並べるぐらいにまで。そのためには、爺さんの試練に耐え抜くしかない。


 海岸沿いを進み、しばらくして森の中へと侵入する。

 森の中は、道が通っていない上、木々が密集している。さらに、急こう配の上り坂となっており、大変走りにくい。

 爺さんは、そんな劣悪なコンディションをものともせずに、森の中を縦横無尽に飛び跳ねる。

 俺は、爺さんの背中だけを頼りにして、どたばたと走り続ける。


 爺さんは、俺が遅れていることを罵倒し、それでも俺を構いつつ、俺を先へと導く。

 やがて、日が暮れるが、爺さんは、そんなことには全くのお構いなしである。




 走っている間に、身体が順応してきたのか、呼吸が整ってくる。

 そのまま夜通し走り抜け、朝日が見える頃。

 周囲は一転して、見渡しが開ける。


 連れて来られたのは、外輪山に囲まれた小さな高原である。

 時折、濃い霧が通り過ぎ、小雨を降らせる。

 可憐な花が、ところどころに花開いており、僅かに心が躍る。


 爺さんが立ち止まった瞬間、俺は、岩の上にへたり込む。

 もうへとへとだ。

 持参したはいのうから、革袋の水筒を取り出し、喉を潤す。


 頭のこめかみがじんじんとする。眩暈もしてきた。

 運動不足を痛感させられる。


 それでも、俺はやり抜いた。

 爺さんの試練に、立派に耐え抜いてみせたのだ。


「己に対する勝者のみが、前に進む。力を取り戻したくば、休んでなどおれぬぞ!」


「ひぇ」


 爺さんは、俺に剣を投げて寄越す。

 俺に対する試練は、これで終わりではなかったのだ。


「さぁ、全力でかかってこい!」


「しかし……」


 ところが、爺さんは剣を持っていない。

 不公平ではないか。


「打ち込めぬか? では、ワシから行くぞ」


「うへ」


 爺さんは独特な呼吸を始める。

 腹の前に両手の平を添え、腹の底まで息を吸い込む。


 ハアアア。スウッス。


 しかる後、爺さんは、巨岩に拳をそっと押し当てる。


「クギャアアアア!」


 野太い声が高原中に響き渡り、驚くべきことに巨岩が爆散する。


「嘘……だろ……」


 なんだこれは。

 拳を打ち込んで巨岩を破壊したのならば、百歩譲ってまだわかる。

 それを、この爺さんは、巨岩に拳を押し当て、そこから力を込めただけで、巨岩を破壊したのである。

 意味が分からない。

 ともあれ、これ以上の超常現象は勘弁して欲しい。 


「これは、かつて、ワシがお前に授けた奥義ぞ」


「えー」


「お前は、これが得意じゃった」


「えー」


「これを思い出さねば、ワシはお前を殺してしまうかもしれん」


「待……」


 爺さんは、言うが早いか拳を繰り出す。瞬きもしないうちに、俺の胸のすぐ側にまで、凶暴な拳が迫っている。

 俺は慌てて立ちあがり、急いで距離を取る。

 取ろうとしたが、周りは岩場であり、劣悪な足場環境である。

 踏ん張りがきかず、その場に転がる。


 岩に尻を打った。痛すぎて涙が出そうだ。


 ふと見上げると、爺さんの容赦ない踵落としが、俺の頭蓋に振り下ろされようとしている。

 急いで体を捻り、これを避ける。

 

 爺さんの踵がピタッと岩石に張り付き、一瞬の後、岩石は爆散する。

 もし、俺の反応が遅れていたら、岩石の代わりに爆散したのは俺の頭蓋だ。


 常識が通じる相手ではない。

 生き残るためには、戦うしかない。


「ハアアア!」


 爺さんは、左の拳のみを突き出してくる。

 その拳は、空気を切り裂き、変幻自在に迂回し、曲折し、確実に俺の息の根を止めに来る。


 無論、全ての拳を避けることなど出来るはずもない。

 俺は、打撃を受けるたびに、息が止まり、四肢が硬直する。

 もう、全身が自分の身体ではないみたいに動かない。

 もっとも、爺さんは力を抜いてくれているのか、俺の身体が爆散することはない。


 と思いきや。

 偶然にも、俺の剣と爺さんの拳が交わる。鉄剣と生身の打ち合いである。

 すると、俺の剣は、まるで竹輪でできているかのように容易く折れ曲がる。

 次いで、爆散する。


「爆薬でも仕込んでいるというのか?」


「何を言うておる。この奥義は、肉体と精神を鍛え抜いた先にあるものぞ。さあ、放ってみせい!」


 俺は、とにかく、爺さんの呼吸法を真似る。

 腹の前に両手の平を添える。


 ハアアア。スウッス。


 今までの弱い気持ちを吐き出す。

 そして、最強の自分をイメージし、自然エネルギーを周囲から取り込む。


 自然エネルギーは十分に溜め込んだ。

 俺は、満を持して、巨岩に手をあてる。


「いやああああああああ! あ?」


 巨岩に、ひび割れひとつなし!


 爺さんが、やけに小さな声で呟く。


「見当違いじゃったかな?」


 こんなんで強くなれるなら、誰も苦労せんわ。


「面目ない……」


「本当に、過去の記憶が無いのか?」


「そのようだ」


「ワシの前で理想を語ってみせたあの時の、あの瞳の輝きは、もうないというのか?」


「……」


 爺さんはしょんぼりとしている。

 そんなに落ち込まないで欲しい。こちらが、申し訳なくなる。

 ちなみに、俺の瞳は、最初から欲にまみれている。


「まだそうと決まったわけではない。みっちりと鍛え上げれば、思い出すこともあるであろう」


 まるで、壊れたテレビを叩いて直すような言いぶりである。俺は、不安しかない。


 その後、一方的に蹂躙される組手を再開する。

 夕日が落ちるまで、ひたすら蹂躙が続いたのであった。




 爺さんは、どこかで捕まえきた鳥の羽根をむしり、その肉を棒きれに差して焚き火で焼く。


「さぁ、食え」


 爺さんは厳つい手で、鳥の丸焼きを俺に差し出す。


 俺は、よくわからない鳥肉にかぶりつく。

 もちろん、まずい……。

 爺さんをそっちのけで、ブロイラーの偉大さに思いを馳せる。

 

 食事が終わると、火の側で体を丸め、睡眠に入る。

 普段使わない筋肉を酷使したせいで、全身が筋肉痛である。

 はたして、明日も、この身体はうまく機能してくれるのだろうか。




 次の日は、朝から崖をよじ登る。

 崖の高さは、二十メートルほど。ひっきりなしに、不気味な風切り音が聞こえてくる。


 崖は朝露に濡れ、つるつると滑る。崖につかまるには、通常以上の握力を求められるのである。

 なのに、身体は激しい筋肉痛に襲われている。しかも、命綱すらない。 

 無意識に、内股がふるふると震える。


「もう、駄目だあ」


「岩が落ちていったぞ」


 爺さんは崖の上から、鼻歌交じりに言い放つ。


「いぃ?」


 同時に、巨岩が俺の頭上に迫って来る。

 慌てて、体を横方向にスライドさせ、なんとか巨石をやり過ごす。


 崖下で巨石が粉々に砕け散る。

 背筋が凍る。

 

 岩が自然に落ちてきたのではなく、爺さんが落としたに違いない。

 俺は、抗議すべく顔を上げる。すると、さらに巨石が降って来る。

 急いで横方向にスライドし、からくもやり過ごす。


「それそれそれそれ。どんどん岩が落ちていくようだ」


「ちょ」


 焦りのあまり、片足が滑って足場を踏み外す。

 両手に力を込めて、必死に体勢を持ち直す。

 ふう……。

 肩の筋肉が、悲鳴を上げている。


 崖を昇り切ると、そこは別世界である。四方八方に視界がひらけている。

 西の方には海が見えるし、北の方には大山脈が見える。


「ワシは先に降りる。朝飯にありつきたくば、早うに降りて来るがいい」


「そんな……」


 二階から一階に降りるような気軽さで言わないで欲しい。

 

 爺さんは、崖下にするすると降りた後、こちらに向かって巨石を投げつけてくる。俺は、巨石の直撃を避けながら、なんとか、崖を下り終える。

 

 朝食にありつく。

 しかし、食事中に思わず、ウトウトとする。


 ふと、殺気を感じ、無理矢理目をこじ開ける。

 眼前に、拳が接近している。


 反射的に、横にすっ飛び、かろうじて拳を避ける。


「精神と肉体を、常に研ぎ澄ませておけ!」


 既に、殺人組手が始まっているのである。




 来る日も来る日も、朝から晩まで、ひたすら組手を繰り返す。

 そのおかげで、俺は、少しずつ爺さんの動きに目が慣れてくる。


 相手の動きを理解し、瞬時に対応を練る。次いで、体に命令を下す。体が動き始める。

 間に合わない。途端に身体に強烈な痛みが走る。


「恐れるな、萎縮すればすなわち死ぞ。頭で考えるな。最後まで諦めず、本能に従い、汚く足掻け!」


 筋肉痛と打撃痛。身体の限界などとっくに超えている。

 それでも、冷静に。そして、大胆に。

 萎縮が解けていく。


 相手の動きに逆らわず、水流の如く流動的に対応する。体が、勝手に動く。

 今の俺ならば、目をつむっていても爺さんの攻撃を避けられる。


「グェエ!」


「目を離すでない。感覚で、体を動かすでない。五感を使え。全てを使い切れ!」


 朝露の一雫が、尖った葉先に集まり、徐々に膨らみ、そしてついに地面へと落下していく。

 落下を始めて、接地するまで、時間にして一瞬である。


 しかし、見える。

 

 雫の一滴が、少しずつ高度を下げていく。そのベクトルと、その速度、その一瞬一瞬が見える。

 体感は、まさに無限時間にまで引き延ばされる。

 

 ふと顔をあげると、師匠が笑っている。


「それよ。その一瞬の集中力。いつでも使えるように出来て、初めて武闘家としての入口に立てるのだ」




 最終日の特訓を終える。

 ここまで、やり遂げた。


 師匠が言うような精神論はさておき、単純に、フィジカル面で強くなった気がする。

 全盛期を凌ぐ肉体的万能感がある。今なら、高校時代のサッカー部主将とも互角に渡り合えるだろう。


 とはいえ、相手は、メルクリオである。

 あいつに勝てる自信は、まだない。


「食え」


「いただきます」


 いつものように、焼肉にかぶりつく。

 そこで、師匠は、珍しく雑談を始める。


「お前は、アウグスタのことをどう思うておる?」


「……」


 質問の意図がわからない。


 だが、彼女は格好が良いとか、嫁として立派だとか、そんな答えを待っているのではないようだ。

 もっと深い何か。ひょっとすると、思想や哲学を開陳せよと言っているのかもしれない。


 師匠の顔面は、炎によって陰が差し、その表情はまるで読み取れない。


「彼女は、人々から幸福を奪い続け、自身を着飾り、そして人々に幸福を与え続ける者であった。親しみの持てる奴ではあったが、その実、孤高の存在。強権にして圧政の象徴。それでも、彼女は紛れもなく市民にとっての英雄であり、現代に置いても語り継がれる最高の英雄であった」


「……」


 俺は相槌を打つ元気もない。


「彼女は、全てを統治し決定する唯一絶対の皇帝だ。その在り様こそが、古代帝国の繁栄に直結した富国の源泉であった」


「……」


 そこまで持ち上げられるほどの人物だったのか。

 正直なところ、ただの戦闘民族だと思っていた。


「だが、危険でもある。卓越した一人の個性に頼りっきりになるわけだからな」


「……」


 世界史を見れば、そんな事例は枚挙にいとまがない。


「与えられる幸福に満足できぬ者達が、幸福を探し求めた結果はお前も知ってのとおり。結果、現在の貧しい世界に成り果てた」


「……」


「だからこそ、人々は皇帝の再登場を望んだ。そして、その願いを叶えるべく、彼女は現れた。不完全な姿でな」


「……」


「これは、この世界にとって災厄というても過言ではない」


 まさか、アウグスタが災厄として認定されてしまった。

 もっとも、俺には、彼女の危うさがわからない。


「お前がこの先、彼女とどのような道を歩んでいくのか、楽しみに思っておる。お前は、昔のお前とは違う。ワシらとは見えておる風景が異なっておる」


 師匠もまた、俺に丸投げのようである。


「俺は、力を取り戻して、彼女と肩を並べて歩いていきたい……」


「なあに、ワシらは見たいのだ。唯一絶対の存在が幸福を配分し続ける世界、そんな幻想世界を塗り潰す新たな超越者とやらを。閉塞感を打破する存在を」


「ちなみに、師匠は何者なんですか?」


「うるさい。食い終わったら寝ろ」




 師匠ジガと別れ、山から降りる。アルデア城にて一日休む。


 明くる日。

 ついに決闘の日がやって来た。


 身体がやけに軽い。だけでなく、身体の芯から熱が溢れ出るのを感じる。

 やるべきことは全てやりきった。

 後は、運を天に任せるだけだ。


 既に、大広間には人が溢れている。

 奥には、ペーター王を始めとして、アルやキアラ、七英雄の面々が集っている。


 さっそく、キアラが危ない目つきをして、俺に対して声を掛けてくる。


「今日こそお終いね。貴方のみっともない姿、見たくて見たくて堪らないわ!」


 彼女のことは、無視するに限る。


 不意に、カエサルが俺に対して、二つのものを差し出す。

 一つは、黒いチョーカーである。もう一つは、真っ黒の指輪である。

 いずれも、カエサルの愛用品だ。


 お守りのつもりだろうか。

 俺は信心深くはないが、それでも有難く拝借し、チョーカーを首に巻き、指輪を指にはめる。

 以前、神父からもらった指輪も装着しており、手先が豪華になっていく。

 

 俺は、カエサルに背を向ける。そして、大広間の中心へと進む。


 進む先には、一人の男が待ち受けている。

 傲然と構える双剣の英雄。


 それは、古代最強の戦士である。

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