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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第五幕 老いをもたらす者
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32 薄暮に沈む世界

 笑い声が止み、しばらく、耳鳴りが続く。

 全身の至る所に鋭い激痛が走る。


 闇に目が慣れた瞬間、気が狂いそうになる。

 今まで屋外にいたはずなのに、不思議なことに、俺は狭い一室に閉じ込められている。

 そして、同じ一室に幾千幾万もの節足動物が這いずり回っている。

 それは、ムカデであり、サソリであり、スズメバチであり、蜘蛛である。

 いずれも、猛毒を有する嫌われ者達だ。


 毒虫を戦い合わせ、蟲毒でも得ようとしているのだろうか。

 だが、俺は毒虫ではない。速やかに、ここから退出しなくてはならない。

 逃げ出そうともがくが、その度に、体中を刺され、みるみる間に皮膚が腫れあがっていく。


 眼前の扉に手を伸ばす。




 扉を開くと、どこかの屋上へと抜け出る。

 眼前にウルバノがいる。


「このとおり。古代人の秘宝から、彼らの肉体を生成した」


 ウルバノが指し示す方向に目をやると、そこには、9つの人影が並んでいる。

 その姿は、巨体から子供サイズまで、様々である。

 よくよく見ると、驚くべきことに、見知った顔もある。


 炎の巨人ルベルに、白き魔女アルバ。

 村の守護者エブル、そして、哀れな少女ウィリデ。


 いずれも動くことはなく、ただ、ぼんやりと佇んでいる。


「さぁ、次は貴方の番。原初の呪法とやらで、私のかわいい子らに魂を分け与えたまえ!」


 え? 俺?


「わかりました」


 俺の背後から進み出るのは、ゼノンである。


 俺は慌てて脇に避ける。


 しかし、俺は彼らの間に挟まっていたというのに、彼らは俺に対して、まったくの無頓着である。

 そもそも、今の俺はいつもの俺の姿であって、カトーの姿ではない。となると、彼らにとって不審者以外の何物でもない。

 しかも、彼らは、今、秘密裏に何かの大切な儀式を執り行おうとしている。

 だとすると、まずは、部外者の俺を排除するのが自然ではないか。


「9体の人造人間というのは、彼らの事ですかねぇ?」


 思わず、問いかけるも、彼らの耳には届かない。

 ゼノンの肩に手を伸ばすも、触れることすらできない。

 どうやら、俺は存在しない者となっているようなのだ。

 

 そんな俺の動揺はさておき。

 ゼノンは、一体の人造人間の額に自身の手を当て、祈祷を開始する。


「願わくば、彼らが新しき守護者となりて、心の飢えたる人々を、正しき道に導かんことをッ!」




 つまり、こうだ。

 まずは、強大な力をほしいままにするアウグスタがいる。

 対するレギナは、3つの兵団を掌握するも、それだけではアウグスタに対抗することはかなわない。

 そこで、ウルバノとゼノンは、レギナを援護すべく9体の最終兵器を作った。


 推測するに、決戦は間近。不可避である。


 ところで、俺は、欲望のままに、愚かなふるまいをした。

 そのせいで、この世界に干渉することができなくなってしまった。

 

 目の前で淡々と歴史は動いていく。

 しかし、それは既に、俺には手の届かない世界の事象である。

 俺は、衝動的に有象無象であることに反発した結果、真の有象無象になり下がったのだ。






 そこからは、次々に場面が移り変わっていく。

 まるで、壊れたリモコンで操作するテレビのチャンネル換えのように。

 しかし、それらは一様に戦いの情景である。



 

 まず、映し出されたのは白銀の世界。

 吹雪の中で対峙するのは、赤いドラゴンと白き魔女。

 あのドラゴンは焔龍イェルドに違いない。


 イェルドは、全ての雪を蒸発せんと、爆炎を放つ。

 白き魔女は、そんな爆炎すらも凍てつかせんと、樹氷を象っていく。

 

 


 次に映し出されたのは、火口地帯。

 溶岩から上半身を起こす巨人ルベル。

 対して、蜘蛛足のついた大きな要塞が襲い掛かる。

 その頂点には、大きなミミズクが取り付いている。


 要塞は、溶岩を流し込もうとする巨人を押さえつけ、巨大なサーキュラソーで巨人を切り裂いていく。

 巨人は立ちどころに溶岩を固め、再生していく。



 

 帝都郊外の草原地帯にて。

 ジガの率いる帝国常備軍。すなわち、裁定兵団、神聖兵団、ラケデモンが一堂に会し、戦列を組み上げている。

 その最中、巨大な牡鹿がこれに突貫していく。

 1万の兵士が牡鹿に追随する。戦列を維持したまま爆走し、やがて、両戦列は激突する。

 

 牡鹿の部隊は数で劣るものの、恐れを知らない。

 圧倒的な武力でもって、兵団を切り裂いていく。



 帝都外縁にて。

 外縁都市の城壁に対して、青い巨人が対峙する。

 1kmほどの距離から、助走を開始する。

 スピードが乗るにつれ、半裸のその体躯は青く輝き始める。

 そのまま、城壁に体当り。

 城壁を構成していた巨石は、激しく砕かれ、辺り一帯に飛び跳ね、大惨事となる。




 帝都内部にて。

 あれほど整除されていた美しい街並みも、今やごった返しとなっている。

 新秩序に期待した者達も、旧秩序の破壊力に怯え、やむなくこれに恭順する。

 次第に、英雄を称えて団結し、組織だった反乱を起こす。


 一人の少女、あれはエブルだ。

 彼女が腕を上げると同時に、黒い雨が降り始める。

 これを浴びた市民達は、次々にその姿を化物へと変貌させていく。

 更なる混沌が巻き起こる。




 帝都の神殿にて。


「戦いが始まってから半日も経っていない。なのに、彼らは喉元にまで迫っている」


 ウルバノがいらいらと呟く。


「わかったつもりになっていました。まさか、英雄の力がこれほどまでに馬鹿げたものであったとは……」


 レギナが嘆息する。

 

「決断すべき場面ではないか?」


 ウルバノは提案する。


「私は嫌です。私はこの街を守りたい!」


「非情な判断も時には必要となる。皇帝というのは、そういう決断を出来る者である」


「イェルドはまだ円心の中にいません。彼が内側に入ったなら、そのあかつきには……」


「先延ばししていい事態ではない。6人が内側にいるだけでも僥倖だ。今を置いて他にはない」


 言い争いをするウルバノとレギナ。

 何か、必勝の策があるものと見える。


 奥で俯いているゼノン。

 殊更に感情を押し殺した声で、ぽつりと呟く。


「やむをえません。やりましょう。急いで市民の避難を済ませてください」




 神殿の外。

 神殿は丘の上にあり、帝都を一望できる。

 上空には、厚い雲がはてしなく続く。


 レギナは人造人間達から祝福を受け、トライデントを掲げる。

 大地は、激しく揺れ始める。

 鼓膜を切り裂くような強烈な悲鳴を上げている。


 驚くべきことに、帝都の東側に広がる外縁都市が地に沈んでいく。

 帝都と大陸を結び付ける大地。それが、陥没していくのだ。

 

 やがて、周辺の海洋から陥没した土地に向かって、一気に海水がなだれ込む。

 遠目にもわかる青い巨人が、落下していく。こちらに手を伸ばしているのが見える。

 しかし、為すすべなく、外縁都市とともに海の底へとかき消える。


 帝都は大陸と切り離され、孤島に取り残された。

 上空には半透明の人面が浮かび上がる。

 怒り顔で、帝都内部を睨みつけている。




 次いで、ゼノンが立ち上がる。

 多くの信徒に囲まれながら、静かに唱える。


「そは収斂し、そは収束し、やがて爆縮する……」


 その目尻には光るものがある。


「ノヴァ!」 

 

 厚い雲を押しのけ、巨大な光の奔流が、降りかかってくる。

 それは、帝都の後背にある霊峰に直撃する。


 遅れて、地響きが起こり、何かが炸裂する巨大な音が聞こえてくる。

 

 霊峰から、赤く光り輝く溶岩が溢れ出る。

 そのまま、凄まじい速度で山の斜面を駆け下りてくる。

 

 雲底は気味の悪い朱に染まる。

 栄華を極めた帝都はどろどろに溶けていく。



 

 ああ。なんということだ。

 その繁栄をかなぐり捨ててまで、彼らは英雄を殺そうとしたのだ。

 自爆行為である。

 

 だが、決して盲目的行為ではなかった。

 そうまでしなければ、英雄を屠ることは出来ないと、最初からそう考えていたのだ。




 

「ッ!」


 唐突に、大きな獣が、丘の上に躍り出る。


 狂った軌道で動き回り、獣は、自分を中心に広範囲に光を投げつける。

 光は滞空し、更なる光を放射する。

 直撃を受けたレギナの近衛兵は、焦げ付いて、次々に倒れていく。

 強靭であるはずの人造人間も、麻痺したかのように動きを止める。

 ゼノンやウルバノですら、地面に縫い留められたかのように動けない。


 獣は、やにわに人造人間2体を串刺しにし、そのまま何者にも邪魔されることなく、直進する。

 そして、大剣を無造作に振り下ろす。


 レギナの腕がトライデントを掴んだまま、宙に飛ぶ。


「馬鹿垂れがぁ!」


 ジガが、どこからか飛び出て、そのまま獣に飛び蹴りをかます。

 獣は若干動きを止める。


 ようやく、視認できる。

 獣は、俺の前に何度となく現れたあの鳥頭の化物である。

 しかし、その腕は2本しかなく、その鳥頭も兜で構成されている。

 もはや、人間と言ってもいいようなスタイルですらある。


 これを見て、レギナはトライデントを拾い、獣に挑む。

 ウルバノも自身の影の中から新たな体を生成し、同じく麻痺から解放された人造人間達を指揮し、獣を取り囲む。




 僅か3秒。 

 獣以外に、その場に立っている者はいない。



「神は同胞殺しを許しません。打ち砕かれた秘宝は呪いとなり、秘宝の働きを阻害するのです」


 俯せに倒れたゼノンが、獣に語り掛ける。

 確かに、獣はまるで呪いをかけられたかのように、その動きは目に見えて鈍いものとなっている。


「さぁ、罪を罰するのは唯一神。今こそ、降臨の時です!」


 しかしながら、そのような都合のいい者は現れない。

 

 ただ、事態は急変する。

 丘は溶岩に飲まれ、その岩肌が醜く歪む。

 そして、大きく亀裂の入った丘の斜面は崩落し、獣と共に溶岩へと飲まれていったのであった。




 帝都は激しく燃え盛っている。

 人々は溶岩流から逃れるべく、船着き場に殺到する。気もそぞろに、出港の時を待っている。

 

 その雑踏の中。呆然としたレギナが見える。

 どうやら、奇跡的にあの危難を逃れられたようだ。


 レギナは口を開く。


「この船は旧都市アテナイへ向かいます」


「アテナイに遷都するのだな?」


 応えるのはメルクリオである。


「アテナイは、その機能も十分に担えるでしょう」


「では、これを託しておこう」


 メルクリオは、一本の剣をレギナに託す。


「因果を結び付ける、コウザリタス!」


「代々、トロイゼンの軍団長が引き継いできた一振りだ」


「つまり、私を裁定兵団の長として、正式に認めてくださると……」


 レギナは片手でコウザリタスを抱き、しばし沈黙する。


「アウグスタは地下水路に潜り、アグリオンへの逃走を試みるはずだ」


「追うというのですか?」


 メルクリオは頷く。

 英雄の一人であるはずのメルクリオは、しかし、レギナと敵対していない。

 そればかりか、アウグスタを追うと言う。

 ということは、彼は、英雄達を裏切ったに違いない。


「しかし、彼女にかつての力はありません」


「それでも強大だ。放置すれば、取り返しのつかないことになる」


「貴方が行かなければ駄目なのですか?」


「奴の力を奪おうとする動きもある」


「ウルバヌスには余計な手出しはさせません」


「あの力を制御することは不可能だ。誰かの手に渡る前に、俺が消滅させなければならない」


「ですが……」


「一つ頼みがある」


「はい」


「奴を倒したあかつきには、アグリオンの黒棺にその遺骸を封印する」


「異空間とつながる黒棺ですね」


「古代人の遺骸は災厄を招く。誰にも奪われぬよう、必ず、裁定兵団に黒棺を守護させるのだ」


 一言言い残すと、メルクリオは背を向ける。


「今度こそ、俺か、アウグスタ、だ」


 そのまま、二度と振り返ることなく、その場を立ち去る。






 世界はホワイトアウトする。


 意識は保っている。

 しかし、視認できるものも、聞こえるものも何もない空間に取り残されている。


 明るい。

 しかし、怖いぐらいの白一色だ。


 何時間も経た後。

 声が聞こえてくる。


「これでおしまいじゃ」


 いつの間にか、目の前に、イクセルがあぐらをかいている。


「俺は、過去を改変してしまったのでしょうか?」


「心配せんでいい。改変される前に、お主を叩き出したからな」


「では、あのような悲惨な結末が、本当に、帝国の最期だったということですか?」


「英雄達は封印され、或いは死んだ。反乱者も深手を負い、鳴りを潜めた。結果、一つの文明は失われた」


「カトーはどうしたのです?」


「あの男は、ウルバノの後ろ盾を得た。アウグスタの姪を強引に娶り、アグリオンにて皇帝に即位した」


「しかし、第二代皇帝はレギナと聞きましたが?」


「帝国は、カトーのアグリオンとレギナのアテナイに2分されたのじゃ」

 

「そうすると、カトーもしがない男ではありながら、その実、心の奥底ではやはり、英雄願望のようなものがあったということなのでしょうか?」


「彼はウルバノが飽きるまで、その操り人形として表舞台にいたようじゃ」


「何事もすることはなかったと?」


「失った文明を、何一つ取り戻すことはなかった。ただ、その系譜は後に、アルデア王国へとつながっておる」


「ゼノンは? 彼も何もしなかったのですか?」


「大人類の秘宝を使い、多くの指輪を作り、人々に配付した。しかし、何も変わらなかった」


「救われない……」


「そう、救われない。先導者達は皆の幸福を願い、しかし、先導者同士で互いを理解し合うことは出来ず、結果、誰も救われなんだ」


 イクセルは顔をゆがめて、感情を押し殺している。


「ワシは、お主がこの世界にやって来た時。廃神殿に現れた時から、ずっとお主を見ている」


「え?」


「期待を寄せておるのじゃ」


「俺に?」


「仮に、お主がカトーの行動に何ら反発せなんだら、ワシはお主をそのまま過去に塗り込めるつもりじゃった」


 なんとお茶目なことを仰る。


「じゃが、そうはならなんだ。ならば、今のお主は持っておる」

 

 何を持っているというのだろうか?


「ワシは、それが形になるところを見てみたいのじゃ」


 イクセルは静かに微笑んでいる。

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