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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第五幕 老いをもたらす者
202/288

26 薄明の星空

 扉を潜ると、そこには石畳があり、石畳によって区画された各所には色鮮やかな家屋が立ち並ぶ。

 人々が涼しげな格好で散歩しており、説法を解くものもいる。非常な活気に溢れている。

 どこだ、ここは?

 振り返ると、既に扉は消失している。


 扉があったはずの場所には、代わりに、厳かな佇まいの神殿がある。


「中に入り込んでしまったそうだ。神殿内では八つ裂きにもできん。これは面倒なことになったな」


 隣で呟くのはやけに体格の良い男。

 驚くべきことにその顔には見覚えがある。


「師匠……」


 その男はジガなのだ。


「カトー。お前がその女を引きずり出してはくれぬか?」


 メルクリオでもなく、レンゾでもない。

 今度は、カトーという名を与えられたのだ。

 俺は、カトーに成り代わってこの世界を体験することになるらしい。

 しかしながら、カトーとはどういう振る舞いをすべき男なのだろうか。

 まったくわからない。無論、この男の記憶も引き継がれてはいない。


 ただ、八つ裂きという言葉を受けている事情からすると、真っ当な人間ではないだろう。

 そして、顎で使われていることからすると、どうということもない人物のようだ。


「そもそも、その女とは……?」


 どうやら、下級貴族の娘が神殿に籠っているらしい。

 そいつは、祭司を脅し、神託を捻じ曲げさせようと画策するやばい奴なのだそうだ。


「へぇへぇ」


 ちゃんと役どころを心得て、小物らしく頷きながら、神殿の中へと赴く。

 中には、巨大な女神像が立っており、その後ろに一人の女性がいる。

 髪を後ろに束ね、月桂樹の髪飾りを付けている。

 祈りでも捧げているのだろうか。静かに鎮座している。


 神殿内に一人しかいないことを鑑みると、対象者はこの女性に違いない。


 さて。

 どう声を掛ければいいのだろうか。

 俺は、この世界の因果を変えてはならない。

 とはいえ、これまでの流れからすると、過去において、このお嬢さんは悪い事をした報いを受けて、ここで死んでいくのだろう。

 哀れなことではあるが、むしろ、お嬢さんを殺さないと、因果に反することになる。

 倫理観に反する行動は取りたくない。が、俺の意思ではない。やむを得ない。


「さぁ、お嬢ちゃんや。悪く思うなよ。俺には小難しい事情はわからねぇが、この世界は弱肉強食ってやつよぉ。キヒヒヒ!」


 俺は力任せに娘に飛び掛かり、その腕を捕まえる。

 娘は俺の顔を真正面にとらえて、居丈高に言い放つ。


「トロイゼンによって、アテナイは滅び、そして今、ラケデモンが侵されようとしている」


「え?」


「神々を信仰する親民が、外の国から圧政を受けているのだ!」


「はぁ……」


「だったら、トロイゼンとの不可侵を約束せよとする神託など降りるはずがない!」


「うーむ」


「戦って、ラケデモンを解放する。これこそが、ネアの意志だ!」


 なんだか、必死に俺に語り掛けてくる。

 しかし、俺は別段、そのような外交を語る立場にはないし、そもそも、国名もわからず、何を言っているのかさっぱりわからない。


「君は、さっきから相槌ばかり打っているが、どう思っているんだ? よく考えて欲しい」


 先ほどまでの物静かな様子は消え、その瞳は狂気を宿している。


「まだそのような事を言っているのか、愚か者め!」


 俺の背後から、しびれを切らしたジガが現れる。

 しかし、娘はいささかも恐れることなく、ジガに言い放つ。


「団長はラケデモンを殺したいのか?」


「ラケデモンは過去の栄光に縋りつく斜陽の国だ。プライドは高いが、その内情は腐りきっている。アテナイのようにすぐに消滅することだろう。現に、元老院も別の方策を考えておる」


「ああああ! なんでわからないんだろう! だったら、私は一人で戦いに行こうじゃないか!」


 娘は頭を振って叫ぶ。


「落ち着け、アウグスタ!」


 俺はジガからの合図を受けて、娘を取り押さえる。

 しかし、娘から鋭いキックをもらい、俺は情けなくもその場にひっくり返る。

 起き上がることは容易だが、これ以上巻き込まれたくないので、そのまま倒れ伏す。

 ちなみに、目の前では壮絶な取っ組み合いが繰り広げられている……。

 

 アウグスタ……。まさかねぇ。






 ふと、体を起こすと、既に周囲の光景は大きく様変わりしている。

 そこは、屋内であり、ジガを筆頭に10人ばかりが詰めている。

 ちなみに、俺は壁際で控えている。おそらく立ち位置は従者なのだろう。


「ラケデモンの精鋭部隊がトロイゼンに大敗したのは記憶に新しい」


「倍近い戦力で挑んだところを、気付いた時には既に騎馬隊に後ろを取られ、壊滅状態にあったらしい」


「僅か3か月でラケデモンの首都は包囲され、今また、トロイゼンの軍勢が集結しつつあります」


「一気に落とすつもりなのでしょう」


「これほどまでに短期間で滅ぶものとは思いもしなかった」


「トロイゼンの将軍は化物か?」


「何でも、弱冠12歳で初陣を飾り、以来都市国家群を相手に敵地に神出鬼没。異民族を扇動して味方に付け、転戦に転戦を重ね、一度の敗北もない」


「その変幻自在の戦術は未だ解明されていないという」


「その名はメルクリオ。我が国を見渡しても、彼に匹敵しうる人物はおらぬだろう」


「ならば、トロイゼンとの敵対行為は厳に慎まねば」


「しかしながら、彼は我が国に両親を殺されたという。激しい怨嗟で心を燃やしているという」


「恐ろしい事だ。幾ばくかの金子をつかませる必要がありそうだ」


 どうやら、結局、ネアは戦いを避ける方針に落ち着きそうだ。


「貴方達は、ネアを堕落させようとしている!」


 末座の女性が、切り裂くような声で叫ぶ。

 

「また、あいつか……」


 そう。また、アウグスタだ。


「ネアとトロイゼンの国力に大きな差はない。ただ、彼我の違いは、覇権を争う勇気があるかないか、それだけだ!」


「それを人は蛮勇という」


「戦わない者は去れ! 私が用があるのは剣で語ることのできる者だけだ!」


「では、アウグスタ。貴方はトロイゼンの3重包囲陣から、どうやってラケデモンの王を救うというのか?」


「敵軍は部隊を分けて散開させている。合流する前に一つ一つを捻りつぶしていけばいい」


「それは、メルクリオの誘いかもしれぬ。必勝の術を巡らして待っているのだ。だから、まずはメルクリオの兵法を紐解いてからだな」


「愚かなりッ! それは戦いを恐れる臆病者の言葉であるッ!」


「猪突猛進娘がッ」


「ネアの意志を知れ! 私は一人でも戦う!」


 アウグスタは怒りに任せて席を立ち、部屋の外へと向かう。

 俺はジガの指示を受け、嫌々ながら激怒中のアウグスタに随行する。


「貴方は何をしに来た? ひょっとして、私の指揮権を奪いに来たのか?」


 最初から喧嘩腰だ。猜疑心も強いようで、うんざりだ。


「そんなことはありませんよ」


「絶対に渡さないぞ」


「そんなことより、メルクリオ将軍と貴方とどっちが強いのかなと少し気になりまして」


「ネアの意志を捻じ曲げようとする者が、強いわけがない」


「ということは、貴方がメルクリオを討ち取ると?」


「無論だ」


「彼と正面から戦うのは危険ですよ」


 仮にメルクリオというのが、俺の知っている天才であれば、こちらは相当分が悪いだろう。


「ああああ! 私を邪魔する奴は全て死ねばいいのに!」


 理由なく憤怒を見せつける。まるで鬼が憑いているかのように攻撃的だ。






 振り向くと、光景は戦場に移っている。

 いきなり戦地に放り込まれた俺に対し、容赦なく、兵士が襲い掛かってくる。


 短剣を振るい、一合。更に一合。永遠と戦いが続く。

 歴戦の勇士であるはずの俺が、目の前の名もなき兵士一人すら、打ち伏せることもままならない。

 大きな盾を押し付けられ、僅かにバランスを崩す。

 そこへ、一斉に敵兵士が突貫してくる。

 精彩を欠く俺の持ち場を、穴だと踏んだのだろうか。


「助けに来たぞ!」


 現れたのは、鎧兜に身を包み、ヒロイックないで立ちをしたアウグスタ。

 方形の盾でがっちりと、俺を防御する。

 その背中は、まさに英雄のそれだ。後光すら見えるようだ。

 10人の兵士すらものともせずに、弾き返す。


 と思いきや。

 相手の妨害にはなりえず、その場に軽く転がされてしまう。


「えー」


「アウグスタ隊長を守れッ!」


 一斉に仲間が集い、アウグスタの救出に取り掛かる。

 しかし、そのせいで、隊列は完全に崩れ、簡単に包囲される。

 こうなったら、もう立て直しはきかない。

 結局、アウグスタの無謀な突貫により、我々は皆討ち死することになるのだ。


 俺は、痛い思いをする前に、早く、次の過去へと逃走したい。

 

「ラケデモンが来たぞぉ!」


 戦場の阿鼻叫喚の中、勇壮な掛け声とともに、包囲陣の一画を破壊する部隊が見える。

 どうやら、包囲されていたラケデモンが奮起し、我々の攻勢に呼応してくれたようだ。

 その戦列は、異常なスピードで、まるで一つの生き物のように一つの意思に基づき行動し、次から次に敵軍の戦列を食い破る。

 敵軍は恐れをなして、退却を開始する。


「ネアの将軍よ。よくぞ来た。私は、ラケデモンの戦士長ロビンだ」




 恐るべきことに、アウグスタは僅か500名ほどで、ラケデモン包囲陣に風穴を開けた。

 彼女は、口を開けば戦え戦えという。それなのに、不思議なことに、彼女を慕う部下は多く、その忠誠心が実った結果だ。


「トロイゼンなど恐るるに足りず。このまま周辺の駐屯地をしらみつぶしにする」


 アウグスタは、ラケデモンの国王に謁見する。

 当然、物怖じすることなく、更なる進撃を提案する。


「駄目だ。お前は弱い」


 国王は短く指摘する。


「私は強い。現に、トロイゼンのメルクリオを追い払った。守りに徹するなど、臆病者のすることだ。ラケデモンは腰抜けしかいないのか」


 国王は怒って席を立つ。


「我は戦士だ! 我は退かぬ。我は逃げぬ。前進以外に選択はなく、我はただ勝利とともに帰還する!」


 代わりに、国王の両脇に控えていた二人が、アウグスタと対峙する。

 一人はロビン。もう一人は、驚くべきことに公爵領で出会った白銀先輩にそっくりの浅黒い女性だ。

 何なら、ロビンだってその顔にはうっすらと馴染みがある。あれは確か、子爵領で雇ったちゃらい弓兵……。


「メルクリオは別の戦線にいる。お前が戦ったのは、メルクリオではない」


「それは、メルクリオが私から逃げたということだ」


「傲慢ではないか」


「どちらにしても、好都合だ。この機会にラケデモンを完全に解放しよう」


「兄上。この者は、いかにもネアが好みそうな線の細い将軍ですね」


「カタリナよ。しかし、この者は僅かに勇気を持っている」


「兄上。この女を戦士として認めるのですか?」


「カタリナよ。試してみる価値はあるだろう」




 捕縛された俺とアウグスタは、問答無用で、古い神殿の近くに埋めたてられてしまう。

 首から上だけが、地面の上に生えている状態だ。

 

「やりすぎましたね」


「我々はまだ何もしていない。これからやらなければならないのだ」


「どんどんやってもらう分には構わんのですが、俺を巻き込まないでもらえると嬉しいです」


「怖いなら、付いてこなくてもいい」


 いまさら言われても、俺の意思とは関係なく、既に巻き込まれているのだ。


「ところで、3日間気絶しなければ、俺達を戦士として認めてくれるそうです」


「伝統のラケデモンスタイルだな」


 ところで、神殿の裏手には大きな森が広がっている。

 俺は、その点がとても気がかりである。


「森の中から時折狼が出て来るらしいので、気を付けろとのことです」


「無論、油断などしていない」


「油断しなくても、狼がやってきたら、抵抗することもできないまま、食べられてお終いですがね」


「……」


「腹でも減りましたか?」


「……」


 神妙な面持ちをしている。こんな時にいうのも何だが、黙ると、十分に魅力的な面立ちなのだ。


「ひょっとして、怖くなってきましたか?」


「決してそんなことはない!」






 ラケデモンの試練を乗り越えた俺達は、ラケデモンから、一応戦士の端くれと認識してもらえたようである。

 ラケデモンでの戦闘を経て、アウグスタを慕う兵士も一気に増えた。加えて、ジガの神聖兵団も合流し、既に5,000を超える兵団を抱えている。


「神託があった。我々は、お前に力を貸す」


 ラケデモンの城下。光り輝く湖面を背景に、ロビンがアウグスタの手をとる。


「一つ頼みがあります」


 次いで、カタリナがアウグスタの手をとる。

 ロビンは顔をそむける。


「王子ウルバヌスは体が弱いのです。このままでは、廃嫡されてしまいます」


 戦士至上主義は、王であれ適用外ではない。明らかに人道には反するものの、このような徹底した選別こそが、ラケデモンの強みであったのかもしれない。


「ついては、ネアに人質として引き取ってもらいたいのです」


 これに対し、アウグスタは即答する。


「ネアの意志はそれを認める」


「ありがとう!」


 ロビンはカタリナと相対する。


「私は戦士達を率いて、ネアととともに戦う。妹よ。後事は託す。ラケデモンの最強を証明した後、戦士達はいずれ戻ってくるであろう!」

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