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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
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20 取戻すべき力

 カエサルはつま先を揃え、グラディウスの刃先を天に向け、その柄を顔前に引き寄せる。


 対してメルクリオは、カエサルをじっくりと観察している。

 しばらくして、その表情に微細な変化が走る。眼差しを鋭くしたのである。

 さらに、一言呟く。


「三度目か」


 メルクリオは、二振りのグラディウスを一気に引き抜き、剣刃を交差させ、腰を落とす。

 おそらく、カエサルの力を見抜いたのだろう。最初から本気で挑むつもりのようだ。


 一瞬の静寂の後。


 カエサルは剣刃を傾ける。

 同時に地を蹴り、メルクリオに接近する。


 対して、メルクリオは双剣を羽のように広げて、これを待ち受ける。

 

 交錯する三振りの剣。

 一度の交錯に見えたが、剣戟の残響を聞くに、数多の交錯が連続しているようである。


 カエサルは、相手の抵抗を構うことなく、力一杯に剣を振り抜く。

 メルクリオは逆らわず、これをしなやかに受け流す。しかし、受け流した直後に、剣先は既にカエサルに向けられている。


 メルクリオは、左右にステップを取る。

 同時に、ステップのリズムとはちぐはぐなタイミングで、刺突を繰り出す。

 その刺突は、何気なく放たれたものである。しかし、目にもとまらぬ一撃であり、それは異音を立てて、空気を切り裂く。


 カエサルは意表を突かれたものの、それでも素晴らしい反射神経でもって身体をねじり、剣を垂直に立てて刺突を受け流す。

 カエサルの剣刃の一部が大きく欠ける。

 それでも、必殺の一撃から、逃げおおせたのである。

 

 その安堵も束の間。

 メルクリオは、優雅な足捌きを見せて、カエサルに急接近する。

 移動中のきまぐれなタイミングで刺突を繰り出す。しかも、二撃同時である。


 カエサルは、上体を反らして刺突を避け、素早く後ろに回転して、やり過ごす。と同時に、メルクリオから距離を取る。


 しかし、カエサルは、立ちあがったところに、さらなる刺突を受ける。

 既に、カエサルの眼前に、メルクリオは迫っているのである。

 カエサルはやむなく、剣を立てて、防御に徹する。


 その固くなった一瞬を狙って、メルクリオはここぞとばかりに、刺突のラッシュを繰り出す。

 一方的にカエサルは押し込まれていく。


 メルクリオの動きは、素人目に見ても異常である。

 攻撃速度に緩急がある上に、直線的であったり、急カーブを描いたりとその軌道も異なる。

 それを可能としているのは、直接的には、変幻自在な両腕の動きによるものである。

 しかし、それ以上に、一撃一撃を支える足運びが、想像を絶するほどに巧みである。

 左に右にステップし、時に両足を揃えて、時に膝を突き出す。剣先に正しく力が伝わるよう、あらゆる角度に向きを変え、ひっきりなしに移動を続けるのである。


 カエサルの剣はもろくも破壊される。

 メルクリオの放つ刺突が、限界を超えた速度でもって、カエサルの首元に向かう。

 絶体絶命である。


 しかし。

 一瞬、カエサルが青く輝く。

 その直後、カエサルはメルクリオの剣先を把持している。

 剣先は最も動きの速い部分であり、これを把持するなど、ありえない芸当である。

 恐るべき反射神経である。


 さらに、カエサルは剣刃を把持したまま、その剣先を強引に自らに引き寄せる。

 メルクリオは、引っ張られて、僅かに体勢を崩す。

 カエサルはその隙を狙い、剣刃を解放すると同時に、メルクリオに対して、猛烈なタックルを仕掛ける。


 メルクリオも潔く双剣を捨て、これを迎え撃つ。


 一転して、動きのない闘いになる。

 二人の戦いは、押し相撲へと移行したのである。

 両者一歩も譲らず、その場で固まってしまった。


 カエサルが何を動力としているのかはわからないが、しかし、人間と違って、彼の体力に限界はない。

 つまり、このまま、メルクリオが力尽きるのを待てばいいのである。


 とはいえ、時間が経つにつれ、少しずつカエサルが押されていく。

 さらに、長時間が経過し、カエサルは柱に押し付けられてしまった。


 それでも、カエサルは降参しない。遂には、柱の軋む音が聞こえ始める。




「両者引き分け!」


 宰相が慌ててストップを掛ける。

 王城の柱にもしものことがあってはと、大事を恐れたのだ。


 決闘は終了し、カエサルはずるずるとその場にへたり込む。

 メルクリオは、荒い息を整えながらもカエサルを睨みつけている。


 その時、カエサルが拳を突き出す。

 同時に、メルクリオも拳を突き出す。


 拳と拳が軽く衝突する。


「おおおおおお!」


 誰からとなく言葉にならない歓声が上がる。次いで拍手喝采が二人の健闘を称える。


 俺は、慌ててカエサルの側に駆け寄る。

 全身をくまなくチェックするが、どうやら、無傷のようだ。

 カエサルは、あれだけ激しい攻撃を食らったというのに、既にけろっとしている。たいしたものだ。


 それはさておき、素晴らしい決闘だった。

 感動した。


 ならば、俺も覚悟を決めた。

 俺は、残されたもう一本のグラディウスを握る。そして握りしめる。


 そこで、唐突にイクセルが声を上げる。


「今すぐ次の決闘を、というのも不公平よの。一週間後に延期する、っちゅうのはどうじゃ?」


 何故か、決闘を仕切り始めたのである。

 しかし、俺にとっては、相手が疲弊している今がチャンスである。むしろ、今を逃すと、俺に勝ち目はない。

 さあ、今のうちにやってしまおう。そうしよう。


 はたして、メルクリオは口を開く。


「お前は?」


「シスリーのイクセル」


「……」


「……」


「延期しようがしまいが、結果は変わらない。そんなことは分かっているはずだ」


 俺に負けるなどとは夢にも思っていないようである。


「こちらのメルクリオは、今、力を失うておる。じゃが、彼が一週間の修練をする。そうしたら、どうなるかわからんぞい」


 こんな延期をして誰が得をするというのだ。


「俺は、国王にパトロンになってもらいたいと思っている。だから、国王の決定に従いたい」


 ペーター王は、今まで事の成り行きを傍観していたが、促されてようやく我に返る。


「確かに、一方に不利な状況で決闘しても意味がありません。決闘は延期したいと思いますが、よいですか?」


 俺に伺いを立ててくる。


 しかし、心配事を先延ばしにする俺の身にもなって欲しいものだ。

 とはいえ、俺も、今すぐ決闘したいとは思っていない。

 メルクリオがあまりにも自信満々な態度を見せるものだから、俺は完全に戦意を喪失したのだ。


 それよりも、むしろ、決闘すること自体を取りやめには出来ないものだろうか。この決闘は、所詮成り行きで決まったにすぎず、そんなものを律儀に果たすことに意味はない。


「謹んでうけたまわった」


 とはいえ、決闘から逃げたなどと言われたくない。つまり、見栄を張ってしまったのである。


「キアラ! アル! お前達も文句はないな?」


「いいですわ、お兄様。私、そちらのイカサマ師がけちょんけちょんになる様、楽しみでしてよ!」


「いいですよ、お兄様。僕は、そちらの笛吹き男がけちょんけちょんになる様、楽しみですよ!」


「あんたねぇ!」


「姉さんこそ!」


 キアラとアルは、これから決闘でも始めそうな勢いだ。

 それを見て、ペーター王は深い溜め息をつく。


「これ以上、俺を悩ませないでくれ」


 さらに、ペーター王は続ける。


「これにて論功行賞を終える。各自持ち場に戻るように」




 さて。

 どうすればいいのだろうか。


 何より、イェルドの敗北姿が頭にこびりついて離れない。

 つまり、メルクリオは、最強のイェルドを超える化物である。

 そんな化物に、一週間ぽっちで対抗できるようになるわけがない。

 けちょんけちょんになるのは必然的に俺である。そして、敗北した俺は、メルクリオの称号をはく奪される。下手をすると、俺は王城から追放されるかもしれない。


 先送りにしていた最大の課題。

 それは、俺のあらゆる能力が、メルクリオを名乗るには物足りないという点である。

 いつか破綻するかもしれないとは思っていた。それでも、俺の豪運が俺を救ってくれると楽観視していた。

 その最大の課題が、今、逃れようのない形で俺の眼前に鎮座している。


 イクセルは、俺が力を一時的に失っているようなことを言っていた。

 それはつまり、俺の潜在能力を正確に見抜いた上で、俺が鍛錬すれば、メルクリオにも勝てる力を手に入れられると見込んだのではないだろうか。


 とりあえず、それが真実だと仮定する。

 だとして、潜在能力を引き出すには、どうすればいいのだろうか。

 腕立て伏せか? スクワットか? それとも懸垂か?


 そんな地道な筋肉トレーニングをやっていても意味がないのではないか。

 ならば、瞑想か? 腹式呼吸か? それとも暗黒教団への入信か? 


 あの化物の力を目の当たりにして、いずれの方法も、頼りなく思えてしまう。


 やはり、メルクリオを暗殺してしまうべきか? それとも、金を掴ませるべきか?

 いかんいかん。


 俺は、暗くなり始めた廊下をふらふらと当所なくさ迷う。

 そこで、英雄ロビンに鉢合わせする。

 何も咎めていないのに、ロビンは、勝手に釈明する。


「なに。偶然通りかかっただけだ」


「そうか……」


「腑抜けた顔をしている。まさか、臆病風に吹かれているのか?」


「そんなことはない」


 隙あらば煽ってくる。

 少なくとも、こいつは相談相手にならない。


「何をためらっているんだ? 力を見せてやればいいじゃないか」


「わかっている。わかっているから、しばらく放っておいてくれ」


 俺は踵を返す。

 しかし、突然、ロビンは俺の腕を掴む。


「私は、力と記憶の一部を封印されている。君も、そうなのだろう?」


「まさにそれだ!」


 ここで、よい言い訳を見つけることが出来た。


「しかし、そのことを公にしてしまうと、いろいろと都合が悪い」


 よいではないか。

 そのうち、力を取り戻せるなどという都合のよい設定を加えておけば、何ら問題はない。


「でも……」


「孤児院の裏手に屈強なご老体がいる。なんでも、市民相手に帝国時代の古武術を指南しているそうだ」


「古武術?」


「噂が本当であれば、君の封印を解く鍵は、その者にあるのかもしれない」




 そんなうまい話はない。

 それでも、頼れるべきものはロビンから聞いた話しかない。藁をもつかむ思いで、孤児院を目指す。

 ふと、街角で声がかかる。


「こんなところで、何をしている?」


 振り返ると、そこにはアウグスタが立っている。

 大きなフードを被っており、お忍び姿のようだ。


「この近くに教会があると聞いた。教会に寄ってみたいと思っただけだ」


 もちろん、嘘である。

 彼女は、俺を本物のメルクリオだと信じている。そして、メルクリオならば、笛吹き男を打ちのめすことなど雑作もないはずである。

 俺はそんな彼女の幻想を守らねばらない。

 それは、自分のためだけでなく、彼女のためにもなるような気がする。


 ならば、彼女には、俺が戦闘力向上のためにこそこそ画策していることを知られるわけにはいかない。


「明朝、作戦会議が開かれる。悠長に出歩いている場合ではない」


 絶対零度の声音である。


「知っている。それよりも、貴女こそどうした?」


 俺は、意図的に話を逸らす。


「貴方が出かけるのを見かけて……」


「着いてきたんだ?」


「……」


「教会に行こうと思っている。一緒に行くか?」


「……」


 アウグスタは後退りする。


「一週間、俺は単独行動したい」


「暗黒教団か?」


「そのとおりだ」


「私も行こう」


「戦う段取りになったら、貴女を呼ぶと約束する」


「わかった。王にも伝えておく」


 アウグスタは、そのまま去っていく。

 俺のことを見張っていたのか、それとも心配していたのか、よくはわからない。




 教会の中で、ゼノン神父とシスター・ジーナに出会う。

 神父は穏やかな口調で、俺を迎え入れる。


「おやおや。メルクリオ様ではないですか。ご活躍の話はいろいろと伺っておりますよ」


 ジーナが続く。


「孤児院の子達も、あのメルクリオ様が帝国を押し返したって、大騒ぎなんですから」


「私は求められた仕事をしただけだ」


 神父は、少し悲しげな顔をする。


「求められる仕事をなすのは素晴らしいことです。でも、貴方様には貴方様の進むべき道があるように思うのですがね」


「戦いは、一つの余興だ」


「いやはや、これまた辛気臭い話をしてしまいましたね。ハハハハ」


「それよりも、随分と片付いたものだ」


 教会の中は、すっかりと荷物が無くなっている。


「先日、教会を閉鎖したのです。私も、近々共和国の教会に赴任する予定です」


「それは、戦いが激化したからか?」


「仰るとおりです。大声では言えませんが、我々ゼノン教教会は、共和国の庇護下にありますから、アルデア王国としては、油断のならない組織なのです」


「王国に疎まれたのだな?」


「ゼノン教は世俗君主に対して否定的でもありますのでね。やむを得ないことです」


「シスターも共和国へ?」


「私は、王国貴族から、ハウスキーパーの仕事をいただきました」


 神父は、大きく頷き、続ける。


「いい就職先が見つかって本当に良かったです。イーヴォ司教の下に居ては、腐ってしまいますからね」


「孤児達は?」


「私が、共和国に連れていきます」


「貴方方に幸福な未来が訪れることを祈っている」


「貴方様こそ」


「ところで、この近くに驚くほど長寿の人物がいると聞いたのだが」


「ああ、ジガさんのことかな。それなら……」 

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― 新着の感想 ―
いいですよ、お兄様。。ここ違うかな
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