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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
19/286

19 最後の英雄

 王妹キアラは、一人の青年をペーター王の前に導く。

 さらに、すまし顔を作り、精一杯胸を張り、キィキィとした声で続ける。


「こちらが、『本物の』双剣の英雄メルクリオ様です! 私が、正統な手続きで召喚したのでございます!」


 青年は、ぼさっとした黒髪の隙間から、鋭い目を覗かせている。鍛え抜かれたその肢体は、精悍そのものである。黒服をまとい、腰には二振りの剣を帯びている。

 そこで、青年は口を開く。


「俺は、メルクリオだ」

 

 王の御前であるというのに、何の緊張もしていないようである。むしろ、どこかしら物臭な雰囲気が漂っている。

 その様は、まるで、動物園に連れてこられた猛獣のようである。


 対して、ペーター王は返す。


「俺は信じないよ。メルクリオ様はメルクリオ様だから」


 ペーター王は、俺を見て大きく頷く。

 さらに、アルが、姉のキアラに抗議しようと口を開く。

 その機先を制して、キアラが俺に声を掛ける。


「そちらの方はどなたかしら? メルクリオを名乗るイカサマ師がいるって噂、聞いたのだけれど、まさかあんたじゃないわよね?」


「え?」


「今、偽物でしたって認めるなら、見逃してあげてもいいのだけれど」


 ここぞとばかりに、ガンガンと挑発してくる。

 

 しかし、メルクリオ以外の七英雄が召喚され、メルクリオだけが召喚されていないというのも変な話だ。

 であれば、眼前の青年が、メルクリオであってもおかしな話ではない。

 彼を合わせて、ついに七英雄が揃った。

 めでたし、めでたし。


 とはいえ、何ともややこしいことをしてくれたものだ。

 一体、俺はどうなるというのだ?


 考えあぐねていると、そこで、アルが暴発する。


「僕のメルクリオ様が本物だ!」


 対して、キアラがすかした調子でやり返す。


「ほら来た! でも、英雄の皆様、教えてくださいな。皆様と一緒に古代大陸を暴れ回ったのは、どちらのメルクリオ様だったのかしら? 一目瞭然よね?」


 いきなりの審議開始である。俺は、何ら心の準備が出来ていない。

 ここで、ついに、白昼堂々と俺の正体が明らかにされてしまうのか。


 俺はどうすればいい?

 先に正体を白状すべきなのか、それとも、バレない幸運を願って、このままメルクリオを演じ続けるのか。

 一瞬の逡巡により、俺の行動は後手に回る。


 はたして、英雄達は口を開く。


「彼だ」


「ええ。間違いなく、彼よねえ」


「こいつに決まっている」


 ロビン、カタリナ、ヴィゴは俺を指差す。

 口々に、俺がメルクリオであると証言してくれているのである。


 その言葉は真実か?

 いや、真実ではないことは明らかである。

 メルクリオさんよ、君が本物だというのなら、なんとか言ってみせてくれ。


 英雄達の証言を聞いて、キアラはすっかりと落ち着きを失う。


「じゃあ、アウグスタ様、本物のメルクリオ様はどっちなのよ? あんたが付き合っていたのは、どっちなのよ?」


 俺は、恐る恐るアウグスタの顔を見る。

 アウグスタは落ち着いて返す。


「……この人」


 やはり、俺を指差すのである。


 何かがおかしい。

 本物のメルクリオが可哀想だ。

 しかし、これだけ俺に支持が集まるというのも、考えてみればおかしな話だ。

 だとすると、この黒髪の青年も本物ではないということだろうか。


 ここで、周囲の臣民達が、どっと笑う。


「ハハハハ!」


「なんだ、今回もキアラ姫のご冗談か!」


「今回ばかりはびっくりしましたぞ。ハハハ」


「相変わらずやんちゃさんですわね。ホホホ」


「おちゃめさんでも、ある。フフフ」


 凍てついた場の空気はすっかりと溶け、再び、和やかな時間が訪れようとしている。そのように誘導されている。

 そこへ、キアラはさらに爆弾を投下する。


「じゃあ、お兄様。二人を戦わせて、勝ったほうが本物というのはどうかしら?」


「えっ?」


 えっ?


「だって、メルクリオって古代最強なんでしょ? だったら、強い方が本物に決まっていますもの。ねぇ、私のメルクリオ様?」


「俺は、ただの通りすがりの芸術家。笛吹きを生業とするにすぎない」


「うっさいわねぇ。あんた、雇われたいんでしょ?」


「芸術家として雇えと言っている」


「だとしても、私に逆らわないでよ!」


「しかし、彼もまたメルクリオなのだろう」


 なんと、黒髪の青年は、法螺吹きだそうだ。

 自分で自分の正体を暴露するなんて、おめでてぇ奴もいたものだ。

 もっとも、たとえ、英雄として持ち上げられても、それに乗せられることはなく、甘い汁を吸おうとしないところは実に潔い。

 商魂たくましい誰かさんも、彼を見習ってほしいところである。


 そこで、カタリナが俺に檄を飛ばす。


「おらおらおらおら! そんなの受けて立つわよ。ね、けちょけちょんにしちゃおうよ……。て、あれ?」


 カタリナは、喋っている途中で周囲の険悪な空気に気付き、己の口をふさぐ。


 宰相にとっても、これは想定外の事態だったようで、慎重にその場の成り行きを観察している。

 しかし、宰相は観察を終えたようで、口を開く。

 大丈夫。きっと、優秀な彼が、この場に収拾をつけてくれる。


「この国難に当たって、そのような悠長なことをしている場合ではございませんよ、キアラ様。そちらのメルクリオ殿も、王宮で一暴れするためにいらしたわけではないのでしょう?」


「でも、その国難に当たって、アウグスタ様とそのイカサマ師は決闘したじゃない?」


「それは、城内の士気を鼓舞するためにございます」


「じゃあ、今回も、士気を鼓舞するためにぱっとやってやろうじゃない。その方が、皆さまも楽しめるでしょう? それとも、あんた達のメルクリオの正体、ひん剥かれるのが怖いってわけ?」


 キアラ姫は、俺に対してやたらと噛み付いてくるのである。

 己の存在意義を、ここで併せて喧伝したいのかもしれない。


 黒髪の青年が、ペーター王に具申する。


「そこまで言うのであれば、軽く手合わせするのもやぶさかではないが、いかがかな?」


 とはいえ、彼は、高揚した様子もない。


 宰相が、俺の顔色を伺う。

 同時に、ペーター王が俺の顔を覗き込み、アウグスタもアルも英雄達も一斉に俺の顔を見る。

 そればかりか、城内の全員が、俺の顔を見て、俺の答えを待っている。


「俺達の双剣……」


「双剣の本気を間近で見られるチャンスだ……」


「あんなポッと出の笛吹き野郎、完膚なきまでに叩き潰してください」


「俺は、双剣に千ゴールド」


「あっ、俺も……」


「アウグスタ様、双剣を応援してあげて!」


 ところで、黒髪の青年は、職業を笛吹きと自己紹介してくれたが、その精悍な体躯からして、間違いなく運動能力に長けている。

 そんな相手を、完膚なきまでに倒す。実力差すら超えて打ち負かす。

 もし、そんな期待に応えられたとしたら、俺は、果てしなく格好が良い。

 そして、物語の主人公ならば、当然期待に応えるべきところだ。


 俺は主人公。

 俺ならば、やれる。


 そこで、俺は満を持して口を開く。


「グラディウス、置き忘れてきちゃった……」


 どうりで、腰元が軽いと思った。うっかりしてたわあ。

 しかし、現に武器が手元にない以上、決闘できないのもやむを得ない。


「いやあ、つらいわあ。武器さえあれば、すぐにでも決闘に応じられたのに……」


 周囲がやけに静かである。

 俺は、首筋に冷や汗を感じる。


 武器がなくても決闘しろと言うのか?

 いやいやいやいや。

 殴り合いなんて、誰も望んじゃいないはずだ。


「私、とってきまあす!」


 一人のメイドが能天気に言い放ち、止める暇もなく機敏にその場を離れる。

 気を利かせすぎだ、止めてくれ。


 そんな俺の気持ちをよそに、一同は胸を撫でおろしている。

 世紀の大決闘がつまらない事でふいにならなかったことに、安堵しているのである。




「ならばその間、俺が相手をするのはいかがかな?」


 突然、黒髪の青年に挑戦者が現れる。

 筋肉ダルマの英雄である。

 彼は、口数は少ないが、戦場では誰よりも激しい戦いを見せるのであり、俺は、密かに彼こそが七英雄最強だと考えている。

 その彼が沈黙を打ち破り、青年と対峙したのである。


 しかし、この展開は、俺にとっては渡りに船だ。

 何故なら、青年が筋肉ダルマに破れることがあれば、黒髪の青年がメルクリオでないことが証明される。

 そうすると、俺と青年との決闘は用済みになるからである。

 

 ならば、筋肉ダルマよ。

 自身の最強を存分に証明せよ。


 対して、青年は、気にかけることもなく言い放つ。


「誰でも構わない」


 承諾を得て、筋肉ダルマは、壁際に立て掛けてあった巨大な戦斧を手に取る。

 ちなみに、戦斧の先端は矛となっており、この武器は、ハルバードと呼ばれている。

 

 筋肉ダルマは、そのハルバードを一回転させ、メルクリオに対峙する。


 周囲は二人から距離を取り、人垣を作る。

 そこで、筋肉ダルマは名乗りを上げる。

 

「俺の名はイェルド。この国で最強の自負がある」


 真っ赤なマントを翻し、腰を深く落とす。ハルバードを両手で構えている。

 その双眸は肉食獣のようである。


 対して、青年は返す。


「俺はメルクリオ。君よりも強い」


 腕を組み、腰元の双剣はまだ抜かない。

  

 二人は共に古代英雄として互いに知り合いであるはずなのに、まるで初顔合わせのような口ぶりである。

 となると、黒髪の青年は、やはり本物のメルクリオではないのである。




 イェルドは、ハルバードの矛先を下げる。

 対して、青年は未だ腕を組んだままである。


 それを見て、イェルドは苛ついたのだろうか。

 大胆にも、大股で青年に近づく。


 と思いきや、瞬時に腰を深く落とし、ハルバードの矛先を下げたまま後方に下げる。

 振りかぶって巨大な半円を描く。

 鋭く、そして最大速力で、青年の脳天へと矛先を振り下ろす。

 

 人馬甲冑もろともに切り裂くような、イェルドの必殺の一撃である。

 これを食らってまともでいられるはずがない。

 

 しかし、青年は、僅かに体を逸らすだけで、容易くこれを避ける。

 

 こうなると、イェルドは、簡単に一撃の勢いを殺すことは出来ない。

 であるはずなのに、まるで、避けられることを予測していたかの如く、極々僅かな時間で、強引にハルバードの勢いを制する。


 しかし、そこには、一瞬の間隙があった。

 青年は、その間隙に乗じて、距離を詰める。とはいえ、その足運びは、まるでお散歩中でもあるかのように優雅である。

 そして、青年の左手には既に黒剣がある。

 黒剣は、最小の動きで、イェルドに襲い掛かる。


 イェルドは激しくマントを翻し、ハルバードの柄でこれを防ごうとする。

 つばぜり合いになれば、もはや、単純なフィジカルの強さが物をいう。体格で圧倒するイェルドに分があるはずである。


 一瞬間遅れて、鈍い剣戟の音が周囲に響き渡る。

 

 驚くべきことに、ハルバードは弾かれ、つばぜり合いに持ち込むことはかなわない。

 青年は、イェルドの膂力を、己の膂力だけでもって弾いたのである。

 イェルドは、バランスを崩すほどに上体が流される。それでも、下半身はかろうじてなびかず、大股を開いてその場に踏みとどまる。

 

 黒剣の剣先が、上を向いたままくるりと小さな円を描く。

 円を描き終わったところで、その剣先は既にイェルドの首元で静止している。


 青年は、イェルドの首元を軽く剣の腹で叩き、さらに、一閃させる。

 すると、黒剣は鞘に収まっている。




 イェルドは途端に激しく息を吐く。

 対して、青年は涼しい顔である。


 人垣は二呼吸遅れて、ようやく何が起きたのかを理解する。


「なんだ、あの動きは!」


「怪腕イェルドを片手で制してしまった!」


「化物か!」


「どんな凄腕を雇ったんだ、キアラ姫は!」


「これはひょっとすると……」


「本物なのではないか?」


「いやいや、本物はあちらのメルクリオ様だ……」


「しかし、彼の実力もまた、間違いなく本物……」


 ここで、俺も、ようやく、イェルドが負けたことに気付く。

 しかし、イェルドは、七英雄の中でも一番の怪力自慢である。しかも、その体躯は、青年よりも二回りも巨大であり、青年に力負けしたなどとは思えない。

 それでも、青年が、圧倒的な力量差で勝利したことは認めざるを得ない。

 何かがおかしい。そうだ、これはトリックだ。

 青年の怪しげなトリックが、イェルドをまやかしたのだ。

 

 青年は、こちらに視線を向ける。


「次は誰が相手をしてくれるのかな? さあ、俺のパシオンを震わせみろ!」


「……」


 その鋭い視線を浴びて、俺は思わず、膝を震わす。

 

 理解せざるを得ない。青年の、その轟然たる態度は、確固たる実力に裏打ちされたものである。トリックがどうとか、そういうちんけな話ではないのである。 


 彼は、間違いなく本物のメルクリオだ……。


 メルクリオに唯一対抗し得るのは、アウグスタだ。

 聖伝にもあったはず。アウグスタはメルクリオを決闘で打ち負かした、と。


 情けなくも、俺は少しの希望を寄せて、ちらちらとアウグスタを見る。

 しかしながら、その顔はいつにもまして能面であり、加えて、メルクリオとの決闘に動く気配はない。


 イクセルが一言呟く。


「フォフォフォ。双剣が二人。面白いことも起きるもんじゃのお」


 完全に傍観者になり果てているのである。

 



 その時。

 ちょうど、先ほどのメイドが戻ってくる。


「グラディウス! 今、お持ちしましたよお!」


 凄く嬉しそうな声である。いかにも私、やり遂げました、という自信たっぷりの笑顔である。

 だが、俺にとって、それは、死の宣告以外の何ものでもない。

 ああああ! 余計なことをしてくれたものだ。


「ふむ。間に合うたか。間に合うたな……」


 俺は周りからの熱意に押され、心にもないことをうわ言のようにして呟きながら、メイドに近づく。


 唐突に、カエサルが現れ、俺を押しのける。

 カエサルは、さらに、グラディウスの一本を取り上げて、引き抜く。

 その場で、握りの感触を確かめ、縦に横に適当に振りまわす。


「あれは、メルクリオ様が使役する力の像だ!」


「自ら手を下すまでもなし!」


「なかなかに面白い余興をしてくださる!」


「やってしまえ、カエサル!」


 カエサルは、メルクリオに対峙する。


「そちらの甲冑が、相手をしてくれるのかな?」


 メルクリオは油断なく、カエサルを注視している。

 少なくとも、俺との世紀の大決闘が延期されたことについて、残念には思っていないようだ。

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