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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
18/286

18 論功行賞

 宰相は、七英雄をアルデア城に召還する。慰労のためであるらしい。

 とはいえ、我軍は、敵軍を完全に屈服させられたわけではなく、今回の帰還を凱旋とは形容出来ない。中途半端な状況であり、気は抜けない。

 そこで、俺達は、コルビジェリ城の守護を公爵ルイジに託して、帰途につく。 


 街道沿いを、距離にして約七十キロメートル。

 馬車で二日程度の行程である。


 王族は先に出発し、俺達七英雄は後発でこれを追随する。

 陣容は幌馬車二台に、近衛騎兵十人である。


 朝早くに出発し、回廊を抜け、海岸沿いを南下する。

 日差しはやわらかで、暑くはない。見渡す限りの大草原には、黄色い花が点々と咲いている。時折、つむじ風が吹き荒れ、草の葉を撫でていく。


 昼過ぎ。

 街道沿いの村に立ち寄る。 

 俺達は、飲水を分けてもらい、代わりに持参したパンを振る舞う。




「覇者の剣って知ってる?」


 村の中央に屹立する大木。

 その木陰で、少女が俺達に向かって物語って来る。

 内容は次のとおりである。


 村の裏には森があり、森の奥にはコバルトブルーの澄んだ泉がある。

 泉の傍らには巨石があり、巨石には一振りの剣が突き刺さっている。


 かつて、古代英雄アウグスタは、戦いに破れたときに、この泉に落ち延びた。

 そこで、清き乙女と出会い、乙女から、世界を統べる覚悟を問われ、さらに、一振りの剣を託された。

 驚くべきことに、剣には、精霊の加護が宿っていた。

 アウグスタは、その剣でもって、数多の邪悪を打ち滅ぼし、古代文明を切り開いたのである。


 何より重要なことは、巨石に突き刺さっている件の一振りこそが、そのアウグスタの剣であるということである。

 逸話の真偽はさておき、そのような一振りであれば、誰もが手に入れようとする。したがって、古代より、何千もの冒険者がこれを手に入れんと挑戦した。しかし、ただの一人もこれを引き抜けた者はいないという。




「で、お兄さん方も挑戦してみたいっていうなら、案内してあげてもいいよ」


 それを聞いて、一拍も入れずに、ヴィゴが腰を浮かせる。

 

「それがアウグスタの剣なら、回収しなきゃだな。試してみようぜ」


 対して、アウグスタは相変わらずの無表情である。

 

 ところで、俺は、こういういかにもな名所は嫌いじゃない。

 残念ながら、それは、話の内容に引き込まれたからではない。

 俺は、歴史にまつわる高尚な一品が、観光資源に取り込まれた後、どのような末路にたどり着いたのか、それははたしてきっちりと残念スポットを構成しているのか、そこに興味が尽きないのである。


 俺が口を開く直前。

 アウグスタが静かに言い放つ。


「やろう」


「え?」


 アウグスタは、真面目な顔をしている。


 誰にも抜けなかった剣が、私が挑んだ瞬間、抜けてしまいました。私こそが選ばれし者です。

 きっと、心の奥底で、そのような展開を妄想しているに違いない。

 小学生レベルの妄想を、現役でやってはりますなあ。


 対して、少女は快活に答える。


「一人十ゴールドだよ!」




 少女に追随するのは、俺とアウグスタ。そして、近衛兵が数名である。

 一人ずつに金がかかるというので、人数を絞ったのである。


 森の中は、新緑が映え、清冽な小川のせせらぎが耳に心地いい。

 驚くほどに平和的である。


 アウグスタは、少女と話している。


「でね。甘い汁が噴き出る木っていうのが、あるらしいの」


「オレンジよりも甘いのか?」


「一度舐めると、病みつきになって木の側から離れられなくなるって聞いた」


「驚きだな」


 たわいもない話に、控え目な態度で付き合っている。

 戦場での勇ましい姿とは一転して、優しげである。意外にも世話焼きであり、人から懐かれるタイプである。


 丸太橋を渡ると、洞窟が、岩肌を剥き出しにして待ち受けている。

 その洞窟を潜り抜けると、全面にコバルトブルーが現れる。


 泉である。

 優しい木漏れ日の下に、泉が広がっている。非日常ともいえる透明感である。

 

 少女は、感動を見せることなく一点を指さす。


「あれだよ」


 はたして、泉の畔には巨石があり、その巨石の上部に長剣が突き刺さっている。

 誰からともなく感嘆の声が漏れる。


「おおおお……」


 その剣の佇まいは凛としており、静謐な空気の中、確固たる存在感を示している。畏敬の念すら覚える。それは、明らかに、人の嘲笑を拒んでいる。


 近衛兵は、俺の顔を見る。


「どうでしょうか?」


 それは、相変わらずの期待の眼差しである。

 ところで、この剣はあくまでも観光資源である。仮に、この剣が引き抜けないとなると、観光客の自尊心を無意味に傷つけることになり、観光資源として立ち行かなくなる。だからこそ、いくら雰囲気があるからといっても、引き抜けないはずはない。


 俺は、巨石の上に登る。


「我こそが、世界に平和をもたらす者なり!」


 俺は宣誓の上、剣の柄に手をかける。


「んんーー!」


 ところが、不思議なことに、両手で引いてもびくともしない。

 左右に揺らしてみたり、逆に押し込んでみたりするが、動く気配すらない。


 ふと周囲を見渡すと、近衛兵達が、心配そうにこちらを見ている。

 手のひらに汗がにじむ。

 

 待て、待て。

 まだ、抜けないと決まったわけではない。

 これから、ちいとばかり本気を出すから、しばし、観覧しておくがよい。

 

 ところが、無慈悲にもアウグスタが言う。


「私がやる」


 アウグスタは、身を翻して巨石に登ってくる。

 やむなく、俺は剣の柄から手を離し、アウグスタが剣の柄を把持する。

 

 近衛兵達が叫ぶ。


「アウグスタ様、頑張って!」


 すると、剣刃がするりと姿を現す。

 何の感動もなく、一瞬で抜けてしまったのだ。


「あ……」


 アウグスタは俺の顔をチラ見して、その直後、とんでもない素早い動きで、剣刃を巨石に突き刺し直す。

 彼女は、そもそも剣など抜けていないかのように振る舞ったのである。


「……」


「……」


 その時。

 アウグスタの全身が、青白く発光する。

 稲光がその周囲を激しく踊り狂い、次第にその両手に収束していく。


「ああああ!」


 大きな掛け声とともに、剣刃は再び全身を衆目に晒す。

 アウグスタは剣先を天に向け、剣先からは目も眩むような稲妻が天に向かって走る。


「おおおお!」


 俺は、思わず後退りする。

 アウグスタは、剣先を左右に一閃させ、宣言する。


「私は、アルデア王国のため、この剣を振るうと誓う!」


 近衛兵達がこれに続く。


「走る稲妻、切り裂く雷電!」


「それらを駆るのは、雷神アウグスタ!」


「彼女が手にするのは!」


「湖の乙女から引き継ぎし!」


「雷切り裂く白閃のフルグル!」


 アウグスタは、近衛兵達に囲まれ、称賛を受けている。

 そこで、彼女は珍しく笑顔を見せる。その笑顔は、見る者をはっとさせるほどに美しい。


 彼女は、剣技に戦闘に馬術にと、あらゆることに秀でている。

 時に厳格に、時に柔和に人と接し、必要であれば、黙々と俺のフォローもする。まさに、リーダーであり、皆から好かれる人格者でもある。

 彼女は、確かに英雄の中の英雄だ。

 

 ほーーん。

 凄い凄い。で? それで?



 

 さらに、一日の行程をたどり、俺達は、王城に到着する。

 長旅のせいで、体の節々が痛い。

 ベッドに身を投げ出してしまいたいところである。

 

 しかし、廊下を歩いている最中に、複数人に取り囲まれ、質問を受ける。


「教えてください、双剣の英雄。アレッツォの一騎がけに、どのような意味があるのですか?」


 俺は、仕方なく一言答える。


「指揮官の役割は、最後尾に居座っていることだけではないということだ」


 すると、観客は口々に理解を示す。


「なるほどッ! 戦況が刻々と変わる戦場を想定して、機動的な本営を作る! これは記録して後世に残さねば」


「慎みなさい。今のお言葉、そのような表層的な理解は許されない。『最後尾』とはすなわち一つの概念を指し、『前線』とは対立概念を指す。つまり、相反する二つの概念において、その垣根を取り崩す試みの重要性を言い表したものだ」


「まさに、この世の全てが凝縮された名言ですな。その理論的価値は果てしない」


 さらに質問を受ける。


「では、ゴタール回廊では天候を操り、霧を発生させたと聞きますが、それはどのような魔術なのですか?」


 俺は、投げ槍に答える。


「あれは、カタリナの最も得意な魔術の一つだ」


 俺は、後でカタリナから苦言を呈されることだろう。


「吾輩であれば、ゴタール回廊に飛び込まず、森林を切り開いて北上した。何故、敵軍が罠を仕掛けていると知りながら、あえて回廊を通ったのですかな?」


 俺は、回廊に罠が仕掛けられているとは思いもしなかったのであるから、言葉の返しようがない。

 ところが、他の有識者が俺の代わりに答えてくれる。

 

「馬鹿。メルクリオ様は、相手の有利を逆手に取って、相手の殲滅を狙ったからに決まっているじゃないか!」


「ぬぬ。吾輩の完敗である。若輩が偉そうなことを言ってしまったこと、謝罪をさせていただく」


「しかし、何故、お得意の騎兵を使わなかったのです? 拙者ならば、重騎兵を突貫させて、敵軍の陣形を突き崩したことでしょう。恐れながら、らしくないのではないですか?」


「阿呆! メルクリオ様は、固定観念にとらわれる方じゃない。その戦場ごとに最適の戦術を編み出して、最高のパフォーマンスを発揮しているんだ。お前のように過去の成功体験にとらわれて眼の前の流動的な勝ち筋を見失うわけないじゃないか!」


「拙者、未熟なり」


「さすがはメルクリオ様。その深謀遠慮は半端がない!」


 俺を置いてきぼりにして、当人同士で納得し、会話が進んでいく。

 俺、もう行っちゃうからね?




 自室に入ると、グラディウスをテーブルに置き、窓を開け放つ。

 さわやかな空気が流れ込んでくる。 

 同時に、階上から何やら聞こえてくる。


「やれやれ、宰相にも困ったものだ、英雄英雄と騒ぎ立て、皆もそれに乗せられ浮かれておる」


「まあったくですぞ。我らがこれまでの苦労を気にもとめず、英雄達に対してのみ論功行賞とは!」


「しかし、まずいですな。英雄達が一つの勢力を作り始めておる。宰相は、臣民からの信頼を盾に、英雄達に強大な力を与えて、我らを出し抜こうとしておるのではないか?」


「まさにそのとおり。宰相は、我ら有力貴族との協同を打ち切り、貴族制を形だけにして、王家に力を集中するつもりなのでしょう。恐ろしいことですぞ」


「デルモナコ伯とは連絡が取れぬのか? 彼ならば妙案を用意するであろう」


「すぐにでも連絡します。しかし、イーヴォ殿が次の選挙で枢機卿の座につきさえすれば、教会からも王国に圧力をかけていただけるというのに」


「何を仰る。私はただ神の御言葉を伝える者。命じられればその任につくだけ。そのような権力欲は一切、一切持ち合わせておらぬ」


「さてさて。もちろん貴方様が聖人でいらっしゃるのは十分に存じておりますとも。ところで、未来の猊下。枢機卿になられた暁にはキアラ姫とのご成婚、必ずやこのフッチが仲立ちさせていただきますぞ」


「はて、何のことですかな」


「むしろ何もせずとも、あちらからあの豊満な肢体を貴方様に預けて来るやもしれぬ。いやはや困りますなあ」


「破廉恥ですぞ、ウヒヒヒ」


 なんだか、聞いてはいけないディープなものを聞いてしまった気がする。


 その時。

 英雄達が、扉をノックして容赦なくぞろぞろと侵入してくる。


 ヴィゴが、要件を明らかにする。

 

「国王がお呼びだぜ。論功行賞が行われるって噂だ」


 カタリナが続く。


「今回、君はなかなかいい働きをしたと思うんだけど、何が貰えると思う? 何が欲しい?」


「それはもちろん……」


 莫大な富に永遠の名誉、そして圧倒的な権力。


「ハハッ。悪人面だね、君」

 

 俺は、先程の悪徳貴族どもと同じような顔をしているのかもしれない。


「だったら、君はどうなんだ?」


「あたし? そりゃあ、魔法学校の校長にでも推薦してもらおうかなあ。もっともっと魔術の深淵を極めたいからね」


「意外だなああ。金とかいい男とか、もっと即物的な願いを言うものだと思っていた」


「ギイイ! あたし、高尚だから! ガクモンとか好きだから! そういうタイプだから!」




 俺達は、大広間でペーター王に謁見する。

 大広間の内側は、臣民で溢れかえっているが、その雰囲気は厳粛にして静謐である。


 ペーター王は、階上から声を掛ける。


「始祖アウグスタ、お進みください」


 アウグスタはしずしずと進み、階下に控える。

 かすかな違和感を感じる。七英雄の代表は、俺ではなかったのだ。


 ペーター王は、厳かに話を始める。


「今回の北進は、七英雄の活躍なしには語りえない。野戦、回廊の戦い、攻城戦。いずれにおいても、卓越した七英雄の能力により、終始敵国を圧倒したのは周知のとおり」


 カタリナが軽く頷く。


「もっとも、我々は七英雄を評価する立場にない。しかし、条理として貴方方の功績に報いないわけにもいかない。そこで、七英雄に王国騎士カバリエレの称号を与えたい。いかがかな?」


 対して、アウグスタは即答する。


「謹んで」


 俺達は、王国で本採用となった。

 しかし、騎士位は、伯爵位よりも遥かに下位ではないか。

 もやもやする。あまり評価されていないようである。 

 少なくとも、アウグスタが即答したのはいただけない。もっと粘るべきではなかったのか。

 

 階上に目をやると、ペーター王が相好を崩している。

 周囲に目をやる。英雄達は特段落胆した様子もない。

 となると、俺は、俺のことを過大評価しているのかもしれない。


 次いで、騎士叙任式が始まる。


 代表のアウグスタは、ペーター王の前に片膝を立ててしゃがむ。

 ペーター王は、アウグスタの肩を、軽く長剣の腹で叩く。

 周囲は、固唾を飲んで式の進行を見守っている。


 ペーター王は興奮気味に続ける。


「今日から、七英雄の皆さんは俺の騎士です。ですが、俺が敬愛する方々でもあります。皆は、彼らを国賓として接するように」


 途端に、大広間には、割れんばかりの拍手が轟く。


 ヴィゴは軽く手を上げて、周りの拍手に応える。

 カタリナは、思惑が外れたのか、ぼけっとしている。

 あとの英雄達は、何を考えているのか、その顔色からは一向に読み取れない。


 ペーター王は、さらに俺達の側に駆け寄り、英雄の一人一人に声を掛けて回る。


「王城は自分の住まいだと思って、好きに使ってください。褒章の金子は追ってお届けします!」


 格式ばった儀礼は崩れていき、宰相が口を開く。


「では、これにて論功行賞を終え……」


「お待ちなさいッ!」


 唐突に、ずかずかと危険なキッドがしゃしゃりでてくる。


「さて、皆皆様。今回お集まりいただきましたるは論功行賞のためなどではございません。そうよ、これからがこの集まりの真の目的! さぁさぁさぁさぁ、私の大舞台の始まり、始まりいい!」

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