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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第五幕 老いをもたらす者
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03 幻獣回廊

 俺は怒りに任せて、剣を切り上げる。

 

 それよりも素早く、巨大蜘蛛は鋼鉄のような鋭い足先を、俺の体から引き抜く。

 蜘蛛の背中には、目と口を開いた狂気的人面が張り付いている。

 何事もなかったかのように、軽やかな動きで天井を素早く走り去っていく。


「臆病者め!」

 

 俺の腹部からは、とめどなく血液がほとばしる。

 眩暈を起こし、バランスを崩して台座に寄りかかる。

 洞窟内を奥から入口に向かって風が吹き抜け、台座にたかっていた羽虫達は一斉に流されていく。


 嫌な気配がして、俺は台座を蹴り、地べたを転がりつつ、一気にその場を離れる。

 その直後。

 台座は、蜘蛛の足先で、粉々に砕かれる。


 こいつは、脅したら逃げるような通常の蜘蛛ではない。

 ただ、ヒットアンドアウェイを正確にこなしているだけ。

 そして、威嚇のための攻撃でもない。

 計画的に俺を狩りにかかっている。


 天井まで3m近くある。

 このままでは、天井に張り付く蜘蛛には剣先が届かない。

 一方の巨大蜘蛛は、ぴったり地上まで届く、長くて鋭い足を持っており、俺を攻撃し放題だ。


 抵抗のないことに安堵したのか、蜘蛛は、俺の動きに恐れることなく、ただただ攻撃を仕掛けてくる。

 次から次に、槍の雨のように、蜘蛛の足が降り注いでくる。

 対する俺の動きは鈍い。

 最初の攻撃をもろに食らったのが響いている。

 固くなった手足でもって攻撃を弾き、かろうじて致命報を避けてはいるが、各所に裂傷を追う。

 このままでは埒が明かない。


「うぉおお!」


 俺は、転がっているネズミの死骸を蜘蛛に向かってぶんなげる。

 と同時に、ネズミを避けて手前に進んだ蜘蛛に向かって、飛び跳ねる。


 一気に天井に達し、そのまま、手足の異常な握力でもって天井の凹凸をつかむ。

 一閃。


 しかし、蜘蛛はあっさりとこれを避ける。

 さらに、目にもとまらぬ凄まじい勢いで、洞窟内を上から下まで螺旋状に走り回り、奥へと逃げ去っていく。

 障害物は、全て顎でかみ砕き、まるで、平坦な野原を進むかのようだ。

 俺も蜘蛛の動きをまねて、全力でこれを追いかけるが、残念ながら、蜘蛛の方が動きは速く、あっという間に、距離を開けられ、やがて、その姿を見失ってしまった。




 と見せかけて、俺が油断したところを、また攻撃してくるつもりなのだろう。

 このままでは、一方的に攻撃を加えられ続けてしまう。

 対策を練らなくてはならない。


 服の端を切り裂き、これでもって出血した腹周りを強く抑える。

 既に再生が始まっている。人間離れしている。

 この異常な回復力は、一度失われたはずだ。

 一体どうなっているのだろうか。


 そもそも、俺は、つい先日王城で死んだのではないのか。

 俺の指輪も、そこで俺が潰えることを明確に示していたはずだ。


 ……。

 深く考えるのはやめておこう。


 さて。

 蜘蛛の方が、俺よりも数段速く動く。


 ならば罠を仕掛けようか。

 しかし、このおびただしい凹凸を含んだ閉鎖的な空間を、まるで無重力空間のように自在に歩き回る奴に通用するだろうか。

 むしろ、地形を熟知している奴の方に有利だ。

 

 ならば、飛び道具が欲しい。

 石つぶてを用意するか。

 しかし、一体に生えている鍾乳石を削り取ろうにも、あの鋼鉄のような皮膚にダメージを与えることができるとは思えない。

 もっと鋭利で、固い素材が必要だ。


 手元にあるのは、剣と鎖。

 この剣は、エクスクルジオと呼ばれ、かつて双剣の英雄が使用していたそうだ。

 しかし、俺では、この剣の本来の力を発揮することはできない。


 ならば、本来的ではない使い方で使用するべきだ。

 やってみる価値はある。


 鎖鎌の鎌を剣で代替し、剣の柄に鎖の先端を結びつける。

 剣を投擲し、鎖で回収する仕組みだ。


 鎖を振り回し、試しに一投。

 遠心力がうまく剣に伝わらず、勢いを削がれた剣先は天井には向かっていくが、そこで弾かれ、無様に落下してくる。

 失敗だ。

 しかし、指輪の力のおかげで、身体の動かし方と剣の軌道の因果関係は客観的に把握できた。

 後は、練習を重ねて、体の動かし方を経験として蓄積し、剣の軌道を微修正していくだけだ。

 

 気が付けば、何十投も終え、天井は鋭くえぐられて、ぼろぼろとなっている。

 体力回復のため、老人からもらった乾燥した豆を一粒かじる。

 やたら酸っぱい。




「蜘蛛さん、どこにいきましたか? お兄さんが存分に遊んであげますよぉ! キヒヒヒ」 


 独り言で心細さを紛らわせつつも、鍾乳洞の奥へと慎重に歩を進める。

 至る所に、臓物だけが食われた動物の死骸が転がっており、残忍な捕食者の存在を再認識させる。


 しばらく進むと、天井から巨大な鍾乳石のつららが生えている。

 しかし、よくよく見ると、つららの中心部には窪みがあり、怪しげな貝の足のようなものが覗いている。

 微細に震えており、まるで伸びをしてくつろいでいる様子だ。


 こいつは、俺に攻撃をしてくるタイプの生物だろうか。

 それとも平和主義者だろうか。


 新たに現れた貝足野郎に注意を払っていると、その影からのっそりと巨大蜘蛛が姿を現した。

 

 先手必勝。


 俺は、体に巻き付けた鎖を取り外し、両手で構える。

 右手で素早く鎖を2回転させ、鎖の先に取り付けた黒剣を投擲する。


 蜘蛛は、僅かな動きで貝足の影に隠れ、剣先から逃れる。

 投擲後、体を硬直させた俺の隙きを狙い、次の瞬間には桁違いの素早さで、俺に肉薄してくる。


 俺は慌てて、鎖を引っ張り、黒剣を回収しようとするも、間に合わない。

 鋭く振り下ろされた鋼鉄の足を、手元の鎖でもって何とか押しとどめ、脇に逸らす。


 しかし、ここぞとばかりに、蜘蛛の8本の足が、次々に俺に襲い掛かる。

 鎖だけではさばき切れない。


 固くなった手足でもって、致命傷足りうる刺突のみを避け、なんとか受け流し続ける。

 流された鋼鉄の足のために、周囲の床は、鋭くえぐられ、陥没していく。

 このまま何発も、受けきれるものではない。


 ようやく、黒剣が手元に戻ってきた。

 その様子を見て、蜘蛛は、素早く距離を取る。

 リスクを取らない主義なのだ。


 再度投擲をしても、蜘蛛の動きを捕らえることはできないだろう。

 奴は、洞窟の凹凸を利用して、投擲の届かぬ所へ隠れてしまう。


 それでも、俺は貝足に接近し、右から左に向かって大きく腕を振り、貝足に向かって鎖を投げつける。

  

 蜘蛛はあざ笑うかのように、鎖をちょいとかわして、再び接近してくる。

 3本の足を絡ませ、1本の槍として繰り出すべく、体に引き寄せ、構えている。

 その一撃で、決着を付けるつもりのようだ。


 俺は投擲と同時に、左へと全力で飛び跳ねる。

 壁面に激突し、そのまま動きを止めた俺に、蜘蛛は必殺の一撃を突き出す。

 

 その直前。

 放たれた鎖は、貝足の突起を迂回して、素早く回転。

 黒剣の剣先は、俺の計算通り、一撃を放つためにがら空きとなった蜘蛛の後背を急襲する。


 あえなく一本の足を失った蜘蛛は絶叫をあげ、慎重に後退する。

 

 すると、今まで戦いを静観していた貝足が、何の脈絡もなく、窪みから姿を隠す。

 代わりに、その窪みから、まるで火にくべられた薬缶のごとく、勢いよく緑の蒸気を噴き出してきた。


 近くに居座り、もろに蒸気を浴びた蜘蛛の皮膚は、泡のように膨れ、見る見るうちに爛れていく。

 それでも、ずるずると巨体を引きずり、後ずさっていく。


 この蒸気は、俺にとっても危険だ。

 俺は、再び黒剣を貝足に向かって投げつけるが、貝足を守る外殻は金属音をたてて、これを弾く。

 ならば、蒸気を浴びないように、早々にこの場を立ち去らねばならない。


 蒸気の切れ目を狙い、俺は、蜘蛛の跡を追って全力でダッシュし、先へと進む。




 全身に重傷を負い、蜘蛛はよたよたと奥へと逃げていく。

 しかし、急に洞窟の幅が狭くなり、俺は満足に走れず、追いつくことはできない。

 さらに進むと、今度は、床や壁が妙に柔らかくなった。

 見た目は今までの鍾乳洞と全く変わらないというのに。

 歩きにくいことこの上ない。


 前方には壁が感じられる。行きどまりだろうか。

 引き返すか。しかし、今までずっと一本道であった。

 他には道がない。この地下道は、どこにも通じていなかったということか。


 天井からは、幾本もの鍾乳石の突起がぶら下がっている。

 蜘蛛が、その突起に触れた瞬間。

 洞窟全体が小刻みに震えだす。


「もるぉおおおおおおおお!」


 どこからともなく、大きな声が聞こえる。

 揺れはさらに激しくなる。

 突起はもはや、鍾乳石の様相ではなく、イカの触手のように自在に動き、蜘蛛にまとわりつき、固いものを破砕するかのような音を立てて、圧搾していく。

 洞窟の天井は下がり、左右の壁は狭まる。


 途方に暮れて立ち尽くす俺。

 しかし、次の瞬間、前方の壁が僅かに開かれる。

 横長の穴。

 

 俺は意を決して穴に向かって全力で飛び跳ねる。首尾よく抜け出る。

 外の世界は、しかし、相変わらず、鍾乳洞。

 

 飛び出た瞬間、ガバンという凄まじい音が鳴り響く。


 慌てて振り返ると、目と鼻の先に、巨大な人面が鎮座している。そいつが、洞窟を覆い尽くしている。

 巨大な歯を見せ、左耳から右耳まで裂けんばかりに口角が上がっている。とてもきれいな歯並びだ。

 首から下はなく、ただ、コロネパンのような芋虫状の胴体がつながっている。

 

 いつからかはわからないが、このコロネパンの体内を歩いていたということか。

 俺は急いで立ち上がる。こんな化物といつまでも対面しているのは、居たたまれない。

 

 しかも、天井には、先ほどの貝足生物の突起がいくつも垂れ下がっている。

 いつ、あの危険な蒸気を噴き出してくるかわからない。


 コロネパンからの殺気を感じ、俺は背中を見せることなく、後ずさりをする。

 すると。


「ぷぅーーん!」


 コロネパンは可愛い声を出して、口から天然のシャボン玉を吹き出す。

 シャボン玉はゆっくりゆっくりと天井へ上がっていく。

 そして、貝足生物に接触し、優しく弾ける。


 しかし、同時に、あの貝足生物の固い外殻も木っ端みじんとなる。

 落ちてきた、無防備な貝足生物の中身。

 地べたに落下した途端、微細な動きを止める。

 呆気なく死んでしまったようだ。


 貝足の死骸を目掛けて、コロネパンはゆっくりと移動を開始する。

 芋虫状の部位が伸縮し、すこぶる気持ちが悪い。

 一見、その表皮は柔らかそうにも見えるが、その実、確実に行き先を邪魔する固い岩盤を削り取っている。


 やばい!

 俺は、背中を見せて逃走する。


 それに気付いてしまったコロネパンは、常軌を逸した勢いで伸縮を開始し、驚くべきスピードで追撃してくる。

 我こそ洞窟内の王者と言わんばかりに、洞窟内の全ての物体を破壊しつくし、暴走機関車として進撃を開始したのだ。

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