17 一時休戦
俺のいない間に、王国軍はコルビジェリ城を陥落せしめた。
ヴィゴの話によれば、王国軍は既に入城を済ませたとのことである。
俺は、ヴィゴ配下の馬を借り、ヴィゴやカエサルとともに北上する。目的地はコルビジェリ城である。俺は、王国軍に合流しようとしているのである。
つい先程まで、俺は、王国軍を見捨てて、元の世界に戻るものと決めていた。それなのに、何故、今、王国軍に戻ろうとしているのだろうか。
そもそも、王国軍に戻った後、俺をどのような未来が待ち受けているのだろうか。
俺が王国軍から逃亡したのは事実である。いまさら戻ったところで、逃亡をなかったことには出来ず、罰を逃れることも出来ない。
加えて、王国の臣民は、俺の行動を見て、さぞかし失望していることだろう。怒り狂っているかもしれない。俺は、そのような負の感情を引き受けることになる。
さらに、コルビジェリ城が陥落しようとも、帝国軍が大軍でもって押し寄せている事実に変わりはない。仮に、俺が指揮官に復任できるとしても、俺は、圧倒的不利な状況下で、不得手な戦を勝ち続けなければならないこととなる。
つまり、戻ったところで、何もいいことはない。むしろ、厄介事が目白押しである。
それでも、俺はためらわない。
確信がある。
この階段の先には、さらなる高みへ通ずる階段がある。
運命の見えざる手が、降りかかるあらゆる困難を捻じ曲げて、俺を、その遥かな高みへと連れて行ってくれるはずだ。
真夜中。
俺は、コルビジェリ城に到達する。
「双剣の英雄が帰還した!」
番兵が大声を上げる。
その声音には、俺に対する失望もなければ、称賛もないように思える。
ところが、俺が門を潜り、入城した瞬間。
王国軍の兵士達は、俺達を一斉に囲み、迫り寄って来る。
ヴィゴが兵士達を短槍で威嚇し、追い払う。そこで、兵士達はやむなく花道を形成する。
俺達は、その花道を通って、中央の監視塔に向かう。
その道すがら。
はたして、兵士達は口々に叫ぶ。
「この城を見てくださいよ、英雄殿!」
「俺達は、きっちり城を分捕ってやりましたよ!」
「やる時はやるんだよ、俺達!」
俺がいなくても、問題ないと言わんばかりである。
「とはいえ、英雄殿の秘策のおかげだ!」
「あれがなければ、陥落まで三か月はかかっていた!」
「さすがは、天才軍師!」
投げかけられたのは、俺に対する誉め言葉である。
俺は、ふと心が軽くなる。少なくとも、一般兵士達は、決して俺に失望していないのである。むしろ、その理由はわからないが、俺に対する評価はうなぎのぼりのようだ。
「英雄殿は、邪なる者を探していたと聞きましたが?」
ふと、質問が投げかけられる。
これに対し、ヴィゴが答える。
「奴は、暗黒教団の枢機卿だった。お前達のメルクリオ様は、その枢機卿を瞬殺したのだ!」
そこで、ヴィゴは唐突に俺を振り返る。
「ですよね、メルクリオ殿?」
「あぁ、いかにも!」
それを聞いて、兵士達は大いにはしゃぐ。
「うぉおおおお!」
「枢機卿すら相手にならないと仰る!」
「我らの双剣こそ最強だ!」
監視塔の一室に入る。
そこには、アルとペーター王がいる。背後には、英雄や近衛兵達が控えている。
皆、緊張した面持ちである。
その緊張を破り、アルが俺に飛びついてくる。
「よかったあ……。本当に」
「……」
ペーター王が説明する。
「アルは、メルクリオ様の秘策を遂行してくれました。秘策の内容を聞いたとき、誰もが不可能だと思ったのですが、結果は御覧のとおりです」
「僕は、メルクリオ様に言われたことをやっただけです! 本当に凄いのは、メルクリオ様です!」
対して、俺は鷹揚に頷いてみせる。
「そうか。あの作戦がうまく行ったのだな」
俺の秘策によって、この堅牢そうな城を短期間で落とせたという。その秘策はきっと凄いものに違いない。
しかし、そもそも、俺は秘策を練り上げた記憶などない。
となると、おそらく、アルが、俺の言葉を勝手に解釈して、凄い秘策に仕立て上げ、しかも、その秘策を見事に実現してしまったのだろう。
アルは、つい先日まで非戦闘員であったはずだ。
それが、既に俺以上の軍師の才能を発揮し始めている。ひょっとすると、その才能は天性のものなのかもしれない。
なんだか、自信を失いそうだ。
そんな俺の内情はさておき、周りを見渡すと、俺は、尊敬の眼差しを向けられている。
ペーター王は、彼らを代表し、神妙な面持ちを作って喋り始める。
「さすがはメルクリオ様。ですが、我々も反省しました。貴方様を頼ってばかりいるのではなく、自分達も努力しなければいけないと思いました」
さらに、ペーター王は続ける。
「メルクリオ様におかれましては、我々を見捨てることなく、これからも、どうか我々をお導きください」
王の発言に続き、近衛兵達は一斉に片膝を地につき、恭しく俺に対して頭を垂れる。そこには、不思議な空間が広がっている。
俺は、責任感を感じて言葉を投げかける。
「皆、よくやってくれた。この攻城戦は、我々にとって得難い経験となろう。ともあれ、ゆっくりと体を休めてくれ給え」
俺は、何ら咎められることなく、むしろ、何かをやり遂げたかのようにして、褒めたたえられている。
俺は、すっかりと心を安堵させる。
散会の後、英雄達が俺を取り囲む。
ツリ目の英雄が、鋭い口調で問い詰めてくる。
「暗黒教団と一戦交えたときく」
「そのとおりだ」
「何故一人で動いた?」
「大勢で動くと間隙ができる。それに、私の力で十分に対処できると判断した」
「だとしても、予め私に相談しなかったのは何故だ?」
そこに、トンガリ帽のカタリナが割って入る。
「ロビン兄さんさぁ。そんな言い方しなくてもいいんじゃない? だって、この人はメルクリオなんだよ」
「私は不愉快だ。君は、我々の存在を軽んじているように思える」
ロビンはそっぽを向き、勢いに任せてその場を去る。
それを、カタリナがフォローする。
「ロビン兄さんはさ、君のように活躍が出来なかったんだ。だから、ちょっと気難しくなっちゃってるってわけ。ほんと、気にしないでいいからね」
ヴィゴが続く。
「もう一人気難しい奴がいる。彼女が、お前の代わりに攻城戦の指揮を執ったんだぜ。声を掛けてやれって」
英雄達は、つまらない気を利かして、俺とアウグスタを残してその場を去る。
「メルクリオ!」
はたして、アウグスタが言い放つ。
その目つきは鋭く、彼女だけは、騙すことが出来ないように思える。
「貴方が、戦いから逃げたという者もいる」
ほら来た。いきなりの本題である。
「そんなはずあるまい。私はメルクリオだ」
苦しい言い訳である。
「貴方にとって、我々は何なのだろうか?」
「……」
「私は、貴方を仲間だと思っている」
「私も同じ思いでいる」
「だからこそ、私は、貴方を信じていた」
「え?」
「絶対に戻ってきてくれると信じていた」
「……」
「貴方は、今回の作戦を立案した。今回の勝利は、その作戦によって得たものだ」
「急に褒めてくるじゃないか」
「私は、総指揮を務めた。重騎兵を率いて、敵軍の騎兵を殲滅した」
「勇ましいな」
アウグスタは、唐突に俺の手の平を把持する。
その眼差しは真剣そのものであり、俺の目を覗き込んでいる。
「私は誰にも負けない。だから、私をもっと頼って欲しい」
「もちろん、私も貴女を信用している。私を負かせるのは、貴女ぐらいのものだからな」
「ありがとう」
「貴女が私を守り、私が貴女を守り、貴女と共に並んで、前へ進んでいきたいと思っている」
アウグスタは、それを聞いて、驚くほどに安らかな顔をする。
出まかせに捲し立ててみたものの、好感触だったようだ。
こうして、俺は何もすることなく、コルビジェリ城の陥落に成功した。
ところで、もし、我軍が、コルビジェリ城の攻城戦に時間を食っていたならば、大要塞の帝国軍が南下し、我軍は挟撃されていたことだろう。
しかし、我軍は短期間で城を陥落せしめ、籠城可能な城を手に入れた。
結果、帝国軍は、もはや我軍を挟撃することはかなわず、さらに、不用意な進撃はできなくなったのである。
とはいえ、これで戦争が終わりというわけでもない。
敵軍は健在である。
まず、コルビジェリ城から大要塞に北上するルートは二つあり、山間の道と海沿いの道がある。
いずれの街道沿いにも複数の砦が築かれており、各砦にはコルビジェリ軍の生き残りが駐留している。兵数はもはや僅かではあるが、無視できない勢力である。
さらに、帝国軍は、無傷の状態で大要塞に駐屯している。
それを踏まえて、我軍は、ここで一旦進撃をストップさせる。
仮に、我軍が山間の道を進めば、帝国軍はがら空きの海沿いの道を通って、コルビジェリ城に仕掛けてくるだろう。逆の道を進んだ場合も、同じである。
しかし、だからといって、我軍が部隊を二つに分けて同時侵攻するというのも難しい。
半分の兵数になった各部隊は、帝国軍に、容易に打ち破られてしまうからである。
もっとも、我軍が何も動いていないわけではない。
斥候を大量に放ち、敵軍の動きを注視しているのである。
目下の関心事は、帝国軍が、いつ侵攻を開始するかである。
仮に、帝国軍がすぐに動くならば、我軍は、コルビジェリ軍を放っておき、コルビジェリ城にて帝国軍を迎撃すべきである。
戦っている間に、我軍の第二陣も到着することだろう。
もし、帝国軍がすぐに動かないというならば、コルビジェリ軍の生き残りを順次狩っていくべきである。
いずれを選択すべきか、今、俺は測りかねているのである。
翌日、翌々日になっても、斥候から緊急の連絡はない。
結局、帝国軍が南下する気配は、まるでないのである。
イクセルが鼻で笑う。
「それは、そうじゃろう。城攻めには相手の三倍、四倍の人数が入用じゃからな。そんな人数、敵は動かせんっちゅうことじゃ」
しばらくして、突然、コルビジェリ軍から使者がやってくる。
彼は、帝国軍の代表を名乗り、帝国と王国との一か月間の休戦協定を申し込んでくる。
対して、ペーター王は好戦的である。
「その一か月の間に、コルビジェリは傭兵を集めて、兵力を増強するつもりなのでしょう。受け入れてやる必要はありませんね」
一方のレオナルディ公爵ルイジは、消極的である。
「とはいえ、こちらとて、大要塞を落とすには戦力が足りません。第二陣の到着を待って侵撃を再開すべきであって、直近の休戦は、むしろありがたい申出です」
俺も、公爵ルイジに賛成である。
コルビジェリ軍をしばらく放置しようとも、もはや、我軍にとって脅威になるとは思えない。
それよりも、我軍の最終目的は、大要塞の陥落である。そして、大要塞に籠る帝国軍の兵数は、我軍のそれを遥かに凌ぐ。
ここで、一旦我軍の戦力を増強し、その上で、満を持して、帝国軍との決戦に挑むべきなのである。
俺が口を開く直前。
アウグスタが決定する。
「休戦の申出を受け入れよう。今は第二陣の到着を待つ時だと考える」
アウグスタは、俺の顔を見る。
「雷神がそういうのであれば」