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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第四幕 平和をもたらす者
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31 不協和音

 王都中からオレンジが消えた。とある商人が買い占めたらしい。


 オレンジはどこにいったのか、そして、買い占めた理由は何か、すぐにその商人を調査しなければならない。

 俺は、城内を、杖を突きながらも大股で闊歩する。玄関前の広間に踏み入った瞬間、そこに控えていた数多くの衛士が一斉に静まり返り、整然と居並び、俺に向かって姿勢を正す。

 俺がそのまま玄関に差し掛かると、背後から衛士がぞろぞろと付いてくる。その数、100人にものぼる。


「閣下、今しばらくお待ちくださいませ。すぐに馬車の準備が整います故」


 ジーナが俺を諫める。


「彼らも私に付いてくるというのか?」


「そのとおりです」


 それは窮屈だ。


「まるで、王様のようだな。しかし、行列を為していては機動性を欠く。護衛は腕の立つ者を数人で構わない。すぐに発てるようにせよ」


「はッ」


「ならば、私が行こう」


 ジーナを押しとどめ、レイピアを腰に帯びたブリジッタが進み出る。


「お一人では心許ないでしょう。私もお供しますぞ」


 次に進み出たのは、ずんぐりむっくりの近衛隊長レオ。

 二人を連れて、件の商人の下へと急行する。




「何度言ったらわかるんだ? 直接、各男爵家を回って来いと言っているだろう! 大麦畑やら小麦畑を根こそぎ買いつけてくるんだ。金ならいくらでも出す」


「へい」


「わかったら、さっさと行きな! ったく、アルデア人ってのは、本当に使いもんになんねぇなぁ。だから劣等人種扱いで、安くでしか売れねぇんだよ」


 背の高いやせた男に怒鳴られた小間使いは、慌てふためきながら去っていく。

 

 公会堂の近くの一等地に、その商人は巨大な商館を構えている。外装は最低限ではあるが、その堂々たる佇まいは、並々ならぬ威圧感を感じさせる。

 商人の名はスマイリー商会。世界の各地にネットワークを広げ、世界の流通を一手に担う巨大商社だ。はては、俺の人身まで売り飛ばした、利益第一主義の血も涙もない奴らだ。


「テオじゃないか?」


 唐突に近衛隊長のレオが商人に呼びかける。


「ん? ひょっとして、レオか?」


「閣下、彼は昔、閣下の父君の側仕えをしていたテオにございます」


 彼の顔はどこかで見たことがある。それは大運河の工事現場だったろうか。


「君がスマイリー商会の王都支部の責任者か?」


「そのとおりですがぁ」


「こちらは、ルイジ様のご子息にして大元帥閣下、レンゾ様だ。失礼のないように」


「そいつは、お会いできて光栄ですぁ」


「なかなか羽振りがいいようだな」


「とんでもありません。慎ましくやらせてもらっています」


「我が家を去った後、スマイリー商会に入ったというわけだな?」


「いろいろと仕事を変えているうちに、お声がかかり、こうして細々とやらせてもらっています」


「へりくだる必要はない。それよりも、オレンジの話が聞きたい。君が王都のオレンジを全て買い占めたというのか?」


「ええ、まぁ」


「何故だ?」


「上からの指示としか言えませんなぁ」


「こらっ、それは、大元帥閣下に対する態度ではないぞ」


「でも、なんもやましいことはしていませんよ。ちゃあんと金は払っています。それも通常の倍の額を。俺達は王都からオレンジを奪おうって腹積もりじゃあないですからね。それ以上の値段を払えば、誰でも、オレンジを買い付けることはできるでしょうよ」


「買い付けたオレンジは、どこへ売る?」


「さぁねぇ」


「隠す必要はなかろう。私はスマイリー商会には世話になっているし、これからも仲良くやっていきたいと思っている。かつて我が家に忠節を働いた君を罰するつもりなどないし、罰する根拠となる掟もない」


「ま、そうくるでしょうね。私も閣下の父君には随分とお世話になったので、ここはあえて閣下にだけは特別に申しましょうか。それはですねぇ、まぁ、共和国の商人にですね。高値で引き取ってもらっておるわけで。あ、取引を真似ようとしても駄目ですよ。取引先はこちらで押さえてますんで」


「それは素晴らしい手練手管だ。しかし、元々オレンジの原産は南の大陸にあるという。ならば、わざわざ王国から仕入れる必要はないのではないか?」


「おわかりになっていらっしゃらない。これは、単なる一段階目にすぎないのですよ、閣下」


「ほう」


「まずは、共和国内のオレンジの販売ルートにあたりを付けるということです」


「では、二段階目は、先ほどの畑の買取の話につながるのか?」


「鋭い! つまり、畑を潰し、土壌改良し、オレンジを植えるのです」


「オレンジ農園を経営するというのか。しかし……」


「既にデルモナコ様から、借金のかたとして領地の南半分を提供してもらっているのですよ。準備は着々と進んでいるのです」


「わざわざ王国でやらなくてもよかろうに」


「肝はですね、現地の人間を十把一からげで貴族から買い取り、ただ同然でオレンジ農場の労働者として使う。そしたら、共和国向けのオレンジを格安で提供できるって寸法ですぁ。どうです? 凄い錬金術じゃあないですか」


 いつの間にか、我国の食料事情の柱となる小麦・大麦畑が潰され、オレンジ農園に塗り替えられていく。しかも、そのオレンジは共和国向けに輸出されるという従属的体制を取るのであって、自国民の腹には納まらない。ついでに、自国民が他国企業によってひたすらに搾取される。

 俺には、王国に対する愛などないが、それでも、あんまりだとは思う。


「しかし、貴族が簡単に農奴を手放すとは思えんが」


「ところがです。貴族の間では、子爵家の復興の奇跡にあてられましてね。閣下の功徳の外見だけを真似して、貴族はこぞって金を得ることに執着を見せ始めているのです。金こそが力、ってね」


「とんだ勘違いだ。領民あっての領主だろうに」


「しかし、金さえあれば、というのには賛同できますね。現に、かつて私を馬鹿にしていた奴らも、今では仲良く私の奴隷として働いていますからね。彼らを日々いびってやるのが楽しくて楽しくて。クックック」


 その商取引はどこかいびつである。しかし、俺は、この事態を正すことができるのだろうか。


 ここにきて、スマイリー商会の力を再認識する。その背後にあるのは、紛れもなく共和国の強大な権勢。彼らは、軍事力のみならず、経済力においても、遥かに抜きんでており、その強大さにはただただ圧倒される。

 気が付けば、大陸は共和国に随分と浸食されているのだ。




「すっかりあいつは変わってしまいました」


 レオは珍しく悄然としている。


「彼はアルデア人を馬鹿にしていたが、彼自身はこの大陸の生まれではないというのか?」


「ルイジ様は、我々戦災孤児を拾ってくれたんです。あいつがどこの出身かは、私も知りません」


 声が反響する。俄かに、周囲の静けさに違和感を覚える。


 街角に差し掛かっている。周囲は建物で囲まれ視界が悪い。加えて、道幅も狭い。併せて、日の暮れる寸前であり、人気がない。

 屋根の上には、全身黒尽くめの男が一人。そして、もう一人。


 ゆっくりと放たれる投げナイフ。

 対するブリジッタは、レイピアを引き抜き、俺の前に立ちふさがる。彼女には、日常から非日常にスムーズに移行できる心強さがある。


「後ろからも一人!」


 俺は、飛び跳ねて背後から迫りくるナイフを避ける。と同時に、ブリジッタは前方から迫るナイフを叩き落とす。

 すると、既に黒尽くめの男達は、ナイフを握り、地を滑るようにしてこちらに迫る。 

 ブリジッタは慌てることなく、圧倒的な剣術で黒尽くめの男を翻弄する。一方のレオは剣を振り回し、かろうじて応戦を続ける。


 1合。2合。それだけで、暗殺は失敗したと判断したのか。

 黒尽くめの男達は、我々から距離を取り、背を向けて逃走する。ブリジッタはすぐに追いつけるものと認識したのか、これの追撃に移り、レオもこれに続く。


「できれば、身柄を確保せよ!」




 俺以外の全員が、街角の向こうへと姿を消した瞬間。


「先生。我々は、暗黒卿たる貴方の意思を継ぎ、精神の研磨を目指す秘密結社『神のフォルテッツォ』である」


 黒づくめの男が俺の前に立ち塞がる。


「そして、人々に物質的な虚栄をもたらし、世界を終焉に導く愚かな貴方に反省を促し、その罪に裁きを下すものでもある」


「高尚な文言はいらん。それよりも、君が何故、物質的な豊かさを悪と断じるのか、説明してみ給え」


「物を持つものは、それを失う時、渇きを得る。その渇きを避けるため、必要以上に物をため込む。そのためには、他人を蹴落とすことも厭わない。これすなわち、精神の劣化を意味する」


「物が揃ってこそ、充足される精神もある。そもそも、全ての人に、パンではなく、精神的高揚のみを頼りに生き延びよと強要するのは間違いだ。人々はその域に達してはいない」


「その精神、浅きに過ぎる!」


「誰に命じられた?」


「全員は一人であり、一人は全員である。これ以上の罪を重ねさせないためにも、その命絶つべし!」


「何をいう。私が足を止めることこそが、世界の損失であろうが」


「死すべし!」


 男は壊れそうになった自身のプライドを守るために、俺に襲い掛かる。

 そのナイフの動きは、暗殺を生業とするものを思わせる。足の不自由な俺では、とても避けきれない。


「ぐぎゃぁ」


 しかし、その剣先は俺には届かない。

 突然天から降ってきた液体が、黒尽くめの男を濡らす。すると、液体は形を変え、柱を生成し、彼の体を貫いて地面に縫い留めたのだ。


「いけません。こんな少人数で外出するなんて。大元帥ともなれば、誰に妬まれるとも知れないのですよ」


 振り向くと、そこには困り顔のデシカ伯爵が佇んでいる。


「たまたま、私が居合わせたから難を逃られたものの……」


「彼らが何者か、君は知っているか?」


「さぁて。ですが、難敵を排した後、武人は用済みとして暗殺されるのは世の常。十分に注意すべきでしょう」


「となると、王国内部の者か。私を消して得をするものは誰だろうか」


「その邪推はやめましょう。それは、いい結果を貴方にもたらすものとは思われないし、そんなことを打ち明けたところで、そもそも、私が貴方の味方とは限りませんよ」


「不安定なこの時期に、万が一の揺らぎも許されんと考える。団結を求める」


「だからこそ、貴方には両輪の一つとなっていただきたい。悪役になり下がりたくなければ、貴方が歩み寄るべきです」


「君の狙いが見えない」


「私はしがない地方領主の一人。この地位に縋りつきたいだけです。そのためには使えるものは使う、それだけです」


 デシカは言うなり、俺に背を見せ、黄昏の街角へと去っていく。




「済まない。私がしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。警護役失格だ」


 王城の執務室に戻った後、ブリジッタが真摯に謝ってくる。

 暗殺者の身柄はおさえたものの、すぐに毒薬を服用し、その場で自害して果てた。首謀者を洗い出すこともできず、不穏な空気だけが残ってしまった。


「気に病むな、知らないほうがいい時もあるというものだ」


 すると、まるで暴風雨のように、一人の男が執務室に飛び込んでくる。


「遂にあちらから動き出したようね。全くもって許しがたいことよ!」


 その男、ザンピエーリは珍しく怒りを見せている。もっとも、それは作り物の怒りなのかもしれない。

 ブリジッタは俺達の会話を邪魔しないように、静かに壁際に佇む。


「その可能性もなくはない。しかし、共和国が動いたとみるのが自然だろう。王都の軍事責任者は私だからな」


「それこそないわね。共和国はそんな強硬手段をとってくるほど、愚鈍ではないのよ」


「だとしても、宰相の犯行と見せかけて、宰相と私を争わせようという魂胆かもしれない。そして、一葉でも欠ければ、王国はその軌道を乱される。そういう時期にある」


「とはいえ、権勢に二人は並び立つものではないわ」


「国の事を思うならば、身を引くのもやむを得ぬ」


「今までのやり方を続けても事態が改善することはないってわかるわよね? だったら、新しいやり方を知っている貴方が立つべきじゃないかしら」


 彼もまた、戦争の終息が近づき、王国と帝国との終わりなき戦争により得てきた傭兵派遣ビジネスの基盤を失った。ならば、これに代わる新たな基盤が欲しいはず。そして、その光明を見出すために、俺に肩入れをしている。

 そうであれば、俺と宰相が争いになることを何ら忌避することはない。むしろ、内紛が起こることで、傭兵派遣ビジネスを再開できるとさえ考えていることだろう。

 だからこそ、彼の意見からは一定の距離をとるべきなのだ。


「そうか。やはり、そうであるか。ならば、いざという時には、貴卿の後ろ盾を期待しているぞ」




 真夜中。雑念を払うため、なおも執務室で作業を続ける。城の外からは、不気味なカラスの鳴き声が聞こえる。


「強い国は強い人間に導かれて成るもの。力が欲しいのでしょう?」


 まるで、俺の心の内を見透かしたかのように、問いかけてくるのはヘルミネ。いつものように、執務室にいつの間にか忍び込んでいる。

 その背後から美しい銀髪の老人が現れる。ヘルミネは老人を俺に紹介する。


「久しいな。今は、レンゾ・レオナルディ殿と呼べばいいのかな」


 俺は拳を握りしめ、黒い指輪を隠す。しかし、彼は既に俺の正体を見抜いているようだ。


「貴方はオーグ教団のインゴ教皇だな。帝国は敗れたというのに、こんなところで何をしている?」


「我々の行動原理はただ一つ。神の復活のみにある」


「王都で、その儀式を執り行うというのか?」


「選ばれし者よ。貴方が、その儀式、神の試練に臨むというのであれば、我々教団は貴方に従うことを約束する」


 力強い申し出ではある。


 成功者の足下には善悪問わず多くの人々が集い、そして群れる。彼らに道を示してやるのも、成功者の高貴なる義務ではある。

 しかし、倫理感の欠落した暗黒教団を手元に置き、彼らを制御するなどとは考えないほうがいい。逆に彼らに、とって食われてしまうだろう。


「激怒皇帝の次は俺を担ぐというのか? まったくもって、その忠誠心には問題があると考えざるを得ない」


「それも君の選択。我々はその意思を尊重することとする。必要があれば呼んでくれればいい。我々はいつでも、君のことを見ている。期待を込めて、な」

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