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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第四幕 平和をもたらす者
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29 英雄談義

 レオナルディ城からアルデア城を結ぶ大運河。

 その堤防が、遂に完成の時を迎える。

 元々古代帝国時代にその前身が築かれており、これを利用して建造したとはいえ、このような長大な構築物が僅か2年で完成することとなる。

 俺は、その企画から携わっていただけに、その感動はひとしおである。

 

 人類史にも残るであろうその瞬間を前にして、俺は自己顕示欲を抑えられない。

 何か、人々の記憶に残るパフォーマンスを用意したい。


 俺は、早速七英雄を呼び出す。七英雄は、所用のあるメルクリオ26世とイクセルを除き、身軽に参上してくれた。


「え? あたし達に、土のうを積めっていうわけ? しかも、この寒い時期に?」


 カタリナは早速顔をしかめる。


「200も積めば完成だ。君達英雄の力をもってすれば、余裕であろう」


 対して、ヴィゴが即答する。


「お任せください、閣下」


 続いて、イェルドは無言のまま大きく頷く。

 さらに、ロビンが続く。


「指示役でもよければ」


 どうやら、俺は、先の戦いで、彼らの信頼を勝ち得られたようだ。

 対して、ブリジッタは呟く。


「そのような下賤な……」


 彼女は、長きにわたり王国兵士と同じ目線に立ち、戦場を戦い抜いてきた。しかし、その生まれは高貴な貴族である。

 思わず本音が漏れたとしても、仕方のない事である。


 カタリナは、そんな彼女の言葉をうやむやにすべく、きっちりと嫌味を言ってくる。


「で、報酬はいくらなわけよ?」


「ない」


「は?」


「堤防の完成は大都市構想の第一計画の完成を意味する。そのような歴史的瞬間に立ち会うことで得られる栄誉と名声。それこそが、君達にとっての報酬だ」


「うまい事言いくるめられたような気がしなくもない」


 カタリナはそれ以上に反発してこない。言葉とは裏腹に、快諾してくれている。

 ところが、意外なことに、俺の言葉にいつも素直であるはずのヴィゴが、ここで俺に要望してくる。


「閣下も、ご一緒いただけるのですよね?」


 さも当然であるかのような一言であり、断りづらい。

 とはいえ、俺の身体も正常ではない。


「私は、英雄ではない」


「だとしても、我々の仲間です」


 断り切れそうにない。




 当日、五人の英雄と俺は、大運河沿いの河岸に集う。

 俺は、堤防の完成を広く喧伝しており、多くの庶民がその瞬間を目の当たりにすべく、集結している。


 作業工程は単純である。 

 あらかじめ、一箇所に積み上げられた土のうを、イェルドとヴィゴが担ぎ上げる。ロビンの指示に従い、堤防の未完成部分に仮置きする。

 次いで、俺が、仮置きされたものを整える。さらに、カタリナとブリジッタが、土のうで作られた斜面を大小の石で覆って、強度を高める。


 空が高い。冬の訪いは近いというのに、暖かい。少し動くと、僅かに汗ばむほどである。


「これはこっち。その方が安定するでしょ」


「うん……」


 カタリナがブリジッタに教授している。ブリジッタは決して、手先が器用ではないようだ。


「うーん。見てくれが悪い」


「ああああ、私には無理だ。このような作業は、得意な者がやればよい」


「そっかなぁ。でも、もう少し、一緒にやってみようよ」


「……。わかった」


「あたしさぁ。子供の頃から、親の手伝いをしていてさぁ。それで、親は石畳職人で、あたしも、こういうお仕事は得意なんだよ」


「……」


 二人の会話を何気なく聞き流していた。

 しかし、俺は、ふとカタリナの仕事が目に入る。そして、目を見張る。堤防の壁面が、驚くほどに整っているのである。

 俺は、作業の後、専門業者に補修を依頼するつもりであったが、その必要もなさそうだ。


「さすが、創造のカタリナ」


「今、それを言うんだ?」


 ところで、俺は、この作業を終えるまでに半日を想定していた。

 ところが、作業終了まで結局終日かかることとなった。


 俺が、自ら最後の一石を固定した瞬間。

 大空に空砲が鳴り響き、堤防の完成を存分に祝す。

 その場に集った市民達から、盛大な拍手が沸き起こる。


「さぁ、君達。堤防の前に並んでくれたまえ」


 泥まみれになった五人が勢ぞろいする。残念ながら、この時代に彼らの姿を残す写真機はない。

 ただ、俺は、彼らの勇姿を目に焼き付けたいと思ったのである。


 ところが、カタリナは、唐突に俺の腕を取り、五人の輪の中に俺を引っ張る。

 俺は抵抗する力もなく、為すがままにされる。


 そのまま六人は言葉もなく、立ち並んだまま、じっと完成した堤防の壁面を見る。

 壁面は、黄昏に照らし出され、赤く染まっている。


 ヴィゴが、唐突に破顔する。


「お嬢さんも、最後の方は、なかなかうまくやってるじゃないか」


 対して、ブリジッタは固まっている。

 それを見て、ロビンが続く。


「格好までも、カタリナを真似る必要はない」


 確かに、泥だらけのその姿は、決して貴族のようではない。


「兄さんさぁ。それって、あたしにも失礼だし、彼女にも失礼なんだからね」




その夜。

 船着き場近くの酒場に向かう。ディーノの嫁が経営している官庁御用達の店である。

 今夜は、俺が、貸し切りで予約している。


「よくぞ、いらした!」


 先に来ていたヴィゴが立ち上がる。

 つられて、ロビンとディーノがこちらを振り向く。

 さらに、カタリナが続く。


「絶対来ないと思ってた。偉くなっても、律儀なんだね」


 ブリジッタまでもがこちらを振り向く。

 俺は応える。


「盟友ロビンの送別会だ。出席しないわけにはいくまい」


 俺は、どっかりとロビンの隣に座り、ブドウ酒を注文する。

 ところで、ロビンは、いよいよ療養の旅に出ることになった。デシカ伯領にある温泉を巡る予定だそうだ。そこで、今回送別会を開催したのである。


 対して、ロビンは仏頂面で応える。


「つまらない気を利かせるものだ」


 しかし、彼は僅かに微笑んでいる。

 ややあって、ヴィゴが尋ねてくる。


「イクセル殿は、つかまりませんでしたか?」


「残念ながら無理だった。是非とも皆に集まって貰いたかったのだが、メルクリオ26世殿も所用があり、来られないそうだ」


 イクセルは例の庵を何度も訪ねたものの、会えずじまい。

 26世の方は、先の戦闘で怪我を負い、レオナルディ城で養生していると聞く。ちなみに、大元帥の任は解かれてしまったらしい。


 唐突に皆が口をつぐみ、やや、会話が途切れる。

 すると、中央に居座る詩人の歌声がこちらにまで聞こえてくる。


「その男、若くして大きな咎を背負い、城に閉じ込めらるる。それから7年。男は、王都に現る」


 うん?


「民は男を恐れるも、男は民に弁解せず。ただ、帝国との戦いに明け暮れる。北方にて帝国本軍を退け、東方にて帝国最強の暗黒騎士団を打ち砕き、風となって王都に舞い戻っては、漆黒の鎧を身にまとい、皇帝との激戦の後、遂にこれを一騎打ちにて討ち果たす」


 英雄達が俺の顔を穴のあくほどに見ている。気恥ずかしい。


「されども、民は、男に感謝を捧げることはない。民は、男が王都を守り抜いたことを知らないのである」


 詩人は声を荒げて唄い始める。


「ツグミよ、ツグミ。天から地上を見渡すお前が、どうか皆に知らせてやってはくれないか。かの男こそが英雄なのであると。かの男こそが真なる善であると」


 俺は女給を呼び止め、詩人に演奏を止めるよう幾ばくかを与える。

 女給は詩人に金を渡し、詩人は静かになる。


 そこで、カタリナが皮肉ってくる。


「ほほーう。大元帥閣下は、なかなかに良い詩を唄わせるものですわねぇ。素晴らしいご趣味でいらっしゃること!」


「俺が唄わせたわけではないぞ、断じて勘違いするでない」


 ヴィゴが尻馬に乗ってくる。


「一旦、そういうことにしておきましょうか」


 そこで、女給がブドウ酒を運んできて、さらに、説明を入れる。


「このブドウ酒は、アグリオンのブドウから作られたものです」


 ちなみに、アグリオンは王都南部の地域名である。


「最高級のブドウ酒だ。皆飲んでくれ」


 カタリナがじっと俺を睨んでくる。


「君は飲まないの?」


「気にしないでくれ」


「送別会なんだから、仮面ぐらい外したら? だってさ……」


「そんなことよりも、ディーノ君。そちらの素敵な女性が君の奥方で間違いないか?」


 俺は話をぶった切る。


「おう……」


 女給は睦まじくディーノに寄り添っている。


「奥で休んでおけ」


「今日は、あんたの友人の集まりでしょ。だったら……」


 ディーノは自身の上着を脱ぎ、女給にかけてやる。

 片や、見せつけられた側のカタリナは、ぐいっとブドウ酒を煽る。


「はッ!」


 ヴィゴも不服そうに、ブドウ酒を煽る。


「たっはー! ディーノ君は最もそういう幸せからは遠い存在だと思っていた。それが、一番先にこういうことになるなんてな!」


 ところが、女給は更なる爆弾を投下する。


「春には、この人の子供が生まれる予定なんです」


「え?」


「う?」


「めでたいことだ」


 ロビンだけがにこにことして、まともな反応を見せる。

 ヴィゴに至っては目をむいている。


「この酒場を経営しながら、親子三人で穏やかに暮らしていくというのか? あの、狂戦士ディーノがか?」


 カタリナは、余裕を取り戻した風を取り繕い、したり顔で頷く。


「そういうの、私嫌いじゃないわね」


「素直に好きっていえばいいじゃないか」


「うっさい」


 ヴィゴとカタリナが意味もなく喧嘩する。

 その間に、料理が運ばれてくる。王都で人気のうさぎ肉とえんどう豆のシチュー。ソーセージとザワークラウト、パンとクッキー。そして、デザートにリンゴ。この世界ではご馳走といってもいい。


 俺は思わず呟く。


「生まれた子供は、君達を、ヴィゴおじさん、カタリナおばさんと呼ぶことになるのだと思うと、心が温まるな」


「かは……」


「おば……」


 二人にとって致命傷になったようだ。

 ロビンは、穏やかにイェルドに話し掛ける。


「是非、第一子誕生の折には私にも連絡を欲しい」


「ああ」


 ディーノは言葉少なに返す。しかし、その顔には幸福がにじみ出ている。


「うかうかしていると、困ったことになるわ。そろそろ本気でいい男をひっかけにいかないとね。ね、アウグスタ?」


「え?」


 アウグスタというのは、ブリジッタの事である。

 ずっと慎ましやかにしていたブリジッタは、急に話題を振られ、戸惑いを隠さない。


「何なら、俺でもよくね?」


 ヴィゴがさり気なくアピールするが、カタリナもブリジッタもこれを完全に無視する。

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