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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
16/286

16 黄金の運命

 帰ろう、我が家へ。


 俺は、海岸線を一人南下している。

 行く道は無人の野であり、向かい風が間断なく吹きつけてくる。


 歩き始めて四日。ようやく、遠方にフッチ第一城砦が見えてくる。

 目的地は、俺が召喚された廃神殿である。廃神殿の周辺に、現実世界に戻るための道があるはずなのだ。


 少し立ち止まり、空を見上げる。

 空は一瞬間、黄金色に輝き、そしてすぐに薄紫に染まっていく。


 夜がすぐそこまで来ている。


 近くに宿泊施設はなく、非常に物騒ではあるが、野宿するより他ない。

 ちょうど、風除け出来る窪地があったため、大きな石を椅子にして腰を落ち着ける。

 短靴を脱ぐと、足の裏は豆だらけである。


 腹が減った。


 そこで、革袋に詰めた水をすすり、黒パンにかじりつく。

 出発時に、大量の食料を失敬したため、この点で困ることはない。しかし、もう少しうまいものはなかったのだろうか。

 侘しいことである。




 冒険は始まりかけていた。

 しかし、ここで幕を閉じる。


 思い返せば、異世界に来てから今に至るまで、苦難の連続であった。

 何度も何度も実力以上のものを求められ、俺は、期待に応えようと必死に頑張った。しかし、一度たりとも期待に沿えることはなかった。

 

 もう、無理をする必要はない。

 そもそも、頑張る義理もない。

 今までの出来事は、すっかりと忘れてしまおう。


 今の俺は自由だ。何物にも縛られない。

 望まぬ戦いをする必要はないし、見栄を張って、英雄を気取る必要もない。 

 辛い過去など、思い返すだけ損というものである。

 こうして、俺は、本来の自分を取り戻すことが出来たのである。

 

 ところが、ふと気づくと、俺は、ここ数週間の記憶に浸っている。

 獅子を描いた王国旗。こぶりなイチジクの実。月桂樹の粗末な冠。そして、エクスカリバー……。


 それは、これからの俺が、二度と関わることのない物品の数々である。だからこそ、今の俺には、色あせて見えるはずである。

 そう見えるはずなのに、全て艶やかに思い起こされるのである。


 なんだか、この世界に、忘れ物をしている気がする。




 ふと、顔を上げる。

 暮れなずむ草原において、草木は赤紫色に染まり、草陰は暗黒に沈んでいる。

 そして、いつの間にか、風は止んでいる。 

 止んでいるというのに、草葉が揺れている。


 嫌な予感がする。

 俺は、素早く腰を浮かせて、そのまま、観察を続ける。


 目を凝らすと、草陰に溶け込んでいる人影を見出す。

 その数二つ。共に、黒いフードで顔を覆っている。

 奴らは体をかがめながら、俺との距離を詰めてくる。


 何者なのだろうか。

 俺は戦場から逃げ出したのであるから、王国兵士が俺を捕まえにきたとも考えられる。

 俺はコルビジェリ軍を打ち負かしたのであるから、コルビジェリ軍兵士が俺に復讐に来たとも考えられる。


 黒フード達は、剣を引き抜く。

 所属も目的も不明だが、少なくとも、話合いによる解決を望んでいないようである。

 

 だが、こんなところで、終わるわけにはいかない。俺は、生きのびて、我が家に帰還するのだ。

 だったら、戦ってやろうじゃないか。


 俺は、グラディウスの柄を固く握りしめる。

 しかし、俺の本能が警鐘を鳴らす。


 すなわち、動けば、やられる。




 突風が吹き荒れ、草原を撫でていく。

 

 注意が逸れた、その僅かな瞬間。

 黒フードの一人が、不意に足を取られて、その場に倒れる。

 そのまま、一息のうちに、草深いところに引きずり込まれていく。


「うぎゃああああ!」


 凄まじい悲鳴が周囲に響く。

 次いで、機械的な咀嚼音が聞こえる。

 何が起こっているのだろうか。草丈が高く、草むらの中の様子は伺えない。

 

 しかし、もう一人の黒フードは、既に第三の敵を視認したようである。

 俺に背を向け、そちらに向かって身構える。


「神よ。邪教徒共に裁きの鉄槌をッ!」


 黒フードは飛び出す。

 その直前。


「ハッ、フーーン!」


 大きな鳴き声を上げて、草むらの中から巨大生物がむっくりと立ち上がる。

 三メートルはあるだろうか。そのうち首から上が半分を占めている。

 全体的に丸みを帯びている。小さな腕は、胴体に埋没しており、見る者に愛らしさすら覚えさせる。


 一見すると、巨大サボテンのようである。

 しかし、唐突に頭頂部が二つに割け、巨大な口が現れる。一転して、極悪なフォルムへと変化したのである。


 何だこいつは。

 この異世界には、こんな人智を超えた化物まで住んでいるのか。

 そんな後出しみたいなのは、やめて欲しい。この世界が、自然科学の法則から外れていると最初から知っていたなら、ここに居着くことなどなかったのだ。


 黒フードは、サボテンから素早く距離を取り、再び剣を構える。

 俺は、不満を心に抱きながら、しかし、何をするでもなく、その場に立ち尽くす。


 そんな俺に対して、サボテンは驚くべきことに、ゆっくりと頭を下げる。

 俺も、つられて軽く会釈する。


「ご丁寧にどう……」


「ビヤッ、フーーン!」


 凄い勢いで怒られた。

 お辞儀の時間ではなかったようだ。


「ロホロホロホロホ」


 サボテンはその後、穏やかに鳴き続けている。

 まるで浮遊しているかのような不自然な移動の仕方で、時に素早く時にゆっくりと黒フードに迫っていく。


 ついに、サボテンが、黒フードに五メートルと迫ったその瞬間。

 黒フードは、剣を下から上に切り上げる。

 とはいえ、彼我の距離は剣の間合いを超えている。だからこそ、その斬撃が、サボテンの身体に届くことはない。

 であるはずなのに。


「イギョギョ!」


 サボテンの身体から、緑の液体がほとばしる。剣刃から風の刃が放たれ、サボテンを切り裂いたのである。


 サボテンは、無茶苦茶に全身を震わせ、猛り狂い、頭を振り回し始める。

 大重量の動作につられて、突風が巻き起こる。周囲の草葉が、激しくなびき始める。


 黒フードは突風から身を守るために、腰を落とす。

 

 そこで、サボテンは急に動きを止めて、想像を超える俊敏さで跳ね上がる。

 空中で躍動して翻り、口の先から黒フードに向かってダイヴする。


「ハッ、フーーン!」


 黒フードは、腰を落としたせいで反応が遅れる。

 そのまま、サボテンの口の中に納まってしまった。


 サボテンは体勢を整えることもせず、飛び込んだままの格好で、咀嚼を続けている。

 その様は、ゴミ収集車が、ゴミをすり潰すかのような強引さである。




 確かに、黒フードは俺に剣を向けてきた。

 サボテンは、そんな黒フードを退治してくれた。となると、サボテンは俺の味方とみることもできる。

 しかし、そうは思えない。黒フードの次は、俺を狙ってくる。そんな予感がしてならないのである。


 サボテンが黒フードを堪能している今なら、俺は逃げられる。

 俺は、強張った全身に鞭を打ち、強引に後ずさりを始める。


「ビヤッ、フーーン!」


 サボテンは、瞬時に立ち上がる。同時に、首を横に振って、口から涎を飛ばしてくる。

 俺は、身の危険を感じて涎を避ける。

 はたして、涎は地面に接着し、音を立てて地面を溶かしていく。


 俺は、涎を避けるために僅かな時間、急停止した。

 その僅かな時間に、サボテンは俺の眼前にまで迫っている。

 

 俺は全力で逃げ出したい。

 しかし、サボテンに背を向けると、サボテンの涎攻撃を避けきれない。

 とはいえ、後ずさりしているだけでは、サボテンに簡単に追いつかれてしまう。


 ここで戦うのか。


 俺は、再びグラディウスの柄を強く握る。

 だが、黒フードの必殺技ですらサボテンを倒すことはできなかった。ならば、素人の俺が、到底かなうはずない。

 

 ここに至って、俺は、ようやく絶体絶命の窮地にあることを理解したのである。




 サボテンは、頭をゆっくりと回転させ始める。

 周囲には、徐々に突風が巻き起こる。

 先程の一連の攻撃が、今、再現されようとしているのだ。


 俺が、ここで動きを止めてしまえば、俺は黒フードの二の舞である。

 そこで、俺は怒りに任せて、サボテンに向かってグラディウスを投擲する。

 

 グラディウスは空中でくるくると回転し、変則的な軌道を描く。

 しかし、サボテンの頭で軽く弾かれてしまう。


 俺は、手元の武器を失ってしまった。


「ハッ、フーーン!」


 サボテンは、得意げに叫ぶ。

 同時に、回転を止める。俺相手に、突風を巻き起こす必要すらないと考えたに違いない。

 そのままゆっくりと、こちらに迫ってくる。

 

 しかし、俺の足はぶるぶると震え、逃げることすらかなわない。


「来るなぁ!」


 その叫びを合図に、サボテンは躍動する。

 身体を曲げて、ずんぐりとした頭頂部をこちらに向ける。

 頭頂部は二つに割れて、大きな口となる。口の中には鋭い歯が幾重にも並んでおり、しかも真っ赤に染まっている。


 終わった。




 ところが、俺が食われる直前。

 サボテンの頭が、俺の眼前で地面に埋まる。


「ビヤッ、フーーン!」


 サボテンはもがくが、体勢を取り戻すことはかなわない。


「カエサル!」


 颯爽と現れたのは、カエサルである。

 そして、カエサルが、サボテンの頭を押さえつけているのである。


 サボテンは苦しそうに震える。

 サボテンの腕は短く、カエサルを腕で払いのけることはできない。したがって、サボテンとしては、もがく以外に方法がないのである。

 しかし、その程度では、カエサルの膂力を跳ね除けるには至らない。


 そのままの体勢で、時が流れていく。

 いつの間にか、周囲は暗くなり、月光が草葉を照らし出している。


 カエサルがサボテンの頭を把持してから、どれぐらいの時間が経っただろうか。

 少しずつ、サボテンの動きが弱々しいものになっていく。


 やがて、サボテンは地に膝をつき、ゆっくりとその場に倒れ込む。

 まるで、大きな風船が倒れるような、危機感を感じさせない倒れ方だ。

 こうして、戦いは幕引きとなった。




 呆気ない幕引きであった。

 あれほどまでに禍々しかった化物が、何の劇的な展開もなく沈んだのである。


 いや、劇的でないなどとはいえない。


 そもそも、俺は、偶然にもカエサルと親しかった。

 それなのに、俺は、カエサルにも黙って、王国軍から抜け出てきた。しかし、カエサルはこの広い世界の中から、偶然にも俺を見出した。しかも、偶然にも、俺が死ぬ直前にである。

 その上、カエサルは偶然にもサボテンより強力であった。


 つまり、偶然に偶然が重なり、俺は命を拾ったのである。

 これを劇的といわずして、何というのだろうか。


 俺は確信する。


 どんな困難に遭っても、俺の運命は、絶対に切り開かれる。

 圧倒的な幸運が、俺に微笑みかけている。黄金の階段が、俺を輝かしい未来へと誘っている。

 

 主人公だ。

 間違いなく、俺は、この世界の主人公だ!


「おっしゃああ!」


 カエサルとハイタッチする。




 その時。

 遠くに、騎兵の姿が見える。全部で三騎である。

 こちらに駆けてくるが、逃げるまでもない。こちらには、カエサルがいるのだ。負けるはずがない。


「おおい! 探したじゃないか!」


 親しく語り掛けてくる。


「何者だ?」


「ハハッ、怖い顔すんなって。ヴィゴ様だぜ」


 よくよく見ると、タレ目の男である。彼は、つまり、七英雄の一人である。


「……」


「こんなところで、呑気な奴だなあ」


「要件を言え!」


 対して、ヴィゴは口を開くが、そこでサボテンの哀れな姿を視認する。

 まじまじと見ている。


「アウグスタが、お前のことを邪なる者と戦っている、だなんて庇っていたが、まさか本当だったとはな」


 アウグスタが、俺のことを信用しているはずはない。

 ならば、何故、彼女は俺をフォローしたのだろうか。わからない。

 しかし、その言葉に乗らない手はない。


「邪悪の化身を、成敗してやったまで」


「こいつは、暗黒教団の枢機卿だな。大物の中の大物だ」


「ふむ。そんなところか。しかし、私からすれば、雑魚に過ぎなかった」


「相変わらず常軌を逸した強さだな、お前」


「それで、君は、私を連れ戻しに来たのか?」


「皆心配している。お前が王国を見捨てたんじゃないかってね。邪なる者って奴も倒したことだし、早く戻って来てくれよ」

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