15 狩りの時間
「フッチ城まで兵を下げて、帝国軍を迎え撃つそうです。既に近隣住民の避難は完了したとか」
ヴィゴ改めビルヒリオは言い放つ。
そこは、王城を囲う石壁の上。
周囲には誰もいない。
「あの男も戻って来るのカイ?」
ビルヒリオに応えて、影からにょっきりとその姿を覗かせるのはパイン頭。
ウルバノだ。
死んだはずのこの男。まったくの健在なのだ。
「残念ながら、彼は何を思ったか東の戦線に向かいました」
「それはいけないネ。君は彼を説得できなかったんだネ。まったく困るネ」
「しかし、先生。俺だって、疑われないように行動しなくちゃあなりません。くどい説得はできませんよ」
ウルバノは、やれやれと首を振る。
「わかった。後の事は、時の翁に頼むことにするヨ」
「時の翁?」
唐突に、海上からの空砲が鳴り響く。
沖合に停泊する無敵艦隊が発している様子。
王城に対する脅し以外の何の意味もない。
ウルバノは顔を輝かして、艦隊を指差す。
「目障りで耳障りだネ。アレ」
「アレは、先生の計画にもしものことがあった時の保険ですよ」
「余計な手出しをしたら、すり潰すヨ」
「ハハハッ! そいつは御免こうむりますね」
ウルバノはそのまま影の中に沈んで消える。
ビルヒリオは、東に目をやる。
「そろそろか。世界変革の始まり。くれぐれも簡単にはくたばらないでくださいよ、暗黒卿閣下」
レオナルディ城にて。
メルクリオ26世とアンリは、ザンピエーリ城陥落の報を受け、城に駆けつける。
しかし、彼らを続報が待っていた。
大山脈を抜けて、帝国軍の別働隊が侵攻してきたというのだ。
その数、1,000。
主力は、暁鴉公アイジンガー率いる軽装歩兵団。
加えて、暗黒教団の異能部隊が参加している。
しかし、急襲を狙ったはずなのに、何故か、大山脈を抜けたその先で3日間留まり続けている。
近衛隊長レオは言う。
「聖堂騎士団が動きました」
暗黒教団が来たとなれば、聖堂騎士団も黙ってはいない。
暗黒教団従軍の報が広まるや否や、親の仇と言わんばかりに出撃し、帝国軍と対峙する。
その数、1,000。
なるほど、帝国軍は、聖堂騎士団とレオナルディ城戦力による挟撃を恐れ、侵攻を躊躇したとも思える。
ならば、公爵軍が態勢を整える時間を得たのは、聖堂騎士団のおかげだ。
「これこそ、神の思し召しか……」
アンリは、素直に感動する。
聖堂騎士団に悪感情がないのだ。
軍議に入る。
26世を座長として、子爵のアンリ、その従者コルベール、近衛隊長のレオ。
そして、たまたま公爵領でヴァカンスを楽しんでいたキアラ姫。
アンリが心配そうに尋ねる。
「住民の避難状況は?」
レオが応える。
「デルモナコ殿が受け入れるとのことで、既に避難を開始させました」
アンリに促され、26世は発言する。
「では、城の防衛につき、諸君の意見を聞きたいのであるッ!」
アンリが言う。
「まず、僕の仲間は500人。公爵領の兵士も500人。合わせて1,000」
レオが頷く。
アンリは、続いて確認をする。
「敵軍は、北面から奇襲をかけてきた暁鴉公の1,000と、東面から近づいてくる暗黒騎士団5,000ですね」
「そのとおりです。聖堂騎士団が北面を受け持ってくれていますので、我々は城の守りを固め、暗黒騎士団の襲撃に備えるべきかと」
暗黒騎士団は東からやって来る。
ちなみに、昨年の戦いを経て、レオナルディ城の東壁のもろさが露呈した。
既に、巨費を投じて大幅な改修が施され、堅固な守備を獲得している。
レオは続ける。
「圧倒的な兵力差ですが、ヘルミネ女史を通じて公爵様には救援要請をしております。助けが来るまで持ちこたえられれば」
コルベールが反対する。
「暗黒騎士団が来るまでには日がある。先に暁鴉公って奴をぶっ潰そうぜ」
レオはのらりくらりとした様子でこれをいなす。
「しかし、そのような重要な決定、公爵様にも謀った上で……」
キアラが遮る。
「公爵様、公爵様。そうやって、ここにいない人に頼るのは違うわね。こちらには、大元帥閣下もいらっしゃることだし」
「うむッ!」
26世は軍事のことはまったくわからない。
だが、親しく語り合ったアンリ達が討って出ることを希望している。
ならば、彼らの意見に乗っかってやるのが、人の上に立つ者の器。
26世は立ち上がる。
「敵は、我輩達の臆病を利用するのであるッ! ならば、臆することなく、城に籠もることなく、討って出ることこそ、相手の奸智を砕く最善の方法であるッ! いざゆけ、若き獅子達よッ! その牙でもって邪悪を討ち滅ぼすべしッ!」
「これから始まるのは、天下分け目の大合戦だ! 歴史に名を残すチャンスだぞ! お前ら、覚悟はできているか!」
旧臣で構成されるアンリの部隊。
直立するコルベールは彼らに檄を飛ばす。
「隊長こそ、びびらないでくださいよ!」
「言ってくれるじゃねぇか。やっぱお前ら最高だわ!」
コルベールは振り向き、セリアに拳骨を合わせる。
「守りは任せるぞ」
「任された」
結局、キアラを指揮官として、レオ隊長、セリアは公爵軍500を従えて城に残る。
残りは、聖堂騎士団と力を合わせて、暁鴉公と戦うこととなった。
大運河と大山脈と湖に三方を囲われた草原にて。
帝国軍に対し、勇敢に立ち向かう聖堂騎士団。
白地に赤十字。大盾にロングソード。
武器の進化から完全に取り残された、古式ゆかしき出で立ちである。
実質的リーダーであるドノソは、隣に立つ指揮官ディーノを省みることなく、天を仰ぎ絶叫する。
「神の奇蹟は今発現した! そう、神は、皆さんの眼前に、悪魔ども、暗黒教団に心を売った畜生共を集めて下すったのです! 私は感謝する者であります! 今、ここで、皆さんは神の御心に適う振る舞いができるのです! さぁ、皆さん、邪教徒共に裁きの鉄槌をッ! 我らが魂に清浄なる循環をッ!」
彼らは、聖堂騎士の中でも、異能を持たず、2軍扱いをされてきた。
さらには、囮として敵地に放り出されもした。
そんな彼らにとって、今は、まさに評価を改めてもらうチャンスなのだ。
聖堂騎士団は、形ばかりの横列陣を作り、一斉に矢を放つ。
対する、暁鴉公の陣形は異様である。
まるで、戦列をなしておらず、ふわりと広がっている。
しかも、銘々が好き勝手に動き、ふらりと矢を避ける。
損害を与えることが出来ない。
聖堂騎士達は、剣の腹で盾を叩いて大きな音を鳴らす。
そのまま前進を始める。
すると、暁鴉公の陣から、黒くて細長い生き物が抜きん出てくる。
地を這い、凄まじいスピードで聖堂騎士に迫り来る。
蛇にしては巨大だ。5mほどはある。
素早く、聖堂騎士達の隙間に入り込み、鎌首を持ち上げ、強力な抱擁で人間を捻り潰す。
聖堂騎士は慌てて斬りかかるが、巨体に似合わぬ尋常でない俊敏さでこれをかわし、次の獲物に飛びかかる。
「化け物だァァ!」
早くも、恐慌状態になる。
巨大な蛇の上体は、まぎれもなく人間であり、下半身は蛇のような細長い形状となっている。
人体改造された人間の成れの果て。
そして、この化け物こそが、暗黒教団の枢機卿の一人なのだ。
「不心得者ぅッ!」
ドノソは、後退りした聖堂騎士の頭蓋にメイスを振り下ろす。
「不信心者は決して神の国に受け入れられることはないのですよ」
周囲の聖堂騎士が意を決して、蛇人間に立ち向かっていくが、誰もその動きを捉えることが出来ない。
ドノソは落胆し、自ら鉤爪の付いた手甲を装着する。
「ひゃうううう!」
気合を込めて、蛇人間に飛びつくも、簡単に弾き飛ばされてしまう。
既に、聖堂騎士団の横列陣は混沌としている。
その中を、ディーノは騎馬で駆け抜ける。
そして、鉄槍を投擲。
鉄槍は力強く直進し、蛇人間の心臓を一撃で破壊する。
「ディーノ様がやってくれたぞ!」
「うぉおお!」
「押し返せ!」
蛇人間が陣形を撹乱している間に、音もなく近づいた暁鴉公率いる軽装歩兵。
彼らは、粗末な皮革をまとい、小さなナイフを手にしている。
その軽装歩兵が、聖堂騎士の隊列の中に潜り込む。
両軍入り乱れての戦いが始まる。
聖堂騎士の重い一撃をひらりとかわす、敵軽装歩兵。
そのまま、接近し、聖堂騎士の鎧と鎧の間にナイフを差し込み、素早くぐりぐりと回転させ、然る後距離を取る。
暁鴉公の率いる部隊は、防御力を捨て、その分を俊敏さに回したピーキーな歩兵団である。
部隊は、平均男性の体重の半分以下の体重の兵士で構成されているという。
そのことに何の意味があるのかはわからないが、とにかく危険な部隊と噂されているのだ。
なすすべなく聖堂騎士は崩れていく。
ディーノはこれまでかと馬首を西へ向ける。
途中、ドノソを見つける。
怒り喚くドノソの首元を捕まえ、そのまま、誰よりも早く戦線を離脱。
大運河に浮かぶ小舟に乗り、去っていく。
「体を密着させ、槍衾を作れ!」
聖堂騎士団の背後から現れた部隊が、がっちりと隊列を組み、聖堂騎士団の陣の中を前進する。
敵の軽装歩兵を一人漏らさず、隊列を組んで押し返そうとする。
「しゃきっとしねぇかッ!」
呼びかけるのはコルベール。
「皆さん、今です。彼らは集団戦法に弱い! 彼らを閉じ込めましょう!」
アンリの言葉に聖堂騎士は隊列を作り直し、盾を敵兵に押し当て、力づくで押しまくる。
コルベールの的確な指示により、やがて敵兵を囲うことに成功する。
敵兵が密集したところへ、矢の雨を降らせる。
自慢の俊敏さも、密集地帯の中では活かすことが出来ず、次々に倒れていく。
やがて、敵兵は、包囲されていない箇所から逃走を開始する。
コルベールは愉快そうに言い放つ。
「またまた俺達は、無意識の内に格好いいことをしてしまったみたいだぜ!」
追撃戦に入ろうとするその時。
アンリは、ふと嫌な予感がして上空を見上げる。
5騎のドラゴンが飛翔している。
シグルズ率いる帝国竜騎士団だ。
向かう先は、一直線にレオナルディ城城下町。
城の守りが薄くなるタイミングを狙われたのだ。
アンリは、慌てて指示を出す。
「反転! みんな、全力で城に戻るんだ!」
5頭のドラゴンは、城の上で旋回しながら、炎を吐く。
羽を広げて、旋風を起こし、炎は果てしなく広がっていく。
城内は、既に火の海に包まれている。
監視塔から一斉に矢が放たれるが、ドラゴンの飛翔速度の前には無意味。
狙いが当たったとしても、ドラゴンの厚い鱗を撃ち抜くには至らない。
逆に、竜騎士は長大な槍を投げ下ろし、城壁に甚大なダメージを与える。
一頭のドラゴンが、口先から監視塔に特攻し、弓兵達を弾き飛ばす。
弾き飛んだ弓兵を、鉤爪でキャッチし、握り潰してしまう。
「バリスタ、撃ち方用意ッ!」
別の監視塔にて、ドラゴン撃退のため、鉄槍の装填が開始される。
バリスタの威力を持ってすれば。
しかし。
ボテッと、バリスタの上に粘着性の何かが落ちてくる。
装填台は泥だらけ。
どうやら、竜騎士が泥団子を投下してきたようだ。
「恐れ入ったか」
竜騎士見習いのマッテオが得意げに言い放つ。
しかし、よそ見をしていたせいで、ドラゴンを危うく監視塔に激突させそうになる。
慌てて手綱を引き、監視塔と平行にして急上昇する。
監視塔の上部まで上り詰めたところを、鉄槍が飛んでくる。
ドラゴンは身の危険を感じて、回転して身をよじる。
マッテオは哀れにも、ドラゴンの背から弾き飛ばされ、監視塔の上へと転げ落ちる。
それでも、どうやら命には別状ないようだ。
「見ない顔だね? 新入りかい? でも容赦はしないぞ」
待ち構えていたのは、元竜騎士のセリア。
おっとりした物言いではあるが、その実、相手を食い殺さんばかりの眼光で睨んでいる。
カトラスを引き抜いて、マッテオに対峙する。
「おや? これはこれは、裏切り者のツェリア殿! 竜騎士団長のお父様や、団員の皆がこのことを知ればどれほど悲しむでしょうね」
周囲は王国兵に十重二十重に囲まれている。
それでも、落ち着きを失わないのが卑劣卿マッテオなのだ。
問答無用とばかりにセリアは斬りかかる。
マッテオは、急いで宝石を空中に投げる。
すると、城壁の石ブロックが人の形に収束し、セリアの前に立ちはだかる。
「俺の本職は、天才ゴーレム使いでね。精々楽しんでくれたまえ」
マッテオは、ええいとばかりにゴーレムを突貫させる。
セリアはカトラスを振り回し、あっさりとゴーレムの腕を断ち切り、胴体を断ち切る。
すると、ゴーレムは動きを止める。
じりじりとマッテオは追い詰められていく。
「待てよ、お嬢ちゃん! 俺が悪かったからさぁ!」
その時。
マッテオらがいる監視塔が、突如派手に崩壊する。
後輩マッテオのことなど顧みることもない竜騎士の一人が、ドラゴンを特攻させたのだ。
圧倒的な攻撃力を誇るドラゴン。
たった4騎でもって、城内は既に混乱の極地に至っており、しかも終息の目処は立たない。
城内に残った兵士がドラゴン退治にかかりっきりになっているその頃。
城の東側。
草原を埋め尽くす、漆黒の影。
それは暗黒騎士団。
10日間かかると言われた行程を、僅か5日で踏破してしまったのだ。
暗黒騎士団は帝国最強。
最高の戦略家漆黒公ユルゲンを頭に抱いてもいる。
故に死神のように恐れられている。
それほどまでに恐れられていたにもかかわらず、実際に侵略してきたこのタイミングで、誰も彼らに恐怖するものはいない。
なぜなら、王国兵の目は他に向いているからだ。
暗黒騎士団は、竜騎士団や暁鴉公との連携により、あっさりとレオナルディ城に入城したのであった。
「あれは帝国の!」
外の様子を伺いに現れたキアラ。
城内の各所に、暗黒騎士団が溢れかえっているのを目撃する。
「なんてこと!」
すぐに近衛兵を率いて、参戦しようとする。
しかし、後頭部に打撃を食らい、そのまま昏倒する。
「ごめんね」
セリアは伸びたキアラを拾い、馬にまたがり、その場を後にする。
薄暗くなりゆく林の道。
キアラはようやく、目を覚ます。
「ここは? レオナルディ城は?」
「残念だけど、暗黒騎士団に占拠されてしまったんだ」
悔しさを顔に滲ませながら、セリアは応え、そのまま黙々と馬を走らせる。
「私達は逃げているの?」
セリアは応えない。
キアラは不意に騎馬の上で暴れ、馬から飛び降りる。
器用に背中を丸め、地面を転がり、勢いを逃がす。
「どうするって言うのさ?」
セリアは慌てて、キアラの元に戻ろうとするが、騎馬の勢いを止められず、キアラとの間が空いてしまう。
その時。
巨大な黒馬。
漆黒の鎧。
暗黒騎士5騎が現れる。
長槍を片手に、キアラに迫る。
キアラは立ち上がり、レイピアを構える。
指揮官を託されたにもかかわらず、無様に城を奪われてしまった。
こんなことでは、この王国を支えることは出来ない。
アンリは窮地に追いやられるだろう。
レオナルディ公爵も、さぞかし落胆することだろう。
嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。
自分一人の力で、城を取り戻してみせる。
責任感が、キアラを死地に追いやる。
「お前たちなんか、全員死んでしまえッ!」
唐突に。
キアラを中心に、激しい稲妻が、無数の枝を延ばす。
いくつもの放電帯が現れては、さらに激しい稲妻の枝を伸ばし、放電現象が空間を埋め尽くしていく。
落雷にも似た轟きが乾いた音を立て、空間の内部を無限に破壊し尽くしていく。
しかし、暗黒騎士は驚くことはない。
いずれも、熟練の騎士なのだ。
放電現象の外で立ち止まり、慎重にキアラの様子を睨みながら、銘々必殺の武器を構え、周回を始める。
やがて、激しい放電現象が終わる。
キアラは未だに細かい放電を立てながら、レイピアを振り上げ、高速を超える高速をもって暗黒騎士に迫る。
暗黒騎士は臆することなく、キアラに向かっていく。
キアラは、怒りに身を任せているがゆえに、直線的な攻撃。
その単純な動きを見切って、巧みな馬捌きで暗黒騎士はキアラの攻撃を避け、その背中をメイスでどやしつける。
キアラは堪らずに、その場に崩れる。
見晴らしのいい丘の上。
暗黒教団の教徒が、赤赤と燃える城内を見ながら呟く。
「全て、貴女の思惑どおりというところか」
「さぁ、どうでしょうかねぇ」
応えるのはヘルミネ。
「ぐちゃぐちゃになりましたわね。一体この先どうなってしまうのかしら。さぁ、さぁ、公爵様。早くいらっしゃいな! でないと、全て取り返しのつかないことになりましてよ! オホホ! ホッホッホッホッ!」




