13 進撃する雷神
西岸沿いの攻防は、意外な展開を迎えている。
俺は、まず、我軍の編成を新たにする。
俺の直轄である第一軍団。軍団長はブリジッタ。
第二軍団。軍団長は、ファウスト。
第三軍団。軍団長はデシカ伯爵。
そして、フッチ城に籠もるフッチ辺境伯爵を第四軍団長とする。
そして、第一軍団から第三軍団、総勢1万の勢力でもって、フッチ第6城塞に相対する。
第6城塞は、既に石造りの壁面に改修されており、異常な頑健さを誇る。
加えて、精鋭の激怒皇帝直下、戦力3,000が立て籠もる。
俺は、第一軍団が有する大砲20門を前面に押し出すよう指示する。
「撃ち方、初めっ!」
朝から発砲を開始し、石壁目掛けて休みなく撃ち続ける。
昼頃には、城塞の石壁に多くの破れ目が出来上がる。
その代わりに、我軍の大砲も3門が破裂し、使用不可となった。
激怒皇帝は、あっさりと城塞を放棄し、退却を開始する。
その背後を、ブリジッタを先頭にしたハンドガン装備の銃騎兵に襲わせる。
ブリジッタは、かつて騎士団を率いていたとはいえ、勝手の違う騎兵を託され、初めは戸惑っていた。
しかし、飲み込みの早い彼女は、すぐにその運用に慣れ親しむ。
ブリジッタの変幻自在の攻勢によって、帝国軍に想定以上の大きな爪痕を残すことに成功する。
帝国軍は、多くの輜重を失い、白狼公と合流すべく、進路をコルビジェリ城へと向けたのであった。
「さらに、激怒皇帝を追撃すべきだろうか」
帝国軍の城塞は第7城塞、第8城塞と続く。
これを放置したまま、コルビジェリ城に攻め込むとなると、後背を脅かされることになる。
まずは、城塞を陥落させるべきなのだ。
「追撃は不要。城塞を順に攻略し、然る後、コルビジェリ城にて最終決戦を執り行う。3軍一斉に北進せよ!」
次に控える第7城塞には、帝国軍2,000が籠城している。
この城塞は、木造で出来た古い砦である。
もはや、戦略も戦術も必要ない。
ただただ、大砲によってごり押しする。
その結果、城塞の防護壁はあっさりと崩壊する。
新兵器の前では、全てが無力なのだ。
敵方も、既に決戦はコルビジェリ城との腹積もりなのだろうか。
籠城に拘ることはなく、あっさりと退却していく。
そこを、まるでハイエナのように、銃騎兵を引き連れたブリジッタが襲いかかる。
一戦を重ねるごとに、用兵術が巧みとなっていく。
矢の嵐をかい潜り、全力疾走で敵軍に急接近。
有効射程まで近接し、発砲。
と同時に、矢の射程外へと後退。
これを繰り返し、敵軍の戦線の崩壊を目論む。
そして、崩壊した箇所、脆くなった箇所を目ざとく発見し、槍を掲げて肉薄し、突貫し、傷口を拡大する。
「彼女は英雄アウグスタとは呼ばれているが、その実、ブリジッタ・コルビジェリに違いない。あの整った顔はよく見知っている」
「何? コルビジェリとな? ならば、ファウスト殿と同じく、裏切伯の娘ではないか」
「しかも、噂に寄ると、帝国側で軍人として働いていたそうではないか」
「しかし、このところの目覚ましい快進撃。その振る舞いは、かつての雷神にも劣らぬ」
「常に前線に向かわせる残酷な暗黒卿。それに対して、何一つ文句を言わず、王国のために粉骨砕身するその健気な姿」
「我々も後塵を拝している場合ではなかろう。彼女を盛りたて、王国を勝利に導こうではないか」
ブリジッタの過去に疑問を抱くものもいる。
しかし、彼女が活躍を重ねるごとに、彼女の力になりたいという酔狂な兵士が増えていく。
冠された名称が、誰もが崇めるアウグスタであることもあって、彼女こそが王国軍の精神的支柱となりつつあるのだ。
そして、その流れに合わせて、俺の評判が何故か一方的に下がっていく。
さらに北進する。
次は第8城塞。
今までとは桁違いの規模を誇る、石造りの巨大な城塞だ。
帝国の名将、大熊公カーンが帝国軍3,000と共に立て籠もっている。
さっそく、三方を3つの軍団で取り囲み、大砲によって攻撃を開始する。
しばらくすると、石壁に穴を穿つことに成功する。
しかし、石壁の向こうには、石壁。
石壁が2重構造になっているのだ。
奥の石壁を破壊するために、大砲を城塞に寄せると、途端に鉄槍の雨嵐が降ってくる。
バリスタが手前の石壁の上に10台配備されており、我軍が接近するのを待ち構えていたのだ。
俺は、砲撃を中止し、砲兵を後退させる。
すると、帝国軍は石壁の修復に取り掛かる。
これでは、大砲による攻勢が十分に奏功しない。
しかも、最終決戦を控えている以上、無意味な大砲の損耗も避けたい。
とはいえ、全軍突貫のような、こちらの被害が大きくなる方法は採用したくない。
「何か名案はないだろうか?」
「この地は周囲に丘が走る地形です。ちょうど河川もあります。なれば、水攻めはいかがかな」
デシカ伯爵からの提案を受け、水攻めを決行する。
城塞の周辺を、丘を利用しながら土嚢による土壁で囲う。
近くの河川から水を引き、土壁の内部へ流し込む。
労働者に金銭を湯水の如く支払い、1週間ほどで完成する。
刻々と水位は上がっていき、やがて、第8城塞は出来上がった湖の中に完全に孤立する。
しかし、大熊公は冬眠でもしているのだろうか。
周囲の景色が一変したにもかかわらず、まるで動きがない。
大熊公の配下は老兵のみで構成されているとの噂も流れてくる。
そうであれば、こちらが、本来無視しうる第8城塞に釘付けにされてしまったということになる。
ともあれ、兵糧攻めによる長期戦の様相を呈する。
帝国軍に、他に温存された勢力が残っている以上、早くけりを付けたいところだ。
はたして。
「コルビジェリ城の帝国軍が南下を開始しました」
痺れを切らした激怒皇帝自らがお出ましのようだ。
野戦にて、王国との決戦に臨むつもりだろう。
こちらが第8城塞にかかりっきりになっているところを狙われたということだ。
大熊公は周囲を水に囲まれ、迅速な動きが取れない。
ならば、我軍は大熊公に睨みを利かせたまま、南下する帝国軍を待つ。
十分に引きつけた後、大熊公を放置し、3軍総出で激怒皇帝を相手してやろう。
さっそく、俺は第一軍団を率いて、一足先に戦場予定地へと移動する。
そこは、街道沿いの荒地。
かつては、背の低い草木に覆われた草原地帯であった。
それが、長きにわたる戦乱により、すっかり荒廃したのだ。
予定地に到着すると同時に斥候からの報告が入る。
「足の早い部隊が、近くに迫っております。その距離およそ半日行程」
激怒皇帝は、足が遅い部隊を切り捨てて進撃する作戦を多用する。
それにしても、無茶苦茶な進撃速度だ。
「横列陣を作れ。第二軍団及び第三軍団にもこちらに合流するよう伝えろ」
その時。
大きな黒十字が、地上を疾走して来る。
しかし、あれは影に過ぎない。
上を見上げると、大きな十字がすっと素通りする。
「ドラゴンが空を飛んでおります!」
ドラゴンといえば、帝国軍所属。
先制攻撃を仕掛けてきたということか。
大砲の仰角を上げる。
しかし、ドラゴンはそのまま空中を旋回し、やがて、大きな音を轟かせ、砂埃を巻き上げながら、我軍の手前に着地する。
背中に乗っていた鎧の男が、軽やかに地上に降り立つ。
どうやら、ドラゴンで攻撃を仕掛けるつもりはないらしい。
鎧の男が威風堂々とこちらに近づいてくる。
しかし、すぐに我軍に取り囲まれる。
「俺は帝国からの密使だ! 下手な扱いはやめろよなッ!」
何やら大声で喚いている。
「マッテオ兄さん……」
ブリジッタが呟く。
マッテオ・コルビジェリ。コルビジェリ家の次男で、帝国に仕える男だ。
すぐに、マッテオは俺の前に連行される。
俺は、轟然と出迎える。
「これは、卑劣卿閣下。帝国がいまさら密使を寄越すとも考えられぬが、果たして何用かな?」
マッテオは目をぐりぐりさせて、俺を一瞥するも、俺の言葉は無視。
そして、警戒しながら周囲を眺め、やがて見知った顔を見つける。
「俺が用があるのは、ブリジッタ。貴様だ」
「私ぃ?」
妹を見つけたというのに、しかも、顔を合わせるのは久しぶりだというのに嬉しそうではない。
それどころか、いらいらとした様子まで見せている。
「兄上。よくぞ、ご無事で……」
「妹よ、よく聞け。貴様は増長している。呆れたことに、貴様はアウグスタを僭称しているそうではないか。俺は、そういう実力がないのに、選ばれし人間でもないのに、傲慢な態度を見せる奴が大嫌いなのだ」
「……」
王国兵が殺気立つ。
マッテオの物言いに怒りを感じたのだろうか。
「貴様は何の志もなく、ただただ、周りの環境に流されるまま。与えられる綺麗な服に着られる哀れでくだらん人間だ」
「違う」
「隅っこで静かに余生を過ごせばよいものを。しかし、出しゃばってしまった以上、覚悟は出来ているな」
「覚悟とは?」
「本来であれば、俺が直々に処刑してやるべきだが。今回は、白き魔女がお前と決闘を所望するそうだ」
「アルバが?」
「奴は、じきにここに到着する。覚悟しておけ。覚悟がないなら、さっさと逃げておくがいいぞ。臆病者のタラがッ」
マッテオは目を逸して、そのまま立ち去ろうとする。
俺は、成り行きを理解できず、声をかける。
「待て待て」
「ただの田舎貴族に俺は用はないぞ」
「決戦の代わりに決闘で、勝敗を決するというのか?」
「違う。決戦の前の余興に過ぎん」
「そんなものに応じると思うのか?」
「暗黒卿。お前はそう思うだろう。だが、周囲をよく見てみるがいいぞ!」
俺は思わず周囲を見る。
そこには、王国の兵士が居並ぶ。
いずれも、アウグスタへの期待で埋め尽くされている。
彼女こそ、王国の救世主。
彼女こそ、帝国を打ち破る正義。
彼女こそ、激怒皇帝を倒せる唯一の存在。
俺はそうは思わない。
だが、兵士の期待を集める器であることには間違いがない。
しかし、だからこそ決闘で失うわけにはいかない。
「私はアウグスタ。私はアウグスタ。私はアウグスタ……」
小声で呟き続けるブリジッタ。
それは、まるで祈りを捧げるかのように。
マッテオはそのままドラゴンに騎乗し去っていく。
白き魔女は、氷の魔術を自在に操る化け物だ。
対するブリジッタは、今や火の魔術を扱えず、頼りにするのは剣術のみ。
どう考えても、分が悪い。
俺は、冷静になって伝える。
「仮に辞退したとしても、私は貴女を咎めはしない」
「さらに先へ。止まった時間から、私は、私は自分自身を開放するんだ!」
意味のわからない応えが返ってくる。
しかし、その瞳には強い意志が宿っている。
やがて、帝国軍の前線が現れる。
その数3,000。プレートアーマーによる重装備を施した兵士が前列に居並ぶ。
さらに、その先頭に立つ男は、獣の皮を首元に巻き、巨大なハルバードを片手に握る。
巨大な黒馬に騎乗したその男。
それは、紛れもなく激怒皇帝。
ゆっくりと、進み出て、大音量で戦場に宣言する。
「王国の雑魚どもよッ!! 今日、ここが、貴様ら野良犬共の死に場所となるッ! 覚悟して応えるがいいッ! 頭蓋の中身はよく洗っておいたか!」
対するこちらは、6,000。
第二軍と第三軍は未到着だが、それでも帝国軍を圧倒できる戦力を有している。
我らがアウグスタ、ブリジッタ・コルビジェリが前に進み、よく響く高音で応える。
「無垢なる民を虐殺してきた悪徳皇帝! 神は君の悪事を許さないッ!! そして、この私アウグスタも君を許さないッ!」
我軍の音楽隊が、ティンパニーで盛り上げる。
激怒皇帝は、これを鎮めるようにして、ハルバードを天高く掲げる。
「ならば、この地にて最後の決戦を執り行い、我らと貴様ら、いずれが正義であるか、その雌雄を決しようぞッ!」
天には、秋空が広がる。
青空には、大きな箒雲が白い爪痕を引いている。
もはや、10月。
陽光の中でも、風は冷たく感じる。
帝国軍から、白服の女性が前へ進み出る。
あれは、白き魔女アルバ。
皮膚も髪も真っ白であり、一種の神々しさを覚える。
対するこちらからは、ブリジッタが前に進み出る。
アウグスタを模した、青と白の衣装を身にまとい、右手にはレイピアを手にしている。
側頭部には月桂樹の髪飾り。
全軍が固唾を飲む中。
帝国の英雄と王国の英雄の決闘。
そして、真なる最後の戦いが始まった。




