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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第四幕 平和をもたらす者
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10 跳梁跋扈する佞臣

 帝国軍第2軍は、コルビジェリ城にまで後退した。

 王国は手持ちの軍を、第5城塞の攻防に集中させる。 

 これを嫌がる帝国軍第1軍は、第6城塞に後退し、両軍はしばしの睨み合いとなる。


 国王から招集がかかる。

 俺は26世とともに、第5城塞に向かう。


 第5城塞。

 大きな丘を利用し、これを円状の城壁で囲っている。

 城壁の内側には、四角い監視塔がいくつも立ち並ぶ。

 かつて、国王アルフィオが俺を召喚し、その帰りに立ち寄った場所であり、俺にとってもどことなく見覚えはある。

 しかし、幾度もの戦闘を経て、巨大化、要塞化が顕著だ。


 玉座の間に通される。

 中央にある大きな椅子には、小柄な国王がちょこんと腰を掛けている。

 古代ローマ風の緩やかなローブを身にまとった国王。

 それは、紛れもなくアルフィオ。

 実に、久しぶりである。

 

 左右には、いずれも歴戦の勇士、武官達が居並ぶ。

 隠蔽泊デシカ、元白薔薇騎士団長ファウスト、そして枢密顧問官ヴィゴ。


「陛下ッ! これに参上つかまつるはメルクリオッ! そして、レオナルディ公爵でありますッ!」


 26世が大仰な動作で挨拶をする。

 俺は26世にならい、片膝を立ててその場にしゃがみ込む。


 アルフィオは、そんな俺達を見下ろしている。

 デシカが、国王の代わりに俺達に声をかける。


「両将、よく力を合わせ、難敵に立ち向かい、これを排除した。その働き、真にあっぱれである」


「ありがたきお言葉」


「ついては、メルクリオ大元帥に、全軍の統帥権を与えよう。受けてくれますか?」


「ハッ! それはもう、謹んでお受けするのでありますッ!」


 今まで、国王の下にあった全軍の統帥権を、26世に譲るというのだ。

 これはただ事ではない。


「では。軍神メルクリオに対し、叙任の儀を執り行う。陛下、こちらへ」


 アルフィオは立ち上がり、ゆっくりと26世の近くに寄る。

 そして、感情のこもらない声で、話しかける。


「その前に大元帥。君の話が少し聞きたい」


「何なりとご下問ッ! 願いますッ」


「君は、アンリ王子の反乱を鎮めたと聞く」


「そのとおりでありますッ」


「率直な意見を聞きたい。アンリ王子のことをどう思う?」


「ええ。彼は心優しき青年でありますッ。仲間を大切にし、人々からは愛されるッ。領主たる者の一つの理想形でありますッ」


「では、公爵は彼のことをどう思う?」


「そうですな。彼は寡兵でもって、王国軍を打ち破るために、いくつもの博打を打ちました。それが裏目に出てしまったがために、敗北したと言えましょう」


「なるほど。大元帥は人の性格に着目し、公爵は人の機能に着目するということか」


「そのとおりでありますッ!」


 何やら、不穏な空気を感じる。

 しかし、26世は、そんなことにはお構いなしに元気いっぱいに応える。


「次の質問に移る」


「ハッ!」


「白狼公との決戦。大元帥はどのように振るまった?」


「それはもう、英雄として敵将との決闘を申込んだのでありますッ!」


 自信満々に応える。

 普段驚きを見せないデシカが、一瞬だけ焦った顔を見せる。


「それは勇ましいことだ」


 アルフィオは大きく頷く。

 その様子を見た武官達は、緊迫した空気が和らぐのを感じ、次々に追従を述べる。


「相手は、あの野蛮にして残忍な白狼公」


「それをあえて一騎打ちを申し込むなど、ただ者ではない。勇者にしか出来ぬことよ」


「まさしく、彼こそ古今無双の英雄!」


 ファウストは、実情を知っているだけに眉根をひそめる。

 アルフィオは場が静まるのを待って、さらに26世に問いかける。


「結局、決闘は行われなかったと聞いているが、それは真か?」 

 

「ハッ! 敵将は武人の風上にも置けぬ腑抜けでありましたッ! 決闘を受けないばかりか、吾輩を矢で射掛けてくる始末ッ!」


 ここぞとばかりに、ヴィゴが大きな声で続く。


「しかし、そこは、我ら大元帥! 英雄たる胆力を発揮なされた!」


 26世は、ヴィゴの囃しに乗っかる。


「矢の嵐の中、吾輩はブドウ酒をかっ食らい、真の英雄とは何たるかを教えてやったのでありますッ!」


「その後、全軍突撃を命じたと聞く。何を目的として、そのような危険を犯した?」


「そうでありますねぇ。うん。公爵殿、どうであったかッ?」


「後方の敵本営を攻撃するのが真の狙い。であるから、大元帥閣下が陽動を引き受けた次第。ですね、大元帥閣下?」


 俺は粛々と応える。


「追撃戦を行わなかったとも聞く」


「敵将は森の中での戦闘に長けているのでありますッ。国王から預かりました大事な王国兵士ッ。危険に晒すわけにはいかぬと愚行したのでありますッ」


「大元帥は酒に弱いそうではないか。真実を述べよ。君が泥酔していたため、追撃どころではなかったのではないか?」


「いあ……。そのような恐れ多いことは決してないのでありますッ」


「公爵。いかがか?」


 26世大元帥閣下はいそいそと俺を振り返る。

 その瞳は心細げ。

 窮地に陥って、親に助けを求める小さな子供のよう。


「大元帥閣下は、敵軍の眼前でも酩酊を厭わない、古今無双の英雄であります!」


「そうか」


 アルフィオは、王座に戻り、宣告する。


「メルクリオ26世。君に一つの仕事を与えたい」


「何なりとッ!」


「レオナルディ城の警護はやや手薄に感じる。公爵領に赴任し、アンリ王子とともに万が一に備えよ」


「どういうことでッ? 統帥権はどうなったのであろうかッ?」

 

 しかし、哀れな26世の言葉は誰にも届かない。


「公爵に伝える。夕暮れ時に余の部屋を訪ねよ」


「ハッ」


「では、閉会とする」




「いやはや、大元帥閣下におかれましては、今までの精進、真にご苦労でしたな。アッハッハ!」


 ヴィゴが高笑いをしている。

 俺は与えられた自室で、ヴィゴと密談に耽けっている。


「笑ってやるな。多少気の毒になるではないか」


「左遷を命じられた時の奴の顔を思い出すだけで、笑いが止まらないのです。クフフ」


「彼自身は大変純朴な男。誰に対しても誠実そのもの。まぁ、自信過剰が玉に瑕と言ったところか」


「しかし、周りが彼を持ち上げ、閣下を蔑ろにするのです。これは許されることではありません」


「私自身にも、傀儡である彼を利用する旨味はあったのだがな。それに、妙な親近感を抱いてもいた」


「心にもないことを。閣下の野望を阻む者は、順次、消していかなければなりません」


「それはそのとおりだ。何人たりとも、我が野望を邪魔立てはさせん。天罰でもって、処すこととなろう」


 さて、大元帥閣下。

 公爵領の守護はお願いしましたよ、ハッハッハ!


 ヴィゴは色を改めて、話を続ける。


「それはさておき。国王の振る舞いは常軌を逸しておりますな。この度はそのために救われましたが」


「確かに。メルクリオ26世に統帥権を与えることは決定事項であったろうに、それを覆してしまった」


「自身が脆いガラスであると信じ込み、側近を観察し、自身を将来傷つけるであろう人物と判断したらば、即左遷。もはや、狂気としか言いようがありません」


「ほう」


「閣下も十分にお気をつけあそばされませ。閣下の野望は、さらなる高みにありますからな」


「そうだな」


 そうなのか。


「ところで、私は一度王都に戻ります。今回の件で、いろいろと根回しが入用ですのでね」


「そうか。共闘できないのは残念だ」


「私もです。そこで、お別れの前にお耳に入れておきたいことがあります」


「何かな?」


「閣下は、激怒皇帝の狙いはどこにあるとお考えです?」


「王国の滅亡だろうか」


「違います。奴の狙いは王都にあります」


「何故、王都なのだろうか」


「奴にとって大切な何かが王都にあるのです。閣下におかれては、何が起きようとも、目の前の激怒皇帝との対決に注力なされますよう、そして、このこと、ゆめゆめお忘れにならぬようお願いします」



 

 俺の部屋に、ジーナとエリオが訪ねてくる。

 二人は黙ったまま、競い合って俺の部屋を掃除し、やがて去っていく。


 その後、アキレとサルヴァートランジェロが連れ立ってやって来る。

 以前、アキレはサルヴァートランジェロの下で働いていたこともあり、この二人は大変な仲良しである。


「兄貴。サルヴァの旦那が話したいことがあるってんで、連れてきたんだ」


「おぃ。他人がいる前で、その話し方は止めろ」


「おっと。すまねぇ」


 アキレは、頭をかいている。


「それで、サルヴァートランジェロよ。どうしたのだ?」


「街道のど真ん中に、老いぼれが転がっていてよぉ。邪魔なもんで、うちの若い奴らがそいつにちょっかいを掛けたってわけよ」


「問題を起こすなよ」


「おぃおぃ、こっちは悪くねぇぜ! で、そいつ、目を起こしたはいいが、うちの若い奴らを軽くのしてくれちゃって」


「収集がつかなくなったから、私に出向いて欲しいと?」


「あんた、頭いいなぁ! ちょっとの間でいいんだよ、ちょっとで」


「力比べなら、俺が出るまでもない。アキレ、その御老体を安全な場所に移動して差し上げろ」


「承知!」




 その時。

 扉がノックされる。


 扉を開けると、入ってきたのはブリジッタ。

 入ってきたはいいものの、部屋の中でキョロキョロしている。


 嫌な予感がする。

 ブリジッタと仲が良いジーナはどこへ出掛けたというのだ?

 早く帰ってこい。


 しばらくして、ブリジッタがようやく口を開く。


「その人達を同席させるのか?」


 一対一では気まずい。

 是非、二人には同席して欲しい。


「彼らは私の親友です。信頼してやって欲しい。それとも、彼らに聞かれてはまずいことでも?」


「そっか……。じゃ、そのままでいい」


 再び沈黙が続く。

 ふと、気になったことがあり、俺は問いただす。


「白狼公との戦いを見ていました。何故、刺し違えようとしたのです?」


「終わったことだから、もういいだろう」


「よくはないでしょう。何だか、投げやりな態度に思える」


「そんなことは、知らない。それに、貴方は唯一の元帥になった。私のことはもういいだろう」


 監視役から降りたいということか。


「私の補佐を続けてくれるなら、相応の扱いは約束しますが」


「そんなものに興味はない」


「どうしても去りたいというのですか?」


「ああ」


「理由は?」


「私は貴方の操り人形じゃない。それに、私は敵国で将軍を務めていた。私を嫌う兵士も多いだろう」


 こんな妙なタイミングで、自我が芽生え始めたというのだろうか。

 それ自体は、悪いことではない。

 しかし、それでは俺はファウストとの約束を守れない。


「そうですかぁ。しかし、困ったなぁ。私は、貴女のこの一ヶ月間弱の衣食住を全て賄ってきたのですが」


「それを払えと?」


「当然でしょう」


 アキレが思わず呟く。


「細けぇ!」


「几帳面と言ってくれ給え」


 しばらく、睨み合いになる。


「だったら、払うよ」


「当てはあるのですか?」


「いつか必ず……」


「そいつはいかんぜ、姉ちゃん! 払うものは今すぐきっちり払ってもらわなきゃ」


 神妙に聞き耳を立てていたサルヴァートランジェロが、ここぞとばかりにしゃしゃり出てくる。

 本職ではないかと思われるような迫力だ。


「だったら、私をどうするつもりだ?」


「……」

 

 操り人形になって欲しい?


「おぃ、誰かなんとか言ってやれよぉ」


 サルヴァートランジェロが悲しげに言う。

 仕方なく、俺は口を開く。


「私という壁を超えるまでは、貴女は籠の中の小鳥に過ぎない」


「超えてみせろと?」


 俺は無言で頷く。

 アキレが呟く。


「それって、兄貴。今は大切な仲間だって思ってるってことじゃねぇか」


「え?」


 気まずい沈黙が続く。

 サルヴァートランジェロが相好を崩して、握手を求める。


「改めてよろしくな。姉ちゃん。でさ、名前は何ての?」


「アウグスタ。雷神のアウグスタだ」


「おふ……。そいつは何ともまぁ……、その、よろしくで」




 日が暮れてから、王の部屋に向かう。

 室内に応接卓はあるものの、隣にはベッドも置かれ、プライベートの色が強い部屋である。

 メイド達は控室に下がり、俺と国王は一対一になる。


「レンゾ・レオナルディ。少し話がしたくてね」


 アルフィオは、対面に掛ける。

 真面目な顔をしているが、その面持ちは少年の域を出ていない。

 対面しているだけで、懐かしい思い出が溢れてくる。

 

 いかんいかん。

 油断してはいけない。

 彼はシビアな人事を行う国王だ。

 ヘマをすれば、俺も26世の二の舞だ。


「光栄であります」


「信用していた配下は皆、僕の手元から去っていく。君は、僕のこと、嫌いかい?」


「滅相もございません」


「昔は僕のことを嫌っていたよね?」


 レンゾとアルフィオ。

 従兄弟同士ではある。

 ひょっとすると、親しい間柄なのかも知れない。

 しかし、その間柄を知らない以上、今さら軌道修正することは出来ない。


「そのように思われたのであれば、それは私の不徳の至り。平にご容赦願います」


「そうかい」


 アルフィオは立ち上がり、唐突に側にあるロングソードを手に握る。


「汝、レンゾ・レオナルディを大元帥代理に任ずる」


 驚いている俺をよそに、俺の肩と仮面にロングソードの腹を軽く当ててくる。

 燭台に灯るローソクの火がやけに眩しく感じる。


「有難き幸せ」


「君は、僕から離れていかないでおくれよ」


「もちろんですとも」


「そっか……」


 何か、俺は試されているのだろうか。

 アルフィオは、深い溜め息をして、剣を手放す。

 そして、俺の側に近寄る。


「どうしても、その仮面の下の顔は見せてくださらないのですか?」

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