表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
13/286

13 回廊の激戦

 フッチ第八城砦に戻り、軍議を開始する。

 諸将が居並ぶ中、俺が口火を切る。


「直ちに進軍すべし!」


 戦略は単純である。フッチ第八城砦を出発し、隘路を抜けて北進。コルビジェリの砦を急襲し、これを陥落せしめる。

 しかし、これに対して、アウグスタが反論する。


「宰相からは、第二陣を待つように言われている」


「敵軍は先日の戦いで甚大な損害を被った。傷の癒えていない今が、今こそがチャンスだ」


 俺が隘路を検分した際に、敵兵士は俺を警戒することなく赤裸々に真実を語ってくれた。

 すなわち、敵軍は帝国軍の到着を待って、反撃を開始しようと考えている。つまり、敵軍は、現状の敵軍勢力では、我軍に立ち向かえないと考えているのである。

 そもそも、先日の戦いで、敵軍はその勢力の大半を失ったと聞いている。ならば、以上のことは当然だともいえる。


「隘路を進軍することになる。隘路は、守勢が少数で攻勢を翻弄できる地形だ。無策に突っ込むべきではない」


「だからこそ、敵軍に、完璧に準備されてからでは取り返しがつかない。隘路を抜けるなら今の内だ」


 今のうちに、濃霧に紛れて素早く回廊を抜け、回廊を支配下に置く。そうすれば、輜重を通すこともでき、兵站がつながる。


「既に、我軍を迎撃する準備が整っている可能性もある」


「無論、見えないところに兵を伏している可能性も考えた。しかし、徹底して斥候を送ったが、確認できなかった」


「たとえ、斥候を送ったとしても、伏兵を完全に掌握するのは不可能に近い。ならば、安全をとって、第二陣の到着を待ち、二軍同時侵攻により、相手の守勢を分散させるべきだ」


「貴女は、既に敵軍の術中にはまっている」


「どういう意味だ?」


「そもそも敵軍は、出来ることなら、傷が癒えるまで我軍と戦いたくない。だからこそ、隘路に寄って、我軍の警戒を煽っている」


「我軍が、伏兵を恐れて進軍しないことまで見越していると?」


「そのとおり。これは敵軍の時間稼ぎに過ぎない。存在しない伏兵を恐れて、みすみす進軍の好機を逃すというのは、いかがなものかと考える」


「リスクが大きすぎる」


「恐るるに足りず。こちらには七英雄もいる」


 諸将が固唾を飲んでいる中、ペーター王が大きく頷く。

 近衛兵達がこれに続く。


「さすがはメルクリオ様!」


「敵将が裏をかいてくるなら、メルクリオ様はさらにその一段階裏をかく男!」


「戦場では、勇気あるのみ!」


「勇気こそが最良の作戦だ!」




 即時進軍が決まった。


 しかし、あいにくの雨天が続く。

 隘路の地面は間違いなく、ぬかるんでいることだろう。行軍に支障が生じるかもしれない。

 なるべくなら、晴れ間が続いた日時を見計らって、隘路を通り抜けたいものである。


 雨が降りやむのを待つ間。

 俺は、進軍の準備の傍ら、村人に扮した傭兵を大量に放つ。

 アルデア軍は進軍を停止し、第二陣の到着を待っている。そのような噂が、コルビジェリ軍に伝わるように傭兵を放ったのである。

 敵軍は、さらに安堵して、隘路の出口を放置しておいてくれるに違いない。


 ところで、しばらくの後、進軍の準備が整っても、未だ雨は降り止まない。

 こればかりは、制御しようがないし、この世界では、明日以降の天気予報を確認する術もない。 

 

 そこで、俺は、天候を諦め、進軍を開始する。

 なお、隘路のぬかるみを踏破できるよう、総勢三千五百の兵士のうち、千の兵装を軽微なものとした。俺自身が彼らを指揮し、彼らを先行させて、有事に対処させるのである。




 五日を経て、日が昇るよりも前の頃合い。

 我軍は、隘路付近に到達する。


 雨脚は弱くなったが、案の定酷い濃霧である。近衛兵達には、一寸先も見えていないようである。しかし、俺だけは特別に目がいいのだろうか、さらの先の光景が手に取る様にわかる。

 

 とはいえ、俺の視点でもってしても、隘路に敵軍の姿はない。

 加えて、直近の哨戒の結果によっても、隘路付近に敵軍の姿はなかった。


 やはり、隘路に敵軍が待ち構えているというのは、ただの杞憂であった。

 と思いきや。


「隘路の奥! 松明の火が見える!」


 最前列からの声が、俺の思索をかき消す。

 情報と違うではないか。

 どこから、敵軍は湧いて出たというのだ。


 俺の思考が混乱している中、近衛兵が俺の側に近寄る。


「このまま進みますか?」


 近衛兵は、よく見れば、アルである。


「松明の明かりはまばらだ。大した数ではない。敵軍は、待ち伏せを仮装しているにすぎない」


 俺は、喋りながら自分に言い聞かせ、さらに思考をまとめる。


「では」


「直進だ! 蹴散らせ!」


 ホルンが重低音を謳い上げる。

 そこで、我軍は、横列を短く、縦列を深くして、隊列を編成する。

 そのまま、隘路の入口に向かって進軍する。




 数歩歩いたところで、ふと、前方からのプレッシャーを視認する。


「敵軍がいます! 接敵まであと僅か!」


 驚くべきことに、隘路の入口に敵軍が待ち構えていた。

 隘路の奥に火を灯し、接敵までの距離があるものと油断させておいて、唐突に眼前に現れたように錯覚させてきたのである。


 俺の目をもってしても、眼前の敵に気が付かなかった。

 全ては濃霧が原因であり、敵軍は濃霧をうまく利用し、こちらに積極的に仕掛けてきている。

 

 つまり、敵軍は、戦う気満々であった。

 我軍が隘路を抜ける作戦の、その根底が崩れていく。


 焦る俺を他所にして、最前列では激しく剣戟が交わされる。

 と思いきや。


「敵軍は反転しました! 隘路の中へ逃げていきます」


 よくよく観察すると、敵軍は僅か百の部隊である。

 もっとも、少数であっても、隘路の中で目一杯横に広がっておけば、突破されない限り、包囲されることはない。よって、敵軍は少数でもって、我軍と正面から戦い、持ち応えることもできる。

 しかし、接触した場所は、未だ隘路の入口である。

 となれば、数の暴力に屈せざるを得ない。


 結果、敵軍は、我軍全軍が挑みかかっていることを知り、恐れをなして、隘路の中に引っ込んだのである。

 敵軍は、確かに仕掛けてはきた。しかし、敵軍の見込みも甘かったのである。


 アルが尋ねてくる。


「追いかけますか? 誘われているようにも思えますが」


 無論、眼前で逃げ惑う敵部隊は、敵軍の一部にしか過ぎないだろう。他に、敵部隊が控えていてもおかしくはない。しかし、そのように軍を細かく分けているというなら、それは、いっそのことこちらにとって好都合である。まずは、眼前の敵部隊が他の敵部隊に合流する前に、素早く討ち取る。後からのこのこ現れた敵部隊は、後でゆっくりと平らげてやればよい。


 さらにいうと、我軍の士気は、敵部隊を撃退したことにより、最高潮に高まっている。

 敵部隊を追いかけないとなると、逆に士気が低下しかねない。むしろ、追いかけない選択はないのである。


「直進だ! 撃滅せよ!」


 そこで、伝令がやって来る。


「アウグスタ様からご報告。メルクリオ様の率いる千の部隊で、先行いただきたいとのこと」


 我軍の後行二千五百は重装備であり、隘路内のぬかるんだ地面の上では、戦闘しつつ進軍するという芸当は不可能である。

 したがって、後行が戦闘に参加するためには、まず軽装に換装しなくてはならない。

 なお、アウグスタは、ペーター王と共に後行を指揮するとのことである。

 

「注意深いことだ」




 我軍は、構成人数が多いために、相対的に進軍速度が遅い。それでも、敵部隊に比べて軽装である。その甲斐もあってか、隘路の半ばでようやく敵部隊に追いつき、敵部隊は観念したのか振り返って相対する。


 最前列がぶつかり合い、押し合いとなる。


 俺は、最前列の間近に控えている。

 したがって、兵士達の喚きが伝わって来る。周囲は赤黒い飛沫に濡れ染まり、喉の奥まで、鉄の匂いや腐臭がこびりつきそうなほどである。


 敵兵は、渾身の力を我軍の兵士に叩きつけ、潰しにかかる。

 対して、我軍の兵士は軽装であり、動きが俊敏である。このぬかるみの中においては、その特徴が顕著に表れる。すなわち、敵兵の鈍重な攻撃を避け、その隙を狙って、手数の多い攻撃で、容易く敵兵を刺して回るのである。


 どちらが優勢かは、一目見て明らかである。

 決着は一瞬にして決まるものと想定していたが、敵部隊は少数ながらもなかなか崩れない。

 我軍の圧力に耐え、我軍のそれ以上の進撃を許さないのである。

 

 しかし、時間の問題ではある。

 最前列のカエサルが、敵兵士を次から次に川面に投げ飛ばしていく。投げ飛ばされた敵兵士は、ありえないほどの遠くに着水し、戦線に復帰出来ない。そうして、敵部隊はみるみる間に数を減らして、ついにその一画が崩れる。


 その時。


 空中で何かが炸裂する。

 同時に、弾け飛んだ火花が、我軍の頭上を襲う。


 我軍は僅かに隊列を崩すが、火花による損害は少ない。

 精々が小やけどで済んだのである。

 

 しかし、この炸裂武器は我軍にとって、脅威である。

 火炎放射器か何かであろうか。我軍にはない正体不明の武器であり、対処法もわからない。

 しかし、我軍の近衛兵達は、既にその正体を知っているようで、口々に呟いている。


「近くに、あの女がいる」


「死を招く戦乙女」


「豪炎のブリジッタだ」


 聞き覚えのある名前である。


「戦乙女ブリジッタというのは、何者だ?」


 しかし、近衛兵が応える直前。

 火花のために、気温は上昇し、一気に濃霧が晴れる。


 そこで、俺は周囲を見渡し、異変に気付く。


「川向うに敵軍発見!」


 川を挟んで、東には森が広がっている。

 木々の間から、無数のクロスボウがこちらの様子を伺っているのが見える。


 次の瞬間。


 放たれた無数の矢が、こちらに向かってくる。

 我軍の兵士達は、急いで大盾を構えて、身を防ぐ。

 しかし、完全に矢を防ぎきることは出来ない。多くの者が、矢傷を受けて、あえなく膝を屈する。

 

 このままでは、集中砲火を受けて、我軍は崩壊する。

 ならば、西の森に隠れるべきか。


「森が燃えています!」


 正確に言うと、西の森は、煙が充満している。

 木々は、雨に降られて湿りきっており、火の手があがるまでには至っていない。

 しかし、西の森に隠れたとしても、一酸化中毒になりかねない。逃げ隠れることもできないのである。


「背後より、敵軍が現れました!」


 敵軍は、元よりどこかに、兵を伏せていたのである。

 それが、我軍が隘路に入り切ったところを見計らって、ここぞとばかりに挟撃を仕掛けてきたというのである。

 加えて、挟撃どころか、我軍は、四方八方からの襲撃を食らっている。


「つまり、四面楚歌か……」


 敵軍は、寡兵を装い、我軍への必殺を狙って兵を伏せていた。

 それを、俺は見抜かず、敵軍は戦意喪失したと断じてしまった。アウグスタの忠告も聞かず、全軍で突っ走ってしまったのである。

 はめられた。

 いや、むしろ、俺は、自ら罠にはまりにいったという表現が正しい。


 川向うの無数のクロスボウから、我軍に対して、第二射が放たれる。

 一本の矢が、俺の頭部のすぐ隣を鋭く通り抜けていく。


「メルクリオ様は、身じろぎもしなかった……」


「命のやり取りを生業にしてきた軍神ならでは」


「我々には軍神様がいる」


 近衛兵の称賛を受けて、俺は我に返る。

 ところで、俺は、あえて身じろぎしなかったのではなく、それだけの反射神経を持ち合わせていなかっただけである。


 それはさておき、我軍にとって、第二射は想定されたものである。したがって、第一射に比べてその損害は軽微にとどまった。

 それでも、我軍の兵士達は混乱に陥っている。

 俺に、この局面を立て直すだけの能力はない。

 そして、頼れるアウグスタも隘路の入口に待機しているのであり、俺の側にはいない。


 俺に対して、アルが問い掛けてくる。


「いかがなさいますか?」


「いかがも何もなかろう……」


 俺は、我に返ったところで、やはり泣きたい気分で一杯である。


「承知しました」


 アルは俺から離れ、伝令に言伝する。


「メルクリオ様からの指示です。直進だ!」

 

「え?」


 俺は、思わず声を上げる。

 しかし、アルには届かず、アルは再度号令をかける。


「メルクリオ様がそのまま直進と仰せだ!」


 同時に、ホルンの音が勇壮に鳴り響く。楽器の力によって、我軍は無理やり落ち着きを取り戻したのである。




「まずは、私の出番だな」


 ツリ目の英雄がおもむろに川べりに立つ。

 川向うの敵部隊に向けて、両手の平を広げる。

 一瞬の後。

 川向うの森の奥で、光の奔流がとめどなく炸裂する。激しい明滅に敵部隊は混乱し、我軍に対する掃射を止める。

 

 次に、トンガリ帽の英雄が、両手の平を地面のぬかるみに浸し、甲高い声で叫ぶ。


「行きなさい! 我が下僕達!」


 ぬかるみからは、どろどろの柱が立ち上がる。

 溶けながらも次第に人型になっていき、完全に人型になる前に川に向かって走り出す。

 そのままの勢いで渡河し、森の奥の敵部隊に向かって行く。


 そのまま、泥人形は敵兵にタックルを仕掛けるも、あえなく粉砕される。


「ほおーーれ、ほれほれッ!」


 トンガリ帽は諦めることなく、次々に泥人形を作りタックルを敢行させる。

 泥人形は元気に立ち上がり、リズミカルに走り去り、そして粉砕される。


 川向うの敵部隊は、やがて、混乱に収拾をつけられなくなり、後退を始める。


 二人の英雄が、人間離れした力によって、我軍をクロスボウの斉射から守ってくれた。

 そこで、我軍は一丸となって、再び隘路の出口を目指して進撃する。

 つまり、包囲されても突破すればいいとして、猛攻を開始したのである。


 筋肉ダルマの英雄が先頭を走る。

 巨大な戦斧を振り回しながら、敵兵の間を走り抜ける。先頭を走るがゆえに、幾人かの敵兵に一斉に襲いかかられるも、すべてを一蹴する。

 ついには、数人の白刃を一人で受け止め、凄まじい膂力で全てを弾き飛ばす。

 圧倒的な暴力である。


 タレ目は、筋肉ダルマに追随する。

 筋肉ダルマに荒らされ、群れから孤立した敵兵を、逐一刈り取っていく。

 短槍を用いて、大きな円弧を優雅に描いているが、円弧が止まった後の突きの狙いは、実に正確無比である。


「損な役回りだぜ」


 前方を遮る敵部隊は、やがて瓦解していく。




「後方の敵部隊も四散していきます」


 我軍の背後を狙う敵部隊。

 その敵部隊を、アウグスタがさらにその背後から襲撃し、一瞬で崩壊させたのである。


「ゴタール回廊の戦い、勝利したるは英雄メルクリオ! そしてアルデア王国なり!」


 隘路の中に、声が響き渡り、こだまする。

 

 敵軍のうち数百人はかろうじて隘路を抜け出たものの、近くの砦に立て籠ることなく、北の方角へと落ち延びていった。

 俺はまた、己以外の力によって勝利をもぎ取ったのであった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ