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メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
12/288

12 霧の河畔

 目が覚めると、既に日は高い。


 昨日の事をぼんやりと思い起こす。

 危うく正体が暴かれるところであった。

 しかし、俺は、その場その場で機転を利かし、最大の危難を乗り切った。すなわち、結果オーライである。

 

 安堵感で、ようやく体中が弛緩する。


 確かに、俺の機転が冴えわたっていたことに間違いはない。しかし、ここまで英雄と勘違いされ続けるというのも不思議な話だ。

 古代の英雄達は、メルクリオの顔をよく見知っているはずであり、俺がメルクリオでないことは容易に認識できるはず。それなのに、俺をメルクリオと認識している。


 となると、俺は、やはり本物のメルクリオなのかもしれない。

 俺は、かつてこの異世界の英雄であったが、ひょんなことから日本に転移した。運悪く転移の際に俺は記憶を失ってしまった。そんな記憶喪失の俺を、両親が拾って大事に育ててくれたのである。

 ならば、そのうち、英雄の能力が発現しても不思議ではない。


 勝手な妄想に耽っていると、扉の前に人が現れる。


「お目覚めでしょうか?」


「うむ。入れ」


 近衛兵が入ってくる。


「敵軍の駐屯地を発見しました」


「よくやった」


 俺は、古い地図を広げる。

 

「敵軍は砦に籠もることをよしとせず、こちら。隘路の出口を封鎖して、我軍を待ち受けているとのこと」


 近衛兵は、地図の一点、木々の描かれた箇所を指差す。

 フッチ第八城砦の北側は、東の山脈から西の海岸に至るまで森に覆われている。その茫漠たる森の中、一本の河川が縦に走っている。

 加えて、河川に並行する形状で、指摘の隘路が見受けられる。

 つまり、敵軍は、鼠一匹通らせないために、隘路の出口付近に布陣し、蓋をしているというのだ。


 ところで、昨日の戦いでは、我軍は軽騎兵を用いて、敵軍の前衛を迂回し、敵軍の後衛へダイレクトに攻撃を仕掛けた。これが奏功し、我軍は勝利した。

 しかし、隘路において、この方法は有効ではない。隘路内において、敵軍の前衛を迂回するための余分の幅員はなく、我軍は敵軍と正面衝突するよりほかないからだ。

 しかし、敵軍も同じ条件ではある。


「馬鹿正直に隘路を抜ける必要性はあるのだろうか?」


 対して、近衛兵は事細かに説明してくれる。


 隘路を通らないとなると、我軍は森を突っ切ることになる。森の中の行軍は、相当な困難を伴うものと推測される。加えて、仮に森の中での遭遇戦となった場合、我軍はなおさら、数の有利を活かせない。

 仮に、我軍の戦闘員がうまく森を抜けたとする。そうであっても、森の中には道らしい道がないため、輜重隊がこれに続くことは不可能である。そうすると、森を抜けた戦闘員は兵站を確保できず、苦境に立たされる。

 

 森を切り開くという手もある。しかし、どれほどの時間を要することだろうか。

 

「短期決戦を望むなら、隘路での戦いは避けられないということか……」


 ところで、宰相は第二陣の到着を待てとのことである。

 しかし、単純に戦力が増えたところで、この狭隘の突破が容易になるとも思えない。


 どうするか。

 とりあえず、現地を見ておくべきだろう。


「報告は以上か?」


「ハッ」


「ご苦労であった。斥候に伝えてくれ。第一支隊は森を抜ける道が他にないか再確認を行え。第二支隊はさらに敵軍の駐留地を探索せよ。第三支隊は次の任務まで休息を取るがいい」


「直ちに」


 近衛兵が勢いよく飛び出していく。

 何だか、俺は、それらしいことをやっているように思える。


「付いてきてくれるか?」


 俺はカエサルに問いかけ、カエサルは俺に付き従う。


 建物を出ると、外では、兵士達がきびきびと働いている。

 炊事を行っている者。家畜に餌をやっている者。剣を磨いでいる者。

 一様に顔色は明るく、大変な活気である。


「次の戦いはいつになりますかね?」


「俺達はいつでもいけますよ!」


「早く、七英雄と共に戦ってみたい!」


 対して、俺は笑顔で応える。


「そんなことよりも、私にパンをくれないか? 腹が減ってしょうがない」


 受け取った固いパンをかじりながら、俺は会議室へと向かう。


 途中、ニレの樹の下に、お爺さんが腰掛けている。

 確か、名前はイクセルであり、七英雄の一人である。

 細長いホルンを携えて、大きな音をたてている。


「ご機嫌ですね」


 相手は年上である。そこで、俺は敬語を使って、話しかけてみる。

 イクセルは立ち上がり、尻についた塵を払う。

 

「何やらすっきりした顔つきになったのう」


「自覚はありませんが」


「よい傾向じゃ。お主が総指揮を務めるというなら、お主の顔色は、軍全体の士気に関わるからのう」


 後頭部の短い髪をさすりながら、にこやかに話しかけてくる。

 その様子は、人の良い老人そのものである。


 本当にこのご老体も七英雄の一人なのだろうか。間違ってここに紛れ込んでしまっただけではないか。

 そして、仮に、このご老体が七英雄を名乗るなら、だったら俺だって、七英雄の一角を占めても罰は当たらないはずだ。

 そもそも、俺は初戦で大活躍を見せた。七英雄でなくても、英雄には間違いないのだ。


 イクセルはカエサルに目を移し、俺に質問してくる。


「この像は、お主が操っているわけではないのじゃな」


 あっさりと見抜かれてしまったようだ。


「自律起動の古代兵士像です。心強い友でもあります」


「面白い。俄然お主に興味が湧いてきた」


「この像に覚えがあるのですか?」


「さてどうじゃろうか……」


「……」


「それよりも、困ったことがあったら、何でもワシに相談するがよい。まぁ、相談がなければ、ワシが、お主にちょっかいをかけてしまうかもしれんがのう。ホッホッホ」




 会議室にて、俺は、アウグスタと顔を合わせる。

 俺は早速、本題を切り出す。


「次の戦地を、この目で見てこようと思う」


「私も行く。英雄達にもすぐに支度をさせる」


 アウグスタは機敏に立ちあがる。


 しかし、それは、いらぬ気遣いである。

 英雄達と同じ時間を過ごせば過ごすほど、俺の言動から、俺の正体が暴かれる可能性が高くなる。

 自分の言動に気を付けるとしても、それには限度がある。それに、いちいち自分の言動に気を張らなくてはならないというのは、辛いことだ。それだけでも俺は疲弊してしまう。

 俺を仲間と思ってくれるのは嬉しいが、彼らとあまり接近したくはないのである。


「多人数で行けば、それだけ目立ちやすくもなる。だから、私一人で十分だ」


「私は、貴方が逐電することを恐れている」


 俺はいかにも軍師であるかのような発言をして見せたのだが、アウグスタからはばっさりと切り捨てられてしまった。

 嘆かわしいことに、アウグスタから俺に対する信用は既に皆無のようだ。

 俺は、昨日の件で、互いに心を通わせあえたものと思って、喜んでいた。しかし、実際は、信頼関係など全く形成されていなかったのである。


「斥候の追随を認める。私が不穏な動きをした時は、好きなように対処すればいい」




 俺とカエサルは、道なりに北上する。

 カエサルは一般人を扮するため、大きなマントを頭から羽織っている。少し、不格好である。

 

 今回は馬上の旅である。

 しかし、俺は馬の走らせ方などわからない。馬は、気の向くままにとことこと街道沿いを歩いていく。

 しばらくすると、馬の胴を締め続けていた俺の内股は、早くも筋肉痛を訴える。幸先が思いやられる。


 一方のカエサルの騎乗姿は、堂々としたものである。

 そこで、カエサルに懇願し、馬の走らせ方を教えてもらう。


 のどかな春の風が吹き抜けていく。

 あいにくの天気ではある。しかし、敵兵士と遭遇しない限りは、気楽な旅である。

 もっとも、街道沿いの村落は、いずれも著しく荒廃しており、戦時中であることを強くうかがわせる。


 ところで、俺は、あれほど戦いを忌避していたというのに、今こうして、自主的に戦場を目指している。

 しかも、その戦場に、俺は期待を見出している。

 次の戦場でも、俺は活躍してみせる。そうすれば、七英雄の一人として、さらなる尊敬の念を勝ち取ることが出来る。

 

 俺の平和主義思想は、いつの間にか影を潜めている。

 その変転ぶり、高揚する精神は、自分からしても異常としかいいようがない。




 夜に入ると、しとしとと雨が降り始める。

 身体を冷やさないよう、廃墟にて雨宿りする。


 一晩で降雨は治まり、明くる日の早朝。

 戦場予定地である隘路にたどり着く。


 まずもって、凄い霧である。視界は、酷くぼやけている。

 件の隘路は、幅員百メートル程度、全長一キロメートル程度。

 隘路の東隣には河川が流れており、川幅は五十メートル程度である。昨日の降雨のためか、増水している。


 騎馬で、隘路に足を踏み入れたその瞬間。

 馬の蹄が地面に沈んでいく。そのまま、足首まで埋まってしまう。

 地面はぬかるみ、泥状に変化しているのである。

 足を引き抜くにも、泥は、粘性の高い音をさせて縋りついてくるのであり、一歩歩くのも一苦労である。


 これ以上の騎行は難しい。そう判断し、俺とカエサルは地面に降り立つ。

 そうすると、カエサルの金属造の足までも、泥に埋まる。重量オーバーなのである。

 一方の俺は、身軽なためか、そこまで沈むことはない。

 早速、ぬかるんだ状態の隘路を踏破するには、軽装でなくてはならないことがわかったのである。


 ところで、哨戒からの情報によれば、敵軍が厳重に隘路を封鎖しているとのことであった。しかし、現場に来てみれば、一見して敵軍の姿はない。拍子抜けである。

 しかし、気を抜いてはいけない。ひっとすると、左右の森に隠れているのかもしれない。


 まず、西の森に分け入り、じっくりと観察する。

 広葉樹が密集しており、整備されている気配はなく、人がいた痕跡もない。


 東の森はどうだろう。

 とはいえ、東の森へ侵入するには、渡河しなくてはならない。無論、橋梁などない。 

 したがって、俺達は、足を水に浸して静かに進む。

 水深は浅く、最深部でも水面はひざ下に留まる。しかし、川の流れは激しく、河川の中で戦うというのは無茶だろう。


 俺は途中で足を滑らせ、カエサルに支えられる。そのままカエサルに背負われて渡河し、東の森へと侵入する。

 こちらの森も、人がいた気配はない。

 

 そこで、俺達は、隘路の入口に戻る。


「さて、どうしたものか……」




 その時。


 南から、三騎の騎兵が近づいてくるのを察知する。

 隘路の南方向にフッチ第八城砦があることからすると、その方向からやって来た彼らは、アウグスタが俺達に張り付けた尾行ではないだろうか。事態が急変し、その事態を報告するため、俺達に接触を図ろうとしているに違いない。


 しばらくして、騎兵は俺達の元に参集し、馬上のまま話しかけてくる。


「お前達は何者だ?」


「え?」


 俺達のことを知らない。

 だとすると、尾行者であるはずがない。俺の早とちりであった。

 

「どこから来たか言ってみるがいい」


「怪しい者ではありません」


 ひょっとすると、騎兵は尾行者ではないどころか、敵軍の兵士である可能性もある。

 俺は、途端に恐ろしくなって、慌てて言い訳をする。


 はたして、騎兵はすぐさま剣を引き抜く。

 別の騎兵が、これを諫める。


「やめておけ。このように腑抜けた顔の男がアルデア兵士であるはずがない」


 余計なお世話だ。

 ところで、彼らはアルデア兵士を敵視していることがわかった。となると、コルビジェリ兵に違いない。

 俺は、すぐさま口を開く。


「我々は商人です。アルデアに荷物を接収されまして、路頭に迷っているところです」


「それは、難儀なことだ」


「酷い話です」


「一つ忠告しておいてやる」


「何でしょう?」


「この辺りは、数か月後に大規模な戦場になる」


「といいますと?」


「我々は帝国軍の到着を持って、アルデアに反撃を開始するのだ」


「遂に!」


「戦乙女ブリジッタが豪炎を降らせ、フッチの城砦を尽く灰燼に帰さしめることだろう」


「恐ろしい!」


「早く去れ。でないと、巻き込まれるぞ」


「親切に、どうもありがとうございましたぁ!」

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