18 茨の装い
数日間にわたる激しい嵐が過ぎ去ると、今度はカンカンと照りつける太陽が現れた。夏が来た。
セントロ村の北側。練兵場にて。
3つの村から若者達50人をかき集め、週に2回、戦闘訓練を施している。
指導者は、モンタ村の30人のラケデモン。
村人二人の面倒を、ラケデモン一人が見てやる図式だ。
彼らラケデモンは、戦闘のプロであると同時に、戦士育成のエキスパートでもある。
戦士としての心構えから、槍や盾の使い方、号令に合わせた動き方まで、懇切丁寧にレクチャーしている。
彼らの配慮もあってか、村人達は荒々しい訓練にも見事耐え抜き、早くも強力な歩兵団が誕生しつつある。
ところで、ラケデモンは、一つの戦術に強烈なこだわりを持っている。
古代から引き継がれた、いわゆる歩兵の密集戦術だ。
歩兵に槍などの柄の長い武器を装備させ、歩兵同士互いに密集させながら前進させ、相手を力押しする戦術である。
様々な号令を用意し、これに合わせた動きを極限まで熟練させることで、隊列自体が一個の生物のように素早く動くことができるようになるという。
俺が神聖帝国と戦った時分、宰相からの指示を受け、似たような戦術を用いていた。
辺境伯フッチによれば、俺こと偽メルクリオが採用した歩兵の密集戦術により、それまでの騎兵一強の時代は終わり、戦場に秩序が生まれたそうだ。
しかし、戦術は、種々の要因により目まぐるしく変化していく。
俺が一線から退いた後、アルデア王国において、プレートメイルを基本兵装とする歩兵団が現れた。
このプレートメイルというものは、槍の刺突や弓矢による攻撃を弾く堅固なものである。加えて、高価なものではあるが、背に腹は代えられない。思い切って、コルドバ共和国から大量に仕入れているそうだ。
プレートメイルが一般化すると、密集による守備は必要なくなり、小回りの効かない密集戦術は廃れる。
このようにして、戦術を変えることで、神聖帝国に大勝利した。
そうなると、神聖帝国もこのプレートメイル頼りの散開戦術を真似てくる。
その結果、現在の戦場は、敵味方が秩序なく入り乱れ、相手を棍棒などの打撃武器でねじ伏せる野蛮なものとなっているらしい。
つまり、村人達にラケデモンが指南している戦闘技術は、既に時代遅れのものとなっているのだ。
しかし、あえて、俺はラケデモンの教練を止めはしない。
「閣下。こちらです」
発明家が、俺に声をかけてくる。
彼は、火器購入のための約4ヶ月のコルドバ共和国滞在を終え、ようやく領内に帰還したのだ。
彼の後に続き、練兵場の一角、兵器庫の裏手に移動する。
すると、そこには、見慣れぬものが勢揃いしている。
まず、誰もが目を引くのは、木製の専用リヤカーのようなものに載せられた2メートルほどの太い黒筒。
リヤカーと筒のセットで計6台。
「それは何だ?」
俺は興奮を殺して、鷹揚に尋ねる。
「閣下がお望みの、最新鋭のファルコン砲になります。馬につなげて、自由に持ち運びでき、さらに仰角を自由に調整できる優れものです」
「でかしたぞ。しかし、その膨大な木杭は一体何に使うのだ?」
大砲の背後には、多量の木杭が積まれている。
「これは、砲兵を相手の攻撃から守るためのものです。装填中に攻撃を受けては困りますので」
「ということは、大砲を撃つ前に、木杭で簡易なバリケードを築くということか?」
「そのとおりです」
「大層な手間が必要なのだな」
移動しながらポンポン発射できるものだと思っていた。
「ちなみに、木杭の移動にも馬が必要となります」
「木杭を設置するための工兵も同道させる必要があるということか」
木杭の周辺には、南国風の衣装を身にまとった、見慣れぬ人々が立ち並んでいる。
発明家は彼らを指して、説明を加える。
「彼らがその役割を担う専門職奴隷であります」
淡々と発明家は応答する。
専門家を引き連れてきてくれたのはありがたいが、奴隷というのはなぁ。
奴隷など見たことがなかっただけに、少なからぬショックを受ける。
さらに、発明家は、大砲とは別の1メートルほどの細筒を指して説明を続ける。
「こちらは、ハンドガンになります」
その数、20挺。
「これは、素晴らしいものだ。さっそく、村人達に新兵器の使い方をレクチャーしてやってくれ」
「承知しました」
今流行の散開戦術の肝は、プレートメイルによる堅固な防御。
これを打ち破るには、何よりも強力な貫徹力が必要だ。
槍や弓矢で貫けないならば、大砲や小銃で打ち破ればいい。
そうなれば、プレートメイルによる防御は無意味なものとなり、歩兵は無駄な防具を捨て、軽装化する。
そうなれば、ラケデモンが教練する秩序ある陣形が復権するはず。
もっとも、俺の真の狙いは、大砲や小銃の威力を周囲に見せつけてやり、これらが敵への牽制、抑止力となって、戦わずして勝つようになることだ。
練兵場の外にて。
専門職奴隷達によって、大砲の前面に木杭が打ち込まれる。
大砲の正面の木杭は扉状になっており、発射する瞬間だけ開かれる仕組みになっている。
大砲の先から、弾を込めて、点火。
「ファイアッ!」
轟音とともに地鳴りが起き、激しく砲車が後退する。
弾は直線的に飛んでいく。
少し遅れて、はるか遠くに着弾。その距離、400メートルにも及ぶ。
凄まじい土砂を舞い上げ、着弾地点の地面が黒々とえぐられる。
俺の想像していたものと完全に一致している。
「お喜びの折、失礼しますが」
外務大臣ヴェッキオが俺を呼び止める。
「これらの代金は、値切りに値切って300万ゴールドにございました。信用買いにしておりますので、後ほど、ゴンサロ商会の使者にお支払いを願います。でないと、信用を失ってしまうのですが」
目眩がする。国庫の3分の1だ。
しかし、やむを得ない。最先端の技術ゆえ……。
「ところで、その大砲、君は同じものを作ることが出来るか?」
大砲の移動に取り掛かろうとしている発明家に話しかける。
早くも貧乏性が顔を覗かせる。
「出来るか? いえ、出来るかできないかではないです。既に構造を把握している以上、私に出来ないはずがありません」
「頼もしい。では、さっそく量産して欲しい。我が家の興廃は科学大臣である君の双肩にかかっている。必要な資材はあるか? 援助は惜しみなく行うぞ」
「青銅を加工する施設が必要になります。公爵様の鉱山街に加工施設がありますので、そちらに籠もりたいと考えています」
「日々報告は欠かすなよ」
練兵場の中央広場に移動すると、教練は昼休憩に入っている様子。
そんな時分に、うっかり、いつぞやの求人に応募してきた眼力男が、俺の愛馬から降りるところを目撃してしまった。
続いて、次々に馬上から降りる村人達。
「1着は、領主様のエクリプスッ!」
「おおお!」
「兄貴の一人勝ちですね」
「くっそう」
ギャンブル小僧が、声を張り上げる。
「はいはいはい! 今日はもう一勝負やりますよぉ! 挑戦者はいるかなぁ?」
「今度こそ負けねぇからな!」
「ええい! 人生一発逆転だ!」
人だかりができている。
「何をやっている?」
俺は努めて穏やかな声で問いただす。
しかし、俺の顔を見た瞬間、村人達は青くなる。
「これは、その……」
ギャンブラー小僧がしどろもどろになっている。
「また、ギャンブルか?」
「そ、そういうわけでは……」
「それも、馬を使ったギャンブルだな?」
「……自分、皆と楽しいことを分かち合いたかったんで!」
早くも開き直る。
「いいだろう。だが、やるならやるで、もっと大規模にやってみる気はないか?」
「え?」
「人々に娯楽を与える。結構なことじゃないか。お前ならきっとやれる。私がバックアップしよう。運良く、この地は馬の名産地でもある。つまり、公営競馬を運営させてやろうではないか」
ギャンブラー小僧は、お咎めを受けることを覚悟していたところ、お咎めがないどころか、ギャンブルを推奨されて完全に戸惑っている。
それでも、すばしっこく頭の中を整理して、忙しなく頷く。
こいつは適任だ。
「俺、ぜってぇ領主様を損させませんッ!」
完全に、これはひょうたんから駒。
しかし、ひょっとすると、闘技場に並ぶ娯楽施設になるかもしれない。周辺の住人を呼び込めるような素晴らしい娯楽産業に成長させたいものだ。
数日後。
館の前に人だかりができている。
ジーナが村人達に何やら指示を出しているようだ。
「どうしたのだ?」
村人達は、俺の姿を目に入れるや否や、一斉にジーナと俺から距離を取り、恭しく頭を垂れる。
やはり、俺は恐れられているようだ。
「セントロ村の村人から、届け物がありました」
ジーナが指差した先を見ると、そこには、非常に見覚えのある銅像が3体、立ち並んでいる。
「沼地の水をさらったところ、沼底からこのようなものが見つかったそうです。おそらく、古代帝国の遺物と思われます」
銅像と相対した瞬間、俺の胸の中で心臓の鼓動が重々しく体内に轟く。
これは、古代ローマの一般兵士の装いにそっくりだ。古代帝国の遺物に間違いない。
直感でわかる。
これは、俺が召喚されたあの神殿にあったものと同質だ。
「銅像以外にも、鉄の塊が発掘されています。重すぎるために、力自慢の用心棒殿の力でもびくともせず、牛3頭と村人達3人がかりでどうにかこうにか引っ張ってきたそうです」
銅像の背後に長々と寝かされている塊。おそらく、金属でできている。
板状のアイスキャンディーのようなフォルムで、全長4メートルほど、半分ほどは柄になっている。
古代帝国の有識者であるところの、ドクロ先生に識見を伺ってみる必要がある。
「大変興味の湧く遺物だ。感謝する。発見者には銀貨1枚を取らせよう」
俺は村人達に向って呼びかける。
村人達は恐れ入って頭を下げ、そのまま散っていく。
「で、この遺物について知っていることはあるか?」
人々が去った後、俺はドクロを携えて、遺物の観察に勤しむ。
「これは、カタリナの作った心を持たぬ殺戮兵器だ。黒の指輪を持っているなら、こやつらを支配するのは造作も無いことだろう」
かつて、カエサルから受け取り、焼ききれてしまったチョーカーと同種のものが、銅像の首元に収まっている。
黒の指輪が発信機なら、このチョーカーが受信機。
これがあれば、俺は再び力を……。
俺は思わず、銅像のチョーカーに手を伸ばす。
「おや? そちらは……」
ドクロは声を潜めて、巨大アイスキャンディーに興味を示す。
「これに至っては、もはや、用途すらわからん。仮に有用だとしても、そもそも重すぎて使い物にならんな」
「巨大なる塊。海の怪人ヴィゴが、メルクリオに対する戦勝記念として初代アウグスタに贈った宝剣だ」
「ハッ? 剣? こんなものを振り回せる奴がいるのか?」
「ヴィゴはもちろん、初代アウグスタも使いこなしておった。我の片腕を破壊した憎き剣でもある」
俺は、腰を落とし、ゆっくりと柄を握り込む。
そのまま、上に持ち上げようとするが、びくともしない。
やはり、英雄達と肩を並べるのは、俺には荷が重いようだ。
ドクロは続ける。
「こうして、かつての遺物がどんどん発掘されるというのに、この世界に、かつての帝国の民の末裔が一人も混ざっておらんというのは不思議よな。彼らは一体どこへ行ってしまったのか」
「……」
俺は試しに、自身の首に銅像から奪ったチョーカーを巻きつける。
そうすると。
唐突に、背後から冷たい視線を感じ、腰を落としたまま、上半身だけで振り返る。
そこは真っ暗。
真っ暗な空洞が、静かに日常生活を侵食している。
「ボボッボ」
ゆっくりと鳥頭の怪人が、空洞からひり出てくる。
神殿。大渓谷の底。
各所で目撃した、圧倒的な異物感を醸し出す、あの絶対的強者だ。
こいつの登場は、いつも何の脈絡もない。
以前に比べて、腕の数も足の数も格段に減っており、そのフォルムはより人間に近づいている。
一呼吸おいて、まるでジェットコースターに乗っているかのような、凄まじい圧力が全身を襲う。
「ウオーーーーーーンッ!」
甲高いサイレンのような鳴き声が響き渡る。
声が止んだと思いきや、鳥頭は素早くしゃがみ込み、俺の頭を細長い手の平で包みこむ。
その間、俺は全く動けない。
恐れ以上に暴力的な感情が浮かび上がる。
こういう理不尽が、ごくごく自然にまかり通る。そんなことが許せない。
お前は、一体なんなんだよ? いつも俺に付きまといやがって。
俺の命をもてあそぶ権利でも持っているっていうのかよ?
心臓が跳ねる。
血管内を異質なものが駆け巡る。
それは溶解した鉄のようなもの。
そんな、感覚を得る。
びくともしなかった、モレムがするっと持ち上がる。
動く。
俺の体は、鳥頭の支配から逃れ、自身の支配を取り戻す。
凶暴な感情に身を任せ、モレムを振りかぶり、鳥頭の頭蓋に向けて一閃。
大重量の鉄塊が俺の意図に寸分違わず、容易く空間を移動し、それでも圧倒的な存在感でもって、逆らうもの全てを破砕する。
鳥頭はというと、しかし、モレムが通った軌道上には既に存在しない。
それどころか、そこには黒い空洞も鳥頭も存在しない。存在した形跡も残っていない。
俺はモレムを持ったまま、周囲を睨みつける。
わかっている。もはや、この世界に鳥頭はいない。
散々俺をからかった挙げ句、どこか別空間へ移転しやがったのだ。
「グゲゲ」
俺の口から、意図せずして、不穏な声が漏れる。
慌てて自身を観察する。
いつの間にか、俺の全身は異様な姿に変異している。
筋肉が、俺の意思とは無関係に、皮膚の下で踊っている。
止まらない。
モレムを天高く振り上げる。
途端に、背後から強烈な打撃を頭部に食らい、その場から弾き飛ばされる。
止まれない。
館の建つ丘の上から、麓に向って落ちていく。
地に足がつく。
と同時に、俺の背後から忍び寄ってきた何かが、俺めがけて巨大な拳を振り下ろす。
俺は、間一髪これを避けて、大きくジャンプ。30メートルぐらいの距離を跳ね上がる。
飛び上がったところを、さらに、強烈な一撃が繰り出される。
食らう直前。
本能的に腰を捻り、背後をモレムで一刀両断。
切り裂いたのは、液体。
モレムから放たれた風圧で、液体はあえなく空中で爆発し、四散する。
一方の俺も、殴られた勢いで、村の外まで一気に弾き飛ばされる。
鳥の足で、地面を掴み、全力でストップする。
俺のすぐ前面に巨人が姿を現す。先程から俺を攻撃し続けてくる巨人だ。
3メートルを超える全身は、全て液体でできており、その姿はギリシャ神話に登場する戦の女神のよう。
俺の体はもはや制御不能。
モレムをめちゃくちゃに振り回す。
意図せずして一撃が地面をかすり、地面に巨大なひび割れを生じさせる。
その破壊力は凄まじい。
しかし、液体状の女神には有効打とならない。
「まさか、こんなところにいたのか」
女神は、驚愕して呟く。
次の瞬間には、俺の全身を水の中に閉じ込めようと、手を伸ばしてくる。
なすすべもなく、女神の水に捕らわれる。
息ができない。
しばらくすると、全身から力が抜けていく。
ようやく、心と体の制御を取り戻す。
この暴走は黒の指輪の力のせいに違いない。
俺がぐったりすると、女神は俺を解放し、その場で液状化して溶けていく。
こつんと、地面にドクロが落下する。
「黒の指輪をそういう風に使っておるのだな。しかし、まるで制御できておらん。逆に、いいように使われているではないか」
俺は、体中から生気を失い、その場に倒れ込む。
指の先。膝の裏。脇腹。いたる所から血が溢れ出てくる。
意識が遠のいていく。
「よかろう。我が一部を君に託そう。これで、多少は抗うこともできよう。しかし、これは、気休めにしか過ぎない。邪神には近づかぬことだな」




