表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メルヒェン世界に迷い込んだ暗黒皇帝  作者: げっそ
第一幕 戦いをもたらす者
11/288

11 七英雄

 王国第一陣は、フッチ第八城砦へと移動する。

 ちなみに、フッチ城砦は南から順に番号が振られており、その中でも第八城砦は最北端に位置する。そして、コルビジェリ伯領との境界は目前にある。


 夕暮れ時。


 俺もようやく入城を果たす。

 ところで、フッチ第八城砦は、小高い丘の上にある。周囲は長大な木杭で覆われ、これを攻略するのは至難の業であろう。

 とはいえ、大人数を収容できる仕様とはなっていない。あぶれ出た兵士達は、城砦の周りにテントを張ってその場に駐留する。

 中央の監視塔から見下ろすと、丘の下に、無数の松明の立ち並ぶ様が見て取れる。

 

 ペーター王が、俺に声をかけてくる。


「大勝利ですね」


 対して、俺は鷹揚に応える。


「これは全員が力を集結させた結果だ。集結。これこそが我軍の強みであろう」


 もっともらしいことを言ったものだと自負している。

 続いて、公爵ルイジが詳細に戦果を述べる。


「騎兵を森に隠す。これこそ、画期的な戦術であったと思います。敵将こそ討ち漏らしましたが、敵軍の大半は死傷し、さらに、我軍は百人以上を捕虜にして、既に身代金の交渉も始めております。対するこちらの損害は数十人のみ。もう一戦すれば、それだけで、コルビジェリはたちどころに崩壊することでしょう」


 もっとも、すべては、宰相のお膳立てによる戦果である。なのに、公爵ルイジは、俺を褒めたたえてくるのである。とはいえ、後ろめたさはない。

 俺は今、いい気になっているのである。


 さらに、ペーター王が続く。


「俺は、メルクリオ様が一人で突撃する姿に興奮しましたね。どうしても、一緒に戦いたかったので、つい、俺の部隊も追随してしまったんですが、迷惑でしたか?」


「そんなことはない」


「メルクリオ様の武力をもってすれば、一人で敵軍を圧倒できたに違いありません。ああ、俺のせいで、一幕を潰してしまいました。反省ひとしきりです」


 話を聞いてくれない。

 公爵ルイジは、続いて満足げに頷く。

 

「酒の用意が足りず、ここで盛大に祝杯を、ともいかないのが残念です」


 柱の陰にアウグスタがいる。

 彼女は唐突に口を開く。


「今回の勝因は、我軍の軽騎兵の運用にあると考える」


 対して、俺は付け加える。


「敵の重騎兵に仕事をさせなかった点も大きいだろう」


「敵軍は必ず対応策を練ってくる。それを踏まえて、我軍も作戦を練らなくてはならない」


「ともあれ、今は一勝を喜ぶとしよう」


「結果は確かに一勝だ。しかし、貴方が、決闘を避けたのはいただけない」


「あの場面で決闘すべきだったとでも?」


「後ろ指を指されるようなことがあっては、たとえ勝利を得たとしても意味がない」


 アウグスタは無表情である。ただ、その目つきはひたすらに鋭い。

 どうやら、彼女は、決闘へのこだわりが強いらしい。面倒くさい事だ。

 しかし、仮に、俺が決闘に応じていたならば、俺は、今頃、骸として戦場に転がっていたことだろう。

 そうなった場合、我軍の士気はガタ落ちするに決まっている。


 俺は大人気なく、生意気な言葉をぶつける。


「先ほど言ったであろう。力を集結させてこその今回の勝利だ。俺は元より個人の名誉など望まない」




 軽食の後。


 俺は、夜風に当たるため、監視塔の外に出る。

 そこは、ちょっとした広間になっている。各所に松明が掲げられており、暗闇の中でも散歩できる程には明るい。


 ところで、俺は、嫌な気分をなかなかに拭い去れない。

 アウグスタは、一言でもって俺の勝利に水をさしてくれたのだ。 


 もっとも、戦いの後、俺は、近衛兵から一つの報告を受けた。

 俺が一騎駆けしている間、我軍の中枢は、敵騎兵から猛攻を受け、崩壊寸前に陥ったが、アウグスタが鬼神の働きでもって、敵騎兵を駆逐し、中枢を維持したそうだ。

 一歩間違えれば、我軍は中枢を抜かれ、瓦解していた。

 ならば、アウグスタこそが守護神であり、俺は俺をフォローしてくれた彼女に感謝すべきなのだ。


 それなのに、俺は、彼女に対して素直になれなかった。

 俺は放念し、満天の星空に目を向ける。


 突然、裾を引っ張られる。


「メルクリオ様ッ!」


 俺の裾を引っ張ったのは、近衛兵である。

 近衛兵は、ゆっくりと兜をとって素顔を晒す。

 

 近衛兵の正体は、驚くべきことにアルである。

 

「何故ここに?」


「どうしてもご一緒したくて、宰相に従軍の許可を取りました。兄さんには内緒でお願いします」


「危険だ。城に帰りなさい」


「メルクリオ様まで、僕を子供扱いするなんて。でも、僕は、戦場なんて怖くありません」


「戦場を知らないだけだ」


「昼間、僕は音楽隊の近くに待機していました」


 音楽隊は、俺の近くに陣取っていた。

 となると、アルは、俺の行動を逐一観察できる位置にいたということになる。


「まさか、敵軍の襲撃を間近に見たというのか?」


「もちろんです」


「……」


 俺は敵将との決闘から逃げ出した。そんな格好悪い姿も、見られてしまったに違いない。


「メルクリオ様の、ファウスト将軍に対する態度が可笑しくて可笑しくて……」


「笑うでない!」


 乗馬など生まれて初めてだ。うまくいかなかったとしても、仕方があるまい。


「将軍のような小物は相手にしないぞって、どこかへ去ってしまわれて。常人には真似できない行動です。さすがです」


「……」


 馬鹿にされているのだろうか。


「その後の敵本陣への突撃は、まるでお芝居のようでした。やっぱり、メルクリオ様は無敵です。メルクリオ様の近くにいれば、いつだって安全です」


 どうも、褒められているようなので、俺はすっかりと機嫌を取り戻す。


「戦いは芝居などではない。早急に終結すべきものだ」


「ちなみに、戦闘中に緑の枝を持っておられましたが、あれには何か、力の秘密が隠されているのでしょうか?」


「え……? ああ、あれはただの指揮棒だ」


「指揮棒でしたら、もっと丈夫なものを用意させますが」


「欲を言えば、羽扇など用意して欲しいところだ」


 さぞかし、一流軍師たる俺に相応しいことだろう。


「代わりに、僕をメルクリオ様の弟子にしてくれますか?」


「弟子はとらない主義でな」


「そんなぁ……」


 しかし、宰相は、よくも王族をこんな危険な戦地に送り込んだものだ。

 ひょっとすると、何か良からぬ巧みをしているのかもしれない。 


「ところで、宰相から言伝があります」


「どのような?」


「第一陣は、第二陣が追い付くまでこの地に留まるように、とのことでした」


「数を揃えてから、確実に勝てということだな」


 それは願ったり叶ったりだ。しばらくゆっくりさせて貰うつもりだ。


「はい。それともう一つ……」




「やって来たぞおお!」


 大声が聞こえてくる。

 同時に、城砦の入口が開かれ、数人の男女が入城してくる。

 兵士達は、これを迎えるべく、各所からぞろぞろと姿を現し、広間に集う。

 その中に、アウグスタやペーター王の姿も見える。


「ただいま、五人の英雄が到着しました」


 アルは俺にそう告げて、そのまま建物の影に隠れる。


 聖伝において、七英雄は限りなく褒めたたえられていた。そして、七英雄のうち、まずアウグスタとメルクリオが召喚され、さらに、今またその他五人の英雄も召喚された。つまり、あっけなく、全員が揃ってしまったのである。

 もちろん、俺はメルクリオなどではなく、偽物の英雄である。つまり、俺以外の英雄が揃ったということである。

 

 となると、俺の立場はますます危うい。

 アウグスタの時と事情は同じである。彼ら本物は、メルクリオと親しい間柄にあったのであれば、俺の事を偽物であると見抜いてしまうはずである。

 アウグスタの時こそ、彼女の記憶障害か何かのおかげで俺の正体は見抜かれなかった。しかし、今度もうまくいく保障はない。

 冷や汗が背中を伝う。


 せっかく、一勝をもぎ取り、称賛を受けたというのに、ここで幕引きなのか?

 嫌だ……。


 俺は、アウグスタの背後に後退し、存在感を限りなく薄くする。その上で、じっくりと五人の英雄を観察する。


 一人目はタレ目の青年である。オールバックに南国風の大胆な面構えをしている。


 二人目はツリ目の青年である。整った見た目だが、一見して融通の利きそうにない面構えである。宣教師のような法服を着ている。


 三人目は上背のある女である。大きなトンガリ帽子を被り、肩には小さなミミズクを乗せている。その見た目は、正に魔女である。


 四人目は、段違いに背の高いマッチョである。野性味溢れる面構えで、とにかく、全身筋肉ダルマである。


 おそらく、彼らは皆、アウグスタに匹敵する異能の持ち主である。堂々たる振る舞いの端々に、絶対的な実力と自信の現れを見て取れる。


 ところで、古代の英雄同士ならば、互いに名前を知っていて然るべきである。

 だが、俺は、まさか彼らと関わり合いを持つことになろうなどとは思ってもみなかったのであり、彼らの名前など覚えていない。

 それに加えて、かつてメルクリオは、彼らに対してどのような感じで会話していたのかもわからない。

 だから、不審に思われぬよう、不用意に話し掛けることもできない。

 

 しばらくして、タレ目が口を開く。


「久しぶりじゃねえか、アウグスタ!」


 これにトンガリ帽が続く。 


「お元気?」


 アウグスタは珍しく微笑する。


「再会できて私も嬉しい」


 英雄達はどうやら、互いに気の置けない間柄のようだ。

 周囲に佇む兵士達は、これを見て、しばらくひそひそと話し合っていたが、突然に沈黙する。

 しかし、次の瞬間。一人の兵士が詩吟を始める。


「再び、暗黒が世界を覆う時!」

 

「彼らは長き眠りから目覚め!」


「世界に救いをもたらすであろう!」


「オオオオオオオオ!」


「至高の七人。彼らの名は……」


「七英雄!」


「ついに、彼らが戻ってきたのだ!」


 兵士達は一転して大騒ぎする。松明を天高く放り投げて、踊りだす者までいる。


 全くこの世界に縁のない俺すらも、その熱意にあてられてしまう。

 ここで、俺からも一言入れたいものだ。


「我々は……」


「そなた、メルクリオじゃな?」


 機先を制され、俺は、乾いた声を投げつけられる。

 目の前にはお爺さんがいる。大きな歯を見せて、ニコニコしている。

 

「そのとおりだ」


「どうした? わしはイクセルじゃ。お主とワシは旧知の仲であったはずじゃが?」


 兵士達が、俺とお爺さんの会話に聞き耳を立てている。

 併せて、囁くような声が聞こえてくる。


「あの人が、時の翁、英雄のイクセルか……」


 このお爺さんが英雄であると? そんなことがあるのだろうか。どこからどう見ても、普通のお爺ちゃんである。 

 ならば、これは巧妙な罠である。

 このお爺さんは、俺を試している。お爺さんに英雄のオーラなどなく、喋り方もいたって普通である。今も、何もないところでつまずきそうになった。

 俺が彼の正体を見破れなければ、やはり俺は偽物であったという段取りで仕掛けてきている。


 だがしかし、五人の英雄が来たというのに、それらしい人物は四人しかいない。

 このお爺さんを加えて五人ぴったりであり、やはり、彼も英雄なのではないか。

 それに、決して今の流れは、俺を試すような流れではなかったようにも思える。


 大丈夫大丈夫。俺は同期に抜きん出て……。


「メルクリオじゃない? 久しぶり!」


 トンガリ帽が、外見に似合わず、子供っぽい仕草で手を振ってくる。

 目が悪いのか、大きな目を細めて俺を見ている。

 

 俺は、ここに至ってにわかに注目を浴びてしまった。思わず後退りするが、時既に遅し。英雄達に包囲されている。

 そして、彼らは、俺の返事を待っている。ただひたすらに、待っているのである。


「お前達……」


 突き動かされて、言葉を発する。

 言い淀んだ先に、不意に、走馬灯のように記憶が蘇ってくる。

 メルクリオが彼らと別れたのは魔人との戦いの最中であった。その後、アウグスタは邪神を封印したのである。

 聖伝にはそう書いてあった。


 ならば、破れかぶれだ!


「再会する機会など、もうないと思っていた。約束通り、邪神は封印した。そのことで、我々は人々から英雄と呼ばれる存在になった。これは誇るべきことだ。これからは、あの時の夢の続きを、この世界で……」


 一気にまくしたてる。

 自分でも言っている意味がわからない。

 

 対して、周りは急に静かになる。

 何なら、心臓の鼓動すら聞こえてきそうである。

 イクセル爺さんにいたっては、苦しげな顔をしている。


 そこまで、変な事を言ってしまったのだろうか?

 割と良い事を言ったはずである。


 それでも、沈黙はいつまでも終わらない。


 やってしもうた。

 どうやら、今の一言で、偽物だとばれてしまったようだ。

 しかし、どこに引っかかる要素があったのだろうか。


 いっその事、早く楽にしてくれ……。


 突然、アウグスタが長剣を引き抜く。

 

 いきなり、グサッとやるのか?

 騙していたことは謝る。だが、悪気はなかった。勘弁してくれ。


 そこで、アウグスタは静かに語り始める。


「我々が召還されたことには意味がある。我々はこの世界をよく知らないが、この世界において成すべきことがあると言いたい。各々思いはバラバラだろうが、我々が力を合わせれば如何なる困難にも立ち向かえる」


 英雄達は円陣を作り、次々に剣を引き抜く。

 アウグスタの長剣を一番下にして、次々に剣刃が重ねられていく。

 イクセルは剣を持たないため、杖の先を差し出す。


 俺も、恐る恐るグラディウスの刃を差し出す。


「私に力を。貴方に夢の続きを!」


 そこで、全員が声を合わせる。


「夢の続きを果たそう!」


 俺の言葉が使われたのは気恥ずかしい限りだ。

 それでも、俺は仲間として認められている。それがなんだかとても嬉しい。




 人垣が雑然と崩れていく。


 かつての悲劇を思い起こしたのか、すすり泣く者がいる。

 これから始まる喜劇を予感するのか、大声で笑う者がいる。


 この後、酒もないのに、深夜にわたって城砦内では大騒ぎが繰り広げられたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この小説おもろいんだけどいつバレるかヒヤヒヤして読めない笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ