13 残された戦士達
村の中央にある窪地。
その中央に豪勢な石畳の舞台が設けられている。
闘技場に相違ない。
緑と赤で彩られた美しい織物が、闘技場の周囲に掲げられている。
素手でのやり合いを行うとのことで、アキレは持ってきたハルバードを俺に預ける。
村人と俺達はいそいそと舞台を囲う。
戦士長ミロは西側の階段から。防衛大臣アキレは東側の階段から。
それぞれが、ゆっくりと階段を降りていく。
階段の左右に配置されている松明が怪しく火力を増す。
ミロは勢いよく拳を振り上げる。
「ミーロッ! ミーロッ! ミーロッ! ミーロッ!」
村人達が、地を踏みつけて、大声を張り上げる。
「ああ、ゾッとする!」
両者ともに階段を降り切り、向かい合う。
ミロはマントを脱ぎ去り、見事な鳩胸を衆目に晒す。
ヨボヨボの爺さんが階上から二人に向かって号令をかける。
「始めっ!」
号令とともに、アキレは、ミロに向かって全速力で走り寄る。
ミロは腰をかがめ、慣れた様子で脇を締めて両腕を突き出し、独特のファイティングポーズをとる。
アキレの恐れを知らない突進に対して、目にも留まらぬ素早さで胸に向かって蹴りを入れる。
アキレはかろうじて、腕でガードする。
瞬間的に動きが固まったアキレに対して、拳が振るわれる。1発2発。
いずれも腕で防ぎきったところに、ミロはさらに接近し、膝をアキレの腹に叩き込む。
思わずアキレが2・3歩下がったところを、流れるような動きでタックルをかます。
たまらず、アキレが倒れこむ。
ミロは一気に畳み込むべく、肘を突き出してアキレの顔面を狙ってダイブするが、アキレは素早い動きでこれを避け、遠くへと走り去る。
「逃げるだけでは俺に勝てんぞ!」
追いすがりながらミロが言い放つと、アキレは追い込まれている様子は見せずに飄々と言ってのける。
「俺ァ、わかってきちゃったぜ!」
アキレは急に立ち止まると、ミロと同じようなファイティングポーズを作って、再び対峙する。
追いすがるミロは大きく振りかぶって一撃を放つ。
アキレはその伸ばされた腕を捕まえて、そのまま、強引な動きでミロを投げ飛ばす。
ミロは背を丸めて素早く地に足をつけ、すぐに立ち上がる。
観客が一際盛り上がる。
「ミーロッ! ミーロッ! ミーロッ! ミーロッ!」
決闘は終わらない。
アキレは格闘技の経験が浅いようで、最初は完全に相手のペースに乗せられていた。
しかし、そこは戦闘の天才。
すぐに相手の技を盗み、適応し始めている。
しかし、ミロも一歩も負けてはいない。
放った打撃のうち、3発に1発は必ずアキレに直撃させている。
対するアキレはミロにかすることすら出来ない。
素晴らしい格闘センスだ。是非、俺の配下に欲しい。
もっとも、アキレは、いくらミロの必殺の拳骨を受けようとも、決して倒れることはない。
化け物のようなタフネスなのだ。
手に汗を握る攻防の中、10分ほどが過ぎる。
ミロはアキレの肩を固める。一方のアキレは力任せにミロの腹を押しつぶそうとしている。
このままではどちらかが、重症を負うことになるだろう。重症を負う前に決闘を止めさせなくてはならない。
「やめいッ!」
俺は大声で二人を呼び止める。
「戦士の戦いに口出しするでない」
ヨボヨボ爺さんが俺をたしなめる。
「長時間の決闘は精彩を欠く。君達の得意な格闘勝負で、このアキレを仕留めることがまだ出来ていない。これは実質的に君達の敗北だろう」
村人達は俺の言葉に心当たりがあったのか、応援を止めて静まり返る。
「それに、不慣れなアキレにここで止めを刺すというのは、もったいない話だ。アキレが格闘を習得してから再戦するならば、その決闘は君達も見たことのない異次元のものになるだろう。どうだ?」
ミロとアキレはためらいがちに相手から手を離す。
両者とも肩で息をしている。
ミロはアキレの顔を睨みつけながら、声を掛ける。
「ミロさんよぉ。お前、なかなかいい腕してるじゃねぇか」
「お前こそ。俺は、対等に渡り合える男に初めて出会った」
ライバル関係、友情が芽生えている。
俺には無縁の青春世界だ。
決闘後、村長の家に案内される。
家の中には武器が大仰に飾られている。
家主が武闘派であることを覚悟したのだが、待ち構えていた家主は先程のヨボヨボ爺さんだった。
「それで、何度か事前に連絡しましたとおり、ノルド村近郊に移住いただきたいのです」
丁寧ではあるが、有無を言わせぬ強い口調でジーナが村長に詰め寄る。
しかし、村長は慌てた様子もなく、何の脈絡もないことを語り始める。
「『その者。西より軍勢を率いて来たれり。我らの戦士長を下し、これに告ぐ。我とともに北を拓け、と』……。これは古い言い伝えだ。我らの始祖、森の王ロビンは友とともにアウグスタに恭順した」
「ロビンというのは、七英雄のロビンのことか?」
「我々にとっての英雄は始祖ロビンのみ」
「ロビンの妹が七英雄のカタリナという話だ。ならば、カタリナもこの村出身の英雄になるのではないか?」
「カタリナは戦士ではない。故に英雄ではない」
「英雄判定がシビアなんだな」
「我々は、かつて10倍の敵と戦った世界最強の民族、ラケデモンの末裔である。その力の象徴は戦士に他ならない」
「しかし、その戦士ももはや30人しかいないと聞くが」
「始祖ロビンは必ずや、戦士を伴い村に凱旋される。それまでこの地にて待ち続けるのが我の役目なのだ」
クソ真面目なロビンは、今頃神聖帝国との最前線で戦っていることだろう。
あいつが偽物でなければの話だが。
「だから、この村から外に移住したくないと?」
「しかし、始祖ロビンが去ってから千年。今また西より来た者が我らの戦士長に力を乞うておる。これは運命やもしれぬ……」
村長は目をつむる。
「我はここに残る。戦士ミロはお前に付いていく」
「……ありがたい。彼らには頻繁にモンタ村に帰省させよう」
「どうやら、我々のために、歓待の席を設けてくれるそうです」
ジーナが報告してくる。
しかし、大分日が傾いてきた。
このままだと、ここで夜を過ごすことになる。俺はいいが……。
「アキレとジーナはノルド村に戻れ。私が歓待を受けておく」
「兄貴ばっかりずるいぞ!」
「閣下。私も参加します」
「仕方ない奴らだ」
日が暮れた後、再び俺達は闘技場に案内される。
先程の闘技場の中央に大きな焚き火が据えられている。
その周囲の地べたに、上半身裸の戦士達が座り込み、穏やかに飲食をしている。
「戦士アキレ。お前も飲むがいい」
ミロがアキレのそばに腰を落ち着け、ぶどう酒らしきものを勧めている。
俺とジーナがアキレの側に近づこうとすると、他の戦士に押し止められる。
「戦士でない者は、闘技場の外で残り物を食べるがいい」
お?
尊敬に値するのはアキレだけってか?
徹底した戦士至上主義だ。
すごすごと、ジーナを連れて闘技場の外、階上に向かう。
階上では、村長を初めとする老人、女性や子供達が、戦士達の残り物を仲良く慎ましやかに食している。
しぶしぶ、子供達の側に腰を落ち着け、残り物をかっ食らう。
ジーナはと言うと、孤児院の子供達をあやす要領で、さっそく子供達と打ち解けている。
俺も、やけに大人びた表情の少年に向かって話しかけてみる。
「でっかい肉だな。うわぁー。油だらけだ。ほら食うがいい。ところで、君は何歳になった?」
「13」
俺から肉を受け取りながら、ぶっきらぼうに応える。
「将来は、やはり戦士になりたいのか?」
「俺は生まれながらの戦士だ」
背伸びをしている。
「しかし、闘技場に入れないということは、まだ、戦士から戦士扱いをされていないようだな」
「……」
「何歳から戦士になれるもんなんだい?」
「何歳とかではない。西の村から子供をさらって来れば、その時が成人の時だ」
「……おぃ待て。そんな酷い成人の儀式、聞いたこともないぞ。西の村の人達に対して心は傷まないのか?」
「彼らは奴隷の末裔だ。奪われる側の存在だ」
「その考え方はいただけないな。例えば、アキレだって、それほど高貴な生まれではないだろう。ひょっとするとあいつも奴隷の末裔かも知れない。それでも、あのように戦士として迎え入れられている。何故だかわかるか?」
「……」
「あいつは、強いからだ。先祖がどうとかつまらないことにこだわると、本当に見なくてはいけないものを見落とすことになるぞ」
「西の村の奴らは全て弱い」
「ノルド村で、いろいろと経験するがいい。それが君の将来の財産になるだろう」
村長の家に一泊し、あくる朝。
目覚めた時には、まだ日が昇らないというのに、村はほとんどもぬけの殻となっていた。
村長が声を掛けてくる。
「戦士達は去った。お前の連れが村へと連れ去った」
そういえば、アキレもジーナもいない。
俺も、早急に帰らなくてはならない。
なんせ、ミロ達を住まわせるために用意した家の数が不十分だからだ。
ミロ達の仕事についても考えてやらなくてはならない。なんせ、彼らは戦士を生業とし他の仕事には興味がないと豪語しているからだ。
「困ったことがあったら、何でも気軽に相談してくれ。俺はノルド村の領主の館にいる」
頑なに背を向け続ける村長に向かって一礼し、俺はその場を辞した。
「移住人数は全部で15世帯100人。用意した家屋の数は5棟。割り当てられない10世帯には、彼らが自分達で用意したテントでしばらく過ごしてもらうことになります」
館にて、ジーナからの事後報告を受ける。
まさか、こんなスムーズに移住計画が実行に移るとは、誰も思わなかった。
だから、仕方がないだろう。
「彼らは、戦士だからという理由で開墾作業を拒んでいます。遺憾ではありますが、村の警備役として彼らを雇い、賃金を支払ってやりたいと考えております」
「それで、彼らに自活させるわけだな」
「はい」
出身村で、職業を分けるのは、公平感を欠く。
しかし、戦士達の頑固な思想を簡単に捻じ曲げることは出来ないだろう。これも仕方ないことだ。
だが、それならそれで、村の警備以外にも、村の若い人達を一人前の兵士に育て上げる仕事を担ってもらうことしようか。
ついでに、戦士の家族にはノルド村の人と共に共同作業をやってもらうことにしよう。
そうでなければいつまで経っても村全体の連帯感が生まれない。
「ところで、閣下がお命じになった、領民に対する賃金支払のルールについてなのですが……」
ジーナはモンタ村に滞在していた一晩で、労務管理に関する詳細なルール案を作っていた。
それに対して議論を交わし、政策としてまとめ上げ、行政文書に書き起こす。
ざっと、以下の通りだ。
まず、教会に保管されている簿冊を借用し、村ごとに戸籍を作成し、労働者名簿を作成する。これを基に、村長が労働者の管理を行い、評価・勤務状況を記録する。
次に一年間の見込み収入から、1週間辺りの支払い可能な賃金を逆算し、通常の生活費と突き合わせする。ざっと計算すると支払い可能額は一人あたり1週間で300ゴールド。1日にして50ゴールド。これを基本賃金額とする。
各村長は、俺に各労働者の日毎の評価・勤務状況を報告し、これを基本賃金額に加減して算出した額の合計を週毎に村長に支払い、さらに、村長から各労働者に支払う。
一方で、労働者から俺に対する通報制度を設け、また、抜き打ち監査制度を用意する。いざという時には俺から村長に対して指導を行えることとし、場合によっては村長の交代も検討することとする。逆に問題が発生しなかった村については、村長に対して監督料の支払いを上乗せする。
これとは別に、収穫期の後、収穫量・収穫物の品質に応じて、賃金の半年分ほどのボーナスを最大値として用意する。
「各村長に対して、俺から噛み砕いたところの話がしたい。近い内に館に来るよう伝えておいてくれ」
「承知しました」
ジーナが去ると、机の上のドクロに語りかける。
「山間のモンタ村を見てきた。村人がよく口にする言葉なのだが、ラケデモンとは何のことだろうか?」
「また懐かしい言葉だな。それは都市国家の名であり、かの国を作った民族の名でもあり、かの国出身者が構成する軍隊の名でもある。かの国はかつて軍事力で世界最強を謳われていたが、その口上も、我が活躍していた時分にはもはやいささか精彩を欠いたものとなっていた」
「英雄ロビンはラケデモンを率いていたと聞いたが?」
「ロビンはラケデモンの戦士長だ。彼の率いるラケデモンは、『皇帝の1本目のグラディウス』と呼ばれていた。しかし、ウルバノに引き継がれた後は、狂った集団に成り果てたと聞く」
「ロビンはいつか、ラケデモンを連れてモンタ村に帰還すると聞いたのだが、これは、神話にありがちなただの作り話だろうか?」
「それは……わからない……」
それっきり、ドクロは黙ってしまった。




