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08 乱臣と奸臣

「諸侯よ。今日はよくぞお集まりいただいた。そう、今日は、皆もよく知る太陽の如き人物、イーヴォ殿が枢機卿に昇格なされたその祝いの会である。さっ、イーヴォ殿」


 デルモナコは、声を張り上げて、新しい枢機卿を紹介する。


 大広間にて。

 テーブルの上には、ご馳走がたんまりと用意されている。

 ちなみに椅子はない。立食形式だ。

 

 100人ほどの人が集まっている。

 見知った顔の者もいる。例えば、フッチ辺境伯やディーノ。

 それにあれはペーター王の妃、イザベラ元王女。まさか、そんなつながりがあっただなんて。


 他には、小領主らしき者達が、こぞって集まっている。

 

 銘々が華々しく着飾っている中、壁際には鎧姿の聖堂騎士団が気をつけをして整列している。


「皆様。私は神の御使い、枢機卿のイーヴォにございます」


 イーヴォが、そのずんぐりむっくりな体を衆目に晒す。

 毛皮の付いた、テカテカした豪華な上着を着ている。まさに成金というにふさわしい。


「戦時中ということもあり、諸侯に置かれましては暗い話に接することが多かろうと存じます。しかれどもです。私がこのような時期に枢機卿の座に付いたのには大変大きな意味があるのでございます。それを皆さんに早くお伝えせねばと思いまして」


 ほほう?


「私は枢機卿になる前夜。嘆きの大聖堂を訪れたときに、神秘的な邂逅を致しました」


 普段の欲どおしい姿勢を隠しきって、しっかり教祖らしさを繕っている。

 名人芸と言っても過言ではなかろう。


「羽の生えた使者が、私の隣に舞い降りてきたのでございます。こういった超常現象は、我々の業界では、ゲフン! 信仰の世界ではしばしば起こるものでございます」


「ありがたや……」


「かの使者はこう伝えてくるのです。『アルデア王国は、信仰に身をなげうつ聖女によって守られるであろう』と」


「聖女とは一体……?」


「そう、私も気になったのでございます。ところで、かの使者と会話が通じるのは、最も徳の高い教皇のみ。しかし、驚くべきことに、私はかの使者に意思を伝えることに成功してしまったのです。これはもはや、アルデア大陸における歴史的奇跡といってもよい!」


「枢機卿様、バンザイ!」


「さて、かの使者は私の意を汲み、こう応えました。『聖女とは、雷神の末裔である王族の一員である。今は羽休めをしているが、将来奸臣を退け、大陸で最も信仰深き伴侶を得、その支えにより力に目覚めて、やがて王女の座につくこととなろう』と!」


「まさか!」


「いや、まさか」


「でも、雷神の末裔で王族の一員となると、あのお方しかいないのでは?」


「あのあばずれ姫は、あるまい」


「ハッハッハ。冗談がお好きのようだ」


「ひょっとすると、先代の落し子が市井に紛れているのかもしれない」


「なるほど、それならば合点がいく」


「いやはや、神秘的なお話だ。聖女とは誠にいい響き……」


 イーヴォは外聞もなく、怒りを顕にする。


「こりゃ! 話をききなされッ!」


 そして、まるで、あばずれ姫と罵った者に対する報復をするがごとくの勢いで、この後とんでもなく長い、そして退屈な話を続けるのであった。




 要は、キアラと結婚して、王様になりたいってことだな。

 なるほど、考えていることはよくわかった。


 しかし、イザベラ王女も、デルモナコも、あえてイーヴォの話を遮ることはしない。

 ひょっとすると、既に結託して、キアラを言いなりにする計画が進んでいるのかもしれない。


 奴もなかなか前途多難だな。

 奴は、枢機卿のことをどう思っているんだろうか、枢機卿と仲良くしている様子がまるで思い浮かばない。

 と、下世話なことを勘ぐってしまうのは現代人のいけないところ。

 中世封建社会では、自由恋愛がどうとかそんなものはあったものではない。




「領主様、さっそくデルモナコ伯爵と歓談願います」


 イーヴォの演説が終わった後、諸侯が歓談に入るやいなや、ジーナが俺に指示を出す。

 俺は、若干の気後れを感じながらも、ヴェッキオとジーナを連れて、会合の中心地へと足を向ける。 

 デルモナコは、フッチ、イーヴォのいつもの三馬鹿トリオで楽しそうにやっている。


「聖堂騎士団が屹立しておる姿は、さすがに壮観よな」


「猊下に付き従う忠実なる騎士。こうしてみると、本当にイーヴォ殿は雲の上の世界の住人になったという実感が湧いてまいりますなぁ」


「ホッホッホ。変なことを仰る。私はただの神の御使いです。当然、デルモナコ殿のように戦力の充実に熱心なわけではありません」


 デルモナコとフッチの褒め言葉に、どこまでも鼻高々なイーヴォ。


「失礼。デルモナコ殿の戦力といえば、ディーノ君。彼はまさしく豪傑ですな」


 さりげなく、会話に混ざる。


「クフフフ。子爵殿には奴の強さがよく伝わっているものと思われる。これ、ディーノよ。子爵様がお前に興味をお持ちだ。こちらに来るが良い」


「承知ッ!」


 ディーノはハルバードを背負ったまま、つかつかと歩み寄る。

 そのまま、肉食獣のような目つきで、俺を見下ろす。


 なんだって、よりにもよってデルモナコの手伝いをしているのだろう。


「実際に戦ってみた印象なのだが、彼こそ王国最強といっても過言ではないでしょう」


「フフ。しかし、フッチ殿。そなたの近衛騎士も相当の腕前だと聞く」


 フッチは急に声を掛けられて、いささか動転している様子。


「ああ。あれは、あれが子供の頃に私が拾ってやったのです。他にも20人ばかり拾ったのですが、あれだけが残ったというわけです。これ、ジルベルト。こちらに参れ!」


「ハッ!」


 白騎士ジルベルトが、こちらは大斧バルディッシュを持って、歩み寄ってくる。

 豪傑ディーノと忠義者ジルベルト。二人そろうと壮観だ。

 どっちが強いのだろうか。多少好奇心は湧く。


「いずれも強者の風格を持っていますが、果たして、真の最強はどちらなのでしょうか?」


 さりげなく、焚き付けてみる。


「……」


 さっと、一変して緊張した空気が漂う。

 貴族達も戦士達も、皆、譲れないものがあるようだ。

 

「ホッホッホ、今宵は私が主賓ですぞ。私をさておいて、血なまぐさい話で盛り上がるのはおやめなされ」


 イーヴォが、緊張した空気を嫌がって、二人の貴族に声をかける。

 まったく邪魔な奴だ。

 緊張した空気から開放されたフッチが話しかけてくる。


「ところで、子爵様の配下にも、武芸達者な騎士はおいでなのか?」


「……。見てのとおり」


 俺はヴェッキオとジーナをちらりと見て応える。


「武芸など一般的に言って、野蛮なものの行いだということにも言及するべきなのですが」


「私達は子爵様の使用人でございます」


 二人はそれぞれ自己紹介をする。


「ワッハッハ! なんと! 子爵様の配下には、御老体と小娘だけですかな? これは笑ってしまうな!」


 デルモナコは愉快そうに笑っている。失礼なやつだ。

 だが、こんなことでは俺は怒らない。

 むしろ、これはプラスの要素だ。

 俺の配下のアキレのことは知られておらず、ならば、手持ちの戦力は秘密にしておいたほうが何かとやりやすいからだ。


「これは恥ずかしい。どのようにすれば優秀な武辺が集まるのか、是非ご教授願いたいものです」


「ワハハ! それはもはや人徳というものですかな、それしかあるまいて、のお、フッチ殿」


「人材の確保にはお互い苦労しますな」


「国を富ますには、一にも二にもまずは人材。人材登用、ああ、頭の痛いことだ……」




「めっきり暖かくなりましたわね。変わりないですか、レンゾ殿?」


 伯爵達との会話中に、やってきたのはイザベラ王女。

 いや、元王女というべきか。

 服の下に覗いているその腕は、俺ほどではないにせよ、ガリガリに痩せている。

 凄まじいストレスを与えてしまったようだ。自然と頭が下がる。


「お久しゅうございます。義弟君、アルフィオ様のご活躍はかねがね伺っております」


「そうですか……。完全にあの子は独り立ちしてしまいました。それに加えて、千年の栄華を誇る都にも次々に新しい施設が出来てしまって見違えるような光景になりました。なんだか、私だけが時代から取り残されてしまったようで。ウフフ。恥ずかしいものです」


「それは、大都市構想のせいですかな。古き良き世界が失われていくのは悲しいことです」


 イーヴォが割り込んでくる。


「あれは道楽よなぁ。双剣の英雄と呼ばれた武人が、商人のようになって必死で取り組んでいるさまは、まこと、滑稽であった。武人崩れとはあれをいうのであろう、ワッハッハ! あんなものは無駄無駄!」


 デルモナコが、ここぞとばかりに愉快そうに笑う。


「戦に一杯一杯なのに、別のことにも力を入れなければならない。あの子が私には不憫に思えるのです。あら、いけませんわね」


「双剣亡き後、あんな下らん計画は、もはや捨て置くのがよろしいのでは? つまらぬものに金を食わせるのは愚か者のやることですぞ! 子爵殿もそう思われませんか?」


 俺に話を振ってくる。

 正直なところ、大都市構想は、もはや血肉を分けた息子のようなもの。愛着すら抱いている。

 それをよくも! よくも、愚弄してくれたな!


 当然、俺の正体が当時のメルクリオだとは気づいていない。

 だから、今の発言は俺に対する辱めのつもりではないはず。


 しかし、こいつらはまるでわかっていない。

 大都市構想の本領はまだ発揮されていないにもかかわらず、河川の整備によって既に物流が大きく発展を遂げようとしている。

 その空気は、レオナルディ城城下町の貧民街にいた俺ですら感じ取れたのだ。


 デルモナコ。お前はそんなことはわかるまい。

 しかし、為政者がそんな態度では、民草をいたずらに苦しめるだけだとなぜわからん。

 一体、今まで何をしてきたのだ。

 この貧しい世界を変革することを怠ってきたのは罪と言ってもいい。

 力を持ちながら、何もしてこなかったのだ!


 瞬間、背後から冷たい視線を感じる。

 デルモナコからの刺客だろうか?

 

 さて、発言には十分に注意しなければならない。

 俺に話をふってきたというのは、すなわち、俺の立ち位置をここで明らかにせよ、という意味を持っているのだ。


 イザベラに向き直り、言葉を尽くす。


「古い街が変わっていくのは寂しいことだと感じます。計画の必要性なども私は知らない。それでも、そのおかげで多少でも豊かな生活がもたらされるならいいなって、それぐらいのことは期待してしまうわけで。実際のところはどうなのでしょうなぁ」


「ワハハハ! そうか、子爵殿もそう思うか。そうよな、不必要な計画よな、ワハハ」


 デルモナコは、どこまでも楽しそうだ。


 俺など、十分な戦力もなく、領民の数も少なく、領地も小さい。

 そして、特にデルモナコと意見を戦わせるつもりもない。

 ならば、もはや、俺など、恐るるに足らず。


 そう、正しく理解してくれたようだ。

 これでデルモナコが俺のことを不必要に敵対視することはなくなった。

 もっとも、こちらが戦力不足と知れてしまったのであるから、これからもちょくちょくといたずらを仕掛けてくることはあるかも知れない。しかし、今回のいざこざの報復のため、大部隊で侵攻してくるという、俺の心配は杞憂に終わったといえるだろう。

 これでこそ、俺がこの会合にやってきた、その甲斐があったというものだ。


 もとより、小さな子爵家など眼中になかったのかも知れないが。


 戦闘にはなったのだから、戦後処理に関する細かい事務手続きは必要だ。

 しかし、それはヴェッキオに任せよう。

 俺の仕事はこれで終了。




「あなたが黒仮面のレオナルディ子爵ですね?」


 振り向くと、タレ目の男。

 先程、冷酷な視線を俺に向けていた男。

 意外にも、それは懐かしい顔に懐かしい声。


 お前は、ヴィゴじゃないか!


 イェルド改めディーノに続いてヴィゴにまで出会えるとは!

 しかし、今ここで俺の正体をばらすわけにはいかない。

 冷静な声で対処する。


「君は、確か、七英雄の?」


「よくぞ覚えていてくださいました。ヴィゴにございます」


「今は、帝国との戦時下にあると聞いているのだが?」


「大戦で半数以上の兵士を失ってしまいましたからな。生き残った私も、責任を取らされてしばし、左遷されてしまったということです」


「それは難儀なことである」


 ヴィゴは、つまらないことを言うものだ、というような顔をしている。


「先程のお話を伺っていました。いやはや、のらりくらりとうまく乗り切りましたね」


 鋭い目つきで切り込んでくる。


「なんのことだ?」


「ハハハ。面白い人だ。それと、あなたの配下には特筆すべき武人がいないという話も聞いてしまった」


「ああ、まったくもって君のような優秀は配下を持ちたいものだ」


「それはできない相談ですが。代わりと言っては何ですが、私はあなたに投資をしたいと思っている」


「投資というと?」


「武人を用意することはできませんが、それに代わるような武器を差し上げたい」


「何故?」


「それは、言えませんなぁ。いや、言わなくてもわかるでしょう?」


 何が狙いだろうか。

 子爵に取り入って、何のメリットがあるのだろうか。 

 まぁ、思い当たらなくもない。

 それは、権力。将来公爵になった時に、俺を頼りにできるというそのメリット。


「具体的には何をくれるつもりなのだ?」


「さっそく具体論ですか。まぁ、いいでしょうとも。さて。私はむしろ聞きたいのです。あなたが欲しいものは何でしょうか? 最新の武器、そうだな、レイピアかハルバードか。それとも最近流行りのプレートアーマーでしょうか? 私はこう見えて顔が広い。ですので、だいたいのものは新品で手に入れて見せましょう」

 

 フッチの話によると、プレートアーマーは共和国の商人から購入するもの。

 とすると、ヴィゴは共和国の商人に知り合いがいるのか。

 そんな話、今まで聞いたこともないが。


「共和国に知り合いはいるか?」


「まぁ……。いなくもないですね」


「ならば、火器、特に大砲を調達できるか?」


「大砲! なるほど。あなたはそういう情報を持っているわけか……。しかし、あなたに歓心をもってもらうには、私も引き下がるわけにはいかない。必ず用意させましょう」


「用意しないでいい。最新のものを買い付けるために人を派遣したい。その仲介を願えるだろうか?」


「信用されていないということですか?」


「そういうわけではない。だが、技術先進国は、技術の流出をひたすら嫌う。だから、取り入れる方も、用意されたものが最新のものかどうかの検討は慎重にせねばならんのだ」


「いいでしょう。買い付けがスムーズに出来るよう、こちらで取り計らいましょう。人だけそちらで出していただければ、最新の大砲があなたの元に届くことでしょう」


「借りを返す時がやってくるのが怖いな」


「これは、面白いことを仰る」


 相変わらず、どこかに含みを持つ男だ。

 いつか、お互い素顔で話ができる機会を持ちたいものだ。




 会合の後。

 ジーナが報告を入れてくる。


「領主様。3日後にイーヴォ枢機卿が領内を訪れるとのことです」 


「それは、また急だな」


「これは、教会との繋がりを持てる、大事な契機です。相応の対応をするための準備が必要になります。外務大臣に後は任せて、我々もすぐに領内に戻りましょう」


 俺はお前と教会の繋がりに大変興味を持っているのだがな。

 

 やれやれ。


 さらに、もう一波乱。

 それは、当然予想されることだろうな。

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