表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

日本帝国軍需省婦人補助飛行隊の軍服

 あら?おばあちゃんに何のご用かしら?


 えっ?この雑誌に載っている写真を見て欲しい?


 あら、あら、懐かしいわね。


 あの戦争の時にあった日本帝国軍需省婦人補助飛行隊の集合写真ね。


 おばあちゃんも所属していたのよ。


 この端の方に写っているのがおばあちゃんよ。


 本当に懐かしいわね。おばあちゃんも孫のあなたより年下の時があったのよ。


 この雑誌どうしたの?


 野球の試合に行ったら歴史が趣味のチームメイトに渡された?


 えっ?質問したいことがある?


 この写真では、おばあちゃんたちは頭にベレー帽をかぶって、上半身はブレザーを着て、ネクタイしていて、下半身はスカートをはいているけど、この雑誌の記事だと婦人補助飛行隊の資料に軍服として存在が確認できず謎の軍服になっているのは何故かって?


 そりゃそうよ。この写真のは正式な軍服じゃなかったのだもの。


 支給された軍服がダサかったから、おばあちゃんたちが勝手に作って着たものだったのよ。


 それについて説明するには軍需省婦人補助飛行隊の成り立ちについてから説明しなきゃならないわね。


 第一次世界大戦で、日本は欧州に大規模な地上部隊や艦隊は派遣しなかったけど、それなりの規模の飛行隊が欧州の戦場で空中戦を経験したの。


 人員を欧州に送って、現地でイギリスやフランスの飛行機を買い取ったのだけども、戦場から得られた結論は「人員と飛行機の大規模な消耗戦」だったの。


 第一次世界大戦の主戦場は日本から遠く離れた欧州だったけれど、次の戦争が日本に近い地域での総力戦になる場合に備えて、消耗戦に耐えれる人員の育成と航空機の生産体制をつくらなければならないと考えられたの。


 最初の頃は、飛行機の工場と飛行場は離れていたので、工場から飛行場までは飛行機を荷車に載せて牛に引かせて運ばれていたの。


 今から考えると冗談みたいな話だけど、未舗装の道路がほとんどだった当時では機体を痛めずに安全に運べる方法だったの。


 それでは効率が悪いということで、軍用機の工場には飛行場を併設するのが促進されるようになったの。


 そうすれば、工場から陸海軍の航空隊の基地まで飛行機が直接飛んで行けばよくなるからね。


 そこで問題になったのが、飛行機の移動に関わるパイロットの確保だったの。


 平時ならともかく戦時では、前線で多数のパイロットが必要とされるので、パイロットの不足が起きると考えられたの。


 それで「工場から基地までの飛行機移動専用のパイロットを確保するにはどうするか?」と考えられて設立されたのが、おばあちゃんが所属していた婦人補助飛行隊だったのよ。


 女性パイロットならば前線に引き抜かれることはなく、飛行機の移動に専念できると考えられたのよ。


 えっ?おばあちゃんが何で婦人補助飛行隊に志願したのかって?


 もちろん、お国のために滅私奉公……と、両親や周りの人たちには言ったけど、本当はちがうわ。


 徴兵される男の人たちがうらやましかったからよ。


 確かに今では徴兵というと暗い印象で語られることが多いけど、戦争の始まる前は必ずしもそうじゃなかったの。


 軍隊では三度の食事は必ず出るし、訓練も農作業にくらべれば楽なものだと徴兵から帰って来た村の男の人たちに聞いていたのよ。


 村では一日中田んぼや畑で泥まみれになっても、まともな食事が出るとは限らなかったし、軍隊の食事でおかずに肉や魚が出ると聞いてますますうらやましくなったわ。


 だから、村役場に婦人補助飛行隊の隊員募集の張り紙が張られた時は、「女でも軍隊に行ける!」と迷わずに志願したわ。


 あの頃は「女でもお国のために奉公したいのです!」と言えば、両親も回りも反対はできなかったわ。


 それで汽車に乗って、生まれて初めて東京に行ったのよ。


 東京では志願者のための試験があったわ。


 筆記試験と体力試験と面接よ。


 後から聞いた話だけど、陸海軍航空隊の志願者の試験よりはだいぶやさしかったようよ。


 前線に出ることはないということで基準が低かったみたい。


 おばあちゃんは運良く合格して、晴れて婦人補助飛行隊の一員になれたの。


 そして、飛行機の操縦訓練をして、それを修了して、工場から陸海軍基地までの飛行機の操縦をすることになったの。


 えっ?この写真の制服をモデルにした制服を着た女の子のパイロットが活躍するアニメがある?


 アニメが趣味の野球のチームメイトが教えてくれた?


 どんなのだい?


 まあ可愛い女の子たちだね。


 でも、スカートで飛行機を操縦したりはしなかったよ。


 この制服は記念写真や式典の時だけ着たんだ。


 えっ?飛行機を操縦した時には何を着ていたのかって?


 男物のお下がりの飛行服を女用に仕立て直した物だよ。


 婦人補助飛行隊を思いついたどこかのお偉いかたは、女用の制服や飛行服が必要だということに気づかなかったらしく、男物のお古しか用意されていなかったんだ。


 おばあちゃんたちには大きすぎるか体格に合わないかで、自分たちで仕立て直したんだ。


 制服も男物のお古だけで仕立て直すだけではダサかったから思い切って外国の雑誌を参考にして作ったのよ。


 えっ?ブレザーにスカートの制服を勝手に作ったりして、怒られなかったかって?


 頭の固いお偉いさんには怒られたけど、婦人補助飛行隊には設立当初は制服について何の規定も無くて、「規則違反だ!」と罰を受けることはなく、うやむやになっちゃったのよ。


 えっ?おばあちゃんはどんな飛行隊を操縦していたのかって?


 戦闘機よ。


 そう、九七戦・九六艦戦・隼・零戦・鍾馗・雷電・飛燕・疾風・紫電改・五式戦……陸海軍両方のよ。


 婦人補助飛行隊には陸軍の重爆撃機や海軍の陸上攻撃機を操縦していた人たちもいたわ。


 陸海軍両方のこんなに多種の飛行機を操縦した男のパイロットはいなかったでしょうね。


 おばあちゃんたちの所属は正確には陸海軍ではなく軍需省ということになっていたの。


 陸海軍の所属にすると前線に出そうとするかもしれないし、工場から陸海軍の基地まで飛行機を移動させて、引き渡し手続きが終わるまでは飛行機は軍需省の管轄になるから。


 えっ?陸海軍の基地では、今で言う「セクハラ」を受けなかったかって?


 当時は、その言葉はなかったけど、男女間のトラブルを避けるために、おばあちゃんたちは全員下士官待遇だったの。


 おばあちゃんも入隊していきなり伍長だったわ。


 おばあちゃんより歳上で体も大きい男の兵隊さんたちに敬語で話し掛けられたりするのは、優越感より申し訳なさの方があったわ。


 おばあちゃんたちが飛んでいたのは日本本土で飛行中に急な悪天候になる以外は特に危険はなく、気楽なものだったわ。


 でも戦争末期になると違ったわ


 B29による日本本土空襲が始まったし、アメリカ海軍の空母機動部隊が日本近海まで進出して、空母艦載機で本土を空襲するようになったから、飛行中のおばあちゃんたちは何度も襲われたわ。


 えっ?戦ったのかって?


 おばあちゃんたちは最低限の空戦訓練は受けていたけど、飛行機を基地まで届けるのが任務だったから、空戦は可能な限り避けるように言われていたわ。


 おばあちゃんは隼を操縦している時、米軍の戦闘機に襲われたら低空飛行で逃れようとしたわ。


 隼は低空での運動性能が良かったのよ。


 無理に追いかけてきた米戦闘機が地面に激突したわ。


 それが合計五回あったの。


 新聞に「婦人撃墜王」なんて載ったわ。


 おばあちゃんは一発も撃っていないから複雑な気持ちだったけど。


 戦争は、1945年8月15日に日本が無条件降伏して終わったわ。


 それから、こんなことになるとは思わなかったわね。


 婦人補助飛行隊を調査に来た米軍の将校に、おばあちゃんが一目惚れされて、その将校とおばあちゃんが結婚して敵国だったアメリカで暮らすことになったんだからね。


 昔は、日系人はいろいろと差別されたり嫌な思いもしたけど、今では日系人のアメリカ政府や軍の高官がいるのだから時代は変わったね。


 えっ?孫のあなたとしては日本人のメジャーリーガーの活躍の方が嬉しい?


「俺もメジャーリーガーになったからには歴史に残るような活躍をする!」ですって?


 わざわざ、おばあちゃんにユニフォーム姿を見せに来てくれたのだものね。


 人生の先輩として、おばあちゃんから一つ言っておくわ。


 メジャーリーガーのユニフォーム(制服)を着ていれば、メジャーリーガーとしての活躍が期待されるのよ。


 婦人補助飛行隊の制服(ユニフォーム)を着たおばあちゃんが、婦人補助飛行隊隊員としての活躍を期待されたようにね。


 着ているユニフォーム(制服)にふさわしい活躍をしなさい。


 おばあちゃんはいつでも応援しているわ。



ご感想・評価をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 終盤に入るまで てっきり、この話は 日本の何処かでの 祖母と孫の会話だと思ったら アメリカに住んでいたのか 意外と意表を突かれました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ