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第七話  白


「井上フタバくうーん。俺様がお呼びですよーっと」


 飄々とした、から明るい声でフタバは目を覚ました。


「……はれ?」


 ベッドでうたた寝していたら、そのまま深い眠りに落ちてしまっていたようだ。重たい瞼を開けると、寝る前と同じ天井が見える。瞼を擦りながら開け放たれたドアのほうに視線を移すと、白い団服の金髪の男が壁に背を預けて立っていた。逆光のせいもあり金色の髪はいっそう輝いているように見えた。


「おはよーさん。俺の名前、覚えてる?」


 フタバは頷いた。金髪のたてがみの様な髪型に、軽々しい口調。よく覚えている。初めて教団に来たときも会った。そして今朝、城から帰ってきたときに桜月と話していた青年だ。


「改めて自己紹介するよ。俺は佐々(さざなみ)乱歩。器量も頭も良い、二十六歳のお兄さん」


 ニコリと笑う佐々波に、フタバもへらりと笑いを返した。



  <第七話:白>



 フタバは佐々波に連れられるまま本部の庭にやって来た。部屋のソファで泥のように眠りこけているまどかはそのまま部屋にいる。

 本部と寄宿舎を繋ぐ渡り廊下の途中にある扉から庭に出ることが出来た。庭にはいつの間にだろう――雪がたっぷりと積もっていた。今朝はそこまで積もっていなかったのに。そして時刻は昼のようだった。今朝、城から帰ってきてから三、四時間というところだろうか。


「佐々波さん、オレになんの用?」


 寒さに悲鳴をあげる身体を摩擦で暖めながらフタバは聞いた。

 佐々波はというと、庭に植えられている木々の幹あたりに刺さっていたシャベルを取り出している。そしてフタバの方に歩み寄ってくると歯を見せて笑った。


「お前、どうせ暇なんだろ」

「え……うん。まぁ」

「仕事を与えてやろうと思ってな」


 ほら、と青年はシャベルをフタバに手渡す。不思議そうにそれを眺めるフタバを彼は笑った。


「雪かきだよ。毎日やらなきゃダメなんだよな」

「毎日、雪かき?」


 そう問うと佐々波はため息混じりに苦笑する。困ったような人懐こい笑みが好印象だな、とフタバは感じていた。


「そー。だってこの国、一年中雪が降るからな」


 フタバが小さく息を飲み込む。どういうこと? と質問すると、佐々波は笑ったまま雪かきを促すだけだった。促されるまま、フタバはシャベルを足元の雪に突き刺して雪かきを始める。


「白の国は千年王国の最北端なんだ」


 雪かきをするフタバの背で佐々波は言った。軽々しい口調だが、よく聞くと聡明さも持ち合わせていると気付く。フタバは振り返らず、雪かきを続行しながら話を聞いた。


「だから一年中、冬ってわけ。だから毎日のように雪が降るんだよ。」

「へえ……北海道みたいなもん?」

「ほっかいどー? なんじゃそりゃ。ま、そういうわけで俺が毎日教団の雪かきしてるってこと。ほんっとよく働くよねー我ながら。」


 へえ、とフタバは曖昧に返事をしておいた。実際佐々波の多忙さなど知る由もないので同情の気持ちで返事をしたのだ。それを佐々波は自分の話に興味を抱いたのだと勘違いしたのか、途端に目を輝かせる。雪かきをするフタバのすぐ後ろまで、興奮を隠さず詰め寄ってきたのだ。


「分かってくれるー!? 分かってくれるよな! 俺ってば第一師団長なのにさー! 雪かきなんて! まるで雑用係じゃない? これ全部あの自己中な団長から命じられてんの。ほんっとさー、あの人、団長補佐の仕事勘違いしてない? 団長補佐って団長のパシリじゃないでしょー!?」


 息継ぎもままならぬまま彼は言った。フタバに掴みかかるかの如き勢いだ。必死な顔で訴える佐々波にフタバも必死に首を縦に振ることで同意した。捲くし立てられたので詳しくは分からないが、つまりはあの強面(こわもて)の団長に理不尽に扱き使われているらしい。


「良かったよ分かってくれて。ほんと散々なんだから」

「へえ……。佐々波さんの、その、第一師団長とかって何なの?」


 一瞬、佐々波は驚いた顔をした。しかしすぐにいつもの様に好青年の表情に戻った。


「そっか、お前、この教団のこと聞いてないのか。」

「え、うん。」


 彼は先ほどとは一変、落ち着いて話を始める。


「まあ、階級だよ。団長が教団の一番トップなんだけど、その下に第一師団長から第十師団長まで、十人いる。兵たちをまとめる隊長みたいなもんだ。自分でいうのもアレだけどー、ま、俺様は第一師団長だからつまりは師団長のなかではいっちばーん強いの。ちなみに第一師団長は団長補佐も任されるんだ」


 佐々波は自慢げに鼻を鳴らした。フタバはもはやただ頷くだけだった。


桜月(さつき)さんもその“しだんちょー”ってやつ?」


 佐々波は金髪の髪をグシャグシャと掻きながら答えた。


「そーそ。桜月は第二師団長だ。俺の次。まー剣の腕は俺より断然上手いんだけどな」


 言われて、フタバは教団に来る際に桜月が刀を抜いたときの事をふと思い出した。そして何の気もなくそれを佐々波に告げたのだ。本当に、何の気もなしに。


「オレ見たよ。この本部に来るとき。桜月さんが、ぴかーって薄いピンク色に光る刀を抜いて、悪い男を殺してたの!」


 とたんに佐々波は表情を凍らせた。無表情中の、無表情。フタバはまずい事を言ったのかと固まった。佐々波は地面とフタバの顔を何度が交互に見やる。しばらく時を稼いでから答えた。


「お前桜月の刀を見たのか。桃色に光るあの刀を」

「えっ――。見たけど、だ……ダメだった…?」


 佐々波は何も答えなかったが、彼の複雑な表情は“見たらダメなものだった”と明らかに語っていた。沈黙が戻る。フタバは雪かきの手をとっくに止めていた。


「ダメっつうか……その、」


 言いかけて彼は急にあっと飛び跳ねた。その唐突さに驚いたフタバまでもがびくりと身体を揺らす。


「やべっ! 俺、団長に呼ばれてたんだ!」

「へ?」

「つーわけで悪いなフタバ! この話はまた今度!」


 シャベルを放り投げると、佐々波はすぐに本部の中に消えていってしまう。フタバが質問する暇もなく。


(なんか色々ありそうだなあ……この教団)


 一人残されたフタバはとりあえず雪かきを再開する。ふと空を仰ぐと曇っていた。この白の国は一年中冬だという。晴れる日はあるのだろうか。

 そんなことを、フタバは自室に置いてきたまどかの事をすっかり忘れたまま、考えていたのだった。


  < 2 >


 その頃まどかは遅い起床を迎えていた。ソファに死んだように眠っていた彼女は、目を覚ますと見慣れぬ部屋な事に一瞬戸惑った。


(そっか……ここうちじゃないのね…)


 のろのろと身体を起こす。欠伸を噛締めながら辺りを見回したところで彼女は固まった。部屋にフタバがいないではないか。


「フタバ君? どこ?」


 返事が返ってくるわけでもなく。しんと静寂が訪れる。どうやら弟は部屋を出て行ったようだ。まだ不慣れな教団を一人きりで、どこへ? そう考えるまどかの脳裏をよぎったのは。


「まっ……まさか、誘拐!?」


 寝起きのダルさは何処へやら、勢いよく飛び起きるなりまどかは叫んだ。


(そうに違いない! あんなに可愛いフタバ君だもの! きっと誘拐されちゃったんだわ!)


 こうしちゃいられない、と彼女は皺だらけのスカートや乱れた髪にも構わず、部屋の扉を開けた。もちろん、誘拐された(らしい)フタバを探すためだ。


「こちら井上まどか。至急フタバ君の捜索を開始します! どうぞ!」


 一人きり探偵ごっこを楽しむと、光の速さで寄宿舎の廊下を爆走していく彼女の姿を、辺りの団員は遠い目で見つめていた……。



  < 3 >


 寄宿舎から渡り廊下を渡り、本部の玄関ホールに来るとそこは閑散としていた。寄宿舎には数人見受けられた団員たちの姿もない。なにかで集まっているのだろうか、とまどかが思っていると、ふと話し声が聞こえた。


「……なぜ……を…………私……」


 女の声だった。それは玄関ホールの右側の廊下から漏れている。その廊下は団長室へ通じる廊下だ。まどかは声に引き寄せられるように、忍び足で廊下に近づく。L字形の廊下の角で立ち止まり、聞き耳を立てる。男女の声。どうやら団長室の扉の前で男と女が話しているようだった。


「なぜわたしに言ってくださらないのですか!」


 女の声が荒々しく叫んだ。突然の大声にびくりとまどかは肩を震わす。


(誰かしら?)


 角から少し顔を出し壁の向こうを伺うと、そこには白い着物を纏った女性と――もうひとり、団服を着た背の高い黒髪の男の姿があった。男のほうはまさしく団長の(はなだ)であった。後ろ姿しか見えないが、その忌々しい人物の背格好をまどかはよく覚えていた。


(縹卓之介! なに話してんのかしら、あんな美人と)


 女の着ている着物にまどかは目を奪われた。この世界にも着物は存在するのか、と。


(それにしても色っぽい(ひと)ね……)


 女は同姓のまどかでさえ美しいと思える美貌をたたえていた。桜月も綺麗な人だと思ったが(男性であるが)、桜月の儚く上品な美しさとは違う。

 その女はまさに“妖艶”な女だった。白い着物をきちんと着こなし、艶やかな黒髪を後頭部で結っている。後れ毛がうなじに纏わりつく様子が色っぽい。そしてその悩ましげな表情が何よりもまどかを惹きつけた。厚く真っ赤な唇が言葉を発するたびに形を変えるのに目を離せなくなる。縹に何かを必死で訴えているその女は、妖艶な美女、という言葉がぴったりの女性だったのだ。


「卓之介さま! 用事ならこのわたしに頼んで下されば!」


 女は少し低めの、艶のある声で縹に言った。それに対して縹は面倒極まりない、といった風に答える。縹の口調は常に不遜なものだったが、今はいっそう他人を突き放すようなものであった。


「団長補佐は佐々波君だ。用事は彼に頼むことにしている」

「でも!」

「お前は第三師団長だ。その仕事だけに専念しろ……陽炎(かげろう)


 女は口元を結んだ。悲しげな表情をしている。陽炎(かげろう)、というのが女の名らしい。


「わたしは貴方のお役に立ちたい! 卓之介さまのお役に立ちたいのです! だからどうか、わたしをもっと頼って下さいませ! ――あっ!」


 陽炎の切実な訴えも虚しく、縹はその言葉を無視してひとり団長室に入っていってしまう。残された陽炎は団長室の扉をじっと見つめている。その背からは哀愁が漂っていた。

 そんな男女の現場を一部始終を見てしまったまどかは、居たたまれない気持ちになりながらもその場を動くことが出来ないでいた。



<第七話 「白」・終>









さすがに北海道でも一年中雪は降りません。フタバは小学生なのでその辺を勘違いしている模様(南極は暖かいと思ってます)

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