第六話 蛇
「あっ!? だっ、団長!?」
音がして、扉が開いた。佐々波と桜月が玄関ホールに入ってきたのだ。
佐々波がひどく驚いた顔をして団長・縹を凝視している。縹は手に持った煙管を落ち着きなく弄くると、厳しく言った。
「佐々波君。誰だコイツら」
「えっ……。ほら、あれっすよ。例の、国王が異世界から呼んだっつー二人。井上姉弟」
再び縹に鋭い視線を向けられたフタバはすぐに縮こまる。縹は団長と呼ばれるにはまだ若い青年だった。三十代くらいだろうか。
「で、なんで君はコイツらを二人っきりにホールに放置しておくんだ」
「え。」
佐々波が冷や汗を流した様子が明らかに分かった。気まずい空気を破ったのは桜月だった。
「縹さん、ちょうど今あなたの所に行こうと思っていたんですよ。さっき国王様のところにお二人を連れていったんです」
へえ、と縹は曖昧に頷いた。地を這うように低く、荘厳な声だ。
もう一度縹は視線をフタバとまどかに移すと、右手の廊下に向かって歩き始めた。ついて来いという事なのだろうか。フタバとまどかは急いで後を追った。
<第六話:蛇>
「改めて言おう。俺は王室護衛団『白の教団』の団長の縹 卓之介だ」
数分後、フタバとまどかは本部のある部屋にいた。団長室だという。やはり白を基調としてあり、少ない家具の中、書類が床を埋め尽くすかの如く散乱している。お世辞にも整理された部屋だとは言えない。
「私は井上まどかです! 二十二歳の花も恥らう美少女です!」
「ね、姉ちゃん……」
部屋に佐々波と桜月はいなかった。縹に締め出されたらしい。
まどかが元気のいい自己紹介をしたところで、縹は専用の椅子に腰を下ろしていた。
「そっちのチビは?」
びく、とフタバが反応した。だって縹が怖い。睨んでいるのが通常の表情なのか、この人は。
「い、井上フタバ……。十一歳の小学六年生…」
「へえ。で? お前ら、自分が呼ばれた理由を国王のオッサンから聞いてないのか?」
フタバは頷いた。すると縹が卑しげに表情を歪める。鋭い眼光にフタバは身を縮めた。縹の視線に射抜かれ、呼吸の一つすら支配された気分だった。
「あの髭オヤジも迷惑なことしやがる。なんで教団がこの馬鹿姉弟を置いてやらなきゃなんねえんだ」
それは縹の独り言なのだろう。煙管を口に含み、煙を吐きながら言っていた。
申し訳なさげに口を閉ざしたフタバの横で声をあげたのはまどかだった。
「迷惑ってなんですか! それはこっちのセリフですっ。本音を言えばあなたなんかの所でお世話になんかなりなくないわ!」
縹の刺すような視線がまどかを見た。だがそれに怖じる事なくまどかは地団駄を踏まんばかりの勢いで続ける。
「団長だかなんだか知らないけどさっきから失礼な人ね! だからモテないのよ! そんな怖〜い顔してるから!」
「……てめぇ、人が黙ってりゃあ言いたい放題……!」
「あら! 女の子に手を出すんです? なんて野蛮な人!」
二人の睨みあいをフタバは決死の思いで止めた。姉が暴走すると止まらないとを誰よりも知ってるからだ。
「ね、姉ちゃん! ちょっと落ち着いてよー!」
「ふ、フタバくん……」
弟にはめっきり弱いまどかだ。途端に大人しくなる。それを見て縹もため息を吐きながら椅子に座りなおす。
「ちっ……。国王からの命だから仕方ねぇ、置いといてやるが、余計な事はするなよ」
「むっ! 分かってます!」
「ならいい。もう戻れ」
すぐに二人は団長室を辞した。まどかが団長室の扉を荒々しく閉める。
「もおお! あの人嫌い! なによあの偉そうな態度!」
「団長なんだから仕方ないよ……」
廊下に出ると、辺りには団員の姿がちらほらと見受けられた。フタバ達はずいぶんと早朝から国王のもとへ行っていた。ちょうど今ぐらいが起床時間なのだろう。
同じ団服を着た団員たちと擦れ違うたび、物珍しそうに振り向かれる。フタバはなんだか居たたまれない気持ちになった。
「みんなこっち見てるね……姉ちゃん」
「そ、そうね。私の美貌に思わず目が離せないのかしら」
まどかの冗談はさておき、フタバとまどかは本部の中で非常に目立っていた。皆が皆、団服を着ているなか、二人は私服。しかも異世界の服だ。団員たちからすれば珍しい服装なのだろう。
それにフタバは本部にいるには幼すぎる少年だ。目立たないことのほうがおかしい。
どうしたものかと玄関ホールについた二人を、三人の団員が囲んだ。
「お前らが例の“異世界から来た姉弟”かっ?」
浅黒い顔をした一人の男が言った。からかわれている、と分かりフタバは難しい顔をした。
「よく団長が教団で世話すること許可してくれたな!」
「へえー、こんな二人をなんで国王様は呼んだんだろうな」
「見たことない服着てるなあ」
好き勝手に言う団員たちに囲まれ、すっかりフタバとまどかは戸惑ってしまいオロオロとしてしまう。
すると、団員たちの間から端正な顔が覗いた。
「あまり苛めないで下さいね。一応、客人ですから」
それは桜月だった。クスクスと笑っている。
「第二師団長!す、すんません!」
「ほら、鍛錬の時間でしょう? 行かなくていいんですか?」
「はっ、はい! 失礼します!」
瞬く間に三人の団員たちは消えた。周りで好奇の視線をフタバ達に送っていた団員たちも、すかさず目をそらしている。
「縹さん怖かったでしょ? 大丈夫でしたか?」
まどかがすかさず声を荒げた。
「すっごい腹がたちました! もう! 人を邪魔者扱いして!」
「ふふ、でもああ見えて結構いい人なんですよ」
行きましょう、と桜月は二人を寄宿舎のほうへ連れていった。すれ違う団員が桜月に挨拶している。それを横目で見ながら、フタバ達は寄宿舎の部屋についた。
桜月が去ると、フタバとまどかは部屋に入った。昨日と同じく、簡単な家具しかない殺風景な白い部屋。これからしばらくここが自室になるのだ。
「……あのさ姉ちゃん」
ソファに倒れるようにして沈むまどかにフタバは声をかけるが、まどかはグッタリとして返事を返さなかった。もう一度呼ぶと、聞いたこともないような低い声でまどかは返事をした。
「どーしたのフタバくん……?」
彼女は機嫌が悪いようだった。おそらく団長の縹卓之介が心底気に食わないからだろう。
「オレたち、ここで何するでもなくボーッと過ごしてろってことなのかな」
フタバは部屋を見渡した。朝の刺すように冷たい空気が窓から流れ込んでいる。空は曇っていた。また雪が降るだろうか。
「そおねー。つまんないよね。テレビもないし。あ〜あ……『渡る世間は●ばかり』見れなくなっちゃう」
そう言ったかと思うと、まどかはソファに身体を埋めたまま寝息を立て始めてしまった。まだ一日が始まったばかりの時間だというのに。早朝から城に行っていたのが堪えたのか。
(なんでオレ、こんなところにいるんだろう……)
ベッドに寝転がり、天井を仰いだ。静かな空間。廊下から団員たちが談笑している声が聞こえてくる。
(家に帰れるのかなぁ……)
まどかの寝息はいつの間にかいびきに変わっている。いい歳した大人の女性が……とフタバは苦笑した。そしてフタバも自然と瞼を閉じていき、夢の世界に落ちていった。
瞼を落とす瞬間、この千年王国――白の国へやって来たあのときのことを思い出した。アニメを見ていて、瞼を落としたらこの世界に来ていた、あのときのことを。
<第六話 「蛇」・終>