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第三話  血・1


 霧は晴れていた。

 フタバとまどかは桜月の先導で再び街中を歩いている。霧は晴れたが、相変わらず人の気配はない。三人の足音だけが聞こえていた。


「ねえフタバ君、どお思う?」

「え?」

「私たち、なんでこの世界に呼ばれたのかしら」


 二人はごく普通の姉弟だった。どこにでもいる、歳の離れた仲の良い姉弟。両親はフタバがまだ赤ん坊の頃に事故で亡くなったらしい。だからフタバの親代わりがまどかだった。

 天真爛漫なまどかをフタバはよく慕っていた。ちょっとどころかかなりの天然の姉だが、いつでも自分の事を心配してくれる。


 なぜ、オレ達が……。

 考えても答えなど出るはずも無かった。


「分かんないけど……オレ達を呼んだ国王様って人に聞けばいいんじゃないの?」


 前を歩いていた桜月が歩みを止めた。くるりと振り返る。端正な顔がフタバとまどかの顔を行き来して、やがて桜月は言った。


「その通りですよフタバ君。お二人には国王様に謁見していただきます。今日は“私達の本部”で過ごして、明日城に行きましょう」


――私達の本部。桜月はそう言った。

 その言葉にフタバは一番大事なことを聞き忘れていたと思い出した。


「桜月さんって、どこから来た、なんの人?」


 国王の命で自分達を迎えに来た、と言っていた。どこから迎えに来たのだろう? そんな単純な疑問だった。

 桜月はにこりと目を細めて笑った。


「王室護衛団『白の教団』から、です。」


 並べられた言葉を理解することが出来ず、フタバとまどかは揃って首をかしげたのだった。



  <第三話:血>


 三人は街中を抜け、森の中を歩いていた。いつの間にか夕暮れだ。巣に帰る鳥たちがバサバサと飛び立ち、木々が揺れる。森の中は木が生い茂っているので薄暗く、フタバを不安にさせた。


「白の教団とは、」


 桜月がしばらく閉じていた口を開いた。


「白の国の国王様を護る護衛部隊のことです」

「白の国?」

「“ここ”のことです。ここは千年王国の最北端・『白の国』ですよ」


 へえ、とまどかが理解したのか分からない曖昧な返事を返した。フタバは訳が分からない、といった顔をしている。

 それにしても、王様の護衛部隊を“教団”とは宗教的すぎないか。そう思ったまどかが軽い気持ちで質問すると、桜月は急に神妙な面持ちになった。


「……“神”についての話は今は出来ません。また後ほどお話しますよ。」


 そう断言されてしまいまどかは口を噤んだ。そして代わりにとばかりに彼女は桜月に千年王国のことを質問した。どんな大陸なのか、と聞いた。


「六つの国からなる大陸です。ここ、白の国。あとは黒の国、赤の国、翠の国、黄の国、青の国の六つです。各国には王様が君臨し、それぞれの文化を築いてるんですよ」


 カラフルね。とまどかが呟いた。

 そして桜月は、この白の国は戦争中だということも教えてくれた。敵国は翠の国ということも。フタバとまどかが最初にいたあの街は戦争に巻き込まれたせいで、住民がみんな避難しているとのことだった。これで街中に誰もいなかった謎が解けた。


「それでオレ達はどこに向かってるの?」


 足に纏わりつく雑草を除去するのに必死になりながら、フタバが言った。早く森を抜けたい。そう思いながら。


「白の教団の本部です。今日はそこで休んで、明日王様のいる城へ行きましょう」


 ――ガサッ。

 前方から葉擦れの音がし、桜月はピタリと動きを止めた。


「さ、桜月さん?」

「……静かに。」


 異様な雰囲気に、咄嗟にフタバはまどかの背に隠れた。まどかも肩を僅かに寄せて、前方の木々に覆われた暗闇をじっと見ていた。


「……お二人とも、下がっていて下さい」


 ふいに言われた言葉に、フタバとまどかは肩を震わせた。なぜ?と問うに問えない。下がることもせず、二人は固まったままだった。

 それを見かねた桜月が僅かに二人のほうを振り向き、同時に団服の腰に下げていた刀の鞘に手を掛けた。


「……早く下がって!」


――ガキィン! と豪快な刃の交わる音と、桜月が叫んだのは同時だった。桜月が叫ぶと共に前方から男が巨体を揺すって現れたのだ。男の持つ剣と、桜月が鞘から抜いた刀の刃がぶつかりあった。


「ささささ、さつきさん!」


 フタバは驚愕の声を隠せない。突然暗闇から姿を現した謎の大男が桜月に剣を振るったのだ。動揺せずにはいられない。


「おうおう、こんな森をどこの野郎が歩いてるかと思えば、白の教団の奴じゃねえか。しかもその胸元の鷲の印……お前、師団長か?」


 男の粘ついた声が言う。相当の巨体だ。鎧まで身に着けている。対して桜月は細い腕、細い刀で男の剣を受け止めている。フタバはハラハラと姉の影からそれを見守っていた。


「……あなたは? その鎧、この国の者ではありませんね。翠の国の兵か?」

「ははっ、あんな弱小国のモンじゃねえよ。俺は黒の国のモンだよ」

「く、黒の国っ!?」


 キンッ、と再び刃が交わる音が暗い森に響いた。

 男がスキンヘッドにした頭を一度叩いて、大げさに笑った。


「そうだ、お前ら白の国の連中なんて蹴散らしてやるよ!」

「……。」


 桜月は刀を静かに下ろした。鞘に収める。それを見た男が何してんだ? と眉を顰める。


「この俺と戦うのを避けようってのか?いいぜえ、そのお綺麗な顔をこの剣で真っ二つにしてやるよ!」


 男が剣を振り上げた。


「さっ、桜月さん!」


 フタバの叫ぶ声と共に、男の剣が振り下ろされ、風を斬った。思わずフタバとまどかは目を背けて瞼をきつく閉じる。すると、桜月の柔らかな、それでいて殺気を含んだ静かな声が聞こえてきた。


「黒の国の兵なら、容赦はしません。……覚悟はいいですね?」


 フタバが瞼を上げると、桜月が今まで握っていた刀を地面に放り出すところだった。虚しい音をたてて雑草の中に消える刀。そして桜月は腰に下げていた、もうひとつの刀に手を掛けた。長い刀だった。

 するり、と刀を抜くと、その刀は淡い桃色の光を帯びている。敵の男も、フタバ達も、その神々しい光に目を離せずにいた。




「……咲きなさい。長刀『花宵待(はなよいまち)』」



 桜月が刀を振るった。光が舞う。花びらが舞う。

 目映い光に、フタバは再び瞼をきつく閉じた。同時に、男の断末魔が響き、鳥たちが一斉に羽ばたいていった。



<第三話 「血(1)」・終>








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