表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/35

第二十三話  宣




 その夜はよく晴れた。雪を降らせていた曇り空は裂け、そこから星が輝いている。儚いようで、しかし、何億年を輝いてきた自信に満ち溢れる星々がそこにはあった。


 団長室への来客は今日一日だけでもめまぐるしいものだった。昼前からいた井上 姉弟(きょうだい)、それに代わるようにやって来た春野ひより、そしてひよりの後に入室してきたのは佐々(さざなみ)乱歩だった。

 彼はリリスによって麻薬を嗅がされて以来――ここ数日、床に臥せていた。それゆえに主な仕事場である団長室に姿を見せるのは久しぶりである。そんな佐々波は、ひよりが団長室を去った昼過ぎにやって来て、この夜更けまでずっと仕事をしていた。彼の団長室での仕事というのははっきりいえば(はなだ)がやるべき執務が主だったりするのだが、文句を漏らさず淡々と仕事に励んでいる。いつもの事なのだが、何せ佐々波は病み上がりの身だ。そんな彼に自分の仕事をやらせている縹はいささか申し訳なさげにしていた。


「……佐々波君。」

「んー? なんすかー?」

「ようやく動けるようになったばかりだろう。もう少し休んでいたらどうだ」


 縹は窓辺に寄りかかり、煙管を吸いながら言った。普段から雑用ばかり任せてしまっている佐々波に対しての労いの言葉のつもりだったのだが、それを佐々波は笑って飛ばした。


「だーいじょうぶっスよー。いつもの事じゃないですかー」

「……ま、まあな。」


 佐々波は資料に捺印を施しながら言う。その作業は手際よく、彼が万全の調子に戻っていることを知る。

 縹が何か言いたげに口を開閉していると、それに気付いた佐々波が捺印を終えた資料を整えながら明るい声を出した。


「あっ! ひょっとして俺のこと心配してくれてるんですか? めっずらしー事もあるもんですね。ひよりちゃんの言ってた通りだ」


 ケラケラと笑う佐々波。縹はバツが悪そうに口を噤んだ。どうやら心配無用だったらしい。考えてみれば佐々波は第一師団長なのだ。責任感も人一倍あるのだろう――少しのことで休むわけにはいかない、ということか。


 捺印を終えた資料を棚に仕舞っている佐々波の背を見ながら、縹は落ち着きなく煙管を弄る。落ちた灰が床のカーペットを汚す。それを漠然とした気持ちで眺めて、縹はようやく口を開いた。


「佐々波君。病み上がりのところ悪いが――頼みがある」


 すぐに佐々波が振り向いた。(たてがみ)のように立てた金色の髪が揺れる。それは夜目に眩しかった。

 視線だけで言葉の先を促す佐々波。縹は静かな声でゆっくりと告げた。


「第三師団長の陽炎(かげろう)と、第八師団長の月本を連れて来てくれ。佐々波君、君もだ。その三師団で黒の国へ向かってもらう。目的は『ソワール魔導衆』の誰か一人を生け捕りにしてくることだ――今すぐだ、今すぐ二人を呼んで来い」


 “生け捕り”という言葉が、特別な響きを持って佐々波の耳を打った。




  <第二十三話:(せん)



 その頃、自室で就寝の準備をしていた陽炎(かげろう)は寝着用の薄手の着物に着替えたところだった。真っ白なその着物は白装束を彷彿させる。夜空に瞬く星が窓から淡い光を差していた。陽炎は眉をひそめてサッとカーテンを閉めた。

 雲が裂けて晴れた空は好きじゃなかった。雪が降る曇り雲や、大地に影を落とす暗い空が好きだ。――しかし本当のことを言うと、晴れた空の下にいる自分が気に入らないのだ。数年前まで空を仰げない生活を送っていた自分が、いまさら光に晒されるのはひどく罰あたりな気がする。


 ベッドに身体を横たえたところで、自室の扉をノックされる音が響いた。訝しげにベッドから起き上がると、手近にあったランプに火を灯す。陽炎の艶やかな顔が暗がりにぼんやりと浮かび上がる。


「どなたでございますか」


 控えめに聞くと、扉の向こうからすぐに返事が返ってきた。


「あ、佐々波っす。こんな夜中にすみません」

「――佐々波 殿(どの)?」


 扉を開ける。そこには団服のままの佐々波が苦笑を漏らしながら立っていた。


「もう動いても大丈夫なのですか?」

「ん? あ、はい。もー平気っすよ。」

「それで、どうなされたのです? あの――そのう――まさか卓之介様に何かあったのですか?」


 佐々波は慌てて首を振った。自分が訪ねてきた事と縹が結びつく辺りはさすがに陽炎だ、と思う。


「団長は別にどうともないっすよ。ただの命令ですよおー」

「――命令でございますか? こんな夜更けに?」


 急に真面目な顔になって佐々波が頷いた。それを見た陽炎も重大な命令が下ったのだと知る。陽炎は佐々波が口を開く前に、強く言った。


「すぐに着替えます。そしてすぐに団長室に参ります」


 二人はそのまま別れた。扉が閉まったと同時に陽炎は寝着を脱ぎ捨て、そのしなやかな身体を晒すと、いつもの大輪の花が咲く着物に着替えなおした。

 ベッドの乱れを直しもせず部屋を飛び出て、一階の団長室を目指して本部の階段を駆け降りる。二階の踊り場に出たところで、廊下を駆けてきた月本 草音(くさね)と遭遇した。


(あね)さんっ!?」

「――草音?」


 その場に立ち止まるとすぐに草音が駆け寄ってくる。草音の自室は二階にあるのだ。団服を羽織りながらやって来るのを見ると、今しがた部屋を出てきたばかりなのだろう。

 草音は陽炎の傍に来ると、息を切らしながら言った。


「あの……あの……もしかして、佐々波さんに呼ばれました? えっと……団長さんから命令が下ったって……」

「ええ、先ほど佐々波殿が部屋に。草音、お前も?」

「は……、はい。どうやら私と姐さんと佐々波さんが呼ばれたようです」


 相変わらず動揺しながら話す草音は、ずり落ちてきた眼鏡を落ち着きなく直していた。

 こんな夜中に師団長を三人も呼ぶ命など始めてのことだった。それほど重要な命令らしい。


「とにかく卓之介様のところへ。佐々波殿ももう団長室に居るでしょう」


 草音は力強く頷いた。



  < 2 >


 陽炎と草音が団長室に辿り着くと、すでに佐々波と縹が待っていた。縹は部屋の中央に置かれたいつものデスクに座り、佐々波は応接用のソファの一角に腰を落ち着けていた。縹の持つ煙管から立ち上る煙で室内はけぶり、白く暈けている。煙の臭いが二人の鼻を鋭く刺した。

 二人が入室すると同時に縹が言う。


「ああ、来たか。こんな夜中に悪ぃな。適当に座れ」


 二人は佐々波の向かい側のソファに腰を下ろした。団長室は異様な空気に包まれていた――妙な緊張感。いつもは縹の傍に立って仕事をしたり補助をしていたりする佐々波が、普通にソファに座っているという光景も珍しかった。

 どんな任務を言い渡されるのだろう。陽炎と草音は何も言わずに縹のほうをじっと見つめていた。


「さっそくだが任務の話だ」


 縹の鋭い声が響き、ピンと張った空気がさらに張りつめた。縹は三人の顔を一人ずつ見渡すと、ゆっくりと話し始めた。


「佐々波君が師団長の第一師団、陽炎が師団長の第三師団、月本が師団長の第八師団。この三師団で黒の国へ向かってもらう。『ノワール魔導衆』の屋敷へ侵入し、魔導衆のメンバーを一人捕らえてくるんだ」


 とたんに布擦れの音をさせて陽炎が身を乗り出した。他の三人の視線が彼女に集まる。


「卓之介様、捕らえてくるとは? 教団へ連れてくるという意味でございますか?」

「ああ。殺すんじゃねぇ、生け捕りにしてくるんだ。陽炎なら覚えているだろう。この前、陽炎と市川と井上フタバで魔導衆の偵察へ行ったとき――奴らは、俺らが偵察を企んでいることを始めから知っていただろう」


 言われて陽炎は記憶を探った。あの夜、偵察のために三人で魔導衆の屋敷へ足を踏み入れたとき、ローズという猫耳と尾を持つ幻獣の少女に迎えられた。

 そして少女は言った。“サタン様はすべて知っている。教団が偵察に来ることも、井上姉弟が千年王国に呼ばれた理由も”――と。あの時、偵察がバレていると知った三人はそのまま退却した。そのとき得た情報は魔導衆のメンバーがたった九人だけという事実だけだった。


「確かに、魔導衆らはわたくし共が偵察に来たことを既に知っておりました」

「それがおかしいんだ。俺が命令してすぐに偵察に向かったにも関わらず、奴らには任務内容がバレてたって事だ」


 そこで佐々波が口を挟んだ。


「……んで、魔導衆のメンバーを一人捕らえて、吐かせるってわけっすね。どーやって教団の内部情報を得ているのか。どこまで教団の秘密を知っているのか。」


 場にそぐわない飄々とした口調に縹は眉をしかめたが、言い分はその通りだったので頷く。


「そうだ。奴らは魔術を使うからな。どんな術を駆使してこっちの情報を得ているのか分かったもんじゃねぇ」

「そ、それは確かでございますが――、三師団で行動するとなると人数は百人ほどになってしまいます。そんな大人数で任務を遂行するとなると、魔導衆の者共にすぐに動向を察せられてしまうのではありますまいか?」


 そう陽炎は言った。一人を生け捕りにしてくるには、なるべく忍んで任務を行うべきだ。どうせなら一師団のみで向かうか、以前のように師団長数人だけで向かうかにした方がいいと思ったのだ。

 しかしその危惧を縹は否定した。理由は言わなかったが、とにかく三師団で向かってほしいのだと。その答えに陽炎は納得いかないようで、表情を歪めている。だが、そのやりとりを眺めていた佐々波には縹の言わんとすることが分かっていた。伊達に団長補佐を務めているわけではない。


(この任務の行動が向こうにバレるのは想定済みってわけか。別に忍んで行く必要もないってことだ。こりゃもう衝突必須かな? 小戦闘が起きる可能性が高いから、大人数で向かえってことねー。)


 と考え、佐々波はこっそり舌を出した。黒の国とは大昔に戦争をしたのみで、近年、直接衝突した事はなかった。千年王国の二大大国は刃を交えなくとも冷戦状態だったのである。今回の任務で小戦闘が起きることは、実質宣戦布告のようなものだろう。

 病み上がり早々に重大任務だな、と呑気に佐々波は考えていた。


「明日の朝、さっそく向かってくれ」


 縹のぴしゃりとした声が飛んだ。陽炎はやはり忍んで任務を行った方がいいと思っているらしく、夜ではなく朝に決行することが不安のようだった。先ほどから膝の上で握った拳をもぞもぞと動かし、縹に意見しようとも出来ず、床と縹との間で視線を行き来させている。その隣では草音が心配そうに陽炎の方を見やっていた。


「話は以上だ。分かっていると思うが――団員には武器を持たせて行け。もし、お前ら三人の師団長の誰かが“欠ける”ことがあったらすぐに任務中止して戻ってくるんだ。」


 そこで話は終わった。縹は質問を受け付けようともしなかった。佐々波は陽炎と草音を自室に帰したあと、おもむろに縹のほうを見た。彼は窓辺に立っていて背中しか見えなかったが、手にした煙管を一向に吸う気配がない事からして考え事をしているようだった。彼が見下ろす窓のしたには中庭が広がっている。夜の(とばり)に包まれた景色を見る縹の姿は見慣れたものだ。


 佐々波は何も言わなかった――ただ、縹の命令に随行するのが己の役目なのだ。




<第二十三話「(せん)」・終>








サブタイトルの「(せん)」はそのまんま、宣する・宣言・宣戦布告の“宣”です。

それにしても主人公姉弟の出番が皆無……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ