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外伝・縹卓之介編  誓・2

遅くなってすみませんー!

2か月ほど、ネットに繋げない状況でした。

そして外伝全二話のはずが、全三話になりそうです。



 赤の国で暮らす十九歳の悪ガキ、ヴィクドール・ツェルターは、かねてから大国に渡り剣を学びたいと思っていた。


 ある日、優秀な医師である兄・アルベルトからの提案を受ける。その提案というのは、白の国の国家護衛団『白の教団』への入団を目指すために白の国へと渡り、剣を学んだらいいという教えだった。


 兄の教えの通り、白の国へと旅立つヴィクドール。――しかし、兄の話はすべて嘘だったのだ。白の国に剣を教えてくれる知り合いがいるという話も。入団を応援してくれるという言葉も。

 兄のアルベルトは白の国で麻薬を売る裏商売をしていたのだ。その仲間にヴィクドールを加えるために、白の教団の話を使って騙したのである。


 麻薬グループの男に襲われたヴィクドールを助けたのは一人の誠実な青年。彼は東條喜一という、偶然にも白の教団の師団長を務める男だった。彼に事情を話すと、教団の一室を借りて生活できることになったヴィクドール。東條から剣を学び、入団試験合格を目指すと決意するのであった。


 千年王国の掟に従い、白の国の国民となるヴィクドールは名前を改めることとなる。東條が与えてくれた名前は、『(はなだ) 卓之介』という名だった。




  <外伝・縹 卓之介編:(ちかい)・2>



「縹というのは薄青色のことなんだよ」

「あ?」

「君の名字のことだよ、縹卓之介くん。」


 眉を寄せる縹に対しても東條は微笑みをかかさない。よくこんな悪人面の糞餓鬼相手に笑っていられるものだ、と縹はつくづく思う。


 縹が『ヴィクドール・ツェルター』として白の国にやって来てから五日が経った。

 現在は白の教団の本部内にある東條の部屋の隣を借りている。教団に来ても、縹は部屋からほとんど出ない。出るといえば東條に剣を習うときだけだ。

 教団で生活しているといってもただの居候で団員ではないので、廊下に出るのが気まずいのである。


 雪がしんしんと外を舞う今日、縹は稽古をつけてもらうために東條の部屋を訪れていた。いつもならこのまま鍛錬場に移動するのだが、東條が世間話を始めたので二人で部屋に留まっている。


 東條はふてくされ気味にソファに座る縹の正面に立ち、目を細めて笑った。


「僕は新緑の色や、淡い空の色が好きなんだ。この極寒の白の国では滅多に見られる景色じゃないからね。だから君に青色の名字をつけたんだ。――そして“卓之介”という名前はね、僕の父親の名前なんだよ。」


 縹は馬鹿にするように鼻で笑う。


「ハッ、あんたファザコンかよ? いい趣味してるな」

「そう捉えてもらっても構わないけどね。父は偉大な兵士だった――尊敬しているんだ。父親というものは尊敬するに値する存在だよ。覚えておくといい」

「……俺の親父を見てから言って欲しいぜ」


 縹は赤の国にいる父の事を思い出していた。農業に励む父の背中。兄のアルベルトには滅法甘かったのを覚えている。まともな会話を交わした記憶がない。


「もう俺は家族なんてどーでもいいんだ。新たな名で、新たな生活を送ってくって決めたんだ」


 東條は満足げに頷いていた。何でそんなに嬉しそうなんだ。縹は心の中でそう毒づく。

 

(こいつ、つくづく不思議だ。こんな俺の面倒を見てくれるなんてどんな変人かと思ったがスゲーいい人だし)


 自分の性格が捻くれていることは承知している。ゆえに他人から優しくしてもらったことなどない。それなのにこの東條喜一という男は、他国からやって来た縹が早く白の国に慣れるようにと手を尽くしてくれている。


  ――不思議だ。俺に優しくして、何のメリットがあるんだ。同情なら余計なお世話だ。縹はこの五日間、ずっとそう思っていた。

 その縹の疑問を察したかのように東條は言う。


「君は本当はとってもいい子だよ。」


 何がいい子だボケ。

 寒さから逃れるように縹は着物の襟元をきつく合わせる。東條から与えられた普段着の紺色の着物。それに厚手の羽織。着るものまで世話をしてもらうなんてまるで子供だ。


 機嫌悪そうに床を睨みつける縹を、東條は微笑ましく見守っている。

 教団の外の雑音はすべて雪に吸い込まれているようで、静寂を保っていた。厳しい表情を崩さなかった縹も、自然と和らいだ顔になって窓の外を眺めていた。



  < 2 >



 数日後、縹は鍛錬場にいた。

 本部と同じ敷地にありながら、少し離れた場所にある鍛錬場。団員ではない縹が使う教団の施設といえばここくらいだ。いつもは縹以外にも数名の団員が鍛錬に励んでいるのだが、今日は珍しく誰もいない。他人と群れるのが嫌いな縹には好都合だ。


 いつもなら東條が縹の剣の稽古をしてくれるのだが、今はその東條すらいない。先ほどまでは居てくれたのだが、途中で幹部の会議があると言って出て行ってしまったのである。


 鍛錬用の刀を床に放り投げて縹は息をつく。


「ちっ……あの人がいねーと全然駄目だ」


 まだまだ未熟な自分では、一人で満足な鍛錬も出来ない。刀という武器は目にする事すら始めてで、一太刀振るうのも一苦労なのだ。休憩しようと思い、柔らかい鍛錬場独特の床に腰を下ろした。


(一人で鍛錬も出来ねぇなんて、俺もまだまだっつー事だな)


 東條の指導を思い出す。あの人の刀の筋は無駄がなく美しい。どうしたらあんな風になれるのだろう。さすがは師団長を務める男だ。普段は穏やかな好青年なのに、鍛錬のときは苛烈な雰囲気を纏っている。

 ムスッとしたまま胡坐をかく縹の視線の先には、東條の置いていった“あるもの”があった。


(あれは――?)


 胡坐を崩し、四つん這いで“あるもの”に近付く。

 それは東條がいつも鍛錬の時や任務の時に携えている武器だ。槍のように細長い長柄だ。刀ではないし、槍でもない。先端の部分には布が宛がわれていて、刃が隠されているようだった。

 あの人がいつも大切そうに持っている武器。縹に興味が沸いてくる。ゆっくりと布を取り外す。磨かれた刃が現れた。


「……(ほこ)?」


 刃が大きめの鉾だった。装飾は一切ない普通の鉾。師団長ともあろう東條が使う武器としては質素なものだ。


(なんであの人だけこんな武器持ってんだ?)


 団員達はみんな刀を持っている。鉾を持つなんて、東條は鉾使いなのだろうか――そう思っていると、鍛錬場の扉が錆び付いた音を立てて開いた。縹は鉾を手に持ったまま振り向く。扉から淡い光が場内に注いでくる。

 そこには東條が立っていた。


「縹くん、僕がいないからってサボりかい?」


 そう言って縹に近付く東條は、縹の手に握られている鉾に目をやった。一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに穏やかな顔に戻る。


「その武器が気になるか?」

「…………。」

「刀じゃないのが珍しいだろう。これは僕の『神器(じんき)』なんだ」

「神器?」


 東條が頷く。彼は縹の隣の床に座った。白い団服が汚れるのではないか――そう危惧した縹だったが口には出さない。

 東條はおもむろに鉾の柄を擦りながら話し出す。


「これから話すことは内緒だよ。あまり口に出しちゃいけないって言われていることなんだ」


 縹はいぶかしげに東條を見る。


「んだそりゃ? 誰にも言わねーよ。ここには言うような知り合いもいねぇし」

「いい子だ。ならいい。」


 すると東條が立ち上がり、縹の手から鉾を受け取った。刃を天に向け掲げる。長身の東條と同じ位の長さの鉾は、気高く、崇高な存在感を放っていた。


「団長と十人の師団長、計十一人の幹部は、“神”から特別な武器を与えられるんだ。一人ひとり違う個性的な武器をね。それは師団長に昇格したときに与えられ、降格すると取り上げられてしまう」

「――……神? 聞いたことあるぜ。千年王国の象徴。その神を君臨させることの出来る国が、千年王国を支配できる、だろ? その神を巡ってアンタらは神権戦争してんだろ」


 東條は驚いたように頷いた。

 縹は神権戦争とは無縁の赤の国の出身だ。まさか縹が神聖で禁忌とされる『神』の詳細を知っているとは、東條も思わなかったのだろう。


「フン。俺はこー見えてもいろいろ勉強してんだよ。けど分かんねぇぜ。神を自分の国に君臨させたいからって戦争までして。そんなに神ってやつが偉いのかよ」

「……神を君臨させることによって得られる『最高権力国』の称号がほしいんだよ、どの国も。まあ、神権を獲得できた国は戦争の標的になるからデメリットも大きいんだけどね」


 へえ、と縹はぶっきらぼうに返事をした。

 教団に入団し剣の腕を学びたいとは望んでいるが、国民に姿すら見せない“神”とやらを守るために戦うのは少々めんどくさい。国家護衛団なのだからそれが仕事なのだが。


「それでね、この鉾は僕が師団長になったときに貰ったものなんだ」


 東條は続ける。


時鉾(ときほこ)というんだ。『時鉾・邂逅(かいこう)』。」

「……時鉾?」


 縹が東條の言葉を反復する。


「僕たちが与えられる神器っていうのは、魔法が使えたり特別な能力が宿っているわけじゃない。ただの刀や鉾だ。団員達の持つ刀と違うのは、少し属性が付くってこと。」

「んだそりゃあ?」

「属性っていうのはね、“神”から分けてもらえた神聖な力って言われている。例えば僕のこの『時鉾・邂逅』の場合は、『地属性』だよ」


 地属性とは地味だな、と思わず口に出しそうになった縹は慌てて口を噤む。普通ヒーローなんかは炎属性とか、風属性とか。しかし素朴で優しい東條には地属性は合っている気もした。


「炎属性は太刀筋に火を纏えたり、光属性は光を纏えたりする属性効果があるんだけどね。僕の武器の地属性はだけちょっと特別なんだ。」

「なんだよ? 地震起こせるとかそんなんかよ?」

「ハハ、そんな凄いことじゃあないよ。」


 東條は言いながら時鉾を縹の前に掲げる。


「実は地属性の属性効果は誰にも言っていない。縹くんだけに教えるよ。いいかい、内緒だからね。――この時鉾『邂逅』は、“異世界”に通じている」


 紡がれた言葉に、縹はひどく驚かされることとなった。異世界――異世界とは? 誠実な男の口から出る言葉とは思えなかった。


「なんだよ異世界って。ずいぶんとファンタジーな話になってきたな」


 東條は声を出して笑った。珍しい。


「君は知らないだろうけど――いや、みんな知らないだろう。この千年王国と同じような世界が存在する。それは並行世界と呼ばれるもので、千年王国と同時に進行し、似ている文化、似ている世界観を持ちながらも違う背中合わせの異世界。」


 もはや話についていけれない。何を言っているんだこの男は。縹はきつく眉を顰めた。それに構わず東條は続ける。


「この時鉾『邂逅』の地属性効果は、その背中合わせの世界に行けることが出来るんだ」

「へー、そりゃすげー。たいした夢物語だなオイ」

「信じてないね。まあ結構だ。」


 縹の半信半疑な様子を、東條は無理やり(あげつら)い、納得させるような事はしなかった。それ以上東條が時鉾の持つその不思議な属性効果のことを口にすることはなかった。縹も異世界のことなんてちっとも信じていないので、別に聞く気もなかった。


「君もそのうち神器を手にするようになると思うよ」

「俺がか? 師団長にまで出世するってか。まだ入団もしてねーのに」

「僕には分かる。君はとってもいい子だ」


 その言葉に縹はばつが悪そうに東條からの視線を避ける。自分のことを“いい子”だと何度も形容する東條。なにを根拠にそんな事を言っているのか尋ねたかった。

 こんな傍若無人な自分に好意的な言葉をくれる人。兄と違い、偽りのない真摯で優しい言葉。初めてだった、こんなこと。

 強がる必要なんて無いのだと教えてくれた人――東條喜一。初めてだった、こんな人。




  < 3 >



 それは突然訪れた。

 縹が居候として白の教団にやって来てから三年が過ぎたときの事である。縹は二十一歳になっていた。日々東條から優しくも厳しい稽古をつけられているため、縹の剣の腕の上達は甚だしい。しかし不定期に行われる入団試験は未だに行われていないため、縹は力を持て余しているのである。


 久しぶりに太陽が顔を覗かせ、積もりに積もった雪を溶かす午後のことだった。今日も今日とて、縹は鍛錬場を借りて一人で鍛錬に励む。東條はこの場にいなかったが、周りには数人の団員がいる。


「おい縹! 大変だぞ!」


 バン、と鍛錬場の扉が開く。重々しいその扉が大きな音を立てて開くのは、縹をひどく驚かせた。何事かと振り向くと、急ぎのあまり扉を閉めるのも忘れてこちらに掛けてくる先輩の姿が。

 二十代後半のその先輩は第九師団の団員だ。第九師団は、東條が師団長を努める師団である。


「……何すか?」


 と、鍛錬を中断されて不機嫌に応える縹。先輩に対しても傍若無人な態度は崩さない。いつもはその態度を咎められるのだが、今回それはない。それほど先輩が切羽詰っているということだ。

 先輩は息も絶え絶えに言う。


「ちょっ、大変だ! お前、入団が決まったらしいぞ!」

「は? だって入団試験もまだ……」

「試験とか無しでだよ! 特別だ。東條さんが団長に話つけてくれたんだよ!」


 驚きで唖然とする縹。――なんだそれ。次第に怒りが込み上げてくる。入団試験を受けてこその入団なのに、師団長を通して無試験の入団など違反だろう。自分は望んでいない。


(あの人勝手に何してやがんだ……!)


 文句を先輩にぶつけようと口を開きかけたとき、遮るように先輩が言葉を発した。


「いや今は“そんな事”どうでもいい。それより大変なんだ!」

「それよりってアンタ――」

「東條さんが解雇された!」


 もはや叫ぶように言い放った先輩の言葉に、縹は身体が固まるのを感じた。


「……なんだよそれ」


 喉の奥でさ迷う言葉をどうにか絞り出すことが出来た。その声はひどく掠れている。辺りの団員も鍛錬を中断して縹と先輩のほうを凝視していた。

 落ち着きを取り戻した先輩も、やはり絞り出すような声で言う。


「さっきまで軍議にかけられていて、たぶん……処罰も重いものになると思う」

「なんだよ処罰って? あの人、何したんだよ?」


 先輩の声はいっそう厳しくなった。


「お前一番近くにいただろ? 気付かなかったか!? 東條さん、自分の神器を私用で使っちゃたったんだ。私利私欲で使ってはいけない、神から賜った神器を、自分の都合で使っちまったんだよ!」


 縹は言葉を失った。なにか言いたくても、なにを言いたいのか分からない。私利私欲で神器を使った――あの真面目な東條が?

 彼の神器を一度だけ見たことがある。それは三年前、縹が教団で居候生活を始めたばかりの頃だ。『時鉾・邂逅』。異世界に行くことが出来る武器だと言っていたが、そんな話は信じていない。――そう、本当に信じていなかったのだ。三年前だって、今だって信じていない。


「東條さん、『邂逅』を使って異世界に行っていたらしいんだ。それも一年も前から。それがどうやら王室にバレたらしい。とにかく大変なんだ! 団員みんなに知れ渡っちまって――。団長も処分をうけるらしい。どうなっちまうんだよこの教団……!」


 三年前、東條は言っていた。異世界に行ける神器だと。それは本当だったのだ。


(……まじかよ……)


 努めて落ち着きを取り戻そうとする縹だったが、東條のあの優しげな笑みが、神器のことを話してくれた時の意味深な表情が、余計に縹の心を乱していく。

 入団が決まったことに喜ぶ暇など縹には微塵もなかった。




<外伝・縹 卓之介編「(ちかい)・2」・終>





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