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第二十一話  徴



 市川と陽炎――そしてフタバが黒の国への偵察から帰還したのは早朝のことだった。前日の夕方に旅立ち、帰ってきたのは翌日の朝。長い道のりであった。しかし疲れた様子を微塵も見せない市川が団長室を訪れたのは帰還してすぐであった。

 相変わらず煙と埃に包まれている団長室のなか、市川と(はなだ)は来客用のソファに向き合って座っている。市川が飄々と言った。


「佐々波はんおらへんと散らかっとるなー、団長はん」

「……余計なお世話だ」


 チッ、と舌打ちすると縹は煙管に口を付ける。市川が立ち込める白い煙を眺めていた。


「黒の国は相変わらずえらい殺風景な国やったで。人ひとりおらへんし」

「んなこと分かってんだよ。ノワール 魔導衆(まどうしゅう)の奴らはどうだった」


 もったいぶるように市川は笑いを浮かべる。その狡猾な笑みがいちいち縹の癪に障るのだ。それを分かっているかの様に、市川は笑い続ける。


「魔導衆の連中やろ? あー、そうや! 驚くことに魔導衆のメンバーは九人だけだったんや。しかも妙〜な猫耳娘に絡まれて退散を余儀なくされてしもうた」


 縹は無言でそれを聞いていた。


「せめて井上姉弟と佐々波はんを襲ったリリスっちゅー女だけは見ときたかったんやけどな〜」

「――九人か。一人ひとりが相当の魔術の使い手なのかもしれねえな」


 漆黒の闇を目の奥に隠しこんでいる縹の鋭い眼光が、部屋の中をさ迷う。二人は黙り込んだ。市川はこれで報告は終わったとばかりに、早く帰りたげな顔で縹を見ている。それをあえて無視する縹だった。


 その時。

 バコン、と団長室の扉が乱暴に開け放たれ、天寿をまっとうした。その騒動に振り向く市川と縹の視線の先には、フタバを半ば引きずるようにして連れてきているまどかの姿があったのだった。


「縹 卓之介ー! 話があるわっ! 今日こそ全てを話してもらうから!」



  <第二十一話:(しるし)



 市川を団長室から辞させた縹は、井上姉弟をソファに座るように促した。フタバと共に団長室に飛び込んできたまどかの形相は凄まじく、ソファに座るやいなや叫ぶように言った。


「フタバくんからみんな聞いたわ!」

「……何の話だ」

「ふんっ。今さら隠そうとしたって無駄なんだからね」


 ふんぞり返るまどかの隣で、フタバは落ち着きなく身体を動かしていた。“あの事”を何気なくまどかに話したのだが、まさか縹の元に直接来る事態になろうとは。フタバは縹が苦手だ。心まで見透かされているようなあの鋭い眼光は、思わず逃げたくなる。


「私達のお父さんの話よ。フタバくんが師団長の人から聞いたらしいの。死んだお父さんが、かつてこの教団にいたっていうのは本当なの?」


 ピタ、と縹の煙管を嗜む手の動きが止まった。まどかが縹の顔をじっと睨んでいる。室内が沈黙に包まれてしばらくすると、縹が煙を吐きながら言った。


「……東條さんのことか」

「――――!」

「ちっ。誰が漏らしやがった。……お前らが知っちまったなら仕方ねえな。そうだ。お前らの父親、東條喜一は十年前までこの教団の団員で、第九師団長だった」


 言いようのない困惑の影が、縹の眉間に刻まれていった。フタバたちが初めて見る縹の表情だ。


「オレ知りたいんだ。一言も話したことない――父さんの事を」

「…………。」


 縹はどこか遠くを見ているようだった。ソファに座っていながら、向かい合っているフタバとまどかの方を見ていない。窓の外の曇り空を眺めていた――遠い昔のことを、思い出しているのだろうか……。


「東條さんは俺の恩人だった」


 縹はゆっくりと話し始めた。

 彼の涅色(くりいろ)の瞳の向こうには、十数年前の光景が浮かび上がっていた。



<第二十一話「(しるし)」・終>




(しるし)」とは、「何かの兆候・前触れ・兆し」という意味。

次話から始まる外伝の前触れの話なので。ゆえに文字数も少ないのです。

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