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第十七話  糸


 フタバが中庭にて早乙女と接触した後――まどかが起き出してくるのに合わせて、フタバは寄宿舎の自室へと戻った。それは朝の八時を回ったところだった。




  <第十七話:糸>



「……フタバくん、今朝どこに行ってたの? お姉ちゃん知ってるんだからね。私が寝てる間、どこか行っていたんでしょ?」


 ベーコンにフォークを突き刺し、まどかが呟いた。

 フタバとまどかは本部の食堂に来ていた。団員達が利用する共同食堂である。フタバとまどかも利用させて貰っているのだ。広大な食堂に人影は少ない。団員達の始業時間は既に過ぎているのだろう。


「まどかお姉ちゃんに隠し事なんて無駄よ」


 ベーコンが刺さったままのフォークを空中で遊ばせながら、まどかが鋭い声を出す――が、もともとゆっくりで呑気な口調のため、迫力は無い。


「別に隠し事なんて……人に呼ばれて、中庭にいたんだよ」

「人に呼ばれてえ!? 誰によ?」

「さ、早乙女 炎ってひと。ホラ、入団試験にいたお化けみたいな人」

「なんですって!?」


 がたん、と音を立ててまどかが椅子から立ち上がる。


「あの人と一緒にいたの!? あんな怪しい人と!?」

「だ、だって呼ばれたんだもん」


 信じられない、とまどかが口をあんぐりと開いた。

 何を話してたの? 何もされなかったの? と、まどか。フタバが困惑しながらも答える。


「ええっと……なんか、師団長の人が黒の国ってところに偵察しに行くんだって。その情報を教えてくれたんだ」

「それだけぇ〜?」


 まどかがいぶかしげな視線を向ける。


「え、え〜と……」


 フタバは言葉をのどに詰めた。もうひとつ、早乙女は意味深なことを言っていた――その事を言うべきなのか。

 しばらく黙って考えを巡らせた結果、フタバは重い口を開くことにした。


「早乙女さん、オレのことを“父上と似てる”って言ったんだ。あの人、父さんのこと知ってんのかな?」


 思い切ってはっきりと言うと、予想に反しまどかの表情に変化は見られなかった。きょとんとした顔を崩さないでいる。逆にフタバのほうが面食らってしまった。

 じっくり間を置いて、まどかがようやく言った。


「あの人が私達のお父さんを知ってる? そんな馬鹿な話あるもんですか。ここは異世界よ? お父さんがこの世界にいるわけないじゃない。それにお父さんは何年も前に死んだわ。フタバくんからかわれてるのよ。それか早乙女さんの勘違いだわ。気にしちゃ駄目よ!」


 言いながらまどかがベーコンを口に放り込む。

 姉があまりに淡々と言うので、これ以上この話を続ける気にもなれず、フタバも閉口して食事を再開する。すこし気まずい雰囲気だった。


「……フタバくん」


 まどかがもう一度フタバを見た。


「これからはどこか行く時は私に言うのよ。こんな異世界でフタバくんを一人にするの心配なのよ。フタバくんを守れるのは私しかいないんだから」

「――姉ちゃん」


 思わずフタバの食事の手が止まる。お気楽天然楽天家の姉からこんな言葉が出るなど夢にも思わなかったからである。なんだか複雑な気持ちにさせられた。


「ありがとう、姉ちゃん」


 呟くようにそう言うと、まどかはニッコリと笑みを咲かせた。姉がいつもの様子を取り戻して、フタバも嬉しかった。そして二人はまたフォークを動かす。

 過ぎ去った吹雪によって洗い尽くされた美しい青空が、窓の向こうに広がっていた。今日も誰の役にも立たず、この世界にいる理由も知らず――時間の経過を見守るだけの一日が始まる。そう考えると元の世界に戻るまでの日々が、途方もなく長く感じるフタバだった。



  < 2 >


「佐々波さん」


 佐々波はあわてて上半身を起こした。彼は医務室のベッドで暇を持て余しているところだったのである。雪に覆われている中庭を窓から眺めながら雪かきの心配をしていたので、自分の名前を呼ばれてはっと我に返ったのだった。


 佐々波を呼んだ声は、上品で、静かで、それでいて芯の通った心地の良いアルトだった。振り向いたとき、佐々波は桜月(さつき)の深刻そうな瞳にぶつかった。


「な、なんだ桜月か……びっくりしたー…」

「具合はどうですか? 良くなりました?」

「え? あ、ああ。大丈夫だけど……」


 思わず佐々波は顔を逸らしてしまう。――というのも、桜月の深い琥珀色の瞳がひどく不安げに揺れているからだ。


(俺なんかしたっけ……?)


 そんな佐々波の様子を知ってか知らずか、桜月はベッドの隣の椅子に腰を下ろした。ふわりと彼の髪が揺れる。桜月はしばらく黙り込んでいて、話そうとする気配すら無かった。口元を結び、うつむいているだけなのだ。

 さすがに困り顔を(あらわ)にした佐々波の隣で、ようやく桜月が口を開いた。


「――フタバくんと、まどかさんの事なんです」


 漠然とそう言われ、佐々波は一瞬どういう意味か分からなかった。答えずにいると桜月が続ける。視線は真っ直ぐ、佐々波を捉えていた。


「まだ国王様は、フタバくん達を千年王国に呼んだ理由を教えてくれません。でも私――引っかかる事があるんです。……“これ”なんですけど」


 これ、と言って桜月が団服の懐から取り出したのは、折りたたまれた一枚の紙だった。少し使い古してあるようだ。それを桜月の白い手が開く。文字の羅列が現れた。


「なんだこれ? あ、名簿か?」

「ええ。数年前の『白の教団』幹部の名簿です。団長室から盗んできました」

「お前、あの団長室から盗むなんて凄いな……」


 その紙には団長の名を筆頭に、第十師団長までの十一人の名前が並んでいた。佐々波と桜月の名もある。桜月が指したのは“第九師団長”と記された項目だった。


「このときの第九師団長は『東條 喜一』さんです。覚えていますか?」


 佐々波が緩慢な動きで頷く。

 桜月は東條喜一の名をなぞりながら続ける。


「彼、時を操る神器(じんき)を与えられていましたよね。確か……『時鉾(ときほこ)邂逅(かいこう)』……。それであの人、亡くなる前にも――」


 そこで言葉は途切れた。

 医務室の扉が荒々しく開かれたのである。遠慮なしに室内に足を踏み入れた人物は団長の(はなだ)そのひとであった。一直線に佐々波のベッドに向かって来る、険しい顔の縹。

 桜月がとっさに名簿の紙を隠し、あわてて言った。


「どうしたんです、縹さん? 珍しく怪我人を気遣って見舞いですか?」


 じろりと縹の蛇のような眼が桜月を見下ろす。が、特に毒づいたことは言わず――言うべきことだけをはっきりと口にした。


「今夜、陽炎(かげろう)と市川を黒の国へ偵察に行かせる。」

「はい。」

「……その際に、井上フタバも連れていかせることにした」


 佐々波と桜月は同時に驚愕の声をあげた。しかし縹は心の動きを少しも見せず、じっと二人を見下ろすだけだった。




<第十七話「糸」・終>


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